2020/12/30 のログ
ご案内:「夜の浜辺」に月夜見 真琴さんが現れました。
ご案内:「夜の浜辺」にレイチェルさんが現れました。
月夜見 真琴 >  
夏の喧騒、秋の寂寥をすぎて。
夜の浜は地平線を挟み、虚実ふたつの満月をかかげる。
風は冷たくも静謐で、潮騒もかそけき音。

人気のない白浜に、ぽつんと立つ影ひとつ。
冬の滝のような白髪を、時折に風に揺らす様を幽霊然とさせぬのは、
防寒のために着込んだもこもこの衣服と、黒いバッグに詰め込んだ大荷物のせい。
ここまで準備の良い亡霊も居るまい。

「来るかな」

吐き出した吐息は白く凍り、藍の夜空にふわりと溶けた。
ちょうど日付の変わる頃のこんな場所を指定するなど、
ともすれば果し合いのそれだが、差出人の名前も添えてある。
さて、果し合いをしよう、と言ったら応じてはくれるのだろうか。

刑事課時代に使っていた暗号で呼び出したのは、
これを周囲に秘密にしたいがための、ささやかな悪あがき。

「別世界のようだな」

昼に学生街に寄り、そして今はこの静けさ。
クリスマスを祝うもの、それにかこつけて騒ぐものが誰一人としていない。
静かな浜を、さくり、さくりと、ブーツの足跡を残しながらそぞろ歩く。

レイチェル >  
肌を刺すような寒風。
波音は微かに、冷たい揺り籠の如く往復を繰り返している。
波の上では静かに、月が踊るのみ。

薄暗がりの中、輝く金色を揺らしながら人影が現れる。
白の中にふわりと浮かぶ金色の川は、よく目立っていた。
生まれついての金髪は、月光を受ければ一層輝くのである。

さて防寒着をずしりと重ねた亡霊に対して、この少女はと言えば。
普段の制服にクローク、重ねてマフラーを巻いている。
少々心許ない防寒具合のように見受けられるが、
それでも彼女の唇は紫色どころか艷やかな桃色。
水面の輝きに重ねるように、その潤いを光らせていた。

「……ったく、大仰な呼びつけ方をしやがる」

刑事課時代の暗号のことである。
何か、風紀周りのことで――止むに止まれぬ事情で暗号に乗せて
呼び出しをしたのかと考えたが、
彼女からは想像していたような差し迫った色は感じられない。
故に、じっとりと細めた目をくれてやりながら、
レイチェルは目の前の亡霊に冗談交じりの悪態をつくのであった。

「……よう、元気か?」

続く言葉に少々迷いを覚えたレイチェルであったが、
結局口から出た言葉は月並みな挨拶に留まるのであった。

月夜見 真琴 >  
どの段階で気づいていたのか。
振り向いた亡霊は、驚いた様子もなく。
金砂の輝きを認めると、しかし嬉しそうに、
マフラーと帽子の間で覗く目を細めると、
これまた厚手の手袋に包まれた手をひらひらと振った。

「寂しくて寂しくて、凍え死ぬかと思った」

指先をマフラーにかけて引き下げてから、笑んだ唇が白い吐息を零す。
寒気に煽られていたからか頬は赤い。

「静かなものだろう? 風と潮騒しか聞こえない。
 だが、それもいまくらいなものだ。
 年の瀬、特に大晦日になると日の出を見にこの浜に来る者も多い。
 まあ、遠くまで歩けば海沿いで語らう恋人たちに、港で部活も盛んだろうが。
 やつがれとおまえのこうした逢瀬ともなれば、機密事項に相当しようものさ」

呼び出しを責めてくれるなよ、と指を立てて得意げに語ると、歩み寄り。
深呼吸。寒さに弱いわけでもないが、急に冷え込んだ気がする。
生身の体は暑さにも寒さにも弱い。間近で見上げると、少しばかり神妙な顔を作った。

「火急の用件なのは間違いない。聞いてくれるか?」

レイチェル >  
「寂しい思いをさせちまったみたいで、悪かったな」

レイチェルは困ったように眉を下げながら、
それでも口元を緩やかに顔を綻ばせてそう口にすれば。
ひらひらと振られた厚手の手袋に、
己の白い素肌を振り返すのであった。

「あぁ、もう少しすりゃここも人でいっぱいになるだろうよ。
 ここだけじゃなく、街の中もな。
 人が大勢集まって騒ぐのは良いことだが、当然負の側面もある。
 風紀の仕事も増えるだろうさ。
 ただ、今はまぁ……ちょいとばかしの休息だな」

揺れる水面に目をやりながら、ほぉ、と小さく白い息を吐いた。
立ち上っていく靄を何となく目で追いながら、月を見上げた。
確かにこれは、まるで別世界である。
街の喧騒から離れているここに身を置くのを、心地いいと感じた。
先に遠くから聞いていた真琴の呟きを反芻しながら、レイチェルは、ふと柔らかく微笑んだ。

「火急の用件……? 何だよ、そりゃ」

神妙な面持ちで見上げてくる真琴に、レイチェルは小首を傾げる。
毎日火急の用件に追われている気もするが、真琴がわざわざここに
自分を呼び出して、更に火急の用件だと言うのだから、相当のこと
なのだろうか、などと脳裏に思考を走らせながら。
レイチェルは、そう問いかけるのだった。

月夜見 真琴 >  
「いま治癒している最中だ。完治するまではここにいてくれ」

白い掌。
寒さに強い、というわけではないことはなんとなく判っている。
その体温が自分よりも低いことも。

「ああ、忙しかったな。
 やつがれが風紀委員として過ごした年末年始は一度だけだが。
 "白いプレゼント"、"気持ちよくなる"お屠蘇だのも、だいぶ疲れる事件だった。
 雑用係とはいえ、乱闘騒ぎの鎮圧に酔漢の世話はもうごめんだぞ。
 新年の挨拶の時にめかし込みが必要だ、という時にだけやつがれを呼んでくれ」

向かい合いながら。
潮風に揺れる白髪を指先でふれた。
月はふたつ。

「―――――……」

白い絹糸めいた髪の中に、指先が入り込む。

月夜見 真琴 >  
 
ぱぁん。
 
 

月夜見 真琴 >   
 
 
炸裂音。
 
 
 
それは、あまりに当たり前のように。
レイチェル・ラムレイの顔面に向けて、放たれた。
 
 
 

月夜見 真琴 >   
「お誕生日おめでとう、アミィ」

放たれたクラッカーを手に、にっこりと笑う。
髪の毛から取り出す奇術の類で、紙吹雪ときらきらしたテープがレイチェルに降りかかる。
魔術で編まれたものなので、ものの数分で消えるから、ゴミの問題も気にしなくてよい。

「もったいぶったのは時間を稼いでいたからだ。許せ」

体内時計、ちょうど0時。
聖人の誕生日の、前夜。
でも、自分にとってはまったく違う記念日だ。

レイチェル >  
「悪かったっての。でも、随分と皆助けられたぜ。
 しかし……新年の挨拶でめかし込みねぇ……。
 今んとこ、その予定はねぇな」

へっ、と。軽く笑うレイチェルであった。
着物でも纏えば良いのだろうか、と。
頭の中で着物を纏っている自分を想像して、首を振るレイチェルで
あった。吸血鬼《じぶん》に着物は似合わない、と。

「何だよ、大事な用ならさっさと言えって。
 何か困りごとなら――」

黙り込んでいる真琴を前にして、レイチェルは言葉を投げかける。
苛立ちの色ではなく、本当に必要なことならと、手を翳すような
その言葉は、炸裂音によって遮られた。

レイチェル >  
「……は?」

目を丸くする。
真琴が取り出したのはクラッカー――クラッカー?
この冬の浜辺に、これほど似合わぬものもないだろう。
そして、何故? 何故クラッカーなのか、と。思考が走る。

ああそうか。

刹那の思考は置き去りにされ、次の瞬間には
クラッカーのテープが顔面に叩きつけられていた。

レイチェル >  
「……ったく、驚かせやがって」

思考の隙に、避ける暇などなかった。
鼻先に引っかかったテープを払いながら、
やれやれと肩を竦める。
それでも突然のサプライズに胸が高鳴っているのを感じていた。
そう、嬉しかった。

「すっかり忘れてるもんだと思ってたぜ」

目の前の相手に、一度だって誕生日を祝われたことはない。
だから、こんなサプライズがあるだなんて微塵も脳裏に浮かんで
いなかったのだ。

「……ありがと」

マフラーを少しばかり巻き直して口元を隠す。
少し赤くなっている顔までは隠せないと分かっていても、
手はそのように動いていた。
もごもご、と弱々しくお礼の言葉を伝えつつ、
レイチェルは、静かに海の方を見やる。顔を逸らした。

月夜見 真琴 >  
「……忘れたことなんてなかったよ」

信憑性の薄い、うそつきの言葉なれども。
一年目は、慌ただしくて機会を逃して。
二年目は、すでに離れ離れになっていた。
なにもかも"いまさらだ"と、諦めて遠ざけてきた祝い事。
彼女の快気祝いにも、顔を出さなかったのである。

「おやあ?おやおや。
 意外な反応。てっきり、いまさら、って言われると思ったが――
 ふふふ。こうして祝った甲斐もあるというもの」

するりと海と彼女の間に回り込んだ。
意地の悪い笑顔が覗き込む。

「……おそくなって、ごめんね。
 誕生日、おめでとう。
 去年も、一昨年も、言いたかったんだ」

それを、つくった風のない――少しばかり申し訳無さそうな笑みへと変えた。
二年越しの祝いになったことにも、こんな我儘を言ったことにも。

「今年は……だから。 いのいちにお祝いをいいたかった。
 だれよりも先に。 わたしが、いちばん先に。
 庁舎や学校だとその――誕生日を祝ったり、覚えてるひとも多いだろうし」

向けられるものは一番ではなくとも。
こちらが向けるものは一番であると、主張はしておく。

「あなたの誕生日をふたりで過ごせるなんて、今年で最後かもしれないし?」

鞄を置くと、そのなかからずっしりとした水筒を取り出す。
コップに中身を注げば、ふわふわと湯気が立ち上る。
キャラメルの香るブラックコーヒーだ。差し出しておく。

「当然、クラッカーとお祝いの言葉だけじゃないよ。
 誕生日とクリスマス。 それを、三年分ともなると。
 常世祭の準備の傍ら、いろいろと悪巧み……いや準備をしてた」

レイチェル >  
「そうかい、そいつは嬉しいや」

軽く突き放すような言葉にも聞こえるが、
それでも、少しばかり恥じらいのあるあたたかな声色。
レイチェルが心底そう感じているらしいことは明白である。

「……祝ってくれる相手にいまさら、だなんて言わねーさ。
 祝われるのはいつだって嬉しい。
 ただ……何だ、何かこう、こっ恥ずかしいっつーか。
 そういうのはあるけどよ」

意地の悪い笑顔から逃げるように、今度は砂浜に向けて身を捩る
ようにして振り返った。

「いのいち、ね。確かに、お前が一番乗りだったぜ」

レイチェルにとって、真琴は本当の想い人ではない。
そのことは真琴にきちんと伝えている。
それでもその上でこのように気持ちを伝えてくれる相手に対し、
レイチェルはレイチェルで申し訳ないと思う気持ちが当然ある
のであった。故に、鸚鵡返しのようにその言葉を彼女に送ったのである。

「……お互い何があるか分かんねーからな」

ブラックコーヒーを受け取る。
この寒空の下、ありがたくない訳がなかった。
ふう、と息を吐いてコーヒーの湯気を散らす。
吐息に乗せられた白と共に、それは月に昇っていく。

「悪巧みってお前……ったく、聞くのが怖いとこだぜ」

呆れた目を向けながら、コーヒーを一口。
体の芯に染み渡るような熱だった。

月夜見 真琴 >  
「あなたは別の誰かとふたりで過ごすようになるかもしれないし」
 
自分に割いてくれるリソースがまだある。
それを喜ばしいと思うとともに、"まだ"でしかない。
人はどうしても移ろい、変わっていくものだ。
ずっと続くと思っていた日々は、それこそふとしたことで終わりを告げる。

「まあ、それについてもおいおい、かな。
 いま話すことじゃない。べつに荊棘でちくちくしたいわけじゃないの。
 もちろん今夜に限っては、ね」

お祝いの時だから、と笑顔を向けて、彼女の罪悪感を解きほぐす。
もちろん普段は、サディズムを満たすこともある。
大切な相手ならば特に、だ。
両手でコップを包み、ほう、と息を吐く。
前に向かって煙が流れて、一口。魔法瓶に暖められた熱が心地よい。

「来年もこうしていたいとはおもう」

来年は四年生だ。
色々と変わる予定の四年生。けれど、まだこの島から去るつもりはない。
慌ただしく危険な島ではあるが、だからこそ、
こうして静かな夜に、ことさらに価値を見出すことができている、気がする。

月夜見 真琴 >    
「さてと」

鞄を漁る。
丁重にしまわれた箱を取り出し、開封すると、
更に小さい箱がマトリョシカよろしくあらわれる。
白い包装紙に、紫のリボン。
丁寧にラッピングされているそれは、ひと目見ればわかるように、

「ハッピーバースデイ、トゥー、アミィ。
 これがおおきいたくらみの、ひとつ」

バースデイプレゼントだ。

レイチェル >  
「たとえこれから、オレが特別な日に別の誰かと……
 ふたりきりで過ごすようになったとしても。
 ……だからって真琴を蔑ろにする訳じゃねーさ」

それは以前にも伝えたことだった。
お前だけ置いて、一人ぼっちにするようなことはしないと。

華霧《すきなやつ》の元にどれだけ心が向かおうと、
それは変わらない。真琴を救う為の手だけは、残しておく。

考え辛いことだが、華霧からその行為を否定されでもしない限りは。
それこそが、真琴とレイチェルの微妙な関係性の上で、
それでもはっきりと燃えている約束の灯火だった。
 
しかし今は、真琴の言う通りその話をする状況ではない。
せっかく真琴が色々と考えていてくれるのだ。
それを台無しにするのだけはごめんだった。
だから、少しばかりの返答と共に、己の内で思考するに留める。

貰った想いには、応えなければ。
自分が、出来る限りの範囲で。

胸に改めて意志を抱き、真琴の方へと向き直る。

「……その気持ちはありがたく受け取っとくぜ」

そう言って貰えるのは、本当に嬉しいことだった。
だからこそ、そう返す
でも、実際のところ今後どうなるかは分からない。
自分自身の本当の気持ちは、この砂浜の中には埋もれていないからだ。
それでも、だとしても。