2020/12/31 のログ
レイチェル >  
真琴を大切に想う気持ちだって本物だ。

だからこそ、そんな彼女がプレゼントを差し出してくれた時、
レイチェルの心にはぽっと光が灯ったのである。
目を丸くして、プレゼントを見るレイチェル。
今日は驚かされっぱなしである。

「……おいおい、プレゼントまで用意してくれたのかよ。
 ありがとな……これ、ここで開けていいのか?」

そう口にしつつ、真琴を見やる。
そうして、彼女の手元にある小さな箱へ。

一体何が入っているのだろうか、
レイチェルには想像もつかなかった。

月夜見 真琴 >  
「……信じてる。だから、わたしは。
 この手を振り払われないように、良い子にしてる」

物分り良く、穏やかな微笑みで応えるものの。
奇妙に聞き分けがいい時は、何かを含んでいるときだ。
それがなにかは今は言わない。

謎を深めながら、別の謎を明らかにする。

「はっはっは。
 ここまできて、"あけちゃダメ"は、意地悪すぎるね。
 うん、あなたのためにあつらえたものだから、どうぞ?」

ラッピングをほどけば、更に化粧箱。
その中には、高級そうなクッションに収められた貴金属があった。
金でも銀でもない。掌におさまる程度のサイズの、ちいさな白金色の円盤だ。

表面には外周を彩るように優美な彫金が施され、
それはレイチェル・ラムレイの世界の文字を文様として綴ったものだ。
その合間にちいさな猫と狼の模様がそれぞれ一頭、踊っている。

円盤には鎖がつるされており、提げられるようにもなっている。
そして横面にひとつだけ、奇妙な出っ張り――押し込みボタン。
それが、その円盤の正体を克明に物語る。

「"絶えず、刻み続ける時計"だ」

時刻を確かめるだけなら、時計でも、彼女のサイバーアイでも足りるだろう。

その時計は絶対に狂わない。
その時計は絶対に壊れない。
とある特定の条件のみで干渉できる、持ち主の時間を刻み続ける懐中時計。

「"時計"が、"おとなの証"だった時代も、大昔にはあったそうだよ」

受け取ってくれるか?
と、いいたげに、少しはにかんだ笑みを見せる。
時間の進みだした彼女へのお祝いと、戒めだ。

レイチェル >  
「わ、良いのかよ?」

そこから現れた白金色の贈り物。
その鎖を手に取り、円盤を宙空にぶら下げてみる。
レイチェルの為に誂えたというのであれば、オーダーメイドだ。
高級感をぎゅっと詰め込んだようなプレゼントである。

「……猫と狼?」

しげしげと眺めるレイチェル。
見慣れた文字が刻まれていることに少々驚きを覚えつつ、
刻まれた意匠の方にも目がいった。

そうしてボタンを親指で押し込めば、
見てとれるのは時を示す盤である。

「懐中時計ってやつか。
 『おとなの証』……ありがたく頂いておくぜ」

そう口にして、時計を受け取った。
進み続ける時計。決して止まらぬ時計。
それが意味するものを、汲み取らぬ女ではない。
確かな意志を瞳に灯して、レイチェルは笑顔を見せた。

「嬉しいよ」

そうしてその上で、正直な気持ちを伝えたのであった。

月夜見 真琴 >  
「意匠には少し凝ってみた。
 わたしの痕跡を残したくて」

デザインをしたのは自分だ。
"時計座"のマスターに紹介された職人、長く"部活"をしている者に頼んだ。
開いた蓋のなかでは時計盤が駆動している。複数の歯車の姿を奥に覗くこともできた。
アナログな歯車が複数絡み合い、華美になりすぎずに装飾された針が秒を刻んでいる。

蓋の裏面には、変わったばかりの今日の日付と――名前。
恐らくは知っている達者な筆跡で刻まれている。

「わたしのは、こっち」

鞄から、同じ化粧箱を取り出す。
揃いの時計が箱に収められていた。
こちらは金色よりなお深い、温かみのある黄金に、同種の彫刻がなされている。
自分への戒めでもある。
自分ではどうあっても壊せない黄金の時計。
揃いの時計は同じ時間を刻んでいる。

「……よせては返す波のように、迷いも悩みもするだろうけど。
 さっきまで今日だった時間が、いまさっき昨日になって。
 この祝うべき日にようやくたどり着けたみたいに……」

うれしい、と言われると。
笑顔を咲かせた。

「困った時はわたしに頼ってね。
 それをいつでも思い出せるように、持っておいて?」

まあ、自分の作ったものを身に付けておいてほしい、という。
いじましい欲求も入り混じってはいるけれども。

レイチェル >  
「さすがに良い趣味してるな。真琴は」

素直に、美しいと感じた。
美的センスも芸術的知識も長けていないレイチェルではあるが、
それでもそれ以前の、直感的に心へと注がれる美を感じ取ることはできる。

「あ、なるほど……お揃いなのか」

もう一つ出てきたその時計を見て、ほう、と感嘆の声をあげる。
意外だったが、成程うなずける話でもあった。

確かに、大事な人に自分の物を持っておいて貰いたい、という
気持ちは分かる。分かるからこそ、
その時計を優しく握りしめて左胸のポケットへと入れた。
己の内に、飲み込むように。

「確かに、オレ達はみんな、よせては返す波みてぇなもんだな。
 進んだかと思えば戻ったり。その逆もあったり。
 それでも、確かに動き続けてる。
 止まることなんかねぇ、前へと進み続けるしかねぇ……って訳だ」

悩みも迷いも、前進である。
近頃、レイチェルはそう感じるようになっていた。
眼前の波音が、静かに囁きかけてくるのを感じながら、
レイチェルはマフラーを巻き直した。

「大事にするよ」

そう口にして、もう一度ありがとう、と。
レイチェルは真琴に伝えた。
こんな風に言ってくれる相手が居ること。
それはとても、嬉しいことだった。

月夜見 真琴 >  
「時計が嫌いだったんだ」

そういう時期もあったと、照れくさそうに笑った。
彼女がどうかはわからないが、贈りたくなったのは心境の変化も手伝ってのことだ。
これも前進であればよい。そう思う。

少しぬるくなったコーヒーを一口飲んで、白い吐息を月に吹きかける。
月はどうあっても太陽にはなれない。
それも今は苦い思い出として、飲み込めて――はいないけれど。

「恋は」

なんとはなしに、ぽつりと呟いた。

「いつまで恋なんだろうね」

それもまた、"前に進む"のだろうか。
なにもかもはじめてで、これから昇る太陽のように未知の世界に。

「――さて。
 あと誕生日を祝うには、ケーキに、料理。それと――」

自分のマフラーを引っ張った。
ここ最近、首を覆うようになった。
視線を向ける。
葡萄酒。

「気休めには……なれる?」

今はそれでいい、ということでもある。
あげられるものだけではない。
できることを、常々探している。

レイチェル >  
「気持ちは分からねぇでもねぇさ。
 時間が進み続けてることを嫌でも思い知らされるし、
 急かされている気分になったりする時だってある、だろ。

 でもまぁ、そうだとしてもオレは時計が好きだ。
 どんな瞬間だって前に進んでんだって、感じられるからな」

時計が嫌いだったと照れくさそうに笑う真琴に、レイチェルは
そう返した。
 
「……分かんねぇな」

静かな呟きには、静かな返答を。
冷たい夜風が、金色の髪を大きく揺らす。
一番の想いは、今もこの胸の中にある。
常に、ある。

「分かんねぇよ。
 ただ、オレは――」

空の心を埋めてやりたいんだ、と。
そう続く言葉は、留めた。この場で口にすることではないと、
そう思ったのである。

胸ポケットの内に入れられた時計の鼓動を微かに――
それはきっと錯覚であったろうが――感じながら、
レイチェルはため息をついた。
ほんの少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。

真琴が、自分のマフラーを引っ張る。
その行動を見て、レイチェルは無言のままに目を伏せた。
数秒の間そうしていたが、やがて真琴の方へと視線を向ける。

「……ありがとな。
 でも、今日はコーヒーと時計で十分だ。
 今は、渇いてねぇさ。
 
 あと言っておくがな、
 お前のことを気休めだなんて言うつもりはねぇぞ。
 オレも人のこた言えねぇが……お前も、他の奴も。
 もっと自分を大切にすべきだ」

大切にすべき、と。そう口にして真琴のマフラーへと手をかけ、
その位置を直した。
そう、だから。
だから、自分の身体も、想いも、全部大切にする。
それができないで、どうやって他人を大切にできるのか。

「……今度はお前の誕生日も、ちゃんと祝ってやるよ」

そうして最後に、そう約束の言葉を投げかけた。

月夜見 真琴 >  
「…………」

言葉を飲み込んだ彼女を見つめる。

ふれてしまった以上。
変わらずにはいられない。
彼女と彼女の関係は、落ち着いたように見える。
眩しかった親友の間柄――元通り、とまではいかないのだろうけど。

もしもの時のために、自分は必要だ。
そう思うだけで、まだ頑張れる。

「――それでいいのに」

気休めでも。
苦笑がこぼれた。
無理強いこそせずに、彼女の拒絶には素直に引き下がった。

「それで満たされるわたしもいるんだけどな。
 むりをしているわけでも、捨て身なわけでもないけれど。
 そうやって、わたしがなにかをしたご褒美というかたちでないと、
 どれだけ求めていいか、加減がよくわからなくて……」

マフラーにかけられた冷たい手に、
手袋に包まれた掌を重ねて、掴む。
このままの肉体では、大した力も出ない。

単純な話。
拒まれるのが恐いのだ。

息を吐く。
穏やかな日々が続いていて、こうやって話すこともできて。
これで満足しろと言われても、仕方がないと割り切らなければいけないのかも。

「……たのしみにしてる」

次の春までは、一緒にいてくれる。

「……アミィ」

手はほどかない。
解けなかった。
あげられずじまいのプレゼントに、ご褒美もなにもない。
だからなんの保証もなく、搾り出すようにして、

月夜見 真琴 >  
 
 
「いっしょに、夜明けをみたい」

お願いをした。

「夜が明けても……離さないでいてほしい」
 
 
 

レイチェル >  
「よりによって吸血鬼《オレ》に頼むことかよ」

冗談っぽく返して、笑う。

別に太陽を苦手としている訳ではないのだけれど。
月の下に居る方が、少々元気になるくらいだ。
純粋な吸血鬼であればまた別であろうが。

「分かった。それじゃあまぁ……」

そうしますかと、静かに返す。

あんなに素敵なものを貰って、いや、貰い続けて。
こんなことでお返しになるのか分からなかったが。

それでも。
昇り来る陽を待って、その手を握り返した。

止まることのない時計の鼓動を、過ぎゆく年の中に感じながら。

ご案内:「夜の浜辺」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「夜の浜辺」から月夜見 真琴さんが去りました。