2021/11/04 のログ
ご案内:「浜辺」にノアさんが現れました。
ノア > 「……んだ? ありゃ」

海沿い、浜辺にほど近い道路沿い。
無造作に捨てられた段ボール箱、景観保護のためこの手の物は少なくなっていたように感じていたが、
まるで無くなる、というものでは無いのだろう。
近寄ってみれば封は雑で、とりあえず閉じたといった様子。
開けて中身を見れば、物が何かはすぐに思い至った。
水色のケースに入ったフルサイズのヴァイオリンセットと、手書きの物まで見受けられる楽譜の数々。
勝手にケースを開けてF字孔から覗き込むと見えるラベルの年代表記は1912、メーカーに覚えはない。
読みづらい筆記体のメーカー名と年式を一文字ずつ入力して調べ、目を疑う。

ノア > 「100万はくだらねぇってか……どこのぼんぼんが捨てんだよこんなもん」

一緒に入っていた弓の根本を軽く小突いてやると弓の毛からは松脂が僅かに舞う。
誰かの使っていた形跡はあるが、ここ最近の物ではなさそうだ。
軽く手の中で回してみるが、傷らしい傷も無い。
修繕の痕なども目立って見える物は無く、ヴィンテージとして買われて以来随分と大切に扱われてきたのだろう。
それが、こんな道路端に捨てられている。
本人の仕業では無いだろう。

「となると――遺品か」

ノア > 手書きの楽譜の裏面に書かれた名前を、リスト化されている直近の失踪者と死亡者の中から探る。
当然、表向きに公開されている資料ではない。処理する側の人間達のコミュニティ内で作られたリスト。
ヒットする名前はすぐに見つかる、二年の女生徒だ。本島で現代医療での治療は困難と診断され、
一縷の望みを託して常世に来たらしい。
誰が施したのかは記載されていないが、結果的に治療自体はうまい事いったのだろう。
上陸時の記載症状を見る限りでは1年どころか半年も耐えられない。
ただ、現実として病とは別の理由で少女は息を引き取っている。
記載されている限りでは拒絶反応による細胞壊死での臓器不全。よくある事だ。
解明不能な技術とも呼べない奇跡で治した物が万事うまく機能するなんてことばかりではない。

ノア > 「もちっと早く見つけてりゃ、一緒に埋めるか焼くくらいはしてやれたかもしれねぇけど……
半年経ってりゃさすがに無理だな。
しっかしこんなもん海風に晒すこたねぇだろうに……」

もったいねぇ。言いながら、もう一度手に取って軽く弦に弓をあてる。
弔うわけでもなく、まだ使えるなら売りにでも出せば良い値が付くだろうと思い。
かなり緩んで狂った調弦を整えながら、柔らかく。
古い記憶の中を辿って、簡単な曲を奏でる。
二年生という事は一年以上は生きていたのだろう。
病に侵された死の淵から生き延びた少女は、何を願い弦を奏でたのだろう。
触れれば、嫌でも幻視してしまう本来の持ち主の記憶。

「あぁ、なんだ。存外幸せそうじゃん……」

松脂の切れた弓がかすれた情けない音を弦の上で鳴いて、
思わず頬が緩んだ。

ノア > 「存外、覚えてるもんだな」

十数年ぶりの運指。
腕の長さが変わったからか、もしくは忘れただけなのか。
強い違和感はあるが、開放弦から慣らしていく内にそれも薄れる。
軽く塗りなおした松脂で機嫌を取り戻した弓でバイオリンを奏でる。
冷たい風を受けながら、響かせる。

「歪み無し、割れも無し。中古価格で70万って所か」

出品フォームの下書きを進めながら、ケースに戻す。

ノア > 不意に、震える携帯から警告のメッセージ。
風紀による、大規模攻勢アリの報せ。
衛星画像のサーバーにアクセスして全景を俯瞰する。

「あー、燃えてら。
こりゃまた、随分派手に出たな…」

兆候はあった。
緊張状態のまま呑気に暮らす日々が続く訳など無い。
想定していたよりも多少発生が早かったが、
"死なれると困る"連中への警告は済ませていた。

「あとはどこまで火が回ってくるかだな」

最悪のパターンとして想定している中でも、
落第街が完全な更地になっても困らないようにはしている。
この手の事はいつでも起こりうる物として、
焼けて困るような資料とアクセス用の端末類はそもそも歓楽街の各地と産業区域に隠してある。

「はてさて、どこまで広がるか」

ひっ切り無しに鳴り始めるスマートフォン、
今になって鳴らしてくる相手は大概が
"今、燃えるべきモノ"の群れだ。
そもそも伝えている番号自体が違う。