2022/03/13 のログ
月夜見 真琴 >  
「ならばなぜ、『刃』が血肉を備えて生まれてきたのかを考えてみるといい。
 いますぐに答えは出ないだろうから、これから長い時間をかけてでも。
 あなたが余分な機能を備えて生まれてしまった『刃』なのか、
 過ぎたる切れ味の刃を携えて生まれてしまった『人間』なのか。
 
 考えるといいよ。 ひとりで答えが出せないなら誰かに聞けばいいよ。
 わたしはもう風紀ではなくなるけど、たとえば廬山くんでもいいし。
 身近な――監視役の凛霞とかでもいいし――誰かと触れ合って摩擦すればするほど、
 選択肢はたくさん見えてくるものだと思うから。

 "しっくりくる"生き方してるひとって、どれくらい居るんだろうね?」

――《嗤う妖精》としての自分はそうではなかった。

風紀委員になったばかりの頃、彼を最も効率的に運用する方法を考案したことがある。
優れた"剣の遣い手"と組ませること。
そうして生まれる化学反応が捜査や作戦行動に役立つのでは、と。
しかし、計画は空中分解した――その筆頭候補に挙がった人物が人物だったせいだ。
いまとなっては、ただの笑い話。

けれど、それは、風紀委員会が彼に『刃』ではなく、『人間』としての期待をかけているのでは。
――そう考えるのは行き過ぎた妄想だろうか。

「ありがとう」

苦笑い。
あまり物覚えが良さそうではないのに、覚えていてくれるらしい。

「あなたの義理堅いところはけっこうすきだよ」

昔からそうだった気がする。

「寂しいは寂しいけど――でも、最初の一年はほんとうに最高の一年だった。
 思い出のアルバムに綴じられる記憶があるだけ、マシだと思う。
 きっと、わたしは、あいつの隣で捜査できたあの一年で、
 数年分の青春を浪費しちゃったんだ。それだけで我慢してればよかった。
 それ以上を求めれば、こうやって破綻するようにできてたんだよ」

わびしい良かった探しかもしれないけれど。
悪い思い出ばかりじゃないのは救いだ。今この時もそうだ。

「それに、これから先の人生のほうが遥かに長いしね。
 わたしもあなたのことは覚えててあげる。あなたがこの島からいなくなることがあっても」

忘れたい思い出ではないし。
静かな波のように穏やかな心地だ。ざわつくことがない。
最後に荒れたのは、あの少年、芥子風菖蒲と話した時か。
すべては過去になって、思い出になっていく――それを確認する。

「ああ――なんだ、女の人だったんだ?
 聞いてた話だと、てっきり男の人だと思ってた」

差し出された写真に、瞬き。

「これを持ってることで、誰かに狙われたりすると困るけど。
 追影さんの異能を考えると、成程こうなる因果だったのかな」

いまここで自分と彼が出会ったのも。
丁重に受け取り、鞄から取り出した、教師用の手帳にしまい込んだ。

「帰ったら大事に仕舞っておく。
 その『バラバラにする』のが制御できそうになったら、ちゃんと取りに来て。
 本当はこれ、持ってたいんでしょう?
 わたしに何かあったら、レイチェルにこれが渡るようにしておくから」

そこまで深刻には受け取らない。
話したのは僅かだが、年月でいえばそこそこ長い。
レイチェルを介して繋がっていたようなものだが、請け負ってやってもいい。
追影切人は、月夜見真琴の恩人だ――見ようによっては。

次の妖精の世話も請け負ってくれたことだし、多少の面倒には応える義理があった。

追影切人 > 「考えんのは面倒だし苦手なんだが――っつって、ずっと後回しにする訳にもいかねぇか…。
――ハッ、まぁ俺が『人』か『刃』かをきっちり見定めるにゃいい機会かもしれねぇわな。

…いや、廬山はアイツ下手するとオマエを除いた他の連中じゃ一番信用ならねーんだが。
…ま、凛霞の方が全然マシっつーか監視役ならそっちにまず相談すんのが妥当なんだろうな。

――俺に必要なのは、『選択肢をもっと見出す事』、か。」

呟くように口にして。しっくり来る生き方――昔は、ただ刃として全てを斬るような生活をしていた。
それがしっくり来ていたような気がするし、違和感も疑いも無かったけれど。
――じゃあ、今は?――分からない。ただ一つ確かなのは。

『妖精』は消え去り――『凶刃』は変わり行く。移り変わる時の流れは無慈悲に平等だ。
だからこそ、だ。斬るしか能の無い自分みたいな馬鹿であろうと、出来る事はあって。

「礼はいらねぇよ。俺が勝手に忘れず、勝手に記憶して、勝手に―ー脳味噌に刻み付けておくだけだ。」

かつて、持ち上がったその計画――結局、『刃』として『遣い手』と組む事はただの一度も無くて。
だから、残された刃は――自分自身を遣い手として、今ここまで生きている。

「――あぁ、懐かしいな…つーか、オマエとこうしてサシで真っ当に話した事なんて結局殆どなかったけどよ。
…監視対象がどうだとか関係なく、地味に腐れ縁だよなこれ…ま、それが良いか悪いかは置いておくとして。
――俺にとっちゃ数少ない人間らしい思い出の一つではある。
オマエの事はぶっちゃけ昔から苦手だったけど―嫌いじゃねぇし、敬意を評する。」

お互い、別にウマが合った訳でも、共に青春を駆け抜けた訳でもなく。
ただの一度も、組んで戦う事も共に立ち向かう事も何も無かった…無かったけれど。

「……あークソ、まさかオマエとこういう真面目っぽい話をする日が来るとは思わなかったなぁ…クソ…。」

と、そこで級に我に返ったのか、釣竿を置いてから頭を軽く掻いてぼやくように。
それでも、お互いに覚えておくと宣言したのだから、出来る限りは記憶に留めようと思う。
『妖精』や『凶刃』ではなく。月夜見真琴、追影切人という個人として。

「――因果と縁を流転――巡らせるっつー、よく分からん能力の持ち主だったからな。
…まぁ、能力の持ち主はもう死んでるが、死後もその能力の一部は『残る』タイプなんだと。
別に、その写真を持ってても真琴の方にとばっちりや害がある訳じゃねーよ。
…そもそも、あの人はそういう嫌がらせは好まなかったしな。」

ただ、今の自分にはまだその写真を後生大事に持つ資格は無いから。
このタイミングで流れ着いたのは、『妖精』を終えて一足早く男より『先』に進む彼女が預かり役として適任だと。
能力の『残滓』がそう判断して――ずっと前から、この日、この時間、このタイミングになるように。

「――お節介が過ぎるんだよ全く…”どいつもこいつも”。
…あぁ、そうして貰えると助かるわ。わりぃな…諸々、きっちり片付いたらちゃんと『受け取りに行く』からよ。」

最初で最後の頼みと口にした分、だからこそ――何時になるかは分からないけれど、返して貰おう。
――それを果たす為には、今の自分はまだまだ不安定で未熟であるから。誰よりも理解しているから。

月夜見 真琴 >  
「その敬意も、まともな風紀委員のままでいられたらまっすぐ受け取る気になれたのかなー」

それを受け取っていい自分もまた、もうアルバムのなかにしかいない気がした。
罪深く晴れる空の下で、長閑に波が寄せては引いた。
こうやって個人のなかでなにかが起きても、世界が崩れるわけでもない。
どこまでも、誰も彼もがちっぽけで、それを確かめられると少し安心できる。

世界にとって、なんていうのはとてもどうでもいいことで。
大事なのは、自分が誰を特別に思うか、誰に特別に思われるかだ。
消えゆく己も、荼毘に付された彼も。

「わたしは真面目な人間だよ、切人くん?
 そしてとてもまともな人間。
 そういう相手と話すと、大体は大真面目な話になるの――とはいっても、
 お互い風紀委員だからかな、これがそんな真面目な話をする最後の機会、なのかもよ?」

機密にも、何にも、触れられなくなる。
辞める、というのはそういうことだ。

「あなただって、いつかはそうなる」

風紀委員会、というある意味での始まりの場所から旅立つ日は来る。
この学園からも。

「ひと足お先に行くだけだから。
 悩める青少年の頼みを聞くのは、おとなの嗜み――だからさ。
 知ってる? 大人ってね、なろうとしないとなれないんだよ。
 わたしはいま、なろうとしている最中だけど」

その頼みはしっかり鞄にしまい込んでおく。
これがある以上、今日は絵に没頭はできないだろう。
遠い過去からの頼まれごとは、ひとつ送辞代わりに引き受けておいた。

「頑張りなよ、これから」

答えておく。言ってから、あまりの中身の無さに失笑した。
彼が出てこられるまではそれなりにはかかりそうだ。
大人になろうとしていても、そもそも同年代。含蓄のある言葉なんて、そうそうはでてこない。
斬るだけでは立ち行かぬ世の中、何があるかなんてわからない。
それを――月夜見真琴は、月夜見真琴だからこそ、よく知っている。

追影切人 > 「――真っ直ぐでも皮肉でも、オマエが受け取りたいように受け取ればいいんじゃねーの?」

結局、どんなに大それた力や知識、思想があっても。個人で世界は変わりはしない。
自分達が何を語ろうと何を足掻こうと、世界にそんなのは関係なくて。
”例え自分達が居なくても”変わらず世界は何事も無く回っていく。
――その、矮小さと非力さは…嘆くものではなく、むしろほっとするものだ。

『斬れないモノ』が確かに存在する、というのは…男にとっては、口惜しいと同時に有り難かったから。
何もかも斬れてしまうような、不確かで脆い世界ではない…それだけでも分かれば十分で。

「最後の機会…っつーのはある意味でフラグらしいぜ。
どうせ、お互いその気が無くてもばったり遭遇して軽口の応酬でもする事になんだろーぜ。」

そうなるとは限らないのに、それを疑ってもおらず、確信しているかのように男は言い切る。
もう、彼女は風紀でも『妖精』でもなくなる。ホンモノはここに残り、■■■■は消えていく。

「――どうだかな。俺の場合はその前に体良く【始末】されんのがオチって気もするがね。」

卒業をしたとしても、島の外には出られないだろうし――監視対象が解かれる事はおそらくは無い。
【最初の監視対象】にして、能力を奪われた刃は手駒としてきっと遣い潰される。
そんな、末路をもう何処か悟っているかのような。諦めとも悲しみとも憤懣とも違う、何か。

――どちらにしろ、【鞘】の存在しない刃なぞ、抜き身のままではやがて血と錆にて朽ち果てるが道理。

「……そうかい。じゃあ、何時か俺が『アンタ』に追いついたらよ?
…その時は、先達として一足先に大人になった者として色々教えてくれや。」

それが、例え叶う確率が極小だとしても。関係ない、と笑い飛ばすように。

「――あぁ、俺なりにな。そっちも一人前の大人になってみせろよ、」

そんな、互いに激励なのか何なのかよく分からぬ事場の応酬。こちらもうすーく苦笑を浮かべて。
自分はまだガキで、きっと彼女に比べたら世の中のあれこれも全然知らない無知ではあるが。

『斬る』だけでは罷り通らない不条理や道理が多いこの世界と世の中で。
今一度、自分がどう在るべきか、どう生きるべきか――考えないといけない。
その後も、きっとお互いに釣りだの絵画だのは没頭する事も無く、幾つか言葉を交わして――

追影切人 > 『妖精』だった女と『凶刃』たる男は、それぞれの道に立つんだろう――
ご案内:「浜辺」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「浜辺」から追影切人さんが去りました。