2020/06/27 のログ
紫陽花 剱菊 > 「…………。」

男は静かに、夜空を見上げた。
初夏に入った藍色の夜空。
燈火と燃える星々と、爛々と輝く月が流麗だ。

「……好き好んで、命を断った覚えは無い。乱世の世だ。
 "そうせざるを"得なかった。善しとして刃と成り
 人々には悪しと定められても、太平の世を目指した。
 ……結果としては、私の願いは道半ば、突如現れた"門"に流され、今に至る。」

その様に育てられた。
そう生きるしかなかった。
時代が平和を許さずに、男は剣を手に取った。
乱世を生き、世を治めるために戦った。
何時の世も、男は結局人の為にしか動かなかった。
彼の辿った人生とは裏腹に、男の心根は平穏を望む穏やかなものだ。
到底刃など、似合うはずも無いが、時代が其れを許さなかった。
其れだけに、過ぎなかった。

「…………。」

さて、其れは其れとして、何やら彼女の神経を逆なでしてしまった様子だ。
……その愛らしい見た目から失念していたが、彼女も所謂"神格"であれば
ある意味その反応は当然と言えた。
古くから、男女の形問わず性に兆す行為を行う事も多い。
男は困ったように、はにかんだ。

「……いやはや、其れは困った。然れど、私に紅映様は有り余る。」

「あえかぬ少女の体だ。私は────刃は、人を抱く事は出来ぬよ。」

許しておくれ、とそっと彼女の頭に手を伸ばした。
避けなければ子ども、小動物をあやす様に冷たくも穏やかな手つきで髪を撫でる。

鼻腔を擽るのは、"雄"の匂い。
かくも、彼も男であることは違いない。
だが、もし"染みついた"ものを感じ取る事が出来るのなら



───────噎せ返る程の血の臭い。男の業の、罪の臭いが溢れている。

緋嗣紅映 > 男が夜空を見上げるから狐も釣られて空を見上げた。
祠から覗くように見上げていた月と変わらない。
星も、空も、木々の匂いも。
唯一知らなかったのは祠の傍には無かった海の存在くらいか。
けど男の言葉を聞いてまた知らないものを知る。
乱世など、自分の世界では程遠かった。
平和で退屈だからこそ大した願いの叶えられない神様の祠は呆気なく取り壊されるし、それもまた平和の証と野良になったから、男の言う斬らなければならない日々は想像も出来ない。
なんと返すのが正解なのか分からず、狐の耳が少し垂れた。

「…………上手くかわしたナ!?刃っていってモ、人の身じゃんカ!それニ、紅映神様だシ!」

頭を撫でられて垂れていた耳が持ち上がり弾み、尻尾が嬉しそうに揺れるが顔は怒っている。
意外と撫でるのが上手で、剣を握るより獣を愛でる方が上手なのではと思った。
ただ鼻腔を擽る咽かえる血の臭いで、頭がクラクラしたのも事実だった。
それでもその業の臭いに混じる、男の匂いを嗅ぐように顔を寄せ、男が拒まないならその胸に顔を押し付けるくらいに嗅ごうとする。

「まあ紅映はめっちゃ優しい神様だかラ、今日のとこは見逃してあげル。ちょっと臭うけド、でモ、優しい匂いもするヨ……?」

スカートがばたばた揺れるくらい尻尾を振って耳をそばたてる。
初めてこんなにクラクラする臭いを嗅いだが、それに惑わされるほど柔じゃないとばかりに。

「お日様の匂いダ。紅映は鼻が利くんだヨ。」

顔を離せば長椅子に横向きに座って、得意げに胸を張った。

紫陽花 剱菊 > 「……ふふ。」

顔を下ろし、少女へと目線を合わせた。
してやったり、とまではいわないが、男は愉快そうだ。
碧と紅。色の違い、相反する色を黒の双眸が見据えている。

「紅映様、今宵は如何かお許しを。確かに、私は据え膳を置いた。
 其方様が魅力的な女性であることは相違無い。
 ……だが、私も男。もし、其方を"女性"として泣かすと言うので在れば……。」

撫でる手は柔らかく、慣れた手つきだ。
金糸のような細やかな髪を指に引っ掛けて弄んだり
優しく、あやすように撫でる。
そう思っていたのもつかの間、その柔らかな耳を指先でつ─…なぞったり
軽く触れたりなど、意地の悪い動きになってきた。
胸元に押し付ける動きに合わせて、男の顔も、少女の耳元へと寄せた。

「……もし、もし。治まらぬのであれば、私如きで良ければですが……。」

「────艶姿、しかと目に焼き付けて差し上げよう。」

耳元で、静かな声が囁いた。
少しばかり、熱を込めて、ふぅ、と耳に息を吹きかけた。
乱世の世、房中術なるものもある。
男にとって、女性を抱く事に抵抗は無いが、当然その辺りの気遣いはある。
故に、男なりの意地の悪さ、ちょっとした悪戯だ。

「…………お天道様の…………。」

そう言われるのは、初めてだ。
太平の世を照らす、優しき太陽。
少女には、自分にはそのような匂いも混じっていると説く。

「……私に、……左様か……私は、其の様に暖かいのだろうか……?」

人には優しさを向けていたが、自分がそのような人間だと男は思っていなかった。
男はおずおずと、拒まないのであれば、自身より小さな体を抱きしめるだろう。
年端も行かぬ自分の娘をあやす様に、優しく、柔く、後ろ髪を撫でようとする。

緋嗣紅映 > 「ムー、そんな事言っテ、さっき思いっきり子ども扱いしてたじゃないカ―――……」

未だ早いと告げた男の態度を思い出しては眉を寄せて反論するが、急に指が意地悪になった。
頭より一つ上にある長いふわふわの耳は先端ほど薄く、なぞる動きに合わせて押し込まれる。
くすぐったさに耳が勝手に弾んで、ぞわぞわと全身の毛が逆立つような感覚だった。

「……アゥッ!?」

喉から絞り出るように出た声は、艶やかというより獣じみていた。
というより、神様と言っても種族的に言えば獣人なのだから、それも当然。
しかも息を吹きかけられると腰が弾んで目を見開き、あからさまな反応。
やっぱり狐には早いかもしれない。

「てカ、さり気に紅映が発情してるみたいな言い方すんナ。冗談だシ。揶揄っただけだシ。」

とは言うものの、男の指先と吐息でちょっとその気になりかけてしまったのも事実。
それをなんとか押し殺し飲み込むようにしながら、尻尾を振る。

「……ン?お天道様はイヤ?ポカポカしてテ、気持ちいいでショ?優しい匂いだ……、ヨ?」

急に今度は体を抱きしめられて、逃げるでもなく不思議そうに首を傾げた。
それがあまりに心地よいから、さらに尻尾を振って身を寄せ自分からも膝の上に乗る。

「なんダ?コンギクは甘えるのが好きなノ?しょうがないナー。人に優しくするのガ、神様の役目だからネ。紅映が甘やかしてあげヨー。」

袖にすっぽりだぼだぼ覆われた手で、ぼすんぼすんと男の頭を撫でる。
抱きしめれば抱きしめる分近くなって、その体はほんのり獣臭いかも、というよりは確実に獣の匂いなのだが、これでもお風呂はちゃんと入っているので石鹸の匂いもほんのりと。
髪を撫で体を抱きとめる腕を尻尾が軽く叩くくらい横振りになっている。

紫陽花 剱菊 > 「ふ……"戯れ"成れば……と、失礼。勘弁願いたい。余りにも紅映様がいじらしかった故、欲が出てしまった。」

彼も一人の雄である以上、女性をその様な目で見る事はある意味必然。
但し、身持ちは其れなりに堅い方。
特に、女性を理由も無く抱くなどと、快楽のためにする真似は出来ず
揶揄った相手に対するちょっとした"悪戯"を仕掛けてみたのだ。
せめてもの、という奴だ。

「大丈夫。紅映様は充分愛らしい。優しく、明るい女人成れば
 きっと、相応しい殿方が参られましょう。」

そして男は、人を褒めるとなると割と饒舌になるタイプらしい。
彼女の魅力を惜しげもなく口に延べ、さらさらと
夜風に流れる髪を捕まえるように撫でていった。

少女の温もりが、前面へと押し寄せてきた。
生きている命の温もり。
直に感じるのは、其れこそいつぞやぶりだろうか。
────蔑まれ、怯えられていても、私は此の為に剣を振るっていたのだな。
改めて、自らの意義を再確認した。
此の温もりを護る為なら、冷たい鉄に成るのも、宿業成と。

「……いや、有り余る言葉だ。忝い、紅映様。」

だからこそ、自分には不釣り合いの言葉だとも、再確認した。
男の表情は、相変わらず不愛想なままだ。

「……嗚呼、かもしれない。其方の温かみを感じていると、乙に澄ます等と出来ない程には、私は赤心のままに、話しているよ。」

人ならざる獣の臭い。自らの知る神の臭いではない。
そう、此れは"命"の匂いだ。
そして、良き女性の匂いも感じる。
端的に言えば、とても落ち着いた。
ぼふん、と頭を撫でられると少しばかり面を食らったのか
黒の瞳をぱちくり、瞬き。
それでも彼女の好きにさせようと
もっと撫でやすいように
ぎゅっ、と小さな体を抱き寄せる。
男の体は見た目よりも細く、硬く、しなやかで、鍛え上げられた男の体だ。
女性のような艶やかな黒髪が、夜風に揺られてふわりと、靡いた。

緋嗣紅映 > 「いじらシ……、あい、らシ……。ふ、ふふふふ、ふふン!まア、紅映がめちょカワなのは事実だかラ!?当然なのネ!」

男があまりに真っすぐ言うものだからそれはもうめちゃくちゃに恥ずかしくなって、耳を垂らしながら頬を紅でも刷いたように赤くさせる。
ある意味危険な雄だと思った。雌をその気にさせるのが、存外上手い。
然し獣欲を削ぐのもまた上手い。取って食うには勿体ないと思わせられる。

「……勿体ないカー?勿体なくてモ、紅映がそういうんだからそうなノ!神様の言葉だゾ!」

別世界で神と呼ばれているだけのしがない獣人が事実なのだが、偉ぶるのは止めないしそれで押し通していこうとする。
勿体なくても持て余しても、自分はそう感じたんだからそうなんだ、と。
袖を揺らすように腕をゆるく振った。

「ふんふン。じゃあこれからハ、甘えたくなったら紅映に甘えるといーヨ!もちろんちゃんとお供えを用意してネ!そしたラ、紅映が甘やかせてあげル!」

他人を撫でる事に慣れていないといわんばかりに乱暴な手つきでぼふんぼふんと、半ば叩くような勢いで撫でる。
それから獣の本能か、揺れ靡くものに視線が釣られてしまう。
袖越しにぎゅむっと掴むと、ふすっとその長い髪に鼻先を埋める。

「コンギクは髪がさらさラ!紅映は何故か変化すると髪がフワフワしてしまうかラ、ちょっとうらやましイ。でモ、ホントの姿はもっとふわふわなんだヨ!好きに撫でていーヨ!人は動物を撫でるのが好きでショ!」

尻尾を振って体を擦り寄らせて男にももっと撫でるように言いつけた。

紫陽花 剱菊 > 「……うむ。」

その通りだと、男は頷いた。
勿論計算して話しているわけはない。
徒然なるままに、男は流れのまま
ありのままに、生きている。
即ち、天然である。

「神託、か……。」

何処かで聞いたような言葉だ。
人は時に神に成り代わり蛮行を行う事もある。
お決まりの言葉、神様の代弁だ、と。
……しかし、目の前にいるのは神本人。
聞き飽いた陳腐な言葉も、少しばかり耳心地が良い。

「……有難く、承った。」

そう言うなら、胸の内にしかと受け止めた。
自分がそう言う匂いを発している事をわからない、わかるはずもないが
────…血の臭いを覆い隠す程度には、暖かな日差しの匂いがほんのり強くなった。


ぎゅむ。掴んだ髪はさらさらと手の内で流れ、鼻先を埋めればとても良い香りがする。
艶やかな黒は一朝一夕で出来るようなものではなく
男が手入れを怠っていない証拠でもある。
ある種、女性の様なものである。

「……気落ちした時には、紅映様に預かるとしよう。……ふむ……。」

髪を褒められると、嬉しそうに微笑んだ。

「嗚呼……初めて人に褒められた場所だ。以降、手入れは怠っていない。
 ……後生の約束成れば、破る訳にもいかない。
 動物を愛でるのは好しと思うが、中々私は動物に好かれず
 紅映様の反応が珍しい位だ。……変化、と言うと獣の姿に……?」

男は小首を傾げた。
因みに頭を叩かれるように雑に扱われようと気にしない。
獣と戯れる程度で、人が怒り心頭になるはずもないのだ。

緋嗣紅映 > 向かい合うように膝の上に座ったままフンフンと髪に鼻先を埋める。
とりあえず匂いを嗅ぐのは獣の性か。
或いはほんのりと強くなったお日様の匂いのせいか。

「……そうなんダ?よっぽど嬉しかったんだネ。」

褒められて以来手入れを怠っていないらしい髪。
寧ろいじらしいのは男の方じゃなかろうかと思った。
それだけ嬉しかったのか―――或いは、そう褒めてくれた人の事が、忘れられないのか。
男は自分を刃と言うが、しょせんは人。人は記憶に縛られがちだと、狐は知っている。

「逆だゾ。元々はまんまキツネなノ!良くて獣人だけド、こっちの世界だと目立つかラ。」

そう言って顔をぷるぷると左右に振れば、瞬く間に皮膚のあちこちから体毛が伸び、ブロンドの毛並みの獣人の姿になる。
とはいえ体毛が生えてその顔が狐の物になり、手足もどことなく獣寄りになっただけで、背が伸びたりという事はなく、未だ腕に収まったまま。

「紅映ノ世界でハ、紅映みタいな獣人を神様って呼ばれテテ、結構居ルんだヨ。皆大体この姿で自分の祠とか神社とかテリトリーの中でうロウろしてるノ!」

長いマズルの口を動かして喋る声は、先ほどより発音がおかしかった。

紫陽花 剱菊 > 嬉しかったのか、そう言われるとそうなのかもしれない。
改めて、人に言われるとあの時の記憶が脳裏に映る。
──……燃える炎の中での出来事だ。

「……夏至の夜。本当に暑い日だった。私は、私の世界で生きる為に
 あらゆる術を、力を教わった。人に非ず、刃で在れと……。」

「私自身は、其れで良い。……未練がましい事を言えば、人でいたかった。」

「……此の髪は、母が褒めてくれたんだ。『其方は私に似て、綺麗な髪だ』と。
 ……天命の時も、母は最期まで私の髪を褒めてくれた。此れは、私の未練だな。」

だからこそ、自らの髪を大事にしている。
だからこそ、手入れを忘れる事無く綺麗にしている。
己を刃と定め、人に憧れた男の未練。
しかし、少女の思うように、未練を抱くのは人間であればこそ。
男はその矛盾に気づかない。気づくことは無いだろう。

「……おお、此れは中々の毛並み……。」

何とも綺麗な狐色か。
成る程、神とも称すれば、此方の価値観で言えば
妖の類に近いと見た。だが、此れと言った邪気は感じない。
それは、少女が持つ明るさが所以なのか。
感嘆の声を上げながら、まじまじと少女の体を見ている。

「……成る程。まさしく、獣の社会、か。
 其れを人が神と崇める世界……ううむ、何とも長閑な。」

聞く限りは、そう感じた。
少女の体をまじまじと見ながら、徐に顎に手を伸ばしてみる。
避けなければ、そのまま顎を擽るように撫でるだろう。
完全に扱いがペットのそれだ。

緋嗣紅映 > 「ふーン……。好きなんだネ、お母さんのこト。お母さんもコンギクのこト、好きだったんだネ。だっテ、人は過ちを犯すけド、刃は悪い事なんて出来っこないもんネ。強く真っすぐ生きててほしかったのかナー。良いお母さんだネー。知らんけド!」

全部、狐の勝手な妄言だ。
でも嫌いな人や嫌な人に褒められた髪を大事にするだろうか、と考えた。
自分だったら褒められたそれすら嫌いになりそうだ。
だから好きだった、良い人だったと勝手に考えて笑った。

「やーン、そんな見つめられたら恥ずかしイ!エッチ!」

ローファーが形に合わなくてポトンと地面に落ちた。
口が破けそうなニーソックスと、スカートの間の露出していた太腿は膨れてふわふわの毛並みに包まれて、なんとも触り心地がよさそう。

「マー、紅映みたいな野良神ハ、棲むとこないかラ、苦労させらレ……、んぉ。あぅ、あお、あーーー……」

顎を擽られれば右足がピコピコピコッとまるで喉を掻くように弾み、口から気持ちよさそうな獣の声が出て尻尾が触れる。
狐はコンコンって、鳴かない。

「……ハッ。か、神様だヨ!?」

暫くすると我に返って首を左右に振って先ほどのヒトの姿に変化し直してしまった。

「モー、撫でるなラ、こっちのほうがやっぱり楽しいでショ!」

危うく手懐けられるところだったと、すべすべもちもちになった頬を撫でさせるように、袖越しに相手の手を自分の顔に押し付ける。

紫陽花 剱菊 > 「……嗚呼。」

其れは間違いようのない事実だ。
自分は母親を親として愛していた。
自信は無かったが、きっと母もそうだったに違いない。
満足げに、強く頷いた。

「…………。」

「……否、獣に欲情を抱くのは難しい。飽く迄、私は獣を愛でている心算だ……。」

男に表裏は無い。
故に歯に衣着せない物言いをすることがある。
此れもその一つだ。
そう言う問題じゃないって知ってるか?知らないからこうなんです。

「…………。」

偉く気持ち良さそうな声が出ている。
無防備に、もっと愛でろと言わんばかりの姿。
一応相手が女性という事を考慮して
喉や頭、なるべく当たり障りない部分を撫でている。
触れた時点で人によってはセクハラというのは、気にしてはいけない。

「……?先程神とは言え、獣と相違無いと聞いた。
 ……私は、親しみやすい紅映様が好みだな。」

神様と敬うのは当然だが、此の様にじゃれてくれる獣のが個人的には暖かく、長く触れていたいと思えた。
勿論そう言う意味ではないが、理解するはずも無い。
へにょっとすべすべもちもちな幼子の肌を手に押し付けられると、不思議そうに首をかしげて。

「…………。」

ぷにぷに。ほっぺを啄むように撫でた。
結局撫でた、素直。

緋嗣紅映 > 「ヤ、マジにとられても困ル。揶揄っただけだヨ。」

寧ろマジで欲情されたらそれはそれで一番困るのはこの狐である。
嫌という程でも無いがめいっぱい困る。

「やヤ、そうだけド、そこはちょっと別っていうカ。紅映にもプライドがあるんデ。」

一応神様だし年上だしあんまりにもだらしない姿は見せられないと首を左右に振って真顔になる。
第一甘やかせるって言っておいて自分がすっかりやられていてはいけない。
そんな狐の野良神なりの葛藤があったりなかったり。

「うんうン。素直でよろしイ!紅映の体はヒトでも心地いいでショ!我ながら抜群の美少女だからネ!」

得意げな顔をしながらほっぺを撫でられる様子は、先ほど守りたがっていたプライドのプの字も無い。
とは言えどちらかといえば、自分の変化の腕に自信がある、という節が強い感じもある。

「コンギクの体ハ、細くて硬いナ。ちゃんと食べてるのカー?夏とは言えちょっとは食べなきゃダメなんだヨ?」

そう言いながら男の腹を袖越しに撫でようとする。
だぼだぼの袖ですっぽり隠れて絶対見えないくらい覆われてるが、手も普通にヒトの手だ。

紫陽花 剱菊 > 「…………。」

「……そうなのか……?」

表情こそ変わらぬ仏頂面だが
声音の音程がやや上がった。それなりに驚いてるらしい。
変な所で純粋、というより阿呆な雰囲気が見える……。

「……別……。」

男は軽く思考を巡らす。

「……人として愛でられるのと、獣として愛でられるのは、別腹と……?」

訝しげに訪ねた。
何を言ってるんだお前は。

「……うむ。其れは相違無く。幼けない少女の肌触り。
 可憐な顔立ち、麗しい少女の顔立ち。愛らしいとは思う。」

成るべく痛くないように力を抜いて、幼い肌のもちもち感を楽しんでいる。
当然のように他人の事を褒めているにすぎないが
先程と打って変わった空気のせいか、幾ばくか不審者度が高い!

「……必要な分は食べている。趣味としては……其れなりに。
 体は相応に、器に収まる程度は鍛えているつもりだ……。」

袖越しに撫でる腹もそれなりに固いが、どちらかと言えば弾力があってしなりとある筋肉。
そう、筋肉にしては柔らかい。男の筋肉と想像するガチガチの堅さと比べると、物足りなく感じるかもしれない。

緋嗣紅映 > どこの世界にも物好きと言うものは居るもの。
異類婚姻譚が御伽噺じゃない世界から来たとは言え、目の前の男がそんなタイプには見えない。
この手のタイプはきっと綺麗な大人の女性が好きなのだ、とか勝手に分析している狐だった。

「そリャ、感覚違うでショ。コンギクで言うなラ、刃として褒めるカ、人として褒めるカ、みたいな。」

上手く例えられた気が全くしないが、それ以上の説明が難しかったので断念した。

「……ンンンン。コンギクが言うとなんだかむず痒いネ……」

耳を弾ませ垂らし、頬にまた紅が刷かれる。

「……必要な分ハ、なんていう奴に限って全然食べてないんだよネ。」

じっと疑うように眉を寄せ目を細めながら呟く。
とは言え食べていなきゃこの体を作るのも難しいだろうし、必要な分というのは嘘じゃないとも思うけども……
何があるか分からない世界だし、なんだかんだ彼も異邦人だしなぁ、と考えながら腹部を触る。
人間の体をまじまじ触る経験など無かったから、物足りなさは硬さよりも柔らかさだった。
筋肉も大事だが脂肪はもっと大事。冬を越せないから。そんな獣思考。

「ふあぁ……。ヒトの姿だと夜は眠くなるナァ。そろそろ紅映は眠いヨ……」

撫でられて心地良いのもあって、うとうとと目を細めて頭が舟をこぎ揺れ始める。

「コンギク、女子寮まで送っテ。可愛い紅映が悪いヒトに攫われたら大変でショ。」

そう言って両腕を広げて持ち上げる。抱っこを所望しているようだ。

紫陽花 剱菊 > 「…………。」

表情は変わらない。
男に一切の油断は無い。
武に生きた男は、この状態から如何なる不意打ちにも対応する自信はある。
……まぁ、それ以外何も考えていないので、ある意味彼女の分析は見当違いの方向に……。

「……ふむ……然るに、紅映様はどちらとして褒められると喜ばしいか、となるが……ん、……左様か……?」

自らの言葉に特別な力があるとは思っていない。
ただ、有り様のままに、人の良きを口にしただけ過ぎない。
お為ごかしも、下心も無い、真っ直ぐな言葉だった。

「……心配を掛けたようであるならば、申し訳無い……。」

自分はそれほどまでに危なっかしく思えるのだろうか。
元の世界でも、食事とは違うが妙な心配をされた事はある。
己の技量に見合い、己に出来るからこそ無茶をする。
身を捨てる行為も、後へと繋がれば問題なく遂行してみせる。
刃成れば、当然の事。少し困り顔になっている男だが
少女の心配とは見当違い。

「女子寮……成る程、学生身分だったか。
 うむ……長々と付き合わせて頂いた以上、送り届けるのが道理。」

それを断るはずも無い。所望されれば、しっかりと両腕で抱き抱え
赤子のように大事に、割れ物を扱うかのように
かつて、自分が母の腕の中で抱かれた感覚を思い出しながら
優しく、抱き上げ、眠りに誘うように、優しく頬を撫でた。

「……ゆっくり休まれよ。微睡みに沈もうと、其方の部屋にしかと送り届ける故……。」

綺麗な月明りをしり目に、宵闇へと歩き出した。

緋嗣紅映 > 「まあどっちも嬉しいけド……」

どちらの姿も自分である事には変わりがない。
変化とはいえ少なくとも、他人の姿を取っているわけではないのだから。
とはいえそもそも褒められる事自体慣れていないのだけど。

「うン。一年生だヨ!来たばっかだからネ!」

何故か学生なのを偉そうにする。
そのまま抱きかかえられれば抱き着いて落ちないようにしつつ、たまに意識だけが落ちかけるも、変化が完全に解けてしまうので必死に意識は保った。
それから部屋まで来ればようやく変化を解いて、久方ぶりに心地の良い眠りについた狐だった。

ご案内:「常世神社」から緋嗣紅映さんが去りました。
ご案内:「常世神社」から紫陽花 剱菊さんが去りました。