2020/07/04 のログ
ご案内:「常世神社」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
ご案内:「常世神社」にソフィア=リベルタスさんが現れました。
紫陽花 剱菊 >  
常世神社境内。
夕暮れ時、遥か彼方の水平線が茜色が溶けだす頃合い。
穏やかな夏風に黒髪を靡かせながら、男は長椅子の上に座禅を組んでいた。

「───────……。」

さながらそれは、初めからそこにあったかのように
ごく、自然に溶け込んでいた。背景の一部と言っても差し支えなく
男はそれほどまでに静かで、穏やかな気配と共に茜の光に身を預けている。
瞳を閉じ、二本指を口元に立てたまま、微動だにしない。
頭の上に乗って囀る小鳥が二羽、如何にして涅槃の奥底にいるかを物語るには十分だ。

ソフィア=リベルタス > 「…………。」

さりとてそこへ、その静寂を破る音一つ。
コツッ、コツッ……と場違いなヒールを地面に叩く音がこだまする。
男を見据え、特別な表情をするわけでもない、冷めた表情の少女が……。
否、怪異が、一匹。 遠い違法の国で、遠い昔西洋で好まれた布地の服をまとった少女には、しかし獣の類の特徴が随所に散見できる。

小鳥が飛び去る。
怪異は男の隣に座る。
なにを言うでもなく、淡々と。

紫陽花 剱菊 >  
ただそこにありありとしている訳では無い。
男は気配に敏感ではあった。
行住坐臥。武に生きるものであれば、如何なる時でもそこに油断は無い。
穏やかだった気配に、どろりとした泥土が混ざった。
人の気配とは違う、何か。
それでも眉一つ動かすことなく、男は静止したまま口を動かす。

「…………猫又…………?」

かつて、自らの世界にいた怪異の名を口にした。
人を化かす化け猫。ゆっくりと、黒い双眸が開かれる。

「……どうも。参拝に参られたのかな?」

隣に座った少女を見やれば、軽く会釈した。
些か、冷めた印象を受けるが、そう言うものだと男は思う。
自分も大概、不愛想な男故に。

ソフィア=リベルタス > 「ふん、まぁやはりそういう認識をするよね、人間は。
 君の世界にもいたんだねぇ、猫又。 私の場合は少々違うけれども。」

疑問に言葉を返す、無口な男とは反対に、口は多く回る。

「そちらの邪魔をしたようなら済まないね、参拝、というわけではないんだ。
 君を探していた。大昔に滅んだと、記述では見ていたんだがね、東方の侍。
 それとも、君も私と同じように『渡って』きた口なのかな。」

目をつぶったまま、捲し立てるわけでもなく。
ゆっくりと言葉を紡いでいく。
瞑想の邪魔をした、という自覚はあるようで謝罪の言葉を口にする。

しかし会釈に返すでもなく、何処か毅然とした態度を少女から感じ取れるだろう。
何かに怒っているような、そんな感覚。

紫陽花 剱菊 >  
「……私の認識が気に障ったので在れば素直に謝罪しよう。
 気配だけ察すれば、そう表現に行きついた。他意も無い……。」

そう表現するべきだと習った。
人を人、水を水と言うのに行きつくのと同じだ。
男は生真面目なようで、素直に少女へと頭を下げた。

「……然れど、私は其れで分ける事は無い。人も怪異も命を以て平等と見なす……。
 醜き其れとは違う。私の目に映る其方は、明媚な艶黒(えぐろ)をしているよ。」

男は物静かなれど、相応の口は回るらしい。
森羅万象、其処に命があればそれを差別する事は無く
その美しく艶やかな黒だと少女の外見を褒めた。
表裏のない穏やかな声音だ。男の本質が垣間見える。

「……否、些事である。其方が気にする事では無い。」

「……東方と言われる方も数度いる。だが、其方の推察通り
 私は此の世では無く、『門』の向こう側より誘われた。
 乱世の世、より、不本意ながら、ではあるが……。」

少女の言葉に小さく頷いた。
自らを異邦人と隠すつもりは無い。
既にこの世界での在り方を見つけている男にとって
今は其れが害になるとは思わなかったからだ。
尤も、未だにこの地にはせ参じた理由が不鮮明、事故であるため
今一歯切れの悪さはぬぐえない。

さて、如何にもこの少女は自分に対して
何かしら怒りを覚えているように見える。
見覚えも無く、かといって男はそれを無視するほど冷たくはなれない。

「……済まなんだ、其方と会うのは初めてな気もするが……私は何か、してしまったのだろうか?」

男は素直に、少女に尋ねる。

ソフィア=リベルタス > 「……褒め言葉、なのだろうね。 私は君の世界の言語について造詣が深いわけではない。
 多々意図を汲み取れない事が在るかもしれない、許していただけるのであれば幸いだ。」

ソフィアでも、いくら『叡智』と名の付いた彼女でも、この世界の古い言葉や、異世界の言葉にまで詳しいとうわけではない。
時々、理解の及ばない単語を耳にもすれば、苦い顔をするというもの。
己を教師と名乗るものでもあれば、殊更に。

「私の在り方について、その表現に怒っているわけではない、頭を上げられよ。
 私は別に、君を責め立てようというつもりではない。
 いや、確かに、君について思っていることはあるが、それはそれとしてまた別のものだ。」

ゆっくりと少女が瞼を開く、琥珀色に輝く少女の瞳は、なおも鋭く男を射抜く。
「怒っているわけではない」そう言葉にした少女の言にしては、冷ややかに。

少女は少しだけため息を吐き出すと、コンコンと自分の頭を小突いた。
大人が子供に説教をするように、何かを戒める様に。

「不本意に飛ばされる、この島に来た異邦の者なら珍しくもない。
 私もまた、そういった境遇だからね。
 心情察するにあまりある、という感じか。」

苦笑いを浮かべながら、怪異は告げる。
男を気遣うように、自分も同じだと。

「すまないね、公安の君。 私は少しだけ、うん、そう少しだけ。
 君に文句があって探していたんだ。
 いや、君が悪かったとか、君が間違っているとか、そういうものではないんだ。
 ただ、感情の処理に、困っていてね。」

結局は、そういうこと、彼女自身が認めたくないだけ。
『怒り』という感情の矛先を、男に求めていることを。
許しを請う、それをすることを見逃してほしいと。
言い訳をするように、男は間違ってはいないと宣う。

「君は、私の生徒に傷を負わせたものだから。」

紫陽花 剱菊 >  
「……誹る理由も無ければ、必然。其方の秀麗さを表すには事足りないやもしれないが……。」

とにかく褒める。人の事を褒める。
男にとって、それほど他者とは尊いもののようだ。

「……否、未だ此の世界言葉は解せぬ私に非が在る。お気に召されぬな。」

特に意図して来た訳でも無い。
幾ら人間と言えど、此の身は此の世界の理の外にある異邦人。
なまじ、意図が通じる分、返って今の言語を即座に崩せるようなものでもない。
沁みついた文化は、早々体から消えてはくれないようだ。

「……其方の寛大な御心に感謝を。」

一々大袈裟な男だと思うかもしれない。
裏を返せば、何事もそれだけ他人にも物事にも本気とも言える。
とはいえ、その寛大な心でも許せないものはあるようだ。
男は静かに、その鋭き琥珀の氷柱を一身に受け入れる。
動じる事も嘆く事も、誹る事も怒鳴る事もせず
不愛想な仏頂面のまま、在るがままに。

「……いえ、其方の苦労に比べたら些末な事。私は其方の事を良く知っている訳でも無い。
 いかばかりの苦労ははしたと見受ける。」

特に異邦の者と言えど、怪異と在れば奇異の目で見られてもおかしくはない。
自分とてそうなりかけたようなものだ。
気持ちのいい事では無いだろうが、その共感に男は首を振った。
自らに対する価値観は著しく低いらしい。

「…………。」

「……成る程。」

合点が行く。教師と言う立場で在れば、思い当たる節が幾つかある。

「……私がまだ、彷徨う亡霊だった時か。あの時の手合わせか、少女の嘆きか。」

「或いは、公安の刃として腰を据え、鉄火の嵐を駆け抜けた時か。」

「……何れにせよ、全ては必定だった。其処に酌量の余地は無い。」

如何様な邂逅で在れ、其処に抜き身の刃があれば
どちらかが傷つくのは必然であり、自らの身もまた削れる。
時にはそれは、命に係わるものだったかもしれない。
乱世の世を駆け抜けた男にとっては、其処に是非は無く
それを悪びれるつもりは無かった。
しかし……。

「────然れど、私がやった事に変わりはない。如何様にでも、詰り、誹り、罵倒してくださって構わない。」

「仇討ちが所望と在れば、素直に身を刻まれよう。」

罪には罰。其処に罪が無いとは言わない。
須く罪で在る、自らの世界に居てもそれは同じ。
己が大罪を背負っていることは、元の世界にいる時からそうだ。
正直に言えば、人に恨み辛みを吐かれるのは初めてではない。
それに慣れたわけでもないが、吐き出される側が出来る事はただ一つ。
それを一身に、受け入れる。

冷たい琥珀を見受ける黒い双眸は
酷く穏やかで、男は凛然とし動かない。
煮るなり焼くなり、今ならどうとでも出来る。
それが望みなら、在るがままに受け入れるだろう。
涼やかな夏風が、互いの黒髪を揺らした。

ソフィア=リベルタス > 「清々しい、その言葉がそのまま人になったような男だね、君は。」
 
思わず、という他ない。 笑みが零れる。
男に持っていた怒りの感情は、風に浚われるように薄ら晴れて行く。
こんな男がこの島のすべてだったのであれば、世に争いも起きないのかもしれないが。
否、それは退屈でつまらない世界だろう。
この男がつまらない、というわけではない。 差異がない世界など、面白くもない。

「敵討ち、のつもりはないよ。 君もまた、私の生徒によって傷を受けた。
 あの強烈な砲火に焼かれながら、なおも進んでいく其処許の姿には、感銘を受けたものだ。
 それで十分だろう、腹に穴が開いたのだ。
 それ以上の代償が必要だとは、私は考えてはいない、仇とは己で討つものだ。
 生きているのであれば、ね。 私はそう考えている、其処許はどう考える?」

敵討ちに来たのではないと、少女は否定する。
あの青年の、容赦ない砲火でそれは果たされていると、故にそれは必要なく、
ではなぜ、彼女はここに現れたのか。
必定、それは教師としてするべきこと。

「こちらの生徒が、其処許に失礼な言動、数々の暴虐、傷を与えたこと。
 誠、申し訳なく思う、どうか、許されたい。」

生徒をどうか許してほしい、唯それだけの願い。
自分の感情も置き去りにして、男に向かって頭を下げる。
涼やかに、怒りの色は失せて行く。 少女の背中に、鬼は居らず。

紫陽花 剱菊 >  
男は静かに、首を横に振った。

「人斬りを表現するには、余りに贅沢だ。刃は斬る以外に能わず。」

造形美、機能美と言う意味では強ち間違いではない。
だが、男は刃の意味を、理を理解している。
多くの命を、縁を、世界を断ち、美しささえを血で汚す死神の道具。
ならばこそか、苦虫を嚙み潰したかのような苦渋が僅かに表情に現れる。

「…………。」

幼き少女が、頭を下げた。
上に立つものとして矜持か。
男はまた、静かに首を振った。
糸ようにきめ細かく、黒が揺れる。

「如何か、頭を上げて頂きたい。見ての通り、私は微塵も気にも留めていない。」

「仮に私が死んだので在れば、所詮其処で折れるが運命。其方が謝る事でも無い。……が」

「私にも譲れぬものがある。太平の世を乱すものを斬り捨てる事は私も同じ。然れど、其処に漫然と根を張る民草を焼き滅ぼす事は、罷り成らぬ。」

「所詮は人斬りの戯言と取ってくれても構わない。だが、彼が覇道を敷くので在れば、私も剣を収めるつもりは無い。」

立派な教師だと感服を受ける。
だからこそ、包み隠さず男は自分の考えを述べた。
悪を斬り捨てる過程において、悪のみを斬るか、悪ごと斬り捨てるか。
男は常に前者を取り続ける。だが、あの時の彼は後者だった。
如何に荒野と言えど、其処に咲く命をその様な男が見捨てられるはずも無く
だからこそ、道が交わらぬので在れば互いに武力を取る。
争いが起きる必然的流れだ。

そう、だから男は暗喩に言っている。
"殺す事も厭わない"。
わざわざ、自らの生徒の為に目の前に現れたこの教師に
ありありと言ってのける。
だからこそ……。


「……生きている限りはそうだろう。だが、仇を返せば、仇と受けるもの。輪廻は如何様にでも続く。故に、誰かが耐えねば、其れは叢原火の如く燃え広がる……。」

その考えを肯定する一方で、男の声音は幾何か暗い。
平たく言えば、酷くうんざりしたようにも見える。
乱世で多くの人間を斬った。必定と言えど多くの命を斬った。
人か、魍魎か。或いは物か。男は、自分の世界で多くの恨みを買った。
多くの仇討ちを、その身に受けた。其れも悉く斬り伏せた。

────死者と共に歩むものであれば、男の纏う臭いを感じるかもしれない。
噎せ返るほどの、血の臭い。鼻腔を擽る死臭の数々。
それは、男が今までに成してきた業。だからこそ……。

「……"あの時"は斬って捨てるしか無かった。私にはやるべき事が在る。其れは、今も変わらず。だが……。」

「其れが此の世界の理と非ずと言うならば……立場を捨てれば、男と女。即ち個……。」

「……先の怒りは"立場"か、"個"か。後者で在るならば……何も遠慮する事は無い。私が一人、耐えればいいだけの話。」

それでも尚、目の前の少女……女性へと向き合った。
どちらの立場で義憤に、或いは両方だったのかもしれない。
男の言葉通りで在れば、在るがままに仇を受け止める準備は出来ている。
……死臭に埋もれた中に漂う、穏やかな陽の香り。
業の奥に埋もれたそれこそ、男の本質なのかもしれない。

ソフィア=リベルタス > 「確かに、君の論理で唱えるならば、それは間違いではない。」

少女は頭を上げる、男を見据え、男の過去を視る。
それは、かつて己も通った道なればこそ、それを否定する気にもならず。
しかし、少女は尚も首を横に振る。

「人を呪わば穴二つ、討って討たれてを繰り返す、人とは誠難儀な生き物でありこそすれば。
 尚のこと、人を導く者がすることではあるまいよ。」

個人である前に、人を導く者なれば、怨嗟を紡ぐことまかり通らぬ。
少女は告げる。

「悪も、善も、人間の数だけ存在する。私にとっても、かの青年の行いを是とは言い難い。
 だが……さりとて彼らは我が教え子なれば、見捨てるも能わず。」

苦笑する、これでは平行線だと。
かの男に恨みはない、たとえ人が討たれて居ようとも、怪異である自分にそれを窘める道理もなく。
人の道理と説くこの男が間違っているともいえない。
ならば

「で、あるならば。」

少女は立つ、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩。
間合いの外、しかし、一歩歩めば斬れる距離。
命の間合いの、少し先。

「一刀のもと、是非を問おう。 言論ではなく、己の筋を通すのならば。
 其処許と私の言、どちらが誠か。」

刀をも持たぬ少女は、不敵に笑う。


「命のやり取りとはいかないが、其処許にはこれが一番わかりやすいようだ。
 なに、一手。御教授願おうと思うが、いかがかね?」

寸止め。 少女はその体躯で、剣にて是非を問わんと持ち掛ける。
己を通すのならば、その長物で語って聞かせてみるがいいと。

「されど、私の刃が貴殿に届いたのであらば、その怨嗟、私が貰い受ける。
 この世界に、それは必要のないものだ。」

少女は、しかし少女ではなくなった。
艶黒に輝く抜身の刃、その言葉がよく似合う。

紫陽花 剱菊 >  
「──────……成る程。」

言葉よりも雄弁と取るか。
確かに言葉が平行線を辿るのであれば
武を競うのも止む無しか。
あれだけ小さな体だというのに
数歩離れた間合いの先に在る気配は、何と鋭い事だろう。
漆の刃。夕日の茜を帯びて妖艶に輝く一振り。
油断し、惑わされれば立ち所に斬り伏せられる。

男が立ち上がると同時に
その右手にはいつの間にか刀が握られていた。
鈍い銀色が、茜に焼けて乱反射している。
何の変哲も刀だが、刃で在れば生み出せる男の異能。
一度剣を取れば、口は無用とばかりに男は構える。
しっかりと両手で握りしめ、切っ先を下に向けた下段の構え。

その瞳孔が見開き、獣のように細くなった。
己を刃と定めるのであれば、獣なり、修羅と成るのが必然。
其の言葉に、流れるままに剣を─────振り上げ、投げた。
銀の刃が夕焼けの空で空回り。

「…………些か、人が悪すぎる。」

男の仏頂面が噴き出す様に、苦いはにかみ笑顔を浮かべた。

「立ち合いならともかく、教え子を護る相手をまた力でねじ伏せる。……仇討ちと何が違うのか。」

「……漆の君よ。其方は優しく、強き人とお見受けする。」

一歩、二歩。離した距離をゆるりとした足取りで詰めていく。

「然るに……我が志を通すので在れば、必要な事。」

三歩、四歩。刃も持たず、無防備な姿。

「……然れど、一度私が耐えると口にした以上、如何様な理由だろうと、刃を交えるのは良しとしない。
 刹那を図り違えたばかりか、其方を斬ってしまえば、私はきっと其方の"教え子"に憎まれる。」

「互いに其れは、良しとせず。」

五歩。互いの体が目前の時に、その間へと突き刺さる刃。
彼が投げ捨てた、一本の刀。
その柄は、少女の方へと向いている。

「……其方の生徒に其の様な真似はさせたくない。」

「……其方に私の怨嗟を渡す訳にはいかない。其方が如何様な道のりを歩んできたか
 私如きでは皆目見当も付かない。……然れど、其れが長い道ならば
 剣魔の悪鬼羅刹の怨を今の其方へは預けられない。」

「其方を埋めるのは怨に非ず、人の恩、即ち温もりと私は視る。」

「……済まなんだ、私は、何方も取らねば気が済まない強欲な男だ。」

志の為に、違えれば生徒を斬り捨てる事を厭わない。
一方で、その為に彼女をねじ伏せる事も違う。
彼女が如何なる道を歩んできたかは知らずとも
今は人を導き立場にあるならば、それを埋めるのに恨み辛みは余りにも暗すぎる。
受けるべきは、人の情。
此の手が届く範囲で在れば、如何様に手を取ってみせる。
────刃が斬る事しか出来ないというのに、本当に贅を心がけた志だ。

滑稽と誹るなら、其れも構わないだろう。
其れを気に入らないと言うのであれば、間に在る刃をとると良い。
今の男を斬り捨てるのは、赤子の手をひねるより簡単な事だ。
穏やかな陽の兆し。そのような微笑みを以て
相手の選択を如何様にでも、受け止めるつもりだ。

ソフィア=リベルタス > 「くふふ……ははは、それでこそ、というべきか、公安の走狗よ。
 いや、君はそれに縛られる器でも無いと見える。
 さしずめ、傷を負った狼か。」

少女は笑う、それでも信念を貫くが剣客に、称賛を込めて。
嘲るでなく、否定するでもなく、これは手に負えぬと。

「では、こういうのはどうかな、剣客の君よ。
 これがこの世界の、『仲直り』の印というものだ。
 君の世界にも、あるとうれしいのだが。」

少女の手は刀の上に、掌を広げるように差し出す。
この手に握るものは刃ではなく、認め合うべき相手なのだと。
教師を名乗った少女は説く。

「君は、尊敬に値するべき人間だ、増悪に流されず、情に寛容で、少々物騒なところはあるが。
 なに、この島ではそう珍しいことでもない。
 それもまた個性というものだろう。」

「私は教え子を。君は君の正義を守ればよい。
 今はまだ、ぶつかることもあるまいよ。
 あえて願うとすれば、君と戦場で会わぬことか。」

落としどころ、互にそうする理由がないのであれば。
必然、この場にもはや獣は居らず。 二人の『人』が居るだけ。

「狼よ、しかしもし君が私の生徒を屠ったのであれば、その時は。」

その先は言わず、語らうのなれば、その時こそ。

紫陽花 剱菊 >  
「……走狗を名乗るには、私は忠義に欠ける。」

「……狼を例えるなら、私に気高さは無い。」

「刃は在るべくして握られる。……必要とされぬのが一番良い。」

やはり、己に対する評価は著しく低い。
其れが刃で在るが故に、"斬る"しか能がない。
二十年と少し、少女の足下に及ばない生ではあるが
其れ以外を知る機会に恵まれなかった故の正当な評価。
その在り方は、男の纏う死臭が語っている。
だからこそ、己を刃を定めた男は、自らが口に出した言葉の意味を知っている。
……何時か、鞘に収まり埃を被り滅するのが、己にとって一番だ、と。

「…………其れが望みと在らば…………。」

此方から拒否する事は無い。
同じくして、対の手を差し出すも
其の手が如何に汚れているか男は知っていた。
気高い少女の手を、己如きが握るべきか。
一刻迷った末、おずおずと差し出した。

「…………。」

「……其れは買いかぶりだ。欠かれた茶碗と、私は相違無い。」

「ただ、秩序の為に身を賭しているだけに過ぎないよ。」

人として見るには、余りにも多くの事が欠けすぎた。
男はその自覚があった。だからこそ、刃で在るしかない。
いつしか表情は、最初の時と変わらない不愛想な仏頂面に戻っていた。

「……彼。理央は、名君たる器を持っている。だが、其の思想は歪み切っている。
 足場も見えぬ裸の王。屏風の虎にも劣る滑稽さだ。」

「卒爾乍らに、其方が導くもの足るのであれば、私に牙を剥くよりも彼に先に教えてあげて欲しい。」

「名君の有り様、正しき人の道。自らもまた、"人"であることを、あの憐れな少年に。」

「……私の言葉は届かず。戦場で出会えば、二度目は無い。刃にて語るのみ。」

刃故に、再度相まみえれば斬るしかない。
しかし、男もまたそれを望まない。
彼は常に、他人を考えて生きてきた。それは、あの少年とて例外ではない。
だからこそ、導くもの、教師足り得る彼女に"懇願"する。
正しき道へと、導く事を。

「……然るに、其れに必要な手助けは幾らでもするつもりだ。が……。」

「一つ、無礼を承知で尋ねたい……其方は何故、教師をしている?」

「……私と同じくして、誘われた漆の猫又……人に教えを説くのを是としているのか……?」

率直な疑問だった。
彼女は確かに素晴らしい人物だと思うが
些か感じる妙な違和感。杞憂で在れば其れで良い。
自らの無礼を詫びるだけ。彼女が如何なる人物であるか、男は興味が出てきたのだ。

ソフィア=リベルタス > 差し出された手を、少女は躊躇なく握る。
逃げることを許さないように、その卑屈を許さぬように。

「無論、導くことは止めないさ、君が刃を取らなくてもよいように、彼がおのれの手を、必要以上に汚れさせないために。」

彼がかの道を歩む限り、その汚れは消えることはないだろう、それでも、きっとそれ以外の道を歩ませる方法もあるはずだと。

「私かい? 残念だが、語るべきほどの人物でも、さりとて猫でもあらず。
 私は『化け物』であれば、人にあらず、獣にあらず。
 なに、私は人の行く末を見るのが好きな、奇怪な現象に過ぎない。
 己のことも未だわからぬ、ただの年老いた『化け物』さ。
 ただ、人の営みを愛している、
 私の存在を是とする、人間を愛しているだけに過ぎない。」

だからこそ、彼らが少しでも長く、よりよい道を行けるように。
未来を歩む若者たちが、自分という一欠片を照らしてくれると信ずればこそ。

「私は人間に、この世界に恩を返しているだけさ。」

紫陽花 剱菊 >  
男の手は、まるで鉄の様に冷たい手をしていた。
それが刃たらしめる理由なのかはわからない。
ただ、握り続けたらやがてそれは、人の温もりを宿すだろう。
何も変わらない、"人"の手で在る。
言うなれば些か男の言うには、細い指先位だろう。

「……そうで在れば、私から言うべき事は無い。ただ……だからと言って……。」

「其方も汚れてくださるな。……今更過ぎる言葉やも知れないが……。」

化け物と自らを誹るので在れば、きっとその道は険しかったのだろう。
人ではない異邦人、怪異の教師。
今更過ぎる言葉かもしれないが、其れでも言わざるを得ないと思ったのは、男の優しさ故か。

「…………。」

少女の言葉を聞いた。
外側から人を見守りし者。先導者と。
黒い双眸を細めて、少女の琥珀を見据えた。

「……其の恩返しは……。」

「────己が身を削ってでもやろうと、貴女はしますか?」

男は静かに、問いかける。

ソフィア=リベルタス > 「……あぁ、生徒に教える手前、必要以上に汚れるような真似はしないとも。」

彼女は頷く、生徒に顔見せ出来ないようなことはしないと。
優しさに返すように、柔らかな微笑みを返す。

「……たとえ、己が命尽き果てようとも、それが私の願いなれば。
まぁ、生徒や、知り合いに、私のままで居ろと頼まれた以上、消えるつもりはないがね。」

命を削る価値はある、しかし、それを全て捧げることはできない。
生徒にそう望まれたから。

少し照れくさそうに、少女は答えた。

紫陽花 剱菊 > 「…………。」

安堵に胸を、撫で下ろした。

「……無礼を承知で言わせて頂ければ、貴女の道は長すぎるように見えた。
 飽いたとまでは言わずとも、霞の如き儚さと危うさを感じた。」

其れこそ人間の自分には途方も無い道だっただろう。
彼女の人生観、言動に見え隠れする達観は年の功と男は思った。
だからこそ、長寿の宿命、飽く迄憶測の話である、と男は言葉を続ける。

「だからこそ、と思ったが……杞憂に終わって何よりだ。」

「貴女は良き教師であり、良き生徒に恵まれたようだ。」

「……人間如きの戯言と、聞き流してくださって構わない。
 悠久の時を生き、貴女はきっと多くを経験したのだろう。
 だからこそ、其の命の分量をはき違えてくださるな。」

「……消える心算は無いと申されるが、命を尽くす事を願いに定めてくださるな。生徒は未だに、貴女を必要としている。」

「貴女が生徒を導く事で、彼等は成長する。そして、其れは貴女自身も、互いの研磨によって……。
 貴女が人に寄り添い、人を見守りしものであるならば、別れの辛さをご存じのはず。
 其れを、生徒に味合わせてくださるな。……今の貴女は、孤独では無い故に、多くの生徒を導く義務がある。」

其れが、先達者へと自らを位置付けるなら、義務だと説く。
今更だと言うのであれば、それで構わない。
存外こう言う事は、口に出して何度も言っておかねば忘れてしまう。
特に、長寿の定めであれば、尚の事。

「…………言葉が過ぎた。些か、余計な事を口出しした事を詫びよう。」

生真面目でお節介な刃。
男は静かに、頭を下げた。

ソフィア=リベルタス > 「いや、君の言葉、確とこの胸に刻もう。
 どんなに長い時を置いても、過ちを犯すのが命なれば。
 そこに優劣などあるはずもなく、人の言葉と思いが私を作り上げるものであるからして。
 君のその想いと言葉もまた、私と糧として生きよう。」

なればこそ。

「君も、自分の生命を無碍にしてくれるなよ。 人の子よ。
 私が愛し、慈しむ者の一つなれば、君もまた。」

両目を閉じて、願うように。
静かに告げる。
長年を生きてきたからこそ、知った者の命が散るのは辛いのだと。

「……長居をした。 そろそろ戻らねば、生徒たちが寂しがるからね、私はもう行くとするが、君はどうする?
 旅は道連れ、世は情け。 物のついでだ、茶屋ぐらいであれば馳走するが?」

手をゆっくりと放す。 そこに残った熱は、生き物と大差なく。
強いて言うなら、母のぬくもりの様で、

己を『化け物』と論じる少女は、振り返りながら歩んでゆく。
己の信じた道を。

紫陽花 剱菊 > 「……卒爾乍ら、其れは貴女も同じ。私も貴女も、命の差異は無く。」

過ちを犯すのが命なれば
慈しむ命を惜しむのであれば
得てしてそれは彼女も同じ。
同じくして、そこにある命を慈しむ男は
そっくりそのまま、と彼女に言葉を返した。
彼にとって化け物も人も、先に言ったようにくくりは無く
全てを平等に慈しむ生命だ。

「…………流転なれば、何時か朽ちる。刃は折れる。
 其の時までは、一刃ではあるが……其方の道を彩る先駆けになろう……。」

無碍にはしない。天命が尽きるその日までは。
それまでは、個人の人生も多少なりとも刺激しよう。

「……茶を馳走するので在れば、其れこそ私の役目。女性(にょしょう)に奢らせるなど、甲斐性無く……。」

そう言う所はしっかりしてるらしい。
手に残った温もりを何と思ったかは男以外わからない。
ただ、同じくして生命を慈しむものとして、決して悪い気はしていない。
彼女の道を辿る様に、男もその後ろを静かに歩いていくのだった。

ご案内:「常世神社」から紫陽花 剱菊さんが去りました。
ご案内:「常世神社」からソフィア=リベルタスさんが去りました。