2020/07/19 のログ
ご案内:「常世神社」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
ご案内:「常世神社」に武楽夢 十架さんが現れました。
■紫陽花 剱菊 >
炎天下の夏至。潮風薫風漂う昼下がり。
地を焼くような熱照、蝉の鳴き声が季節を感じさせる。
そんな常世神社の境内。本殿付近に鮮やかに咲く藍色の紫陽花達。
其の中の一輪とも言える男が、紫陽花達の向き合っていた。
「───────……。」
紫陽花の前、長椅子の上で座禅を組む。
凛然とした姿で微動だにせず、目を閉じ意識は空へ。
口元に二本指を立て、時折漂う夏風が黒糸のような髪を揺らしていた。
■武楽夢 十架 >
「―――よかった。来月の月次祭はもう少し多めで……了解しました」
社務所から会話しながら出てきた学生は、そのまま一度本殿を通る道で季節柄キレイに咲いてるだろう紫陽花でも見て行くかと思った。
自分に写真撮影する趣味はないが、あの趣味は悪くない―――などと考えた。最も自分の場合は、この目で記憶するくらいだ。
そうして歩みを進めた先で、一人の男がどうにも目に止まった。
格好は洋服、しかし在り方は和……というよりは武士に近いのか。そういう磨かれた姿を一瞬幻視したのは夏の暑さか。
そういった風に感じた男が、紫陽花と向き合うのは少し面白いな、と思ったら自然と声をかけていた。
「紫陽花(あじさい)に相談事ですか?」
お邪魔かな、とは思いつつも先程美味いこと話が進んだ月次祭への納品の増加に機嫌が良かったもあって青年は男に微笑みながら声をかけた。
ちょっとした好奇心で。
■紫陽花 剱菊 >
ともすれば其れは、景色の一部だろうか。
風と共に揺れる紫陽花、黒糸。風情の一つと化したように
名も知らぬ小さな小鳥が男の頭に飛び移る。
ちょっとした羽休めだろうか。十架の言葉に、男の代わりと言わんばかりに首を傾けている。
「─────……藹々とした藍故、答えは出ず。狐も日照雨(そばえ)を降らすのも忘我する程滑稽であろう。」
一刻程で、漸く男が口を開いた。
静かで、何処となく穏やかな声音だ。
花に語り掛けた所で、言葉も発せねば返ってくるはずもない。
狐だって嫁入り雨を降らすのを忘れる程滑稽だ、と言う冗談らしい。
静かに男の顔が、十架へと向いた。
名も知らぬ小鳥は、日照の蒼天へと羽ばたいた。
静かに男は、目を開く。
「……どうも。憩いの場として使わせて頂いている。其方も何か、物思いに……?」
暗い、水底のような黒。然れど、底に僅かな光明在り。
そんな奇妙な双眸が、赤を静かに見据えて問いかける。
■武楽夢 十架 >
洒落た言葉選びに、なるほど似合う訳かと笑う。
しかして今は、花にすら胸の内を告げてみたい、そういった心境なのかなんて意地悪は言わないが。
今どき、こういう人は早々いない……というか部活仲間以外最近まで交流がなかっただけだが。
「どうも、俺はそうだね……そんな悩みは『ない』かな。
けど、そこの藍色(はなたち)よりは声は出せるかな」
冗談には冗談で、黒に応えるように赤い瞳は陽の光と人影を反射する。
「面白そうだね。 仕事が一段落したところなんで少し休憩に隣、いいかな?」
長椅子の横を指差して、
年上だろう相手でも気安く。
――最近なんか度胸がついたと言うか無謀になったかななんて自分の発言に心のなかで苦笑いした。
■紫陽花 剱菊 >
"ない"。冴ゆるが如し澄んだ声音。
耳朶に沁みる此の声が気のせいで無ければ、其れこそ羨ましいものだ、と胸中に思う。
「……さやか、然るに良き有卦に入ったか。
丁度私も、言葉を話せる輩を求めていた。」
あれ以来、男は人との関わりをより一層求めている。
刃としての生き様では無く、人と人との縁を繋ぐ、人としての生き様。
未だ暗れ悩む此の道に少しでも光明を、"人"生の先人達の言葉を欲していた。
ともすれば、此れは僥倖だと男は言う。
表情にほとんど変化のない、不愛想な仏頂面だが、声音の穏やかさと雰囲気が男の本質を物語る。
隣と言われれば足を崩し、端へと移動してみせた。
座る所は、横に成れるほどには空白が出来た。
「座したままで申し訳無いが……どうぞ。」
一礼し、会釈。
実に生真面目な男だ。
「然は然りなん。此の炎天下で一汗流した後とは、其方を労うばかり。
未だ、此の島の事は図りかねるが、中々肝の座った御方とお見受けする。」
「差し支えなければ、其の仕事とやらを教えて頂けたらとも思う。」
■武楽夢 十架 >
「悪いね、俺から押しかけたっていうのにさ」
本来、自分にそこまでの礼はする必要はないだろうになどとは思う。
言葉の通り、押しかけてきたのはこちらだ。 バッサリ切り捨てられる事も覚悟していたが。
どうやら、思ったよりお悩みのようだ。これは、季節柄か。梅雨は開けたはずだがまだまだ人々の心はレイニーブルーなのかもしれない。
「失礼して」
空いたスペースに座ると靴を脱ぎ捨てて胡坐をかく。
「仕事の話の前に折角、喋るんだ。 先ずは名前くらいは知り合おう。
俺は武楽夢 十架。 三年で農業学科だ」
よろしくと右手で握手を求めた。
■紫陽花 剱菊 >
「些事だ。気にする事でも無い。」
言葉通りだ。
蒼天より降り注ぐ猛暑、一方で涼風には程遠い小糠雨のように纏わりつく温い風。
打ち水の一つでもすれば涼しくなるか、或いは気休めか。
隣に座った彼を見やる男は汗一つ書いていない。
「……紫陽花 剱菊(あじばな こんぎく)。如くも無いような男では在るが、どうか……。」
再び一礼。
そして、差し伸べられた手を緩く握り握手に応じる。
其の体温は鉄の如き冷たき手だろう。
炎暑の今、其の冷たさは一層ひんやりと感じれる。
■武楽夢 十架 >
「よろしく剱菊さん」
冷えた手にはやや驚きもするが、それよりもだ。
その名前を聞いた驚きを表情に出さなかった自身を褒めてやりたかった。
知っている名前だ。知った名前だ。最近、覚えた名前だとも。
異邦人で武術に長けた人物で公安委員会所属の男性。
風紀の一部人物の証言では『鉄火』と最近交流あったらしいとか、実は仲がいいのではないかとか噂を聞く人物。
まさか、そんな人物とここで遭遇するというのは考えていなかった、なと。
三拍ほどの時間、握手を交わせば青年の方から手を解くだろう。
「で、俺の仕事だけど、農業系の部活動に参加しててこの島で農作物作ったりしてる。
それで、今日は十五日あったこの神社の月次祭で納めた作物はどうでしたかってお伺いしに来てた訳だよ」
電話一本でもいいけど、こういう営業活動込の行動は実際に動いたほうが成果に繋がりやすいのは昔から変わらないことだ。
「悩める相手を前に少し機嫌が良さそうなのは、次の注文が少し多くなったからだよ」
悪いね、と苦笑する。
農業系部活動は、作物を島に納品したり他にこういった祭事へ協力する事で単位を得る。
そういった部分を鑑みれば少しずつでも右肩上がりになっているのはありがたい話で、単位に消化しきれなかった成績はちょっとした小遣いにもなるのは、学内事情に少しでも明るければ恐らく知っているだろう。
■紫陽花 剱菊 >
「……嗚呼。」
実に礼儀正しく、静かに事を終えた。
名を轟かすような真似をしたとは、自ら微塵も思っていない。
強いて言うなれば、今所属する公安に置いて、背刃とも言うべき立場にある事か。
組織では無く、個人の願いを取った。
如何なる武人で在ろうと、今や人。
心を映す鏡で無ければ、十架の考えなど読めるはずも無く
男は礼儀正しく彼に好感を持っている位だ。
解かれた手が、ゆっくり降りる。
「成る程……然るに、其方は生活委員会の輩(ともがら)で在ったりするのかな……?」
大よそ、そう言った農作業、生活に関わる部分の根底は其処だと認識している節がある。
無論、全てがそうと言う訳では無いのは知っているが
己を公安迄導いた少女の所属を思い出し、ついつい出してしまったとも言える。
「月次祭……成る程、奉納か。否、其方の成果が実を結んだ事。
私の悩みこそ、詮無き事成れば、己が成果を喜ぶのは必定……もっと己を褒めるべきだ。」
其れが巡り巡って己の為にもなるとしても、やるべき事を成すのは立派な事だ。
掛け値なしに十架を褒める言葉に表裏は無く、男は静かに首を振った。
「ともすれば、私こそ余計な場で居合わせてしまったな……此処の景色が、落ち着くものでな。良く居座らせて頂いている。」
何気なく、目の前の藍色に視線を映した。
先からずっと、人に目を合わせて喋る癖が付いてしまったようだ。
思わず、口元が緩んだ。
■武楽夢 十架 >
「生活委員会、まあ、取引相手ではあるかなぁ。 やってることは結構違うかな。
どちらかと言えば、作物に悪いものがないかちょいチェックされる感じかな」
変な病気になるような作物はないか、とかそういう納品物チェックの機器の貸し出しとか定期的な作物の栄養価確認をされたりしてる。
世話になってるっていうと農業施設のメンテナンスとかそういうインフラ周りがメインだ。
委員会は手助けはしてくれるが、仲間とかそういうのかと言えばちょっと違う。
取引相手、それがしっくり来そうだ。
「いやいや、それこそ気にすることじゃないよ。
悩んでそうなのを解ってながら声をかけたのは俺なんだから。
剱菊さんが余計なんじゃなくて、似合う風景に手を伸ばしたくなった奴がいた。
それだけなんだよ」
仕事っぷりを褒められるのは悪い気はしない。
けれど、謝るのは彼ではないのだという部分は、譲れない。
彼の視線を追えば、藍色の紫陽花。
「つまり、俺はお節介ながらに話を聞いてみたいと思った。
そういう面倒な男だと思ってほしいね」
花よりお節介に言葉をかけるくらいはしてみたくなった。
そういう面倒な男なのだ。
■紫陽花 剱菊 >
「成る程……。然ながら、其れこそ農夫と変わらぬ、と……。
其の若さで生命の基盤を支える重責、真、感服する次第……。」
自らの知る中で最も近い言葉が其れだった。
此の世界とは異なる乱世の世。
荒廃した世界で、生命の糧を育む者は、大層あの世界では持て囃された。
戦だけでなく、上で人は死ぬ。
互いに刃を向けても、其の共通認識だけは在り
故に、そう言った存在は剱菊達にとってはとても大きな存在なのだ。
其方から見れば大げさかもしれないが、まさしく立派だと頭を下げた。
「…………。」
静かに、頭を上げる。
「風情を妨げるのを良しとしなかった。其れだけ……裃(かみしも)を脱げと言う成ればそう……。」
「……在る少女の事を、考えていた。」
生温い風が、互いの間を通り抜ける。
男はぽつぽつ、と紫陽花と、十架へと語る。
「私は……此の幽世とは違う乱世より、『門』を通じて誘われた……。
錆び付くだけの人生だったが、紆余曲折を得て今は公安の刃として鞘に収まっている。」
「私は生涯を戦に捧げた。個人を愛する事はなく、太平の世を、民草を愛する程度の男だ。」
「……ただ、此の幽世に一人、夜に泣く少女を見つけた。恋煩いと誹られるやも知れないが、其の通りだ。」
「彼女の純粋な『願い』を叶える為に、今私は動いている。……が」
「未だ、我が心無念無想に至らず。宵闇に暗れ惑うばかり也……。」
■武楽夢 十架 >
大したことではない、と個人的に思うのは、自分にこの道で成功してみせるしかないからだ。
それは趣味/願い/希望/呪いの一つ。
しかし、謙遜も遠慮も言葉にしない。
これは少年だった自分を『彼女』が引っ張った結果だと誇らしく思えるから。
「恋煩いか……」
なるほど、チカラになれる気はしない案件だ。と首を横に振りそうになったが、
しかし、なんていうか。これはある程度……。
「なあ、剱菊さん。
きっと恋って奴に立場がどーのとか過去がどーのって持ち出したら失恋するしかなくなるんじゃあないかな」
きっと、彼もそこは理解してるだろう。
だから、今悩んでしまっているんだろうけど、そんなものだろ。
「俺は我儘だから、剱菊さんみたいに実はしたいことはある程度決まってるのに悩むのはきっと我慢できない」
「きっと悩むだけの事情をどちらも抱えてるんだろうけどさ」
そう、互いがどう有りたいか。
「ちゃんとした答えを人との関係に当てはめられることはきっとない」
だから。
「正解なんてない。 剱菊さんの彼女が泣いてるなら彼女が笑うために動くのは正しい」
「けどだから、迷った時点で実は手詰まりなんだ。
次の一手を彼女さんが受け容れてくれる保証なんてないだろ?」
そうなったら、抱える不安を時が解決してくれるか。
「となれば……不安がなくなるのを待つか、
彼女と大喧嘩する覚悟で盤面をひっくり返してやるしかないじゃん」
きっと『願い』というやつはこうして応援したくなる相手がいるほどに切実なものなのかも知れない。
けど、それでも、耐えられない。抑えられない。我慢できない悩みで、それをどうにかしたいというのなら荒療治。
用意された盤面を台無しにしてやるしかない。
「ま、嫌われもするだろうし引っ叩かれる覚悟も必要だけど。
きっと今は剱菊さんもそこまではしたくない感じなんだろうね」
■紫陽花 剱菊 >
彼の言葉は妙に腑に落ちる。
剱菊は別段、人の心に敏感だと言う訳でも無い。
寧ろ、鈍い方ではある。
だが、己の言葉に対してこう言われるのは初めてであり
"然も其れは、体験談"のような、妙な説得力を感じる。
「……迷った時点で、手詰まり、か……否、其方の言う通りでは在るな、十架。」
事実、彼女のやり方を尊重している。
"しているからこそ、悩んでいる"。
そう、此れは言ってしまえば我儘なのだ。
人に言うべき事では無い、だが、彼ならば答えを持っているのではないだろうか?
憶測、甘え、そう唾棄すべき感情では在る。
否、迷いが在る時点で、今更だ。
きっと、口にするのは憚られる事ではあろう。
けど……。
剱菊の表情が、何処か憂いを帯びる。
水底の黒は、遠い彼方を眺めていた。
果てしなく、そして先の見えない宵闇を。
「……恐らく、ただでは済まないと思うが、返すだけならば児戯に等しき容易い事……。」
虚勢ではない、単純な力を以てすれば、其れこそ不可能ではない自信がある。
「…………。」
一刻、間を置いた。
「─────彼女は、世界から見放されていた。万人は持つべきものを、或いは欠如して生まれてくるもの。」
「欠落は如何様にでも埋められる。其れが、単純なもので在れば、尚の事……。」
「……傍から見れば其れは、欠如と言うべき"力"。然も、其れ自体はそう言う在り方。異常ではない。」
「有体に言ってしまえば、『世界から見放される才能』……とも、言うべきか。」
腕が無ければ義肢を、目が見えなくば音を研ぎ澄ませる。
欠如を埋めるべくして埋める方法は幾らでも在った。
そして、其の欠落が彼女だけとは微塵も思っていない。
其れでも尚……。
「……少女の身で在りながら、如何なる手段を試しても、其の『才覚』を消す事は叶わず……。」
「"人の理"では叶わなければ、きっと神にでも縋るのは必定。……其処が例え、"死地"でも……。」
「彼女は……『日ノ岡 あかね』は、止まらない。」
そう言う少女だと、知っている。
全てに縋り、人の理に見捨てられた、"ただの少女"。
「…………だが、そうさな。」
「負け戦と知りながら手を貸すと約束したが……十架。」
「────其の様な無謀と叱り、彼女に嫌われてでも止め、強引に腕中に収めたいよ。」
力なく、剱菊は噴き出す様にはにかんだ。
「……だがな、生涯をかけた『願い』と私は知っている。あかねが、あかねは"全て"を文字通り話した。」
「然るに、其れは"生き様"。きっと、"死ぬ迄"止まらぬ。」
「───────……十架、其方なら、如何する?」
「死地と知り、共に共犯を名乗り成否関わらず『待ち人』と成るか。」
「其れとも一切合切をねじ伏せ、彼女の希望まで砕き、『生かす』のか。」
「……私は未だ、迷っている……。」
■武楽夢 十架 >
彼の返答を聞いた。
彼の守りたい女性の名を聞いた。
そう、なんとなくこれまで躊躇っていたように思う彼の言葉がようやく吐き出されたような感じとともに。
「悩み相談を受けておいて何いってんだって事をこれから言うから、
先に言っておく」
「『決断』は他人の言葉に任せず踊らされちゃいけない」
これは『武楽夢十架』として答えようと思った。
ここに『俺』以外を意見はいらない。
変な駆け引きもしなくていいや。
それは自分を騙すみたいで嫌だ。
「俺の言うことは『無責任』だ。
色々言ってはいるが最終的には」
「『知るか、そんな事』だ」
パンと一つ手を叩いて見せて、赤い瞳で彼を見る。
紫陽花 剱菊という未だ如何ようにもやれる男を。
「俺も彼女と話したことはある。
落第街をまとめあげるだけだったら俺も協力してた」
「でも、それだけじゃないから協力しないと決めた」
彼女がどうであろうと知ったこっちゃない。 ただの同年代が――。
「その『人の理』でどうでも出来ないものを……その『カミサマ』が救ってくれるのなんて物語の中だけだよ」
血濡れたような赤い瞳は、少し過去から未来(あおいそら)を見て。
「本当にどうやっても救われなかったっていうなら
人生を賭すとか命がけででも挑戦するっていうのは
きっと大切なんだろうけどさ」
全く嫌な思考をさせられる。
彼らは自殺したいんじゃない。
生きたいんだ。 未来を。 これからを。
だから無茶をしようとしている。
「でも、本当に命がなくなったら
――それって、彼女と剱菊さんには明日(つぎ)がないって事でしょ」
他人との明日を捨ててまで、するべきことなのか。
俺にはわからない。
他人との明日を確かなものに出来ていないから、そんな風な予想を思い浮かべるだけだ。
「恋人だっていうならさ
もし、彼女――ーあかねさんが希望を失ったなら」
これは綺麗事。
俺には絵物語の中でしか夢想できない綺麗事だ。
でもその理想を彼に夢見たくなりもする。
赤い瞳を再び紫陽花 剱菊に向ける。
「剱菊さんが彼女の希望になればいいんじゃないの?」
好きな女の生きる道くらい照らしてやれよ。
■紫陽花 剱菊 >
「────────……。」
全てを聞いた、聞いた。
彼の言葉も、友の言葉も、偶然出会った少女の言葉も、あかねの言葉も全て────……。
「……耳が痛いな……。ほんの少しまでの私は、『決断』を人に委ねていた。」
「"刃とは、人に握られて意味を成す"。……振られる先は握った者へ委ねられる。」
「少なくとも、そう生きてきた。……今までは……。」
乱世の世、太平の世を望み多くを斬った、断ち切った。
自分で選ばず、常に誰かに『決断』を委ね、在るがままに"刃"としての在り方。
其れではいけない、と言われた。
そのままでは、意味もなく、"人"として生きようと決意し、今に至った。
其れで真っ先に思ったのは……
「"人"生とは、一入(ひとしお)難解だと思ったよ。」
そんな単純な、誰だって分かる事だ。
其れすら分からない男が、女心を理解出来ぬのも然もありなん。
剱菊は、静かに首を振る。
「あかねは、そんな子じゃないさ。ただ、似た者同士を集めただけに過ぎない。」
「あれは、誰より純粋な『願い』だ、が……そうか……そうだな……。」
そう、十架の言葉は全く以て其の通りだ。
返す言葉も無いほど、其の通り。
『日ノ岡 あかね』を尊重し、共に『真理』へと立ち向かう。
……────戯言を。
『個人の願い』『紫陽花 剱菊としての我儘』を言えば、十架の言葉が余りにも、的を得ていた。
「…………。」
<────ちゃんと伝えられますか?日陰で泣いてるような、欠けちゃった女の子にさ。>
<研ぎ澄まされた男の理屈なんてぶつけたら、すっぱりいっちゃうんじゃないのかな。
<……恋愛下手なあたしからですけど、そこがちょっと心配かな?>
「…………。」
先ず、脳裏に浮かぶはあの時の甘味処での言葉。
一つの『選択』としてはそう、伝えた。
例え綺麗事だとしても、"綺麗事だからこそ実現したい"。
分かっているとも、歯がゆさに思わず強く、己が拳を握った。
現(いま)を見つめる、黒の水底から。
何処までも広がっている蒼天も、今の己には見えない程に眩んでいる。
「……私が希望になり得たら、どれ程良いだろうか?……十架……。」
「"個人"としては、間違いなくそう望んでいる。然るに、其れは……」
「"今の彼女を斬り捨てる事、相違無い"。」
其れこそ、研ぎ澄まされた男の理屈だ。
「……彼女が生きていれば、私は其れで良い。だが……。」
「……十架、其方は言えるのか?同じ世界に居ながら、同じものを共有出来ない……さながら、一人彩りの無い世界に取り残された少女だ。」
「望んでなった訳でも無く、ただ"そう生まれてしまった"が故に、誰もが必ず持ち得たものを持つはずもなく。」
「……一人、生涯を賭けて泣き、足掻き、……己の苦痛さえ笑わねば生きていけない程の過酷な世界に……。」
「『其処に一生いろ』、と。告げれるか……?」
全てを知り、想うが故に。
其の宣告は、余りにも口に出す事罷り成らぬ。
憂いを帯び、揺れる瞳。
……未だ何が正解なのかも分からない。
人として生き始めた先に、最初に生まれた選択肢は
"余りにも、重い"。
■武楽夢 十架 >
「なんだ……
ちゃんと『願い』は言葉に出来てるじゃないか」
なんだ。
彼女はちゃんと彼女を認識して想ってくれる人がいるじゃないか。
それに『友達』だっているみたいだし。
どうやら、彼も彼女も既に話し合った果てそれでも譲れない葛藤がある。
それが持病か―――彼女が秘密とした異能かは最早個人的にもどうでもいい。
これは所謂、贅沢な悩みだ。
俺からすれば。
はぁー、とため息を付いて脱いだ靴を履いて立ち上がる。
「俺はもう決めてる。
だから、これだけは言っておく」
「俺は『トゥルーバイツ』の敵になる」
のろい
「彼女の『願い』は、俺が『否定』する」
随分生意気な言い方になってしまっている。
しかし、"知るか、そんな事"。
「――『真理』なんてものにこの街にある命をくれてやるつもりはない」
と め る せいこう
「俺を『拒絶する』なら、『絶 対』を持って来い」
既に答えを持ってるのに、これ以上の言葉は不要だ。
一度だけまるで男に釘を刺すようにして視線を向けてから、
無責任な青年は、その後は振り返ることもなく境内からその姿を消した。
ご案内:「常世神社」から武楽夢 十架さんが去りました。
■紫陽花 剱菊 >
「願い(のろい)……。」
嗚呼、そうか。
呪われた生涯でも、其れでも尚其れに縋らなければ生きていけない人間。
……己が斬った中にも、其の様な、願いを持った人物がいたのだろうか……。
もう、分からない。其れほどまでに、斬って捨てた。
ただ、一つ分かるのは、強い"信念"。
武楽夢 十架の、『決断』
絶対に譲らないという、強い意志。
「十架、其方は……。」
……強く、如何して儚いのか。
去っていく其の背中を、僅かに見開いた目が見送った。
「…………『絶対』、か…………。」
其れが無い事は、知っている。
何をするにも、此れは賭けだ。
確実性のない、ともすれば"無責任"なのだ。
「…………。」
<惚れた女が死ぬ儀式───それを守るのが男かよォ!!>
<悩んで、悩んで、悩んで……気が遠くなるような思索の果てに答えを出してくれ>
<俺よりわかってるんだろ!?俺より強くて俺より頭が良いんだろうさ!!だったらちゃんと悩めよ!!>
<私に王道を説いた男は、こうも情けない男であったか?>
<やれ終わりの時だの、真理だの。そんな下らない事が優先される様な恋心なら、端から諦めろ、馬鹿者>
<────それだけ。それだけの事だ。悲劇を言い訳にした物語など、その程度の終わりでしかない>
<彼女さんがあなたにどうして欲しいとか。逆に、紫陽花さんが彼女さんにどうして欲しいかとかって。>
<――だって、『どうしたい』よりも『どうするべき』で考えるひとっぽかったから。>
<率直な気持ち、感情――まあ、悪いかたすれば、『欲望』?伝えられないのかなって。>
「──────……。」
己に投げかけられた多くの言葉が、通り過ぎる。
<『決断』は他人の言葉に任せず踊らされちゃいけない>
<でも、本当に命がなくなったら――それって、彼女と剱菊さんには明日(つぎ)がないって事でしょ>
<俺を『拒絶する』なら、『絶対』を持って来い>
「……嗚呼……。」
<がっかりしただけ、まぁ、私も『ワガママ』言って『無理』させたんだから悪いって事で。>
<もう、『真理』くらいしか……頼れないの>
<……他の手段、私が探してないとでも思った?>
■紫陽花 剱菊 >
<ねぇ、コンギクさん……それじゃあ、"助けてくれるの?">
■紫陽花 剱菊 > <──────また……日ノ岡あかねと、出会ってくれますか?>
■紫陽花 剱菊 >
「──────!」
何処まで続く蒼に、思わず手を伸ばした。
雲も無い快晴、ただただ空が広がるばかり。
……あの時彼女を"助けられているの"か。
……今でも、"助け"になっているのか。
……あの日、彼女の"世界"を見つけた己は、其の手を取れたのだろうか?
「…………私は…………。」
結局は、お為ごかしか。
伸ばした手を、強く握った。
其処に何かを掴めた訳では無い。
『個人』の選択とは、こうも勇気がいるものなのか。
ともすれば、彼は、十架は、皆は……、……。
既に去ってしまった男の方向へ、頭を下げた。
感謝か、謝罪か、分からない。
どうなるかも、分からない。
其れなら其れで、迷いながら進むしかない。
きっと、此の先何を選んでも、己は『後悔』する。
……其れでも……。
「『選ばねば』ならんのだな……。」
もう、残された時間は少ない。
彼女の前で、もう一度─────……。
冷めやらぬ、胸の熱を秘めたまま、蒼穹の下静かに紫陽花達に踵を返した。
ご案内:「常世神社」から紫陽花 剱菊さんが去りました。