2020/11/23 のログ
■日下 葵 > 「じゃあ、ジーンにとってのバイクは私にとってのナイフに当たる訳ですか。
それってつまり、とても大事なものってことですよね?
なら私はジーンのバイク好きには敬意を持ちたいし、
これからも私をそのバイクでいろいろなところに連れて行って欲しいです。
別に『バイクと私どっちが大事なの?』なんて、
つまらないことは聞かないですから安心してください」
ヘラヘラと話を聞いているが、
きっと私にとってのナイフや彼女のにとってのバイクは特別なものだ。
他人には理解しがたい理由もあるかもしれない。
「それは楽しみですねえ?
私が怪我をして悲しい、ですか。
師とは真反対の言葉ですねえ」
なんだか不思議な感じだ。
この10年弱、私は自分のことを壊れにくい丈夫なナイフと同じだと思っていた。
恐らく不死、あるいは死に難い異能を持った風紀委員や公安委員なら、
私と同じような者が多いだろう。
そう言う意味で私は”普通”かもしれない。
でも、彼女から見た私は何かが違うらしい。
私はまだその違いを理解しきっていない。
『お前は化け物になるんだ』
そう言われて、他の学生とは少し違う生活をしてきたから、
漠然と自分は化け物なのだろうなんて思っていた。
「私もジーンも対等な関係ですから。
揶揄われてばかりじゃいられません」
次に彼女からどんな言葉が飛んでくるのか、
あるいはどんな言葉で彼女を困らせようか。
どんな行動で彼女を喜ばせようか。
悪戯好きの思考は留まることを知らない。
「そりゃあもちろん。
自分の恋人がどんな風に生きてきたかが気になるのは、
不思議なことじゃないと思いますよ?」
彼女が手を振り上げると、
まるで落ち葉が私たちのために道を開けるかのように進路から避けていく。
そして二人で歩きながら、彼女の話に耳を傾けていこう。
「なるほど?
つまり制御を失ったときの損害が計り知れないから、封印されたと。
……いくつかの禁止事項ですか。
人を手に掛けるのもその禁止事項の一つというわけですね。
精神については……兄弟や姉妹が居たんでしたっけ。
確か知識として舞台の台本なんかを参考にしていたとか」
話を聞きながら、一つ一つ確かめるように歩いていく。
以前少しだけ聞いたことのある話もあれば、初めて聞く話もあった。
「おっと?
そういう大事な話は最初にしてくださいよ。
……でもまぁ、あれですか。
二人だけの秘密、ってやつですか」
サラッとまたとんでもないことを言われてしまった。
いくら何でも、私のことを信用しすぎじゃないかと思えてしまって、
思わず振り返って彼女を見る>
■ジーン・L・J > 「キミがナイフの構造や歴史について知ったり、新作ナイフが発表されると聞いただけでぞくぞくしてくるなら同じものだね。
そしてナイフカタログで表記がセンチだったりインチだったり混ざっていたら破り捨てたくなるなら完全に同じだ。
それを聞かれちゃうと困っちゃうから聞かないで欲しいなぁ、迷うつもりはないけどキミに疑われるなんて悲しいから。私も聞かないよ、キミの愛に疑いを持つつもりはないからね。」
楽しげに共通点を語らう顔からヤード・ポンド法を憎む復讐者の顔になり、それがすぐ愛を囁く役者のもとへと変わる。
「キミの師匠は怪我をして喜んだのかい?もし今後墓参りとか行くなら私に気付かれないようにしてね。……何をするかわからない。」
笑みはそのまま、だがそれは注意深く感情を押し殺したもので、葵が師匠と仰いでいる人物だから言葉を選んでいるのが伝わるだろう。
「ふふ、そうだね。では私に隙があればいつでもどうぞ、スウィートハート。」
愛しい人、といつもの歯の浮くような言葉選びでおどけてみせる。
「いや、封印される直前の記憶が曖昧だから確かじゃないんだけど、私が封印されたのは多分敵対していた連中によってだと思う。
私達が狩る"満月の獣"は人類を餌としてしか見ない明確な天敵なんだけど、どういうわけかそいつを利用しようとしたり、崇拝する連中がいたんだ。
多分私達は連中に負けた、それで人間の狩人は逃げるか死んで、禁書は封印された、というところだと思う。禁書を殺さなかったのは連中も下手に手が出せなかったんだろう。死に瀕して意図的に魔力を暴走させて大爆発、ぐらい出来るからね。」
そんな事態にはならないようにするけど、と付け足してして一呼吸。
「うん、私達の精神は、版によって微妙な違いはあるけど、私達を作った魔術師の女性が元型になっている。
全員同じだと落ち着かないからそこからどう自分に味付けするかはその個体次第、だね。服装や顔の作りを変えてみたり、大胆なのだと男になってみたり、子供になってみたり、私は体はあんまり弄ってない方で、性格を大分変えたね、当時に戻ったふりなら出来るけど、見たいかい?」
振り返った顔に役者は首をかしげて見せた。昔の役を演じるのもまた役だ。
「いやぁ、驚かせてみたくて。それに知りたいんだろう?なら明かすさ、キミのためならね。魔術的にキミが知って不都合になることなら隠すけど、今話してることはそうじゃないから大丈夫、2人だけの秘密さ。」
いつもの薄い笑みを見せながら。本堂へ着いて、鈴を鳴らす。二人分の賽銭を賽銭箱へ投げ込む。
「えーっと、二礼二拍手一礼、だったかな。」
■日下 葵 > 「どうでしょうか。私はナイフを道具としか思っていません。
別に歴史には興味はないですし、
ナイフをコレクションしているわけでもない。
ただ、拘りはあります。
知っての通り私は死に難いだけで、
特別何か強い技を持っているわけじゃない。
戦おうとすれば頼りになるのはこの身体と、ナイフと、拳銃だけ。
だから拘るし、拘りの結果ナイフの構造や歴史に詳しくなる」
そんな話をしながら、
パーカーの下に仕舞ってあるナイフを服の上から触った。
「訊きませんよ。困らせたくなったら訊くかもですけど、
そう言う方向で意地の悪いことはしたくないですから。
……そういえば気になってたんですけど、
なんでヤーポン法を嫌ってるんですか?」
表情がころころと豊かに変わる様子は見ていて飽きない。
そんなジーンの様子を眺めていると、ふと抱えていた疑問を思い出した。
初めて会ったときもヤードポンド法を嫌っているような事を言っていたっけ。
果たしてその所以は何なのだろうか。
「別に喜んだわけではないですけど、
”お前が怪我をすれば、頑張れば救われる人が居るから”
とは言われてましたよ。
人を救うためにこの身を犠牲にできるよう訓練されたわけですし、
師もそうやって風紀委員の仕事をしていたわけですから」
別に虐められていたわけではない。
必要とされたから、求められたから訓練したのだ。
それを嫌だと思った時期もあったが、気付けば何とも思わなくなった。
むしろこれくらいでしか役に立てない、
特攻ではない必殺技が欲しいとすら思ったこともある。
「……私の師が憎いですか?」
ジーンはいつも芝居がかったことでしか話さないから何を考えているかわからない。
しかし時折、言葉の端々に本心が見える。
今の彼女の言葉は、明らかに表に出そうになった本心を隠そうとしていた。
「悪魔崇拝、に似たものでしょうか。
いつの世も、どこの世も、邪悪な存在を崇める人は居るものですね。
何はともあれ――」
――ジーンが殺されなくてよかった。
そう言って笑えば、少しだけつないだ手を強く握り返す。
「じゃあジーンの精神のベースは、ジーンの作者がもとになっているわけですか。
作者の雰囲気をつかみたいっていう意味では、当時の様子には興味がありますね?
ま、これから悠久の時間を一緒に過ごすわけですから、
遅かれ早かれそういう話は聞くことになっていたでしょうし。
むしろ早い段階で聞けて良かったかもしれませんね」
当時のジーンを見てみたい、演じてほしいとお願いして、
お互いが持っていた一人だけの秘密を、二人だけの秘密に変えていく。
多分お互い、人には言えない秘密がたくさんあるのだろうから。
――私は神様なんて信じませんけど、
もし神様がいるなら、私が死ぬときは――――
カランカランと鳴らされる鈴に礼をして手を叩けば、
居るかどうかも定かじゃない神様に願い事をしてみよう>
■ジーン・L・J > 「なら…残念だけど違うね。私はバイクをただの乗り物とは思ってない。2つの車輪で人類の叡智を挟んだ一種の芸術品だと思ってる。
私も死に辛いけどそれでバイクの危険性を受け入れてるわけじゃないし、拘るのも詳しくなりたいのも好きだからだ。だから、ちょっと違う。一緒に乗って、存外悪くないって言ってくれたのが、風を切って肌で感じるスピード感とか、エンジンの振動とか、曲がる時の全身で受けるGとかなら、それが好きな理由だよ。」
納品されたばかりの愛車、駐輪場の壁に隠れて見えなくなったそれをちらりと見やる。
「それは安心だ。他のことなら困らせてくれていいけどね、次のデートをねだったりとか。
あー、それはねぇ。言ってなかったか……私の基礎設計の単位系がヤード・ポンド法なんだよ。だから咄嗟に思考するとまずヤード・ポンド法で考えて、それをメートル法に直すっていう一手間がいるんだ。
メートル法の方が遥かに分かりやすくて優れた単位系なのに、私の基礎に刻まれてるのは忌々しいヤード・ポンド法なんだよ。これが憎まずにいられたら聖人だよ。」
大きな大きなため息。文字通り根が深い問題である。本能レベルで刻まれた思考はもはや変えようがなく、時代を超えてもヤード・ポンド法が死滅することもない、そんな思考を巡らせる様はどこか疲れたようにも見えるだろう。
「……人間関係で嘘偽りは無し。キミが自分の体を顧みないようになった原因だと考えると、憎いね。」
一度吐き出しそうになって止めた本心。聞かれてしまえば自らに課した信条のために答えないわけにはいかず。
「でもキミはそう考えてない、私にわざわざ聞くってことはそうなんだろう。私の恋人だよ、キミは、それが自分のことを道具としてしか見れないようになった原因を憎くないかって?それが疑問になるぐらいキミは染まってる、それが憎い。」
包帯の上からでもわかるほど眉間にシワを寄せて、口調に押し殺していた怒りが滲み出す。
「わからない。悪魔は契約に応じるけど、獣は食らうだけだ、それと共に生きようするなんて、私には理解できないし、これからするつもりもない。一つ言えるのは見つけたら容赦なく狩る、次は負けないよ。キミのためにもね。」
こちらもその繋がりを確認するように痛くない程度に手に力を入れて。
「では、んっんっ。」
と軽く咳払いすると、纏う空気が変わる。軽口と芝居がかった仕草がついてまわるお調子者は消え失せて、その影に隠れていた肉食獣のような鋭利な空気が表に出る。気温が何度か下がったように感じるほどに。
「これが当時の私だ。これが十人も二十人も集まっていたら気が休まるどころじゃない、私が随分苦労して性格を変えた理由もわかるか?
確かに遅かれ早かれ話すつもりだったが、少し急ぎすぎたかもしれんな、何せ人間との恋愛など初体験だ。気が急いているのは否定出来ん。
ああ、それと、一つ聞きたい、悠久の時というが、お前…あ、ごめん、ちょっと限界、これ以上キミにこの調子で接してると辛い。」
すぐにそれは鳴りを潜め、いつもの役者が出てくる。ごめんごめん、と荒い口調だったのを謝りながら。
「悠久の時って言うけど、私は禁書だから多分死なない限り生きてるけど、キミの寿命もしかして人並み以上?どれぐらい生きるとかわかるのかい?」
知っている異能は再生能力、肉体の修復が高速で行われることと、悠久の時間というのはどうも繋がらない。むしろ寿命を消費して再生している方が、嫌な想像だが、納得できる。
――私の信じるあらゆる神へ乞い願う
もし願いが届くならば、彼女が死ぬ時は――――
秘めた願いを静かに祈る。八百万の神々に一柱にでもこの願いが届き、そして叶うように念じながら。
■日下 葵 > 「なるほど……なるほど。
あくまで行動やこだわりの根源には好きという感情がある訳ですか。
なら私とは少し違いますね。
残念なことに私はこの10年弱を効率と実用性だけで生きてきました。
最近ようやく、風景を見て”いいな”って思えるようになった身です。
……でも”バイクも存外悪くない”って思ったのは、
ここ最近の風景に対するものと似ている気がします」
――私もいつか、いや、このままいけば、
芸術とか道具に対して感情で言動を起せるようになるんですかね?
効率とか実用性だけじゃない、
いわゆるロマンという奴で私も動けるようになるのだろうか。
背後に駐輪されたジーンのバイク。
今は見えないが、私もああいう趣味を持つことができるだろうか。
「それはデートをねだられると困るってことです?
それとも私みたいなのがねだってきたら意外で対応に困るっていう意味です?
そういうことでしたか。
まぁ確かに二つの単位系を相互に変換するのは面倒ですね。
私も武器を扱う立場ですから、ヤードポンド法は弾に使いますけど。
ああ、何なら私の前ではヤードポンド法でもいいですよ?
使い慣れてますから。
二人っきりの時くらい、そう言う煩わしさから離れてもいいと思うんです」
なるほど、己の中に刻まれた基準と、世の中で使われる基準がズレているのか。
なんだか疲れた様なしぐさを見ると、
本当にヤードポンド法が嫌いなんだなぁと見て取れて不憫に思う。
「……ごめんなさい。
今の質問はちょっと配慮が足りませんでしたね。
確かに今の私は師によって作られたと言っても過言じゃないです。
正直、私は自分のことを不幸だとは思っていませんし、
何なら今の私という存在で救われた命があるなら、
むしろ誇らしいとすら思っています。
そういうふうに考えてしまうくらいに、
私は師に訓練されました。
それを恋人のジーンが憎く思うのは、わからなくもない。
でも――」
――私がこんなんじゃなかったら、多分ジーンと出会うこともなかったと思う。
風が強く吹き抜けて、ジーンが作った落ち葉の道が消えていった。
「ほほう?
まるで別人ですねえ?
確かにぶっきらぼうでこんなのが沢山いたら、
ちょっと気味悪いかもしれません
見ている分にはとても面白いですが、
恋人となるといろいろ教えてあげたくなります。
なんで謝るんですか、面白かったからもう少し見ていたかったのに。
――私も恋人なんて初めてです。
お互いにいろいろと気が焦っているのは事実でしょう」
すぐに冷たい雰囲気が消えて、いつものジーンが戻ってきた。
ちょっと安心するが、同時にちょっと惜しい気持ち。
「ああ、私も異能のこと、言ってませんでしたっけ。
私の異能の所以は代謝の速さ、そしてテロメアの長さと耐久性にあります。
生物は怪我を直す時、
細胞をコピーして分裂して全体としての正常を保つのは知ってますよね?
この細胞分裂のとき、テロメアという遺伝子の鎖が少し短くなるんです。
で、このテロメアの長さが限界まで短くなると細胞は分裂できなくなる。
私はこのテロメアが普通の人間よりも長くて、しかも短くなりにくい。
検査時のデータから、普通の生活を送っていれば1000年から2000年は生きるだろうと予想されています」
ジーンが過去を明かしたように、こちらも身体のことを明かしていく。
ほとんど誰も知らないこと。
少なくとも、仕事ではなくて、プライベートの関係で知っている者は誰もいないこと>
■ジーン・L・J > 「うん、違う、でも違うのは少しだ、バイクにも効率的な面があるし、ナイフを感情的に好む人もいる。
コーヒーの好みも手間がかかるからブラックって言ってたね、他の味や淹れ方を色々試してみようよ。
そうだ、いろいろ試してみよう、こう言うと傲慢かもしれないけどね、キミは自分の人生を、最近ようやっと歩み始めたように私は思うんだよ。
大丈夫、私が演劇をするのもほとんどまっさらな所から始めたんだ、私の元の人格はむしろバトルジャンキーで演劇なんか私達が始めるまで見たことなかっただろうさ。だからキミもその"いいな"をもっと強く、もっと多くの分野に持てるようになっていけるさ。」
全てを効率と実用性で判断する、戦場ではそうでなくてはいけないが、日常においては違う、むしろ真逆だ。その切替が出来ない人間はストレスに押し潰されて早々に死んだ。
彼女がこれまで生きているのは異能がもちろんだろうが、人間性を持たないことで戦闘ストレスを無視していたのかもしれない。
そして趣味を持てるか、もちろんと断言出来る。目の前に居るのだ、戦闘分野以外は希薄なコピーから生まれ、バイクと演劇に愛情を注ぎ、煙草の銘柄やスタイルまで趣味で固めたジーンが。
「例えば休日の朝電話がかかってきて、今すぐデートしたいってキミにねだられたらちょっと困るけどそれ以上に嬉しいなってことさ、キミとするのが嫌ってわけじゃないよ、言い方が悪かったよ。ごめんね。」
言葉選びを間違えてしまったようだ。葵とのデートはこの島でも最上級の楽しみの一つだ、嫌がられている印象を与えてはまずい、軽く頭を下げて謝罪する。
「ああ、葵……マイハニー、キミには何度愛してると伝えても足りないよ……。私の苦悩をすぐに解決してくれる。
じゃあキミの前では憎きヤード・ポンド法を思考のままに使うようにするよ、でも変換するのが癖になってるから、私自身が混乱しないようにしないと。」
文字通りミリネジの中に紛れ込んだインチネジのような違和感、それを出しても構わないと言われれば、目頭を押さえて大仰に感動してみせる。
だが変換の癖は気をつける必要がある。ヤード・ポンドからメートルへ変換してからもう一度ヤード・ポンドに戻す思考なんて非合理の極みだ、そんなことにせっかくの恋人との時間を使いたくない。
「…………うん、そうだね。キミが再生能力があるだけの人間として島の外で生きていられたら、島に来ても、そんな訓練を受けずに学生として生きていられたら、今みたいに恋人になんてならなかったかもしれない。
この感情は何なんだろうね。私はキミの師が憎いよ、キミをそんな歪めて、うん、歪んだと言わせてもらう、キミを歪めてしまった師が憎い。生きていたら殺してやりたい。
でもキミがそうなったから、私はキミと出会えた。こうして深入り出来た、でも感謝はしたくない。
難しいね、キミの師に関してはまだどういった態度を取ればいいのかわからない。」
出会えなかった可能性、葵が幸せな人生を送ってこれた可能性、それはすでに潰された可能性だ。落ち葉が隠した道のように。
もう一度手を振って道を作る。
「だからこれからを幸せにしよう、過去は変えられないし、たらればの話を観測することは出来ない。少なくとも私には出来ない。」
故に作るのはこれからの道。願いもしたことだし、手を引いて参道を歩く。石畳を外れて、今度は鎮守の森へ続く林道。
「だろう?言葉も喧嘩腰になりがちだし、集団生活するには向かないよ。
おっとと、演技、演技だからね?今の私は色々わきまえてるから教えてもらわなくて結構だよ。」
教えてあげる、などと言われると何か薄ら寒いものを感じて繋いでない手を上げて降参のポーズ。
「キミのことをお前、なんて呼ぶのは今の私には辛すぎるよ、罪悪感で胸が張り裂けそう。
それにね、見るなら今の私をお願いするよ。昔の私は正確には私じゃないからね、私のモデルになった別人。」
おどけながらボディラインを強調するようなポージングをしてみせる。文字通り、先程喋っていた役とは全くの別人にしか見えないだろう。
「なるほど、確かに通常のテロメアでは急速な再生を繰り返せば細胞がすぐに老化する、でもキミにその兆候は見られない。」
頷きながら聞いているが、短くないづらいと聞いて、ある仮設に思考が及ぶ。その瞬間ひゅっ、と小さく息を漏らして全身がこわばらせた。
「ちょ、ちょっと待って、あくまでテロメアが長くて、消耗が少ないだけってことは再生を繰り返せばその分寿命も縮んでるってことかい?
私、キミの鼓膜潰して、顎を削いで、足を切り飛ばして、胴体千切って…心臓止めて……えーと……何年分ぐらい縮んだ………??」
共に生きよういつまでも一緒になんて囁いた相手の寿命を知らない内に縮めていた。とんでもない有言不実行である。恐る恐る、といったように質問する。
■日下 葵 > 「……そうですね。
今までは一人でしたから、そういうふうに何かやってみよう、
趣味を作ってみようってことはありませんでした。
効率が良いか、実用的か、それだけで生きてきた。
趣味といえば煙草と人を甚振るくらいなもので、
皮肉のもこれらは私の師が教えてくれた事」
自分で始めたことって、意外と少ないんだな。
言葉を並べていて、そう思った。
そういうところでまた、私は自分のことを道具だと思っていたと認識した。
「ふふ、たしかにまっさらなコピー品だった本が、
人格を得て、趣味を見つけて、私に愛を囁くんですから、
私にもできそうな気がします」
できるさ、力強く肯定してくれるジーンを見ていると、
不思議とそんな気がしてきた。
コーヒーか、じゃあ今度ジーンを部屋に招いた時には、
いろいろなコーヒーを一緒に楽しむとしよう。
内心で次のデートの計画が組まれていく。
「別に怒ってないですよ。
ただ、必死に私に向かってどれだけ私のことが好きなのかを説くジーンが面白いので。
ちょっと意地悪したくなっただけです。
無理にヤードポンド法をメートル法に直さなくてもいいし、
無理にヤードポンド法を使おうとしなくてもいいです。
ちゃんと数字の後に単位をつけてさえくれれば、それで伝わりますから」
まさか恋人への好意を単位系の使い方で伝える日が来るとは。
本当に、私たちの関係は普通とはかけ離れている。
かけ離れ過ぎて、もはや落語なんじゃないかと思えるほどに。
「別に私の師に対して恨むなとか、感謝してくれとは言いません。
ただ、何て言うんでしょう。
今まで私に深く関わったのは師だけだったので。
下手をすると親よりも関係は深いかもしれない。
だから私自身よくわかっていないんです。
”親のことが好きか?”って聞かれたら困るでしょう?
今の私のいいところも、悪いところも、歪なところも、
全部師が関わっている。
だから私と向き合うなら、私の師とも向き合って欲しい」
何て言ってから、少しわがままかな?なんて不安になる。
でも、これは変えようのない事実だ。
今の私は師によって作られた。
ジーンが愛を囁く私は、師によって作られたのだ。
「だから向き合った上で、これからはジーンが私を作っていってください。
たらればの話じゃなくて、これからの話。
師によって染められた私を、ジーンが染めなおして欲しい。
……待って、今のは聞かなかったことにしてください。
少し恥ずかしい。忘れてください」
言ってしまってから、自分の言葉を思い返して顔が赤くなる。
何をいっているんだ、私は。
「確かにお友達になるには時間がかかりそうですし、
恋人となるともっと難しいかもしれませんね。
わかっていますよ。
自分で勉強したから、今の”王子様”が居るんですものね。
私としてはマイハニーよりもお前って呼ばれる方が慣れてるんですけどね? 言われなくても、今のジーンを見ますよ。
私はそういう歯が浮くようなことを平気で言って、
私を手に入れるため二とんでもないことをやってのけるジーンに惚れたんですから」
さらっと惚れた、なんていって見せるが、これは無意識だった。
「ええ。使えば使った分テロメアは減りますよ?
長くて丈夫ってだけで、他は全部普通の人間と同じですから。
何をそんなに慌てて――どれくらい縮んだって……
そうですね……ジーンとの闘いで消耗した分なら、数か月くらいでしょうか?
80歳くらい、残り60年で死のうと思ったら、
毎日両手足をミキサーに掛けなきゃいけないと予想されてます。
それくらいの耐久だからこんな仕事をしてるわけですし」
私の話を聞いて青ざめるジーン。
彼女が心配していることは何となくわかっていた。
というか、この話をしたら真っ先に気になるのはそこだろうと思っていた。
つまり今の仕事を一生続けたとしても、
寿命で死ぬには普通の人間の数倍から数十倍かかる訳である。
「正直、普通の人間と同じくらいの寿命で死にたいと思っていましたから、
どれくらい縮んだかなんて気にもしませんでした」
ヘラヘラと語る様子は、ジーンにはどう映るだろうか>
■ジーン・L・J > 「うん、それに気付けただけで前進だよ。となるとこれから楽しくなるよ、キミの趣味探しだ。
煙草も結構、手巻き煙草とか葉巻とかも試してみるかい?あれは奥が深いよ、巻く紙や葉の種類や、中身の刻み方、関連器具まで、凝りだしたらきりがない。
あーと、人をいたぶるのは、止めないけど、合意を得た相手とやって欲しいかな。」
風紀委員の黒い噂、というより公然の機密か、落第街で二級学生を殺傷している。もはやあそこは戦場もかくやだ、近寄り難いことこの上ない。出来れば関わっていてほしくないものだが。
「そうそう、そういう意味でも私はキミの人生の先輩さ。趣味探しや自分探しについては私も兄弟姉妹も苦労したからね、そんじょそこらのモブよりは立派なアドバイスが出来ると思うよ。」
何十人もの自分と同じ自分が違う誰かになっていくのを見てきたし、自分もその一人、そこは自信を持って胸を張ってみせた。
早々に次回のデート計画が練られているとは知る由もなく、時折落ち葉を風で避けながら林道を寄り添って歩く。
「あー、全く、やられたなぁ。そんな手で来るとは思ってなかった。
そういう意地悪は私出来ないんだよね、愛が先行してしまって素直に伝えるしか出来ないんだよ、マイハニー。
ところで地上に落ちてくる時痛くなかったかい?キミは美しすぎて天国を追い出された天使なんじゃないかと思うんだけど。」
意地悪で来るならクサイ愛情表現で返す、メロドラマでも見ないような言葉を素知らぬ顔で言ってのけるのがジーンの攻め方である。
「いや、ちょっと待ってヤード・ポンド使わせて、そこの橘の木は高さ大体3ヤード、あっちの杉の木は6ヤードで、キミの歩幅は約2フィート1インチで、身長は5フィート4インチってとこかな。それにええーと…。」
目についたものをヤード・ポンド法で長さ高さを挙げていく、ひとしきり目測を終えればそこには肩の荷が下りたように天を仰ぐジーンの姿があった。
「ああ、久し振りに見た物の長さをそのまま言葉に出来た……。ありがとう、晴れ晴れとした気分だ……。」
静かに、だが確かな感謝を込めてつぶやいた。奇っ怪なカップルだろう、ヤード・ポンド法を使うことが愛情表現とは。
「なかなか難しいお願いだ、時間がかかるのは確実だね。でもやってみせよう、キミの師が今のキミの根幹だと言うのなら、私は向き合おう。さてさて、一先ず私のスタンスを明らかにしないといけない、これは難問だな。
死者と向き合うのは難しい、それも生前を知らない場合特にだ。一番確実な情報ソースであるキミを通してということになるが、そうなると……キミが何をされてきたか私は克明に知ることになるな。
私が冷静で居られるかだね……。」
顎を擦りながら何度も首をひねる。今度は自信なさげだ。
「ちょっと待って、ちょっと待って、録音させてくれないかな、もう一回言って、もう一回。たらればの話じゃなくて、の後あたりからもう一回。」
スマホの録音機能を起動させて、台詞をねだる。悩みながら聞くには惜しすぎる一言で、永久に保存すべきだ。
「こんな野獣みたいな恋人、私の作者には悪いけど持つべきじゃないよ、もっと洗練された、キミのためなら命すら投げ出す私にキミは惚れ…え?」
惚れた、とごく当たり前のように言われて、歩みを止めてじっと顔を見つめる。
スマホの録音機能が一回の起動時間を超えて『録音を完了しました』と涼やかな女性の声で告げた。
「良くないよ、良くない、数ヶ月もあったらどれだけのことが出来ると思うんだい。ちょっと、いいかい、今の特攻同然の戦い方、出来るだけ早く改めてもらう必要があるよ。
いいかい、ちゃんと聞いてよ葵。私はキミと一日でも、一時間でも、一秒でも長く過ごしたい。いくらキミが千年生きようと万年生きようと、寿命だけを見れば私が後を追うことになるだろうからね。」
手を握り直し、もう片手を肩に追いて、しっかりと語りかける。
つまりそれだけ一緒に居られる時間が減るわけである。文字通りの死活問題である。
「私はキミに生きて欲しいんだよ、幸せに生きて欲しいんだよ。だから、そんな悲しそうに笑わないでおくれ。」
肩から頬へ手をやる。優しく、ヘラヘラとする相手を泣いているかのように撫でた。
ご案内:「常世神社」から日下 葵さんが去りました。
ご案内:「常世神社」からジーン・L・Jさんが去りました。