2020/11/28 のログ
ジーン > 「あるいは美しすぎて声をかけられなかったのかもしれないね。
 おかげで今はキミは私のもの、私はキミのもの、声をかけてくる人間の心配はしなくていいわけだ。」
ネガティブな印象を持つ人間がいることは理解している、彼女自身自分を化け物と定義していたのだから、相応の扱いを受けていたのだろう。
だがジーンにとっては愛しい天使だ、脂肪を落として筋張った手も、甘やかな、ジーンにはそう聞こえる、声とともに漂ってくる煙草のいがらっぽい残り香も、鋭い目つきのつり眼も、全てが愛情を掻き立てる。褒めようと思えば一日中だって褒め続けられる。

「付き合う人間にまで宿題を出すとか、ちょっと良くないと思うよ私は。まぁいいさ、キミのために乗り越えろって言うなら乗り越えてみせるよ。
 じっくり話し合おう、ウィスキーを飲み交わしながらね。
 主食は、生活拠点が日本だったし、この島での文化も日本ベースだから、ご飯になるかなぁ。
 サンドイッチやピザとか、まぁ普通の学生が時折別の文化の食事を摂るのと変わらないと思うよ。美味しいタコス屋台には餓えてるけどね。
 キミもウィスキーが好きなのは意外だったな、煙草も吸うしさ、知らない間に未成年の定義って引き下げられた?まだきっちり聞いてないけど10代だったよね?」
当たり前のように受け入れていたが、未成年の飲酒喫煙は禁止されていたはずだ。ジーンは人間ではないため未成年は何が禁止されているか改めて確認したことはなかった。
ところが葵は両方とも嗜むという。流石に聞かざるを得なかった。

「ふふ、それは楽しみだよ。いつかキミから愛を告げてくれる日が来るんだね。
 キミの負けず嫌いに感謝だね、本当の愛の言葉ってのは言う方も言われる方も幸せになれる、魔法の言葉だよ。
 書生丸ごと役者をやってそれなりに過ごしているんだ、始めたばかりのキミに言い負かされたら立つ瀬がない、
 でも、負かされたいなぁー、今みたいに笑顔のキミに、ぐうの音も出ないぐらい愛をぶつけられないよ。楽しみだ、ああ本当に楽しみ。」
弾む期待をそのまま表すように、ステップがリズミカルなものに変化する。
オーバーなほどの感情表現は演劇の一幕のようだが、そこに演技を感じさせるものはない、ごく自然な現れなのだ。

「それは私が異能が大量発現する前の産物だからだね。私のベースは普通の人間、魔術は素養こそあれ誰でも使えるものだし、戦闘技術もそう。
 ただ普通の人間より死に辛いだけで、私は精神も肉体も人間を模している。だから人間の戦い方も知っている。それだけのことだよ。
 そしてキミは人間だ、だから人間の戦い方を知ることが出来る。私もそれに合わせられる。
 全部はこれからさ、『過去はただの思い出、今はただの腰掛け、大切なものは全て未来にある』ってね、狩人仲間の受け売り。」
良い言葉だと思わない?と歯を見せて笑う、残された宿題は片付ける必要はあるが、2人はようやっと寄り添って歩き始めたばかりだ。
林道の終わりが見えて、陽の光に照らされた参道が見える。

日下 葵 > 「美しさと凶悪さは紙一重だったりしますから、
 もしかするとそういうことなのかもしれませんね」

本当に強かったり、美しかったりする人や物はどこか近寄りがたいものだ。
ジーンの言葉を鵜呑みにするなら、私はただの化け物じゃないということになる。

――なんて考えるのは、鵜吞みにしすぎかな。
  なんて考えるのは、自惚れすぎかな。

「半ば親みたいなものでしたからね。
 もしかしたら”あっち側”でジーンに嫉妬しているのかもしれません。
 へえ、日本で活動してたんですか。その話も気になりますねえ?」

前にカフェに行った時にもちらりと話に聞いたが、
ジーンが作られたのは大変容の前らしい。
てっきり国外で作られ、国外で活動していたのだと思っていたが、
拠点は日本だと聞いて少し驚いた。

「いえ、今でもこの国では人間の成人は20歳ですよ?
 私が勝手に煙草を吸って、お酒を飲んでいるだけです。
 だって、具合が悪くなったら切り落とせばもとに戻りますし、
 自分を人間だと思ってませんでしたから」

人間じゃないなら人間の成人の定義にハマる必要なんてない。
半ば自虐的な思考の元酒とたばこを嗜んでいたわけである。

「ん、となると、これからはお酒もたばこもやめたほうが良いですかね?」

もう自分だけの身体じゃない。
なら、酒もたばこもジーンのために少なくとも二年はやめるべきだが……
ちょっと意地悪な視線を彼女に送ってみよう。

「いつかは言葉で気持ちを伝えたいですねえ。
 今すぐにはちょっと難しいですけど……。
 難しいので、そうですねえ」

私から愛を告げられる日を心待ちにするジーン。
その日はきっとそう遠くない日に来るのだろうけど、今すぐには難しい。
難しいから、ステップを踏むように歩く彼女を引き留めて、
一瞬こちらを向いたジーンの頬に軽くキスでもしてみよう。

今は、言葉よりも行動の方が愛を伝えられるから。

「普通の人間より死にづらくて、精神も肉体も人間……。
 なら、私にもきっとできますかね?
 思い出というには、いささか重荷ですけどね。
 でも、今こうして腰かけて休み終わったら、
 大切なものを探しに行くのもアリかもしれません」

一人で抱えるには重い荷物も、今ではこうして一緒に抱えてくれる人が居る。
新しく生まれた余裕の分、楽しいことをしに行ける。

気付けば、広葉樹とともに林道が終わり、紅のベールが解けて日の光が差し込んできた>

ジーン > 軽く笑って応える。
その質問を声を出していたら、ジーンはこう答えただろう。
――キミは人間だよ、ただ人間離れして美しく強いだけの。

「ふふ、嫉妬してるとしたら、キミを残して勝手に死んだ罰だよ。まぁ生きていたら歯の一本や二本……いや二十本は覚悟してもらいたいところだけど。
 おっと、いけないいけない、暗い情念が。私の活動拠点だね、私の作者はアメリカ人だったけど、所属していた魔術結社は日本にあった。
 私の知る限り、旧世界の魔術師は放浪癖のある人間が多くてね、私の作者もそうだった。
 私達の居た結社に禁書を作る技術を提供した後またどこかに行ってしまったんだ。
 だから強いていうなら私は日本育ちの日米ハーフかな、食事の好みは基本的に日本的だけど、飲食しなくても死なないから完全な嗜好品だね。
 だから食事は食べたいものを食べたくなったらで、毎日三食食べてるわけじゃない。」
そういえば言っていなかったなと思いだして、順序をすっ飛ばして深い仲になったのだなと改めて思う。出身すら教えないままだったとは。

未成年のまま勝手に嗜んでいる、とあっけらかんと言われれば、風紀委員としてどうなのそれ、と苦笑してから、続く質問には唸り声を漏らす。
「うぅ~~~ん、さっき怪我で寿命が縮むって言われてから考えてたけどさぁ、どうすべきか悩んでたんだよねぇ。
 キミの喫煙飲酒が自滅願望からなら止める、煙草は副流煙もあるし、キミが止めて私は続けるってのは不公平だから私もやめる。
 でもキミの師との繋がりでもあるんだよね。だから……キミに任せるよ、キミが化け物じゃなく、人間として生きていく上で選ぶなら、私は何も言わない。」
苦悩の末に導き出した答えは委任。人間としての日下葵が選ぶ答えに従うという答え。

「まぁ気長に待つさ、そうでなくてもキミの変化は著しいからね。少しずつ変えて…。ん?」
引き留められて、浮かれて早く行き過ぎたかと振り向くと、頬に柔らかく温かな感触。
「………今のは…不意を突かれたなぁ…。」
僅かに震える声、顎に手をやる、ふりをして口元、特に頬の辺りを隠す。よくよく注意すれば、指の隙間から見える純白の肌に桃色が刺しているのがわかるかも知れない。

「もちろん、出来るさ。人間の技術なんだから、人間が使えて当然だよ。
 人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし、徳川家康の言葉だったかな。
 でもずっとじゃない、問題は解決させるもので、辛い思い出は薄れるものさ、いつか身軽になって人生を楽しもう。私と一緒に。」
微笑みながら先導するジーンが太陽のもとへ葵を連れ出す。林道は終わり、神社の参道へ出た。
「さて、このジーンめの用意したデートコースは帰り道を残すのみとなっております、お姫様。景色とお話はお楽しみいただけたでしょうか。」
仰々しく礼をしてみせる様はいつもの役者ぶり、だが浮かべているのは底の知れない薄笑いではなく、心からの愛情の笑み。

日下 葵 > 最近やっと、自分のことを人間だと思ってみようと考えられるようになってきた。

――まだ実感はわかないけれど。

「あっはっはっは!
 いいですねえ。私に痛みへの耐性を与えた師が、
 ジーンから与えられる痛みにどれだけ耐えられるかは興味があります」

歯の話をされると面白そうに笑った。それこそお腹を抱えて。
こんなことで笑ってしまう感性は普通いかがなものかと思うが、
ジーンなら今更何かを言ってくることはない……と思う。

「ああ生みの親はアメリカ人で、
 育ての親――は居るかどうかわかりませんけど、育ちは日本なんですねえ? 食事も嗜好品なんですか。
 逆に必需品のようなものってあるんですか?
 魔力の回復に必要なものとか」

食事ですら嗜好品扱いであることに驚くものの、
別に全部が人間というわけではない彼女にとって、
それは特別驚くようなことでもないのかもしれない。
逆に何が必要なのかが知りたくなるくらいだった。

「本当は法律的にも、風紀委員という立場的にもアウトなんですけどね。
 でもほら、それで誰かに迷惑をかけているわけでもないですし、
 その辺は黙認されている感じです。

 最初は単純に師が嗜んで居たから始めたんです。
 親しい人は師くらいでしたから、別に特別自滅願望とかから始めたわけじゃないです。

 そうそう、これは予め伝えておかないといけませんね。
 私は別に自殺願望がある訳じゃないんです。生への執着が薄いだけ。
 たまに、自分が並みの人間なんじゃないかって思って、
 死んでみるなんてこともありましたけど……。
 だから煙草も酒も、人間として嗜みますね」

基本的には破滅願望はない。
特にジーンと決闘して、告白されて以降は。
だから安心してほしい。
そう伝える。

「ほんと、私なんかよりもよっぽど日本の文化に詳しいんですから。
 そうですねえ、普通の人よりも抱える荷物は多いかもしれませんが、
 その分普通の人よりも長い時間を与えられた身です。
 気長に行きましょうか。転びそうになったら、よろしくお願いしますね?」

不意を突かれて、少しだけ肌を紅潮させる様子は見逃さなかった。
見逃さなかったけど、それについて言及はしない。
心の奥に、その様子を仕舞っておこう。

「ええ、とっても。
 こんな風に景色を眺めていろいろ思案できたのも、
 楽しく笑えたのも、ジーンのおかげです」

太陽の光が降り注ぐ参道に出れば、いつもの演技じみた派手な動き。
今となってはその動きすら心地よい。
そして太陽を見上げれば、今度はこちらがジーンを先導するように手を引いていこう>

ジーン > 「いくらキミと私が出会うきっかけになった人だとしてもねぇ、その所業を許すつもりはないよ。
 今頃死んでて良かったと安堵してるんじゃないのかな。人間の構造は知ってるから、苦しめる手段もわかる。」
つられて笑いながら、しかし声色は冗談で言っているものではない。
血腥い面はジーンも持ち合わせているので、葵の笑いのツボには口を出さず。自分の命を削る悪癖に比べたら可愛いものだ。

「育ての親は居ないかな、私の作者が肉体年齢を16歳で固定していて、それを基準に16歳の肉体に熟練した魔術師の知識と知能を持って生まれたから。
 誕生日には武器持って投入されたよ。
 生きるのに必需なのは月光かな、私達は月光から魔力を採って生きている。
 "満月の獣"は満月の夜に心臓を潰さないと死なないから、戦うのは基本的に夜、だから都合がいいんだ。
 満月の夜にしか狩れないから"満月の獣"、月夜に狩りを行うから私達は"月の狩人"」
説明してなかったね、と青い空に浮かぶ微かに見える月を指差す。
あれがジーンの実質的な食事であり、月の狩人としての象徴でもあった。

「迷惑はかけてないとしても風紀委員が積極的に法を破るってどうなのかと思うけどねぇ……。
 そこは誤解していた、キミは自殺願望を持ってわざと自分の命を危険にさらしていたのかと思っていたよ。
 でもそうじゃなくて、キミが人間としてそう選んだのなら、私は何も言わないよ。
 まぁ未成年がやるなって言われたらそこは従ってね?」
破滅を望んでの行為ではなく、嗜好としてのものならば、ジーンが止める理由はない。法を堂々と破るのは少しどうかと思うが。

「んっ、うん。魔術師にとって知識は力だからね。本を読み漁るうちに色々知識がついた。
 あとはね、格言を引用するキャラクターってのは古今東西を問わず居るものだから、それ経由でね。
 任せてよ、こっちは幸い身軽なもんだからね。いつでもお助けいたしましょう、ユア・マジェスティ。」
 閣下、と格式張った呼びかけでおどけてみせる。

「それは良かった。またどこか行こう、冬は冬の、春は春の、それぞれの季節を楽しもう。私達はまだ一緒になったばかりなんだから。」
これが特別な一日ではなく、日常になるぐらいに数を重ねて、そうすればもう誰にも彼女を化け物なんて呼ばせない。
当たり前の日常を生きる女の子にしてみせよう。

日下 葵 > 「ふふ、ごめんなさい。何ていうか、皮肉が効いてて。
 いやー、そうですねえ。
 不死身は言い換えれば”死ねない”ってことですから。
 死ぬことができて良かったと思っているかもしれません」

お互い笑って見せるが、ジーンの声色は笑っていなかった。
この辺の乖離は、お互いに今後すり合わせていくところの一つかもしれない。

「そうなんですか。
 じゃあ強いて言うなら、お互いが人格を持つために学習しあった兄弟姉妹が、
 ジーンにとっての育ての親のような者になるんですかね」

生まれた日には武器を持って戦っていた。
その言葉を聞いた時、少し胸の中に嫌な気持ちが芽生えた。
この感覚が、ジーンが私に向けていた感情と同種のものだと気づくには、
もう少し時間がかかった。

「月の光ですか。
 そういえば、私と決闘したときも満月に近い夜でしたっけ。
 満月の夜だったら――いや、何でもないです」

――満月の夜だったら、私は満月の獣として狩られたようなものですね。

なんて言おうとしたが、さすがにそれは趣味が悪いと思って口をつぐんだ。

「ジーンと一緒にいると、
 私も閣下にお姫様といろいろな役になれてたのしいですねえ?
 じゃあ、ジーンが月の光のもと私や人を守る様に、
 私は陽の光のもとジーンや人を守りましょう。
 お互いに背を預けて戦い、手を取って歩んでいくわけですから」

アオイという字のもとに、マモルという名のもとに、
私もパートナーを支えていこう。
そんな誓いを密かに立てる。


「私、そんなに死にたがってる様に見えました?
 まぁ、さすがに仕事中には喫いませんし、改めて注意されれば控えますけどね。
 でも二人だけでゆっくりする時とかは、見逃してほしいです。
 ジーンが私のことをマイハニーなんて恥ずかしい呼び方するのと同じように。ね?」

ちょっと悪戯な笑顔を向ければ、
今度はこちらがステップを踏むように太陽の元を歩いていこう。

「ええ。季節ごとに、場所ごとに。
 やりたいこと、行きたい場所はいっぱいありますから」

今日という日を忘れてしまうくらい、これから楽しいことをやろう。
10年間化け物として生きてきた。でもたったの10年だ。
これから何千年も生きていくうえで、この10年なんてあっという間に染めてくれるだろう。
ジーンにはそんな信頼感があった>

ジーン > 「何となく分かってたけど、キミの師も不死身…に近い異能持ちか。
 死なないために全力を尽くしてきた身としては死ねてよかった、っていうのはちょっとわからないなぁ。」
故人であるから本当の不死ではなかった、そしてかつて葵が漏らした言葉から、不慮の事故に近い形で命を落としたのだろう。
慢心の結果と評価されているようだが、葵の仕込んだ戦い方を見るに、当人も自分を犠牲にしていたのだろう。
だがそれは受け継がせはしない、人として、命を惜しみ、怪我を厭う生き方をしてもらう。
死を受け入れるとしたら、天寿を全うする時だけだ。

「そうなるかな、同じ場所から成長したのに、全く別の人間に育っていくのは、当時の希薄な自我でも興味深かったね。
 自分と同じ顔してた妹が、出かけて返ってきたら男になってた時は流石にびっくりしたなぁ。」
笑いながら話すのは人間ではありえない体験。郷愁の念と共に記憶を掘り起こすのに思考のリソースを使っていて、葵の心中には気付けなかった。

「満月から少し欠け始めていた時だったね。だから私は魔力を十全に使えた。
 ……改めて言うよ、キミは人間だ、私と出会ってからじゃない、最初からずっと。」
化け物という自己認識、かつては、という考えもジーンにとっては間違いだ。最初からずっと日下葵は人間だった。
化け物とはもっとどうしようもないものだ、人の制御下になんか置いておけず、自己の欲望のままに振る舞う。従っているように見えても表向きだけ、それがジーンの定義する化け物だ。

「私は王子様や従僕や、あるいは決闘者なんかやらせてもらってるからね。
 キミにも色んな役をやって欲しいのさ。役者は別人の人生を真似る、その分だけ人生を楽しめる。
 ふふ、日下って日の下って書くもんね。ジェットブラック、夜の漆黒とは丁度対になってる。
 私達が出会ったのは運命だったかも知れないね。ああでも、どっちの姓を名乗るか決めておかないと。」
ジーン(遺伝子)を残す前にね、と冗談めかして笑いながら一足飛びの将来計画を提案してみる。

「キミの戦い方も合わせると、そう見えたね。
 60で死にたいとか言ってたし、自殺とまではいかなくても、自分の体を軽視する、傷つけられることを望んでいたように見えた。
 それを持ち出されたら私からはなにも言えないなぁ、どうぞご自由に。悪戯なお姫様。」
笑みに苦笑が交じる。ステップを合わせて、2人で踊るように参道を歩いていく。リズミカルにハイヒールが立てる靴音が伴奏だ。

「私もだよ、キミをもっと知りたい、私をもっと知ってもらいたい、一緒に時間を過ごしたい、思い出を共有して、後で語り合いたい。
 さぁ、本日はそろそろお開きです、寮の部屋までお送りいたしますよ。しばしお待ち下さいませ。」
ずっと握っていた手を離して、また仰々しく一礼すると、バイクを取りにしばし姿を消す。
ヘルメットを2つもってバイクを押してくれば、1つを渡して1つを被り、バイクにまたがる。

日下 葵 > 「ずっと一緒にいてほしいって言われた後にこんな話をするのは少し後味が悪いかもしれませんが、
 不死身、あるいは不死身に近いっていうのは何かとさみしいものなんですよ。
 愛を誓っても先に逝かれてしまうし、同じ現場にいて生き残ったのは自分だけ。
 生き残った自分が、死んだ仲間の死にざまを報告書にして、後世に伝える。
 ジーンもこの辺の気持ちはわかるんじゃないですか?」

安易に死ねないということは、終点が見えずリタイアできないマラソンのようなものだ。
走り続けなければならない。
そして慢心で死ねば、先に死んだ仲間のことを誰にも伝えられなくなる。
いくら痛みに慣れていても、この気持ちだけは慣れないものだ。
そんな気持ちを味わうくらいなら、いっそ普通の人間と同じタイミングで死にたい。
でも自殺はしたくない。なら、自分の寿命を他者の為に使って、早めに死にたい。

「でも、私はその辺気にしなくてもいいのかもしれません。
 私に愛を誓ってくれた人は、私が惚れた人は――」

――私と同じかそれ以上に生きてくれるから。

「それはびっくりしちゃいますね。
 もしジーンが男になるときは予め一言断ってくださいね?」

仮にどんな姿になったとしても、受け入れるつもりではある。
でも、そう言うサプライズは驚きが大きすぎて混乱してしまうだろうから。

「いろんな役を演じてくれるのはとても楽しいですが、
 役者ではなく、ジーン・L・ジェットブラックという人格としては、
 私の恋人……いや、パートナーであってほしいです。
 ちょうど対になっていると思うと、確かに運命じみたものは感じますねえ。
 姓にジーンって……それは……」

一瞬、脳裏にジーンとの営みを想像してしまって顔が熱くなる。
そう言う経験は人並みにあるというのに、こんなにも恥じらいを感じるのはなぜだろう。
表情を悟られないように少し顔をそらしてしまった。

「自分の有り余る寿命を使って全力で生きて、
 その結果60とか80とか、人並みの歳で死ねれば誰にも文句は言われないかなって。
 でも、ちょっと考えなおしました。
 私が好きになった人は、60とか80では死なない人だったので」

今度は、ちゃんと伝えるつもりで言った。
まだ言葉にするには慣れないが、意識して。

「ふふ、今日のことも、いつか語れる思い出になりますよ。
 ではお願いしますね?
 王子様」

そういってヘルメットを受け取ればバイクにまたがる。
こうして、最初の秋の一日を終えたのであった>

ご案内:「常世神社」からジーンさんが去りました。
ご案内:「常世神社」から日下 葵さんが去りました。