2019/05/18 のログ
ご案内:「異邦人街」に人見瞳さんが現れました。
ご案内:「異邦人街」に竹村浩二さんが現れました。
人見瞳 > 身じろぎをするたび、古びたパイプ椅子がぎしぎしと音を立てる。
木製のブラインドから差し込む光は仄白く、うっすらと舞う埃を窓辺の薄明に浮かび上がらせている。
天井からぶら下がった三枚刃のシーリングファンが音もなく回り続ける。
まるでハードボイルドな探偵事務所のようだけど、どれも以前のテナントが残していったものだ。

コンソールの前を離れ、マグカップを掴んで洗い場に立つ。
腰の高さにある引き出しから缶を選んで、中煎りのコスタリカを正確に30グラム測って機械式のミルへと落とす。
ほんの数秒だけけたたましい音がして、嗅覚をくすぐる香りと共に挽き目の細かい粉が落ちてくる。
それを陶製のドリッパーにセットしたフィルターにあけ、ビーカーの上に安置した。

「お菓子……何かあったっけ。マフィンは昨日食べたような……?」

幾人もの私がすごした昨日の記憶を思い返しながら、お湯を沸かしはじめる。

《ブルーブック》こと《青書移民局/Blue book Immigrant Division》の事務所にひとりきり。
今日は私がお留守番、というわけです。

竹村浩二 >  
事務所の前のドアで深呼吸。
アポを取ったが、こういう事務所に入るというのはやっぱ緊張する。

ノックをして、思い切って入ってみる。

「どうも、先日お電話させていただいた竹村浩二と申します」
「って……ブルーブックの方? ですか?」

コーヒーの香り高いフレーバーが広がっている。
他に人はいない。というわけか?
ううむ。探し人のことで情報がないか当たろうと思ったが……

人見瞳 > 「どうぞ」

フラミンゴみたいに細長い首のドリップポットからお湯を注ぐ。
水分を吸って粉が膨らみ、ふつふつと細かな泡が弾ける音がする。

「お待ちしていました。適当に」

お掛け下さい、と来客用のソファを示して。
30秒くらい数えて、ふたたびお湯を注ぎはじめる。ビーカーに暗褐色の雫が滴り落ちていく。
だいたい2分と30秒。それ以上は雑味が出てしまって、滑らかですっきりとした味わいを邪魔してしまう。
ビーカーになみなみと溜まったコーヒーをカップに移して、お客さまに供する。
向かいのソファに腰かけた。

「人見瞳と申します。お目にかかるのははじめてでしょうか」

竹村浩二 >  
どうやらスタッフの人だったようだ。
学園都市だけあって移民局の人間も学生…なのか?
手馴れた動きで出されたコーヒーを前に頭の後ろを掻いて。

「これはどうも、いただきます」

信じられないくらいにいい香りだ。
普段は出されたものには口をつけないが、これは後で飲もう。

「そうですね、多分初対面のような……でも学園のどこかで見たような…?」

ハハハどうですかねー、と笑って懐から写真を取り出す。
海を背景にして、貝殻を持っている姿を写したメイジーの写真だ。

「この異邦人を探しておりまして……」
「あ、こちらが身元引受人の証明書で、こちらが…ええと」

ごちゃごちゃとした鞄を探っていると、彼女と目が遭った。
赤い瞳。この世界が神秘と触れ合ってから、そういう目の色も存在するようになった、という話で。
にへら、と軽佻に笑った。

人見瞳 > 「人探しですか。それなら、私たちの説明は省いても大丈夫そうですね」

竹村さんは異邦人関係の団体をたどって、この事務所へとやってきた。
どこか途中で説明を受けたのだろう。私たちが異邦人の生活支援をしている集まりだと。
擦りきれた写真を覗きこむと、両目の隠れたメイドさんがひかえめな笑みを浮かべていた。

「私たちはボランティアの集まりみたいなもので、事務所は島内にこの一箇所だけ」
「ほかの子たちは皆外に出てしまっていて、今は私だけです」

ショートメールを一通飛ばして、「自分」用のマグカップに口を付ける。

「それでも、これまで多くの方々をお世話してきました」
「………この方なら、ええ。私の思っているとおりの方かどうかわかりませんけど」
「口もとと、髪の色合いが似ている気がします。お名前は?」

私の知っている彼女はずいぶん様子が違っていた。まるで別人になろうとしたみたいに。

竹村浩二 >  
「ハイ、大丈夫です。保護していたこの子が行方知れずになってしまい…」

何が保護だ。自分の心を守ってもらっていたくせに。

「心配になって、方々を探しているのですがどうにも……」

何が心配だ。お前が傷つけたくせに。

コップの中のコーヒーに口をつけると、熱く、苦く、美味かった。
体の奥から元気が出てくるような、そんな味がした。
そして続く言葉に、俺はいつものように落胆して。

「そうですか、やっぱりわからな……」

え。

「し、知っているんですか!? メイジーです、メイジー・フェアバンクス」
「それで、ええと………メイジーはどこに」

初めての手がかりに内心、焦りながらコーヒーを飲んだ。
もう味はわからなかった。

人見瞳 > 「フェアバンクス……? そちらが本名でしょうかね」

何か事情があって偽名を使う人は少なくない。ファーストネームは同じなので、たぶん同じ方でしょう。
ミス・ピックフォードのことなら良く憶えていますとも。

「ご本人の同意がなければ、お教えできません。個人情報にかかわることでもありますし」
「竹村さん。ミス・ピックフォードとはどういったご関係でしょうか?」

不用意なことを言って逆上させてはいけない。過度な期待を持たせることも。

「たとえ私たちが関与していても、生活の中でトラブルに巻き込まれる方がいます」
「生まれ育った世界とは違うのですから、当たり前といえば当たり前のことではありますけれど」

身元引受人の証明書は、この際あまり意味を持たない。
ミス・ピックフォードは明らかに、何者かに怯えていた様子だったから。

「竹村さん」

トン、と机を叩くと写実的な木目が消えて、画像処理された監視カメラの静止画が表示される。
不鮮明な連続写真は、ごく普通の身なりをした男が紅いマフラーの戦士に変わるまでの、僅か一瞬の出来事を捉えていた。

「自警学生……のような活動をされていますね」

竹村浩二 >  
「……? メイジーは、偽名を………?」

そこまでして。俺から逃げたかったのだろうか。
目の間を擦って、溜息をついた。
何が逃げるだ。お前はメイジーにとって何のつもりなんだ。

「ええ、わたくしとメイジーは………」

そこから続く言葉に迷う。
何と言えばいいのだろう。
俺とメイジーの関係って、なんだ……?

次の瞬間、脳が沸騰した。
自分がイレイスに変身している姿を、撮影されていた。
不鮮明だが、解析するまでもないだろう。
あれは、俺だ。いつもの角で俺がイレイスに変身した時の!!

「お、あ………その……………」

いよいよ持って言葉が出てこない。
鏡を見たカエルのように汗を流しながら、酸素を求めて口を開く。

終わった。終わった終わった終わった終わった終わった。
アーマード・ヒーローと言えば聞こえはいいが、異能犯罪者を私刑にかけてぶちのめしてる異常者。

それが俺の偽らざる本当の姿だ。

人見瞳 > 「異邦人に無関係の方が、ここを訪ねてくることはありません。なので、調べさせて頂きました」
「身元引受人の登録は本物です。それは間違いありません。ですが」
「お約束をいただいてからの数日で、夜間の活動に時間を割かれていることもわかりました」

様子がおかしい。それでも、覚悟を決めて話すしかないでしょう。
この島に暮らす、すべての人を護ると決めたのだから。

「あの方は……怯えていました。何かが追いついてくるのを怖れているような」

笑顔の素敵な人だったのに、どこか疲れたような雰囲気もあって。

「もう一度うかがいます。ミス・ピックフォードとはどういうご関係ですか」
「ミス・ピックフォードはどうしてお一人だったのでしょう? お心当たりはありますか」

ただ「増える」だけの私に、身を守れるような力はない。だとしても、危険を避ける理由はなかった。
竹村さんのために、ミス・ピックフォードのためにするべきことをしないといけない。

竹村浩二 >  
もう終わりだ。風紀に報告されて俺は職を失い、最悪ムショに入るだろう。
正義気取りの末路としても情けない。
それでも、それでも。

言わなければならないことは、ある。

「俺は……あの日、夜のパトロールに出ていた………」
「それで、以前にも戦ったことのある異形の影と交戦して……」
「殺されそうになって、メイジーの名前を呟いたら……」

震える声で、それでもはっきりと。
目を硬く瞑ってあの日を思い出す。

「影がメイジーの声で喋ったんだ……」
「俺はあいつを知らずに攻撃した。あいつは俺を知らずに攻撃してたんだ」
「何も救われなかったし、俺の正義が…いや、俺があいつを傷つけたと思っている」

「もう一度会って、謝りたいんだ」

決定的なその言葉を口にした。叶わない願い。

「メイジーに謝りたい。そのためにパンデミックとの戦いを生き残ってきた」
「身勝手な言い分だとはわかっている。それでも、もう一度会いたいんだ………」

人見瞳 > 「ミス・ピックフォードのご様子に……脅威を感じたと?」

それならそれで、別の問題が発生するのですけれども。

「あの方の転移後に生じた事件に関与していた疑いがある、ということでしょうか」
「そして、ミス・ピックフォードはあなたを殺害しようとしたと」

カップを置いて考え込む。
もしかして私はとんでもないポカをやってしまったのではないでしょうか。

「行き違いがあった、謝りたい……もう一度だけ会いたいと」
「よくストーカーの方がそういうことを言われるので、その部分は何とも言えませんけれど」
「残念ながら、ご本人の意志を確認する術がありません」

困ったことになりました。なぜって、ミス・ピックフォードは―――。

「帰ってしまわれましたので」

竹村浩二 >  
「多分、あいつは何かのために戦ってた」
「俺は正義のために戦ってた」
「どちらも正しくて、間違っていたんだよ」

冷めたコーヒーを飲む。
ああ、美味いな。できれば獄中でもこれくらいの嗜好品を口にしたいもんだ。

「俺はストーカーじゃない、と言っても証明する手段は何もないが」
「帰っ………え?」

帰って。つまり、世界を隔てて。もう二度と、会えない?

「……は、ははは………」

片手で顔を覆って、笑った。希望が潰えるにしても、いくらなんでも。

「もういい、好きにしてくれ。その写真だけでも風紀は動くだろ」

人見瞳 > 「何か理由あってのことだと仰るのですね」
「別の世界に来てまで、わざわざ凶行に手を染めなければならなかった理由が」

同じくコーヒーの残りを口にして、ため息をつく。

「はぁ………ええまあ、そんな感じはしましたよ私も。きっと悪い人ではないなと」
「でも、ご本人が向こうにいらっしゃるので……確かめようがないんですよね」

「竹村さん」
「…………竹村さん。シャキッとしてください」

大事な話ですので。顔を覆う手をぐいっと引き剥がして。

「ミス・ピックフォードは……いえ、彼女の生まれた世界はこの世界の脅威となるのでしょうか」
「脅威があるなら、警鐘を鳴らさないといけません。いえ、必ず脅威はあるのでしょう」
「問題は、正しく理解した上で……異世界の脅威とどう向き合うかです。竹村さん。聞いてますか?」

もういいじゃないですよ全く。

「………探しに行ってみます? 向こう側に、ミス・ピックフォードが蒸気都市と呼んだ場所に」
「こちら側に帰れる保証はありませんし、片道切符になるかもしれませんが……それでも構わなければ」