2020/07/09 のログ
神樹椎苗 >  
「ん、ありがとーごぜーますよ。
 ちょうど落ち着けそうなところ探してたのです」

 そして声の方へ振り返る。
 女の纏う空気は、異邦人街の中に在って、さらに際立っているように感じた。
 善良な一般人の持つ気配ではないだろう。
 それを感じながらも、椎苗はこれと言って警戒はしなかった。

「お節介のおれーに、揚げ菓子でも一つどうですかね。
 甘くて舌が溶けそうになりますよ」

 そう言いながら、袋から一つ、気を失いそうなほど甘い揚げ菓子を取り出した。

Nullsector >  
「礼には及ばないさ。その揚げ菓子程、あたいは甘いワケじゃないしね。」

それはあたかも、その揚げ菓子の甘さを知っているかのような物言いだった。
咥えた煙草を自らの足元へと落とし、グリグリと踏みつぶす。
素行も余り宜しくないと見受けられるだろう。

「……"人間"には、少しキツいさね。コッチにしておきな。それなら、お前でも食べれるよ。神樹 椎苗。」

彼女の名を呼ぶと同時に、ぽいっと投げ渡した透明な袋。
中には色あせたカラフルな砂糖菓子が入っている。
異邦人の文化で作られた砂糖菓子だ。
砂糖で出来ているのに、思ったより甘くなくちょっと酸っぱい不思議な舌触り。
甘酸っぱい絶妙なバランスが癖になる妙な砂糖菓子だ。

神樹椎苗 >  
「まあ割とショック死できそうなくらいにはやべーブツでしたね。
 ――ありがたく受け取ってやりますよ、情報屋」

 投げ渡された袋から砂糖菓子を一つ摘まみだし、口の中に放り込む。
 口の中に広がる味は、程よく甘酸っぱい、独自色のあるものだった。

「ああ、これなら悪くねーですね。
 特に、コレの後だと大人しい甘さがちょうどいいです」

 揚げ菓子の袋を一度眺めてから、なかった事にしようとバッグに押し込んだ。
 帰宅してから処理に困りそうなものだが、適当に寮の連中に押し付けようと考えて。

「というかお前、キツいって知ってるって事は、お前も一度食べた口ですか。
 しいは異邦人街をなめてましたね。
 こんなやべえもんが、普通に露店売りされてるとは思わなかったです」

 いやおそらく、地元の異邦人向けの露店だったのだろうが。
 一人で歩く椎苗を見て、店主がいたずら心でも出したのだろう。
 確かに死ぬほど甘かったが、実際死ぬような食べ物でもなし。
 見物客への歓迎としては多少手荒いが、まあそれも笑い話の一つにできる程度のものだった。

Nullsector >  
「よかったじゃないか。ショック死なら、思ったより痛みなく逝けるんじゃないかい?」

御明察の通りと言わんばかりに言ってのけた。
彼女の体が、事情が、如何なるものか知っていなければ
吐けないブラックジョークだ。

「わざわざそんなもの食べないよ。知ってただけさ。」

百聞は一見に如かずというが、情報屋の観点は違う。
"一見は千聞に如かず"だ。口に入れずとも、正確に淘汰した情報に誤りはない。
そう言う自信を持ってこそ成立する商売だ。
女は椎苗の向こう側を顎で指した。その先に在るのは、ベンチだ。

「座って食べな。立ち食いは意地汚いし、通行の邪魔だよ?
 それに、立ってるだけでもお前くらいの歳なら体力は使うさ。」

流石の揚げ菓子程でも無いが、意外とお節介。
丁度今口の中に広がるようなほんのりした甘さが醸し出されている。

神樹椎苗 >  
「楽な死に方の一つではありますね。
 たいてーはそのショックがろくでもねーんで好き好んでやりたくはねーですけど」

 痛みも苦しみも少ない死に方はほかにいくらでもあるのだ。

「さすがは情報屋ってーやつですか。
 ん、そうさせてもらいますよ。
 しいは貧弱で病弱な美少女ロリですからね」

 そう言って、おとなしくベンチの方へ向かい、腰掛ける。
 そうしてまた一つ口の中に砂糖菓子を放り込み、女の方を見た。

「お前もくればいーです。
 お前みてーなやつがしいに声を掛けたんです。
 本当にただのお節介、ってわけでもねーんでしょう?」

 そう、自分の隣を示しながら言う。

Nullsector >  
「……ジョークだよ。死ぬことに万一に"楽"なんてあってたまるか。
 それなら今頃安楽死がブームになってるだろうさ、きっとね。」

死が楽だというなら、今頃死人だらけだ。
生きてる人間のがきっと少ないと女は言う。
生も苦痛、死も苦痛。だからこそ、血反吐吐いてでも生きていくしかない。
人生なんて、そんなもの。捻くれた大人の考え方。

「そう言う事。……と言うか、自分で言うのかい?ソレ。」

気だるげな顔をしていた女も、思わず訝しんだ。
自称美少女という奴に大抵ろくな奴はいない。持論だ。

「…………。」

示された隣に、女は黙って腰を下ろす。

「ガキの癖に、一々勘繰るね?本当のお節介だったら、お前どうする気なんだい?」

神樹椎苗 >  
「楽な死に方はあっても、死ぬ事じてーは『楽』じゃねーですからね。
 まあ制度的な安楽死くらい、あってもいいんじゃねーかとは思いますけど」

 生きていたくない人間と言うのは存外多い。
 死ぬ事でしか救われない人間というのも、間違いなくいる。
 ただ、そんな制度ができたら『死』を軽く見る人間が増えるのもきっと、間違いないだろう。

「事実を言っただけじゃねーですか。
 しいは間違いなく美少女です。
 相手がロリコンやろーならイチコロですね」

 別に自慢するような調子でもなく、フラットに淡々と言うが。
 女の持論は間違っていないだろう。
 椎苗はどうしようもなく、ろくなヤツではないのだし。

「勘ぐるってわけじゃねーですが。
 お節介が趣味ってふうにも見えねーんですよ、お前。
 ほんとにただのお節介焼きだってーんなら、謝ってやらなくもねーですけど」

 それでどうなんだ、と。
 子供にしてはやけに無気力な瞳が、女を横目に見上げる。

Nullsector >  
「それこそあったら、社会体制の崩壊だ。"大変容"が起きて尚
 人間<ろうどうりょく>を使い潰さなきゃ回らないのが、今の社会だよ。此の島なんか良い例じゃないか。」

その存外多い事を知っているからこそ、その制度を用意するわけがない。
社会という世界の檻。大変容が起きた此の世界でさえ、それは変わらなかった。
異能者が、異邦人が、一緒くたに集められるような島でも一緒だ。
一方では理知を学ばせ、一方では煤けた日陰のスラム堕ちる。
社会性の害悪をこれほどまでに一つの島に纏めたのは
そう言ったモデルケースを作る為なのだろうか。
何にせよ、女は"ろくでもない"と思ってるのは間違いなかった。

「……はいはい、お前は可愛いよ。女の子なんだからね。
 あんまりバカ言って、本当にロリコンに犯されないように気をつけな。」

事実は事実である。そこは認めよう。
可愛さは武器ではあるが諸刃でもある。
呆れ気味に溜息を吐けば、椎苗の頭部に細い手が伸びる。
動かなければ、手慣れた手つきで撫でられるだろう。
それこそ、子どもあやす要領だ。

「大して謝る気も無いくせに、よく言うよ。」

無気力な瞳と気だるげな常盤色が交じり合う。
覗き込むようにじ、視線を固定した。

「……連中が持ち込んできた神木とやらに興味はあったけど、こんな可愛げのないガキじゃぁ使い物にならないと思っただけさね。」

神樹椎苗 >  
「ま、この島も大概、クソったれですからね。
 外にいると都合が悪いもんを投げ捨てるごみ箱――そんなふうにも見えます」

 『ろくでもない』
 その感想はきっと、椎苗にも共感できるものだろう。
 生死観は異なっていても、この世界の社会やら仕組みやらに思うところはあった。

 ただ、思ったところで『どうでもいい』とも感じている。
 結局それは『生きている』人間のための仕組みであって、椎苗には所詮関係のない事なのだ。

「まあその時はその時で、さっさと死んで、しいの死体とでも遊ばせておきますよ」

 実際にそんな目に遭うような場所へは足を運んでいないが。
 一応忠告は聞いて、対応策くらいは考えておくことにした。

「ああそいつは――残念でしたね。
 研究区の神木にアクセスすりゃー別でしょうけど、しいを介しても大した事にはならねーですからね。
 しいはただの『端末』でしかねーですから。
 知りたい情報をくれてやるくらいは出来ますが、『連中』もばかじゃねーですからね」

 視線を交えながら、お気の毒でと肩をすくめる。
 余計な情報を与えれば、椎苗ではなく聞いた相手が消されるだろう。
 神木を利用している限り椎苗が害されることはないものの、その周囲は関係ないのだ。

「それより、一つ訂正しやがれです」

 と、非常に真剣な表情になりながら、女をにらむように目を細める。

「こんなに可愛い美少女ロリを捕まえて、可愛げがないとか失礼にもほどがありやがります。
 謝りやがれですよ、情報屋」

 クソガキだった。

Nullsector >  
「……言えてる。」

"ゴミ箱"。
言い得て妙だと腑に落ちてしまった。
ろくに分別もされない肥溜めの様なゴミ箱。
そこにうち捨てられた人間は自分も、彼女も、そして島の人間
"どいつもこいつもきっとろくでなし"の烙印を押された連中に違いないとまで思えてしまう。
ふ、と緩めた口元には自嘲の色も混ざっていた。

「ガキにしては、イイ趣味してるね。きっと、ビビって出す前に腰抜かすだろうねぇ。」

それは対策になるのだろうか。
精神的ショックが大きのは間違いないが、情報屋は訝しんだ。

「『端末』、ね。」

その言葉を聞いた女は宙に手を翳す。
宙に広がるホログラムモニターとキーボード。
キーボードの上を、細い指が優雅に踊り始める。

「知ってるかい?『端末』って事は、文字通り根っこの方じゃ繋がってんだろう?
 それなら、"ちょいと"頭覗いてやりゃぁ一発さ。あたいに……」

「ハック出来ないものは無い。その先に何があろうと、『覚悟が出来ていれば、怖いものはない』」

その言葉と共に、光の糸が椎苗の体の幾つかへと伸びた。
女の異能はハッキング。そこに無機物有機物の下りは無い。
此の近未来において、そのくくりさえ乗り越えた悪質なバグ。
彼女にアクセスしてしまえば、彼女を下に本体に辿り着く事が出来る。
理屈的にはそうなり得る自信もある。
その後、何がこようと関係ない、と。何処となく捨て鉢めいた覚悟を女は持っていた。
そうでなければきっと、自分自身今の立場を選ぶこともなかった。
危険な橋一つ渡れずして、自分の"計画"一つ達成できるものか。
ホロキーボードの上で細い指が小刻みに動き……────。

「──────……やれやれ。」

溜息と共に、突如全てをシャットダウン。
ホロモニターも何もかも消して、溜息を吐いた。

「……とんだクソガキだね。毒気が抜けた。お前を弄り回すのはまた今度にしてやるよ。」

「……ま、驚かせた詫びだ。何か食えるもの位は奢ってやるさね。」

そう言いながら、懐から取り出した煙草を咥える。
火は付けない。子どもに対する気遣い。
……まぁ、結局彼女をハッキングして、彼女自身に何かあったら面倒だと、心の"優しさ"がブレーキをかけてしまったわけなのだ。

神樹椎苗 >  
「――お前こそ、とんだお人よしじゃねーですか」

 ふっと、自分への干渉をやめた女に薄い笑みを浮かべた。

「驚くほどでもねーですけど、まあもらえるもんはもらってやります。
 そうですね、異邦人街オススメのスイーツでも食べさせやがれですよ」

 砂糖菓子の袋もバッグに押し込み、軽やかに立ち上がる。

「ああ――お前の異能なら確かに、しいを介してもちっとは見れるでしょうけど。
 お前が欲しいもんが拾えるかは怪しいところですね。
 神木が干渉を検知してしいを『消す』までの、コンマ数秒が勝負ってところですか。
 まあその気になったら挑戦くらいはさせてやりますよ。
 その時は声でも掛けに来やがれです」

 そしてバッグを肩にかけ、肩越しに女を見やる。

「ほら、さっさと案内しやがれですよ。
 しいみたいな美少女にご馳走できるんですから、光栄に思いやがれです」

 そう、お人よしな情報屋へ、クソガキらしく催促した。

Nullsector >  
「言ってろ、クソガキ。」

一方で女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「いいよ、別に。情報なんて、そんなもんさ。必要なものだけを淘して、選別する。……まぁ……」

「ちょっと位財閥を"脅す"ネタになれば、御の字さね。」

ふ、と女は鼻で笑ってみせた。
寄りにもよって、天下の財閥へと喧嘩を売ると宣わってみせた。
それが何を意味するか、どれだけ途方も無い事かは分かっている。
今更、一度"死んだ"人間が何かを畏れるはずも無い。
女はゆっくりと立ち上がり、肩を竦めた。

「ほざいてな、クソガキ。虫歯になっても知らないよ?」

それにしても、とんだ『端末』もあったものだ。
扱いづらいったらありゃしない。
椎苗の額を指先で軽く小突いてやれば、くつくつと喉を鳴らして笑った。

「ほら、行くよ。」

そして、差し伸べた細い手。
それは母の様に彼女を先導し、向かう先は異邦人街のスイーツ三昧。
彼女の、椎苗の望むままに、今回だけはどんな我儘にも付き合ってくれるだろう。

ご案内:「異邦人街 裏通り」からNullsectorさんが去りました。
ご案内:「異邦人街 裏通り」から神樹椎苗さんが去りました。