2020/07/17 のログ
ご案内:「異邦人街」にシュルヴェステルさんが現れました。
シュルヴェステル >  
夕方過ぎの異邦人街大通り。
初夏の常世島。バケツをひっくり返したような土砂降り。
傘を持ち合わせていなかったものだから、取り急ぎの雨宿り。

「……すごい、雨だ」

道から跳ね返る水滴も足元を濡らし。
ああ、これが噂に聞くスコールというやつか、と。
恐らく異邦の軽食を扱っている店へと会釈と一緒にお邪魔する。
青年と同じ発想の者もやはり多かったのか、店内は殆ど満席気味で。

ため息まじりに、フードとキャップを被った青年がメニューに手を伸ばした。
対面の席に客を通すかもしれない、と言われれば、「構わない」と告げた。

ご案内:「異邦人街」にヨキさんが現れました。
ヨキ > シュルヴェステルがメニューに目を通す間、店へ入ってきた者がある。

「こんにちは。すごい雨だね。傘を差しててもこの通りだ。
相席かね? ああ、もちろん構わんよ。……」

気さくな二三の会話。
そうして通された席には――先月、職員室で会話を交わした青年、シュルヴェステルの姿があった。

「おお、君は――シュルヴェステル君。
やあ、これは偶然もあったものだ」

目を丸くする。
失礼するよ、という挨拶もそこそこに。

「……剣。君の剣は、どうなった?」

ずっとずっと、その言葉を秘めていたのだとでもいうように。
席に着き、鞄を下ろしながらに、そんなことを尋ねた。

シュルヴェステル >  
青年がその顔を見て最初に思ったことは。
ああ、あの日もこんな雨の日だった、なんてつまらないことだった。
雨を連れてくるのか、それともただの偶然なのか、と思いを馳せて。

「……ああ、」

軽く椅子を引いてから、対面に座る男にメニューを譲った。
黒いキャップのつばを深く下げてから、居心地悪そうに唸って。

「返却は、叶わなかった。
 別の教諭にも頭を下げたものの。……であらば、諦めるほかない」

徒手空拳であることを示すかのようにテーブルの上に手のひらを置く。
視線を机に下げたまま、「学園」の住民から距離を取るかのように。

「既に諦めはついている。……手間を掛けて、すまなかった」

軽く、頭を下げた。
返却が叶わない理由も、枚挙に暇がない。学術大会での物損事件。
それをその身一つで引き起こした当事者に、武器を渡す愚か者はこの島にはいなかったというだけ。

ヨキ > メニューを手に取り開いたが、目線はシュルヴェステルを見つめたまま。

「…………。そうか。まだ、駄目だったか」

眉を下げる。
会釈するシュルヴェステルを、首を振って制止した。

「諦めてくれるな。
君の剣は、一時的に預かりとなっているだけなのだから。

何も、手間などということはない。
同じ異邦人が心細い思いをしているというのに、放ってはおけんよ」

ヨキの中では、目の前の青年と、異能学会で事件を起こした「オーク」が同一とは結び付いていない。
至極真剣な顔で、声のトーンを落とす。

「職員室で会ったあの日、君のファイルを少し見せてもらったのだ。
生活委員を傷付けてしまったときのこと。

……ヨキは、もともと人間ですらなかったから。
大変な思いをしている者には、どうしても助け舟を出したくなってしまうんだ」

シュルヴェステル >  
「博物館の硝子の中に収めたほうが、よほど人のためだ」

諦めてくれるな、と言われても。
諦めません、とは決して言いはしなかった。

「…………、」

沈黙が続く。うるさい雨音と、雨に対する文句だけが耳に入る。
静かなヨキの声に、何を告げればいいのか数瞬の迷いが生まれて。
強張った苦笑いを作ってから、「では」から言葉を始め。

「助かるのは、自力で、だ。助からないのであらばそこまで。
 ……弱者に自分から成り下がるつもりはない。
 それに、私だけではないはずだ。……大変な思いをしているのは、よほど」

ぼそりと、口の中で。噛むように言葉を籠もらせて。

「簸川旭のほうが、よほど私よりも」

傍らに置かれた異界原産の茶葉を使っているらしいハーブティーを口にする。
種子の一つでも、この世界に持ち込めた異邦人は幸せであるな、と少しだけ目を細め。

「私を、特別扱いする必要はない。
 『それ』を果たせなければ死ぬだけ。戦場では、弱いものから死んでいく。
 ……憂慮の必要は、貴殿にはない。親がいなければいけないような、幼子ではない」

ヨキ > 「ああ、君だけではないとも」

きっぱりと言う。
知覚を通り掛かった店員に、彼とは茶葉の異なるハーブティーを注文する。

「特別扱いもしていないさ。ヨキにとっては、みな平等だ。地球人も、異邦人も。
籍を置いた者に悩みあらば、共に考え、行動する。
身体が足りぬ足りぬと、常に喘いでおるよ」

彼の口から、知らぬ名前が聴こえたような気がして。
瞬くが、深追いはしなかった。

「ここは戦場とは違う。
君に必要なくとも、それはヨキの『義務』なのでな。

君が戦いに生きたように、ヨキは斯様な生き方しか知らなくて。
ゆえにすっかり、島の外とも元の世界とも相容れない生き物に成り果てた」

穏やかな眼差しのまま、テーブルに目を伏せる。

「ヨキも、君に不自由を強制したくはない。
だがこの島が君に不自由を課しているなら、それはヨキにとって取り払うべきものなのだ。
いずれの世界の住人にも、何かしらの益となるように。それがこの常世島だ」

シュルヴェステル >  
「身体が足りぬなら、私は最後で構わない」

ヨキに倣うように、淀みなく告げてから。
何の忌憚もなく、正面からその意見に一石を投じた。
それを否定するでも、肯定するでもなく。
それが「そう」であることを受け入れた上で、こうしてほしい、と。

「急を要しているわけではない。
 ……不自由がない場所など、どこにもありはしない。
 もしあるのであらば、それは幻想であり、夢物語の中であろう。
 私は、叶わない夢は思い描かないようにしている」

帽子のつばを少しだけ持ち上げてから、呟く。

「夢など、苛むだけでろくでもない」

長い前髪の間から、血色の赤がヨキをじっと見つめる。

「この世界に生きることそのものが、不自由だ」

両手を強く握ってから、力を込める。
あの日のように。学術大会で、言葉の通じぬ怪物となり果てた日のように。

「言葉を使う、この世界が……不自由で、仕方ない」

ヨキ > 「順番などないさ。
そのときごと相対した者のために、ヨキは全力を尽くすだけ。
何なら、通り雨のようなものだと思ってくれればいい」

運ばれてきたハーブティーで、喉を潤す。

「この常世島が夢物語と呼ばれることは、誰しも覚悟の上だ。
だが、この世界はそんな『夢』さえ必要とするほどに混迷している。

少なくとも――ヨキにとって、それは夢ではない。目標であり、誓いだ。
そう言葉に表すことは容易い。

……それでも、上っ面の言葉だけでは終わらせるつもりはないから。
だからこそ、別の身体を欲するほどに動き回る」

シュルヴェステルの赤い瞳を、真っ直ぐに見返す。

「振るうなら、慣れた得物の方が楽だものな。
ヨキはただ、言葉という武器に慣れてしまっただけだ。

君の世界では、言葉を使わずしてどのように交流を図っていたのだね?」

シュルヴェステル >  
「……雨であるならば、仕方ない。
 誰がどうこうと言えるものではないのだろう」

納得したように小さく頷いた。
目が合えば、視線はすぐに硝子の先に向けられる。
店の先で、小さな竜人の少女が鞄で頭を隠しながら走っていく。
当たり前のように異人種が溶け込んでいる……ように、見える。夢物語の島。

「慣れぬ武器を振るうのは、ひどく難しい。
 とりわけ言葉などというのは。……使う者によって万別である。
 同じ言葉を告げているのに、違った意味に受け止められてしまう」

幾つもの失敗を思い起こす。
自分の聞きたいことと、違ったことが返ってきたこと。
ともすれば叱責にも聞こえるような言葉。そこに意味があったかを自ら疑うほどに。

「……交流は、その必要がなかった。
 何かを『行う』ことが全てだ。言葉を交わす必要などない。
 『する』という行為だけで、世界が成立していたから。故郷は、自然であった」

目を細めてから、視線を目の前の教師へと引き戻す。
言葉に意味のない世界。行動だけが全てであった世界。
もし、道を譲り合えないのであればどちらかが「通る」ような。

ともすれば、野蛮という謗りを受けても仕方がないほどに。
『この世界』とは、文明のレベルもなにもかもが、違っていた。

ヨキ > 「散々呆れられてきたよ。
通り雨だとか、犬に噛まれたようだとか。
そのたびに嫌われ、謗られても、余計な手助けを止められなんだ」

シュルヴェステルに倣って、窓の外を一瞥する。
そして、視線をすぐに正面の相手へ引き戻す。

「発した言葉は取り下げられず、後になって違う言葉が思い浮かぶ始末。
ヨキはせめてこうして――相手の目を見て話し、声も顔も使うようにしている。
気持ちが伝わらぬことは、互いに多大な苦痛であるものだから」

眉を下げて笑い、小首を傾ぐ。困ったような笑い方。
シュルヴェステルの故郷の話には、唇を引き結んで。

「それは――今のヨキには、計り知れぬものがある。
言葉ではとても説明出来ず、言葉で考える身には想像を絶する。

……やはり、君には剣を取り戻して欲しいと、そう思う。
振るう機会なくしても、『お守り』とも言うべき拠り所として。

そうしていつか……君が故郷へ帰る手立てを、ヨキも見つけたい。
君が自然に在れる場所ならば、一日でも早く。

それまで、君にとって少しでも居心地よく在りたい。
……斯様に話しすぎるヨキには、難しい話であろうが」