2020/07/20 のログ
ご案内:「異邦人街」に羽月 柊さんが現れました。
羽月 柊 >  
梅雨もすっかり終わり、夏本番と言った空気である。
夕暮れでも虫の聲は賑やかな合唱を続けている。

「…残りは明日か。」

柊は外回りの帰りであった。
社会人に夏休みがあるはずもなく、今日もあくせくと働いていた。
とはいえ小竜たちに頼り、冷気を身にまとう分いくらか夏の厳しさは軽減されてはいるが…。

異邦人街でも、時計が確認できる場所はいくつかある。
時間が少々狂っている場所もなくなはないだろうが、
異邦人向けの食料小売店、その壁に埋め込まれたモニター端で表示された時間を確認する。

一旦休憩してから帰ろうと、小売店の近くに備え付けてあるベンチに座り、
傍らの小竜たちを肩に留まらせる。
鞄の中身を確認し不足が無いことを確かめた。

ぼんやりと行き交うヒトやヒトでないモノを眺める。

ご案内:「異邦人街」にシュルヴェステルさんが現れました。
シュルヴェステル >  
ベンチに座る羽月の前で、すれ違いざまに大男と青年の肩がぶつかる。
大男のほうは恐らく竜種と人類種の混血であろうか。
リザードマンといった風体の2メートルを超える男と、それよりは背の低い青年。
夏真っ盛りだというのに、パーカーのフードまで被って、その下にはキャップまで。

青年が、僅かによろめいた。

「――ッ、」

よろめいた青年の手元にあった、蓋の閉まっていないペットボトル。
それが、ふうわりと宙を舞って。
ほんの一瞬の出来事が、どうしてだかゆっくりに感じられた。
走馬灯などではないだろうが、それが羽月の頭の上へと手の中から跳ねて。

「……!」

青年の赤い瞳が、ペットボトルを追いかける。
手を伸ばすも、指先で僅かにペットボトルを弾くだけ。

羽月 柊 >   
熱気を退けても、夏場の仕事終わりは気怠い。
意識は今日の晩御飯の内容等へと旅立っていた。

男は目の前を見ているようで、見えていなかった。


だからか、青年の赤眼が、慌てた手が伸びる瞬間、ようやく我に返った。

「……ッ!」

ペットボトルの中身がなんであれ、指先で弾くそれを、
空中に舞う液体を、男が完全に回避することなど不可能だろう。

小竜たちは咄嗟に飛び立ったことで回避したらしいが……。

こんな夏の日だ、被った液体はさぞ頭を冷やすことだろうか。


その冷えた頭と共に溜息を吐き、桃眼が見上げる。
大男の方にも、青年の方にも臆することなく。

青年はともかく、竜混じりの大男は自分の専門に近い。
なんだったら言葉も通じる相手故に。

シュルヴェステル >  
幸い。ペットボトルの中身はただのミネラルウォーターだ。
連なった幾つもの不運に対して、たった唯一の幸運がそれだった。

ぶつかった竜人種は、羽月も青年もどちらにも気にも止めない。
ただ、道を通るときに自分の前に立っていたから程度のものだろうか。
桃色の瞳に一瞥だけ寄越して、大股で雑踏にまた紛れる。

「……すまなかった。怪我等は、ないだろうか」

対照的に頭を下げたのは、ペットボトルの持ち主の青年だった。
拭くものも持ち合わせてはいないようで、ただ頭を下げるほかない。
羽月よりも10センチほど上で、赤色の視線が不安そうに揺れる。

「何か損害があったなら、補う術を教えては、もらえないだろうか」

水を被るという事象一つでも、この街では一体何が起こるかわからない。
猫人種であれば、心底不愉快な思いをしたかもしれない。
それ以外であっても、水を被るなど愉快な思いをする相手は多くはないだろう。

羽月 柊 >   
男の傍らの小竜たちが去っていく竜人種にキュァーと鳴いていたが、
大男はそれすらもどこ吹く風で去って行ってしまった。

それを見送ると濡れた男は息を吐く。

つい自分が専門の事柄の方を注視してしまったが、
青年の方が自分に頭を下げて来たのに気付いた。


「…あぁ、いや、別にどうということはない。」

淡々と男はそう告げる。
怒っているのか、そうでないのかは声色からは判別がつけ難いだろう。

足元に転がったペットボトルに手を伸ばし、拾い上げ、
中身がミネラルウォーターだということを確認しつつ立ち上がる。

ぽたり、と、若干大人しくなったウェーブの紫髪から雫が落ちた。

「君もわざと引っ掛けた訳でもあるまい。
 幸い、俺も火に関係のあるモノや水を嫌う種でも無いからな。
 白衣に色がついたという事もないし……。」

そう話しながら、手にもったペットボトルを青年に渡す。

「強いて言うなら、次からはキチンと蓋を閉めて持ち歩くことだな。」

シュルヴェステル >  
「……ああ。落として見当たらなくなってしまった。
 一度蓋を失くしたら、一気に飲み切ることをこれからは検討する」

もう一度だけ頭を下げてから、差し出されたペットボトルを受け取った。
そして、付け足すように「拭くものも持ち歩く」と一言。

羽月の肩に止まっている竜種二匹をちらと見やってから。
おずおずと、大変言いにくそうに口を開く。

「それは」

目線は小竜二匹へと向けられたまま。
短い鳴き声に少しばかり興味を示したようで、
自分が相手をずぶ濡れにしたことすらも頭から抜けている。おもむろに口を開く。

「……一体、」

何だ? と。

羽月 柊 >   
背が高く、シュルヴェステルがオークというなら筋肉も多少あるだろうか。
そうでなくても身長差で威圧感はありそうなモノなのに、
不安げに彷徨う視線や、弁解の言葉に飲み込まれて姿を隠す。

「…そうだな、それが良い。
 無用な争いも避けられるだろう。」

額に張り付く髪を掌でぐいと拭いながら他所へやる。
まぁこの気候だ、少しすれば乾く。


纏う冷気を一度切るのに指を鳴らそうとしたが、
その前に飛んできた疑問に首を傾げた。

彼は竜を知らぬのだろうか。
もしくは、鱗の無い竜を見たことが無いのか。

「ああ、この子らか? 俺の護衛だが…先ほど去って行った輩のような竜の一種だ。」

小竜たちは嫌々男に付き従っているという素振りは無い。
とはいえ、男の手により小さくされている事を知れば、怒るだろうか。

シュルヴェステル >  
「それは」

少しばかり躊躇い混じりに息を吐いて。
聞いていいのか、聞くべきでないのかの逡巡が挟まり。

「……言葉は、通わせることができるのか?
 ああ、いや、そんなにも小さな竜種がいるのかと、疑問に。
 ……先の男のように、竜種の血が混じっているだろう相手は、常に威を持つゆえ、」

あなたの連れている竜種が小型であることと、共生しているように見えたから。
どういった理由で「それ」が叶っているのか、と。
意を決したように、素直に二匹の小竜を見てから口にした。

「貴殿は魔術師と見受ける。
 ……言葉を通わせるために、共生できるほどに彼らとの、意思を疎通をするのに。
 どのくらい、時間が入り用であったのだろうか」

空っぽのペットボトルを片手に、訝しむような視線で彼を見て。
何を言っているのか少しもわからない小竜の鳴き声に、肩を少しだけ落とした。