2020/07/21 のログ
■羽月 柊 >
小竜たちはシュルヴェステルの言葉を聞くと小さな目をぱちくりとし、
キューキューと男に鳴いている。やはり青年に意味は理解できない。
「ん、あぁ、そうだな。
俺の場合は言葉が通じている。竜というのは少なからず共通した言語があるからな。
先達の竜語の知識を用いて自動的な翻訳魔法で会話している。」
それはシュルヴェステルにかけられた、言語翻訳魔術と基礎的な部分では同じはずだ。
パチンと指を弾くと、男が纏っていた冷気が消え、
夕暮れとはいえ強い夏の日差しが濡れた身体を乾かしてくれることだろう。
立ち話もなんだし座らないか、と、
濡れているベンチの隣にあるベンチを指差しながら。
「語るには少し長くなるかもしれないな。
専門的な話は抜きにするが、彼らが生まれた時から俺は世話をしていてね。
親のようなモノだから懐いてくれている。今年で8年ほどか。
小さいのは、俺が意図的に魔術や成長阻害で小さくした。
本来はもっと大きくなる。」
至って淡々と告げる。
彼らにとっては当たり前。シュルヴェステルにとっては異様に聞こえることだろう。
■シュルヴェステル >
「……教示に礼を」
軽く頭を下げた。
勧められるがままに、隣のベンチへと腰掛ける。
猫背気味に身体を丸めて、膝の上に肘を置いてから羽月の顔を見る。
どうやら青年の癖らしい。自分の身長を隠す意味合いのあるそれ。
「……ああ、自動的な。
心得ている。それは、便利で、…………」
そこから先は青年は黙り込んだ。
確かに便利ではあるが、と。恨み言ばかりが口に出そうになり、飲み込む。
一息、二息を大きく吸い込んでから、語られる言葉に相槌を打ちながら。
「親のようなもの、ということは、彼らには親がいないのか。
……若しくは、《門》より至った異邦人であるのだろうか。八年。……長い時間だ」
当たり前のように告げられた言葉に。
意図的に成長を阻害させていること。魔術をかけていること。
それに、青年は黙り込んだ。羽月の顔は見られなかった。
背中に冷ややかな汗が流れたような気さえする。平然と。昨日の食事を答えるように。
「……それは、何故に」
■羽月 柊 >
「この子らは親無しだ。」
対する男は至って平然として、青年の様子を観察していた。
どんな所から仕事になるかも分からない。
今日の分の仕事は終わってはいるが、
護衛竜たちへの質問は余程急いでいなければ受けていた。
時折見え隠れする稚拙さというのだろうか、
そういったモノに、己の"息子"を思い出しながら、話は続く。
「……? まぁ、便利ではあるな。
特に俺のような"向こう側"に関わる人間にはな。」
事情を知らない男の言葉はシュルヴェステルの心を抉るのかもしれない。
青年がこれまでに経て来た事、起こした事件、
男はそういったモノを良くは知らない。
男は、魔術学会側であり、現在は学園に通っている身ではない故に。
「それは俺が引き取ったからだ。この子ら以外にも多く、小さな竜を個人で養育している。
それらをを完全に成長させて管理出来る場が俺にはない。
だから俺の責任の元で、俺はこの子達に術をかけている。
確かに十分に成長出来ない不利な点はいくつもあるが、
親無しで死んだり、幼くして魔法素材にされるよりはマシだろう。」
だがこれが男の論だった。
男の桃眼は視線の泳ぐ青年を見つめている。――恐ろしく見えるのかもしれない、それでも。
■シュルヴェステル > それは。……愛玩動物にしているようなものではないか、と。
青年はそう思った。そう思ってしまった。そう思わざるを得なかった。
「親のない可哀想な生き物」を守るためにそうしていると言われれば。
竜種としての尊厳を――自分には彼らがどう思っているかは知れないが――
奪っているようなものではないか、と、青年の中に疑念が生まれてしまった。
だから。
「何故に、それらを拾い上げた?
……子供であったとて、それが成熟すれば何をするかもわからない。
異界のものを拾い上げることは、おそろしくないのか。
……『今』はそうなっているだけかもしれない。『先』にどうなるかわからない」
不安げに瞳が揺れた。
桃色の鋭い視線に臆しているわけではなく。
羽月という研究者の選択に対して、おそろしいと感じたが故に。
だから、本当に言いたかった言葉は飲み込んだ。
だから、二番目に聞きたかったことを聞いた。
「……人類種と見受けるが。自らの死を、おそれはしないのか」
言葉が通じるから平気なのかもしれない。
それでも、言葉以上に本能というものは制御しきれないだろうと。
「知っているつもりになっている」だけで、「傍らの竜種が何もしない」確証はないだろうと。
そんなニュアンスを込めた、不躾な問いだった。
■羽月 柊 >
――実際そうだ。
愛玩動物として他人に売り渡し、世話をしている面も柊にはある。
尊厳を奪っている。そうだ。動物愛護や保護と言われるモノは大概がそうだ。
世話をしていたワニに噛まれた人間などごまんと居る。
生まれた時から育てた熊に喰われた人間も山ほど居る。
「…君が、人間ではないなら分からないかもしれないな。
確かに俺は人間だ。こんな見目だがな。
だからこそだが、これは人間種たる利己であり、俺のエゴだ。
《大変容》が起きる以前から、人間はそうして他の種を保存してきた。」
元々は生物の頂点だった存在。その傲慢さ。
だが、人間はそうして他の種と生きて来た。
《大変容》が起きた後、数を減らした今でさえ、
人間は多くの異邦人や異種族の中、一つの種として確立している。
「恐ろしい、か。どうだろうな。俺はそれ以前に"向こう側"の世界に魅せられてしまった。
こちらの世界では御伽噺や絵空事だった場所に、子供の頃から憧れていた。」
肩の小竜の一匹を掌におさめ、ふわふわした尾を撫でる。
「死を恐れるならばこんなことはしていない。ある程度の対処方法も設けてある。
まぁ俺が死ねば子らには一応アテを作ってあるが……分からん、
もしかしたら、俺を殺したとして"処分"されてしまう可能性もあるが…。」
「だが」
「恐ろしいからと何もしないよりは、マシだ。」
■シュルヴェステル >
ああ。彼は、……自分とは、相容れないのだろう。
「自然」であることを求める自分とは、絶対に。
幾ばくかの衝突を経て、理解できない相手がいるということはわかっている。
それときっと、今回も同じケースなのだろう。
だからか、自然と自分の中で昂ぶった熱が冷えていくのを感じる。
夏だというのに。彼の指先一つでそうなったのかもしれないが。
「そうか。……ありがとう」
恐ろしいからと何もしないより、何かするほうがいいに決まっている。
それでも、だとしても。自分が取れているといっている責任は。
シュルヴェステルには取れていると思わなかった。思えなかった。
「貴殿が魅せられていたとして、」
少しの逡巡の気配。首をゆるゆると左右に振ってから。
「他の誰かは、それをおそろしいと思うかもしれない。
……ある、地球人の《仲間》がいる。其奴は、異邦を、異能を、超常を恐れている。
それらを連れ歩くことで、」
ああ、違う。
こんなことが言いたいわけではない。
違う。
「……貴殿が恐れられることになれば。
異邦の竜種が、貴殿の存在を恐れ、怯えることになっても。
この世界を、嫌うことになったとしても。……貴殿は、その利己を、……貫く、つもりか」
自分もそうされてしまったらどうしようと。
この世界では竜には権利を認められていないのかと、愛玩動物とされるのかと。
そういう、「誰か」のことをどのように思っているのか、と。不安そうに問うた。
■羽月 柊 >
真逆の道を征くモノ。
柊は零れ落ちる命を否として手を伸ばす側だ。それが多少歪になってでも。
シュルヴェステルは恐らくそうして落ちる命を"それが自然"だと考える側ではないのだろうか。
「そういうことも往々にしてあるのだろう。」
世界が全て自分の上手く行くようには、出来ていない。
そんな話は、自分の箱庭の世界でのみしか作れない。
一人でもそこに他者がいれば、それは成り立たない。
「相手がそうして、完全に"対話を拒否する"のなら、こちら側に手立ては無い。
人間という生物は対話し、触れ合うことで和を作る生物だからだ。
それをせずして互いにとって正しいと思うことをしているならば、
衝突は必然で、俺が恐れられてしまうのも仕方の無いことなのだろう。」
淡々と答えを積み重ねるが、ふと口を閉じる、そして。
「…… 一つ俺も問いたいのだが。」
それは、シュルヴェステルへの問いか、それとも。
「仮にそうやって世界を嫌うモノが現れたとして、
俺が今までやって来たことの全てを捨てねばならないのか?」
自分への問いか。
金色のピアスが、夕日に照らされて揺れる。
■シュルヴェステル >
「よきように」
■シュルヴェステル >
言葉はたった一言。短く。
本来、シュルヴェステルは言葉を必要とはしない。
剣を抜き、道が違えてしまうのであればそのままに斬り捨てる。
同時に、自分が「そうされる」覚悟は常にある。だからこそ、答えは単純なものだった。
「貴殿が『それでいい』と。
あらゆる言葉を踏みつけて、自らの是を通すのであらば。
……それは、いくさと違いない。ただ、自らの是よりも大切なものがあったなら。
それを選ぶのは、貴殿の自由だ。よきように、するといい。
ただ、私は……貴殿に、少しだけわかってほしかったのかも、しれない。失礼をした」
頭を下げて。今までのどれよりも長い時間、頭を下げ続けて。
ようやく顔を上げたと思えば、先の言葉の何倍もの言葉が紡がれる。
「……非礼を詫びる。
不躾なことを重ねていることに謝罪をする。だが、私は。
貴殿の行いは、ひどく矛盾しているように思う。すべての竜種にそうしているのではなく、
貴殿の寵愛を受けることができる者のみに手を伸ばすというのならば、」
まっすぐに。揺れる夕日に照らされながら、白髪の間から視線が向き。
キャップを少しだけ持ち上げてから、憂慮の表情を羽月に向けながら。杞憂かもしれないが、と。
「何れ、選ばれなかった何者かに殺されるやもしれない。
……異邦の住人は。言葉があったとて、わかりあえるとは限らない。
そうなれば、乱暴な手段であったとしても、身を守るすべがないのなら。
異邦の住民は、それを、選ぶしかないかもしれない」
いつかの自分のように。言葉を失い、伝えるためにそうした身として。
目の前の彼は、「そう」されるかもしれない、と思った。
直感めいたものだ。根拠なんてない。
それでも、彼の語った憧れと夢物語は。ひどく、残酷な話に聞こえてしまったから。
ベンチを立ってから、「濡らしてしまってすまなかった」ともう一度だけ謝罪して。
シュルヴェステルは、振り返ることはしなかった。
ご案内:「異邦人街」からシュルヴェステルさんが去りました。
■羽月 柊 >
去っていく相手に伸ばすように掲げた手を、自分の前で僅かに握る。
「……全てに手を伸ばせたなら、全てを余さず拾えたなら、
俺は人間ではなくて神様じゃあないか。」
矛盾しているのは自覚している。
故に、青年の言葉もまた真実なのであろうと分かる。
だから、人間に言葉は必要だ。
シュルヴェステルの忌み嫌う言葉が。
「気にするなって? …そうもいかないさ。
あそこまで息子と同じように声無き悲鳴を聞かされると…ついな。」
随分と乾いた紫髪に手櫛を通し、掻き上げる。
傍らでキューキューと鳴く小竜たちに返事をしながら桃眼を細め
青年が消えていった先を眺めていた。
――また逢うこともあるかもしれない。
「…まぁ、俺は俺なりに"対話"をするだけだ。人間、だからな。」
立ち上がる。
別の道へ、今は歩いていく。
ご案内:「異邦人街」から羽月 柊さんが去りました。