2021/11/23 のログ
羽月 柊 >  
小竜が山本の少し分厚い皮膚の親指に撫でられて擦り寄る。

小さくとも竜。
彼らは羽月本来の稼業である竜研究により"調整"を受けた個体でもある。
知性は成人の人間ほどには十分あり、
この小動物然とした行動も、意図的な部分がそこそこにある。

羽月柊という男が近寄り難い分、
彼ら小竜は緩衝の役目を担っており、同時に竜語の教師でもある。

彼らは彼らの意志で、この男の護衛竜として傍らに居る。

男の歩んだ人生を、傍らで見てきている。


「…センセー、か。皆が居てこそだからな。
 日下部のおかげで研究所の方も負担は減らせたから、
 教師としての仕事も出来ていると言える。

 授業か? まぁ、異世界学ぐらいは…そうだな。」

新しいことを学べば、その分気は紛れるだろうか、そう考えてしまった。
ただまぁ、近代魔術はなんというか、彼のイメージに合わない気がした


「…あの時の君はかなり緊迫した状態だったからな。」

自分の身にもし同じような事が起きていればと思えば、ぞっとする。
彼のように、こうして会話が成立するような状態を保てると思えない。

…自分は、彼より意志薄弱だ。


「そうか……。力になれなくてすまないな。

 未だに自分の異能すらまともに扱えん。
 俺も異能制御やら抑制を考えて学ぶべきなのかもしれんな…。」

友人に、己が力になれないことのなんと歯がゆいことか。
研究の徒故に、専門外の事柄には疎い。

己に遅ればせながら発現した異能も、未だに扱いきれない。


「ん? …さっきまで小さな生徒を相手にしていたから
 そう見えたんじゃないか?」

ジョークをやんわりとはぐらかした。

山本英治 >  
「……確かに、教師あっての生徒。生徒あっての教師」
「異世界学……良いねぇ、単位が取れればなお良い」

魔術かぁ……という顔をした。
ライター代わりになればと初級火炎魔術を覚えようとしたことがあった。
結果として火の粉が散っただけに留まり、
その火の粉は己の髪を焼いたに留まったのだ。

「……今もですよ」
「立ってるのが精一杯! 漢、クライマックスです」

視界の隅にいる血塗れの未来の幻影に背を向けた。
決してアレと視線を合わせてはならない。
 

「羽月さんが謝ることはないですよ」
「異能制御は俺だってなっちゃいない」
「俺にできるのは……異能を使って暴れることだけで」

「今はそれすら難しい」

手のひらで謝罪のポーズを取った。

「いや本当すいません」
「日本語のジョークどうやったっけ……元々上手いほうじゃないんだけどなぁ…」

ムムウ、と唸って腕組みをした。
白い息を吐いて。

「羽月さん、今日の分のカフェインは摂取しました?」
「近くに異世界産の風変わりな豆を使ったコーヒーを出す店を知ってるんですよ」

羽月 柊 >  
「真面目に受ければ単位は出るぞ?
 選択科目だから申請手続きは必要だがな。」

意外と火を扱う術は初級であるが難しい。

基礎の基礎である。
そこで向き不向きが分かるとも言える。
火は出力の加減でそれこそライターの火から火事にまでなる故に、
魔力制御の基礎にはうってつけなのである。

かつて常世学園の生徒だったこの男も
最初の頃は火すら安易には扱えない生徒ではあった。

年月を経て、今でこそ呼吸するように扱えるが。


「……そうか。
 いや、下手に強がられるよりは、良いことだな。」

素直に辛いと言ってくれた方が良い。
言葉を選ぶことが出来る、加減をすることが出来る。
彼の置かれている状況を理解出来てしまうからこそ、
そう言ってくれた方がありがたかった。

"今は異能を使うことすら難しい"

異能を使えば残響の引き金になる。


「とりあえず不意に異能を使わない対策は…。
 日ノ岡あかねの使っていた類の制御チョーカーぐらいは
 学園に申請すればすぐに貰えるとは思うが。」

異能制御、抑制というのでふと思い出す。
今はこの男も学園の人間、手順や申請の手助けも出来ることだろう。


はぐらかしたジョークに悩む彼に、少し苦笑する。
親しい山本であるからこそ分かるぐらいの微細な変化だが。

珈琲の店を勧められれば、日常に戻るように頷く。

「珈琲の中に星が煌めく店なら、知っているが、
 君が知っている店か…違ったなら、君のお勧めを知るのも良さそうだな。」

そう言って、案内してもらえるだろうかと。

山本英治 >  
「そう? じゃあ出ちゃおうかな……」
「毎週、羽月さんとも会えますしね」

ニヒヒと笑って。
これからは毎日を精一杯生きよう。
授業に出て、友達と笑って。

その時が来る前に、悔いが一つでも減るように。

「羽月さんの前で強がったってしょうがねぇや」
「お互い、死ぬ気でブラオと戦った仲だしなぁ」

次に異能を使えば、どうなるかわからない。
それでも、必要になれば。
俺は躊躇うことなく戦いの力を使うだろう。

「あれは周波数を合わせるのが大変なんすよ」
「時間をかけて、個人の力を抑制するもの…というのが」

「まぁ、ブラックギアスと呼ばれていた頃の制御装置の仕様だったんです」

今はどうかはわからない。
でも、簡単に何もかも上手くいくようにも思えなかった。

「ああ、行きましょう」
「フルーティな香りの豆もあれば、チョコレートみたいな香りの豆もある」

「きっと羽月さんも気に入るものがありますよ」

二人で歩いて、喫茶店へ。
そこでコーヒーを二人分、積もる話をたくさん。
こんな冬の日があってもいい。

羽月 柊 >  
「居眠りはしてくれるなよ?
 セイルとフェリアは居眠りには厳しいからな。」

友の笑みに、そんな冗談を言う。

歩いてすれ違う異邦の誰か。
とある龍を切欠に出逢った彼らは、
この異邦人街を気兼ねすることなく歩く。

「それもそうだがな…。
 俺だったらそれでも強がってしまいそうだ。
 もしくは、誰の前にも出れなくなるか………。

 だから、素直に言える君が、少し羨ましいとも言える。」

それは多分、30を越えて、積み重ねてしまった故の歪み。
相手の状態が分かっていて、
励ましになるかもわからない言葉だ、と思う。


「ブラックギアス……まぁ、あれがきちんと出来ていれば、
 異能疾患などというのも無いだろうからな。

 試してみるには良いかもしれんが…。」

"異能疾患"という言葉。異能を病とすること。
発現した異能の全てが便利で使えるモノとは限らない証左の言葉。

この男の不随意的なコピー能力もまた、
一歩間違えば踏み込みかねないほど。

異能抑制があれひとつでどうにかなるものなら、この世はもっと気楽なのだろう。


「…あぁ、良いな。
 甘い珈琲は嫌いじゃあない。」

そう言って、二人は喫茶へ入っていく。

彼らはこの異邦人街の中で、人間だった。
流れる時には逆らえず、定命故に歩みを止められず。


故に、今日彼らが再会したのは、新たな物語の幕開けかもしれない。

ご案内:「異邦人街」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「異邦人街」から山本英治さんが去りました。