2020/07/13 のログ
山本 英治 >  
俺の掌に彼女の掌が重なる。
優しい匂いが、ふわりと香った。

顔を見上げる。何故か、自然に彼女の顔が見れた。

「……俺には、わからない………」
「戦える異能があって、拳法を覚えていて、頑丈で、体力がある」
「そうみられているかも知れないが…」

視線を慌てて外した。

「心と体が上手く一致していない……」

さっきの言葉を反復した。
どうしてだろう。全然違うのに。俺は拳法の師父を思い出していた。

マルレーネ > 視線が合えば、ぱちり、とウィンク一つ。
神の代弁者ではない、己の言葉。

「この島にはそんな人が多いように見受けられるのです。
 貴方だけではありません。

 私の地方の言葉で言うならば……、貴方は強い、とてつもなく強い素材で作られた槌を持っています。
 貴方の槌は、鋼を折り曲げ、魔法の障壁を打ち破り、竜の鱗の形を変えるでしょう。
 それこそ、誰もが欲しがり、誰もが頼るような。」

ゆるゆると言葉を重ねながら。

「では。」

首を少し傾げて、じっと見つめて。

「貴方の"金床"は何でできているんです?」

それが心であることは、言わずとも伝わろう。
手を握ったまま、囁くような声で。

山本 英治 >  
「金床……?」

手を握られたまま、囁かれる。
自分の心、それは。

悪と戦う覚悟をして。未来を信じると決めて。
建悟と一緒に笑って。持流さんに心配されて。
ニーナを助けようと。あの雷覇相手に戦って。

「……わかりません、多分…随分とボロい金床だ…」

相手の手は壊れ物のように優しい。

マルレーネ > 「当然です。貴方の槌に、貴方の持っている力に追いつけ追いつけと、ずいぶんと自分の心を急かしてきたのではないですか。」

その力を扱えるようになろうと、正しく使おうと。そう誓ったであろうことはすぐに分かる。
そしてそれが上手くいかなかったことも。


「誰も言わないのなら私が言いましょう。

 貴方は人間です。 とても小さくて、若くて、まだまだ未熟で。周囲の色で、己の色もすぐに変わってしまうような人間です。

 人間は鋼ではない。
 鋼の肉体という言葉はあれど、人間は鋼ではないのです。

 疲れて当然です。何が悪いのですか。

 『ボロい』にしろ何にしろ。 貴方は「その力に見合う心の持ち主」であろうとしているのではありませんか?」

手を振り払わない、強く握らない。
それを感じれば、投げるように言葉を重ねる。

山本 英治 >  
「俺は……人間…………?」

そんなことを。誰からも言われたことはない。
当たり前の事実でもあり。
獣同然に扱われた塀の中では確かめる機会もなかった。

楽園を追われた黒い羊。山本英治は……人間…?

「……そうなのかも………知れない…」
「力には責任が伴うって……思ってて………」

ただ、混乱している。自分の金床は、揺らいでいる。

マルレーネ > 「貴方はその力に見合った心を求めました。
 それは、本来人が幾星霜をかけて積み重ね、培うもの。

 私の世界でも、兵は様々な鍛錬を重ね、立場に見合った心を持てるように己を変えていきました。変えざるを得なかった。
 何故なら疲れ切ってしまうから。 壊れてしまうから。」


「力には責任はあります。
 貴方の行いは正しかった、とは絶対に言いません。
 苦しむでしょう。 悲しむでしょう。 何年も傷になるかもわかりません。
 私とて、立場が逆になれば苦しむかもしれません。
 ですが。」

ぐ、っとその手を掴んで引き寄せ。ある意味、襟首をつかむような状況。
目と目がまっすぐに向き合う状況にしてから。

「貴方はもっと我儘になっていい。」
「貴方は誰を救いたいのです。」

山本 英治 >  
手を引き寄せられ、彼女と目が合う。
何故だろう。俺は……涙が溢れた。

ボロボロと。みっともなく泣きながら。

「俺が本当に救いたかった人はもういない……」

未来。遠山未来。会いたい。親友に、もう一度。

「それでも、彼女が信じたことを実践するのが…」
「人間らしいって………思って…………」

間に合わなかった。届かなかった。
悲しい。悲しいよ、未来。

「どこかの誰かを守るために、初対面の人間を殴るんじゃなくて」
「ずっと彼女を守っていたかったのに……」

彼女を見たまま泣いた。泣き続けた。

「俺は未来に…大丈夫だって……言いたかったんだ…」

 

『エイジ』

今は亡き親友が俺を呼んだ。
いつの間にか、俺は彼女の顔を思い出していた。

マルレーネ > 「………貴方は重いものを抱えたまま、人よりも速く走ろうとした。
 それは、疲れてしまいます。」

「貴方は人間です。
 人間です。人間なんです。
 だからいつだって泣いてもいい。
 泣きづらかったら、ここに来たらそれでいい。」

自然にぽふんと肩を抱いていた。自分の肩を貸して涙を受け止める。

向かい合って、泣くのを見るのが彼女は嫌いだった。
軽はずみに。
分かってくれているとか、伝わっているとか。 そういう言葉は言いたくなかった。
司祭様はそう言えと言っていたが、彼女は一度もそれは実践しなかった。
分かんないものは分かんないんだ。 分かってるのは目の前の子供が泣いていることだけなんだ。


「………信じたことを。」

ああ、そうだな。
彼は私なんだな。 話を聞きながら理解する。 失われた何かに縋りながら、それをバカみたいに命を削りながら守り続ける。

「実践し続けましょう。 ……貴方はきっと、それを忘れられないでしょう。」

山本 英治 >  
「ああああぁぁ………!!」

俺は泣いた。彼女に肩を抱かれながら。
ただ、声を上げて泣き続けた。

罪も、信じたものも。忘れて生きるなんてできない。
未来……俺、やっぱり悩むよ。悩み続ける。
それでも……寂しいよ…未来。

泣き終わる頃。すっかり冷めたコーヒーを口にして。

「……ありがとう」

そう言って。俺は。貼り付けたようなものじゃない。
俺自身の笑顔を。彼女に見せた。

マルレーネ > 「私は神の言葉の代弁者ですし。」

ぺろ、と舌を出して視線を横に彷徨わせる女。
手を引いて襟首掴んで睨むような状況にまで持って行って泣かせたとあれば、下手したら怒られる。
責任は神が取ってくれるはず。あ、あ、ごめんなさいバチは勘弁して。


「………私はマルレーネ。マリーとでもお呼びください。
 なーに、こう見えて手先は器用と身体が頑丈が売りです。
 土弄りに陶芸、売り子に設営、困ったことがあれば何でもどうぞ?」

そして彼女は最初と同じように、えへ、と照れたように笑って見せる。


「………無理はなさらぬよう。 貴方もまた子供なのですから。」

ご案内:「宗教施設群-修道院」から山本 英治さんが去りました。
マルレーネ > 帰っていく彼を見送りながら。
罪悪感が僅かに滲む表情を見せて、視線を宙に彷徨わせる。

「………。」

神よ、私は嘘をつきました。

許されるでしょうか。

マルレーネ > 『私とて、立場が逆になれば苦しむかもしれません。』


勢いで。
そして、理解してあげたい、理解しようとしていることを感じてもらいたい。
その一心で、あんなことを言ってしまった。

私はもうそんなことで苦しまなくなってしまったのに。

マルレーネ > 目を閉じて、僅かに目を開けば。
その掌は艶やかな赤で彩られ。床にも、壁にも、天井にも。
赤い、赤い、赤い。

それを見る私の瞳は、いつもと変わらないまま。
もう一度目を閉じて見開けば、とても明るい、普通の毎日がまた戻ってくる。


争いの絶えぬ世界で生きてきた彼女は、たくさん、たくさん戦ったから。

報いは己で受けに行かずとも、いつか必ず受けましょう。
それまではどうか、神に仕える者らしくいさせてください。

マルレーネ > どうか。
ご案内:「宗教施設群-修道院」からマルレーネさんが去りました。