2020/07/14 のログ
ご案内:「宗教施設群-修道院」にマルレーネさんが現れました。
マルレーネ > 器用な女である。

唇に釘を咥えてトントントン。大工の真似事はよくやります。
割れた窓を木の板で覆い隠す作業中の女。

濃紺の修道服に身を包み、金色の髪をさらりと落とし。
この手の作業を苦にしない。

むしろ、鼻歌交じりにリズムに乗ってトントントン。
指を打つ? ふふん、そんなミスはしないのです。

ご案内:「宗教施設群-修道院」にシュルヴェステルさんが現れました。
シュルヴェステル > いつかやってきた修道院。
その時は、「持ち主」はどうやらいなかった。

持ち主に話を聞ければ、と思って再び足を運んでみたが。
よもや本当に、持ち主「らしき」人物を見受けられるとは。
ああ、もし『神』がいるならば、そういうものの思し召しなのかもしれない。

「失礼、貴殿は――此処の、持ち主だろうか」

入り口のほうから。
鼻歌と軽やかなリズム刻む釘打ちの間を縫うようにして。
静かな男の声がした。フードを被って、その下にも黒いキャップを被った男だ。

「もしそうならば、少し、話を聞かせてもらいたいのだが」

構わないだろうか、と続けたときに。銀糸のような白い髪が揺れた。

マルレーネ > 「……ふぅあぅ?」

釘を咥えたまま振り向けば、おや、と目を瞬かせる金髪シスター。
持ち主、と言われれば、すごーくムツカシイ顔をしながら唇から釘を取っていって。

「………管理を任されてる形でしょうか?
 ずっとここにはいないんですが、ここにいたり、他の修道院にいたり。

 ですけれど、ここに関して何かがあるならば、窓口は私で構わないと思います、よ。」

フードからキャップ、という格好に訝し気な表情を一瞬見せるも。

「…では、中へどうぞ。
 私はマルレーネ。 マリーとでもお呼びくださいな。 ご用件は中で伺いますね。」

シュルヴェステル > 軽く会釈をする。
腰を軽く折ってようやく彼女と目線の高さが合うほどの長身。
彼女の手元を少しばかり見やってから、「ああ」と頷く。

「ああ、手間を取らせるつもりはない。
 もし忙しいのであらば、時を改める、つもりでいる」

遠慮なく言ってくれ、と付け足してから、小さく息をつく。
訝しげな表情にぴくりと眉を動かしてから、フードだけを脱いでみせた。
異邦人街にあるのだ。であらば、と。

「……初めてお目にかかる。シスタ・マルレーネ。
 私は、シュルヴェステルと。そう呼ぶものが、最も多い」

マルレーネ > 「大丈夫ですよ、これもお仕事ですし。
 それに、お掃除ってやり始めたらキリも無いですから。
 是非、私の休憩にちょっと付き合ってもらえれば。」

なんて言いつつ、ウィンク一つ。
フードを脱ぐのを見れば、ちょっと顔に出ていたな、と心の内で反省する。

「………シュルヴェステルさん。 わかりました。
 ……今日はどのような用向きでしょう?」

穏やかな言い方をしながらも、中へと案内しようとする。
相手が足を止めるのであれば、そのまま表で会話を続けるだろうし。
中に入るならゆっくり話せる部屋へと案内していくだろう。

シュルヴェステル > 「……では、単刀直入に。
 この区画の二区角ほど先に、使われていない廃教会がある。
 ……貴殿は、存じているだろうか。ああ、いや、こちらでは、なく」

彼女の案内に従った。
どうやら彼女の性格が滲んだ室内だ、と思った。
几帳面なようでありながらも、わざとらしくない自然さ。
部屋を見れば人がわかる、と聞くが、あながち間違いでもないように思う。

「そこに、この街で行き倒れていた私を運んだのは、貴殿か?」

一言、短くそう言って。
まっすぐに丸こい彼女の双眸を、血色の鋭い瞳が捉えて。
椅子に腰を落としながら、本題だけを放り投げた。

マルレーネ > 「………ああ。」

二人分のお茶を出しながら、相手の言葉に一瞬考えるそぶりを見せて、頷く。
あったあった、そういえば。
今度修繕に行こうと思っていたところだ。

「………………。
 いいえ、私ではありません。
 ただ、こちらの教会で働いている方は優しい方も多いので、誰かに手当してもらえると考えたのかもしれませんね。
 行き倒れ……現在は、もう大丈夫なのですか?

 ああ、それに、……もし私だったら、堂々とここまで上げた上で、そうです私です、なんて恥ずかしいじゃないですか。」

なんて、本題に対してゆったりとしたテンポで答えながら。
ころり、と笑って見せる。

シュルヴェステル > 「そうだったか。それは、失礼を」

違う、と言われれば返答はシンプルなものだった。
然程気にしていない、といったような調子でまた頭を軽く下げる。
座ったとて、おおよそ30センチメートルの差はそう埋まらない。

「……此処には、貴殿以外も居を構えているのか。
 であらば、聞いておいてほしい。それならば、私が聞くよりも。
 『そうです私です』、と言いやすいだろうから」

差し出されたお茶に手を伸ばしてから、小さく喉を鳴らす。
現在を問われれば、ほんの少しだけ柔らかい声音で。

「問題ない。もとより、そう簡単には死なぬようにできているから」

マルレーネ > 「いえいえ。………ただ。
 おそらく、ですが。 関係者ではない場合もあると思いますよ。

 教会関係者が教会に運んだのなら、意識が戻るまで見る方が多いと思うので。」

それでも、もちろん聞いておきますから大丈夫ですよ。と笑顔。
自分もお茶を手に取って口に運びつつ。

「ああ、それならば。
 私もよく言われてしまうんですけどね。 悪運が強いというかなんというか。」

苦笑しながら自分のお茶を持ち上げて。

「お礼を?」

相手が対象を探す意図を、ゆっくりと尋ねてみる。

シュルヴェステル > 「教会に運ぶのに?」

その疑問にはすぐに解答を与えられた。
であらば、教会を当たるよりもよほど誰彼構わず聞くほうがいいのやもしれない。
少しばかりの思索の後、乾いた口に再びグラスを運んだ。

「悪運の強いのは、善いも悪いもある。
 貴殿の心の内は知れないが、少しばかり、察するものはある」

苦労したのだな、と遠巻きに言いながら。
こちらに向けられる視線に、首を縦に振った。

「助ける義理もない相手を、踏まれぬ場所に運んでもらって。
 ……のうのうと幸運で済ませるつもりはない。礼は、必要であろう」

マルレーネ > 「あはは。………善いも悪いも、たくさんありますからね。」

相手の言葉に笑顔を向けながら、お茶をゆっくり流し込み。

「………見つかったら、でよいと思いますよ。
 元気でいて、とても感謝していることを常に胸の内に抱きながら過ごしていけば、いつか出会えることもありましょう。

 思いが伝わるとよいですね。」


おそらく運んだ人間は、少しばかり後味の悪い思いをしただろう。
少なくとも運び込んだ時点で、助けたいと思う気持ちはあったけれど。
誰か人を呼ぶこともできぬまま、その場所を後にしたに違いない。
だから、おそらく見つからないだろう。………ただ、それを口にするのは無粋に思えた。


「ここは教会、何か思うこと、言いたいこと、胸の内にあるものがあれば、なんでも伺いますが。」

シュルヴェステル > 「ああ」

返事は短かった。
口数が少ない人物というのは、異邦人には少なくない。
もしくは、それ以上に多弁であるかのどちらか。極端であることが多い。
……ように、シュルヴェステルは思っている。
自分がその前者である自覚もあれば、彼女が気を遣っているだろうことも想像がつく。

「……思うこと。
 であらば、疑問を問うても構わないだろうか。
 ……教会のことではないのだが。答えにくければ、構わない。
 貴殿は人間のように見えるが、異邦人か」

直感的に。なんとなし、そう思った。
というのも、人間がわざわざ異邦人街で修道女になるか、ということ以上に。
人間『らしい』、わざとらしい憐れみのようなものを感じなかったから。

マルレーネ > 昔は。
それこそ、ずっと前。元の世界にいたころは。
会話が無いことを恐れたものだ。空白を恐れて、どんどん口を出したものだ。
今はそうではない。 相手が口を開くまで、ゆっくり待てる余裕がある。

ゴメン嘘、ちょっと焦ってる。

「……疑問、ですか? ええ、何でも構いませんよ。」

相手の言葉にぱ、っと顔を挙げて………次に来る言葉に、目をぱちぱち、と。

「あんまり気が付かれないと思ったんですが。
 ええ、そうです。

 こちらの世界の宗教と雰囲気が似ているので、お邪魔になってはいますが。
 ここよりももっと文明……文化が古くて。
 草原と森と、砂漠と氷河。見渡す限りに広がっているような………。」

 そんな世界で、旅をしていたら、いつの間にか。」

あは、と緩い笑顔を向けながら、隠し事はしない。

シュルヴェステル > 「私もそうだ。私も、《門》の外から、参った。
 ああ、いや……なんとなしに、そういう匂いがしただけだ。
 もし隠し立てしていることであらば、すまない。無神経な問いであった」

両手指を組む。力を入れて、手指を少しばかり刺激する。
文明が古い。文化が古い。草原と森。砂漠と氷河。

「であらば――穴ぐらは。
 ともすれば、渡るすべのない大海は。植物も生えない、岩山は。
 ……足を取られて、溺れるような湿地は。澄んだ、湖は。
 いつのものかわからないような、誰が居たかもわからぬ、遺跡の姿も」

こちらで聞くことのないだろうと思った言葉。
誰の手も入れることができないような自然の一端に触れて。
異世界の香りが、ふわりと香った気がした。刺激されるように言葉が流れ出し。

「貴殿は、識っているのか」

僅かに垣間見る郷愁に、つられるように疑問が転げ落ちた。

マルレーネ > 「いえいえ、隠すようなこともありません。
 ただ、表立って言うことでもないので、何も言わなかっただけですよ。」

そう。
見た目も、言葉も、文化も。
溶け込むために苦労はしなかったからこそ、そういった言葉を口にしない。
それだけの話。

「ああ………。」

相手の言葉に、思わず目を閉じて。息を吸い込み、吐き出す。

「………暗いんですよね、穴の中は。 明かりをつけても猶更に。
 人の手で作られた………そう、遺跡のようなものはまだ、明かりを満たそうという意思を持って作られているから、一つ明かりがあるととても先まで見えたりもしますよね。」

「岩山を上る時に、他の人が登っていない山は本当につらくて。
 一人で行けと言われた時には死ぬかと思いましたよ、帰り吹雪くし。」

「湿地に足を踏み入れた時も、一人で行けと言われたときは恨みましたね。
 足を取られたら終わりですし。帰り吹雪くし。」

ころころと笑いながら、もー、っと顔をしかめて見せながら。
感情と色彩豊かに、己が見てきた光景を口にする。

シュルヴェステル > 「…………、」

息を吐いた。深く、長く。それでいて静かに。
「ああ」と時折相槌を挟みながら、その情景に目を細める。

そうだ。穴ぐらは暗い。先など見えようものか。
だから、先の見える種がそこを根城にしていた。彼らの城だった。

そうだ。遺跡は長い。長く、それでいて休む場所はある。
まるで自分たちのために用意されていたかのように思えども、
それは自分たちのためではなくてそれを使っていた誰かのために造られたもので。

そうだ。岩山は厳しい。常に隣に死の匂いが広がっている。
竜種のような生き物の根城に足を踏み入れるのであらば、死を覚悟すべきで。

そうだ。湿地は生きている。底にはなにかがいる。
されど、それを悟ることなんてできやしないし、其処には未知がある。

「……、この世界にやってきて。
 初めて、近いものをその目で見ているだろう相手に、出会えた。
 ……感謝する。シスタ・マルレーネ。……して、」

そんな場所を歩き、旅をしていたような相手が。

「何故、ひとところに留まろうと?」

教会という狭い世界の中では足りぬだろうと。
ここにあるものは人ばかりだ。自然など、ありはしない。されど、可能性はある。

「……それとも、こちらの生活に、迎合しようと?」

マルレーネ > 「あはは、……そうなんですね。
 私も、……初めてかもしれません。」

思い浮かべる情景を、自分のようなつたない言葉で伝えても伝わる相手。
相手の言葉に、ほんのりと微笑みを浮かべて。


「………私の話でよいのですか?」

首を傾げながら相手に問いかけ、そのまま、言葉をつなげていく。


「私は生まれてからずっとこの仕事をしてきました。
 己の信じる神の下で、ずっとずっと。 土を弄ったり、祈りを捧げたり。
 ですが、世界が荒れ果て、それだけでは生きていけなくなったから。

 旅に出るようにお命じになったのです。
 生きる術を学んで、己の力で切り開き、人々から直接頼みを聞いて。」

目を閉じたまま、言葉をゆったりと。


「………こっちの世界に来て、もう、同じ神を信仰している人はいなくなりました。
 ただ、覚えている限り、それを大切にしたいと思って。」

旅の優先順位は、もともと高くない。 信仰を優先していると、相手に伝えていく。

シュルヴェステル > 初めて、と聞けば。
そこで少しだけ、落胆の表情を作った。
自分よりもずっと様々な相手と話しているだろう彼女ですら。

初めて。

「ああ、いや。興味があった。
 あれこれと、婦女に問いただしてしまい、すまない。
 ……ただ、私も。少しばかり、貴殿のするような話をできる相手を、探していたから」

キャップのつばをきゅっと下げる。顔に影が落ちて、視線の先を隠す。
彼女の言葉を聞きながら、ほんの少し。
理解できる一端を見ながら、自らの経験したことのないことは想像力で埋めていく。

信仰。神。……そのどちらもが、自分に親しみはない。
それでいて、彼女が一番大事にしているものがきっと『それ』であるのなら。

わからないなら。

「まるで恋慕のようだ」

相槌をひとつだけ挟んでから、グラスをテーブルの上に置く。
目を閉じたまま、腕組みの姿勢は崩すことなく。

「たった一人で、それを想うのは。
 して、ここには貴殿以外もいるというのに、同じものを信じているのは自分だけ。
 ……どうして、そうも際立つ孤独に身を置くのか」

マルレーネ > 「……私も、まだ来たばかりですからね。」

相手の意図は汲み取れた。だが、嘘はつけない。
そんな嘘は優しくない。だから、一言付け加えるだけ。

「あはは、じゃあいつでもいらしてください。
 この手の話はたくさんあります。 一人でした話がほとんどですけどね。」

ぼっちじゃないです。ぼっちじゃないですってば。
あはは、と笑いながらも………。

特定の信仰をしない人は知っている。
明日をも知れぬ傭兵、生まれたころからの狩人、人を殺めて生きる影の民。

だが、信仰を知らない人は、彼女は知らない。
それが今の彼女の想像力の限界。 だから、相手が空想で埋めていることには気が付かず。


「……そうかもしれませんね。
 だって、私はその人しか知りません。 生まれてからずっと、当たり前のようにその人のことを考えて、祈って、戦って、歩いてきました。

 それがもう手に届かないものだとしても、まだまだ、あきらめきれないというか。」

孤独と言われれば、確かにそうだと思う。
声が少し小さくなって、視線が少しだけ下を向く。

「………忘れてしまうまで、大事にしたいじゃないですか。」

えへへ、と顔をあげて笑った。

シュルヴェステル > 「……非礼を、詫びさせて欲しい」

静かにそう言ってから、頭を下げた。
数秒間の沈黙ののち、ゆっくりと頭を上げてから。
「もう手に入らないのに、なぜ続けるのか」。先の質問はそういうことだ。

『それがもう手に届かないものだとしても、まだまだ、あきらめきれないというか』。
『………忘れてしまうまで、大事にしたいじゃないですか』。

ああ、そうだ。自分と、同じだ。
手に入らないからと、取り戻せないからと。
そんな『言い訳』で誤魔化せるようなものなんかじゃなく。

「信仰というのは、私の知るものの中で一番近いのは。
 ……いくさばでの執着のようだ。貴殿は、いまもいくさばの中なのだろう。
 であらば、謝罪をさせてほしい。戦士に、斯様なことは聞くまでもないこと」

血色の瞳が、じっと修道女を見て。
さらさらとした長い金髪。シンプルな修道服。
まるで戦場なんて似つかわしくない彼女は、青年の中では。

「無粋なことを問うた。
 しかして、私は感謝したい。貴殿のような戦士に逢えたことを。
 振るわれる力のない場で、……懐かしい気持ちになれるとは、少しも思わなかった。
 ああ、また。是非に、話をしたい」

ゆったりと立ち上がる。
自分だってそうだ。故郷のことを忘れたことなど一度もない。
それが人であったのだろう。彼女にとっては。それは、自分と何ら変わらない。

「最後に一つだけ聞こうと思ったが。
 ……次の機会に、これは問おう。ここに貴殿がいるのであらば。
 当て所があるのであらば、『次』を探すことに、すこしも苦労はしまい」

そう言ってから、青年は軽く頭を下げた。
そして、フードをまた深く被り直してから踵を返す。
教会の外の逆光に僅かに目を細めてから、少しだけ安心したように息を吐いた。

ご案内:「宗教施設群-修道院」からシュルヴェステルさんが去りました。
マルレーネ > 「あはは。……戦場ですか。」

そうかもしれないと思った。
今もまだ私は、あの頃と一緒。 一人で戦っている。

「はい。………私もいつでも。
 ここでこうしていることもありますし、他の場所……修道院にいることもありましょう。」

見送る。
見送りながら、空を見上げた。


昔は戦場が嫌いだった。
たくさんの死が転がっていた。怨嗟と憎悪と興奮と暴力が、混ざり合ってまき散らされていた。

それに例えられて、ああ、と合点がいってしまう自分がいた。



見上げた空を、ただぼうっと、眺めていた。

ご案内:「宗教施設群-修道院」からマルレーネさんが去りました。
ご案内:「宗教施設群『破壊神の社』」に焔誼迦具楽さんが現れました。
焔誼迦具楽 >  
 常世島の夏は、暑い。
 近年では最高気温が四十度近くなる事も珍しくなくなっていた。
 まだ7月も半ばだから良いものの、今年も大変暑くなるだろう予感があった。

 そんな常世島の中で、宗教施設群の一角には真夏でも秋口のように涼しく過ごせる場所があると噂になっていた。
 ここ数年、人々の口に上るようになった噂である。
 なお、その噂は真実であり、近隣住民にとっては夏の風物詩として定着しつつあった。

焔誼迦具楽 >  
「ふう、こんなところかな」

 庭先の菜園で腰を上げ、手入れした野菜たちを見下ろし満足そうにする少女。
 白地に大きく『茄子』と書かれたTシャツを着て、赤地のジャージを履いている少女は、軍手を外して汗を拭った。

 この少女こそ、数年前からこの場所に住み着き、宗教施設群にて局所的に人気を集める人物、『迦具楽』である。

 熱や暑さには滅法強く、むしろそれらがエネルギー源でもある迦具楽だったが、纏わりつく湿気はいかんともし難い。
 今年の湿度は、なかなかに鬱陶しいものだった。

「まだ気温がそうでもないのは、幸いというか、残念というか」

 空を見上げれば、晴天とは言い難い曇り空だ。
 湿度ばかり高くて、気温はいまいち上がらない。
 体感温度ばかり上がっても、熱を食す迦具楽としては有り難みはないのだった。

焔誼迦具楽 >  
 この島で産まれてから、年数にして五年、六度目の夏。
 路地裏で人を襲い、食らっていた怪異の事など、すでに人々の記憶から薄れていることだろう。
 ましてや、ソレが今、こんな場所でささやかな家庭菜園を趣味にしているなど、想像できる者がいるのか。

 収穫したばかりの茄子を手に取り、そのつやに機嫌がよくなる。
 最初の年は苦労したものの、年々少しずつ実りがよくなっていった。
 特に今年は、土や肥料、水に温度管理と気に掛けた結果、十分以上の収穫が見込めそうである。

「うんうん、上出来上出来。
 まあ私にかかればこんなものだけど!」

 ご機嫌である。
 自分の手で食物を育て、それを食べる。
 その楽しみに目覚めてしまってからはもう、日々の手入れが楽しくて仕方のない迦具楽だった。

焔誼迦具楽 >  
 そうして菜園を満足そうに見渡してから、ふと、庭先にある社を見て、目を細めた。
 それは、迦具楽にとって恩人であり親友の残したもの。
 神様である親友を祀る、小さな社。

「――もう四年も経つのに、いつになったら帰ってくるのかしら」

 最後に会ったのは――いつだっただろう。
 楽しく幸せな光景として記憶に残っているのは、公園でのささやかな花火大会。
 あれから、いつの間にか随分と時間が経ってしまっていた。

焔誼迦具楽 >  
『あらあら、精が出るわねえ迦具楽ちゃん』

 そうして道から声を掛けてくれたのは、隣の施設を管理している、年老いた修道女だ。
 彼女とはもう、親しいお隣さんとしての付き合いが続いている。

「こんにちは、おばちゃん。
 ふふん、今年の野菜は出来がいいわよ」

 自慢げに言う迦具楽に、修道女は優しく笑う。
 彼女の格好は、はたから見れば非常に暑そうであったが、彼女自身にはそれほど堪えている様子はない。

『それはいいわねえ。
 あたしもねえ、今年も迦具楽ちゃんのおかげで過ごしやすいわ。
 毎年ありがとうねえ』

「お礼を言われるような事じゃないわよ。
 私が生きるために必要な事なんだから」

 今日の最高気温は30℃ほどだろうか。
 けれど、ここの周辺気温はおよそ27℃程度。
 熱を食する迦具楽の生態が、周囲に及ぼす影響の一つだ。

 周囲の熱を吸収するため、迦具楽の周囲は他と比べて数度程、温度が下がる。
 その影響は隣近所、むこう二軒ほどの距離まで影響した。
 結果いつのころからか、夏場は過ごしやすいだの、電気代が安く済むだの、近隣住民に感謝されるようになっていたのだ。

焔誼迦具楽 >  
「ほらほら、それよりこれ持って行って!
 今獲ったばかりの茄子と獅子唐よ。
 きっと去年のよりはおいしいわ!」

 そう言いながら、迦具楽は修道女へ駆け寄り、籠に入った野菜を手渡す。
 修道女は嬉しそうに眼を細めて、少女のような迦具楽相手でも丁寧に頭を下げる。

『あら、今年もいただけるの?
 ありがとうね』

「なに言っているのよ、お互い様でしょ。
 夏は私が役に立つかもしれないけど、冬はいつも助けてくれるじゃない。
 これは去年のお礼と、今年もお世話になりますのご挨拶よ」

 そう明るく言うと、修道女もコロコロと可愛らしく笑う。

『そうねえ、迦具楽ちゃん冬はたくさん食べないとだめなんだものね。
 今年も困りごとがあったら、いつでも頼っていいのよ』

「うん、そうさせてもらうわ。
 あなたも、若くないんだから力仕事とかあったら言いなさいよ。
 去年、いらない遠慮なんかして腰痛めてたの忘れてないんだからね」

 そんな他愛のない言葉を交わして、修道女は自分の施設へと戻っていく。
 それを手を振って見送ると、迦具楽は再び、大事な庭へと向き直った。

焔誼迦具楽 >  
 庭先にある社に視線を向ける。
 迦具楽はそれに手を合わせることはしない。
 迦具楽は『彼女』の友人であって、信者ではないのだ。

「それにしても――」

 四年の歳月。
 それは随分と長く、迦具楽が知り合った人々がこの島から姿を消すには十分すぎる時間だった。
 迦具楽を産み落とす事になった少女も、すでにこの島にはいない。
 数少ない友人たちも、学園を卒業していった者が多いだろう。
 ――恋に似た感情を抱いた、あの少年も。

「――寂しい、って、こんな気持ちなのね」

 門柱を見る。
 そこには一枚の表札に、二つの名前が彫られている。
 『迦具楽』と『蒼穹』。
 二人の家だというのに、二人で過ごした時間はあまりに少なかった。

焔誼迦具楽 >  
 学生ですらない迦具楽には、卒業はなく。
 島の外に出ても、危険性があると排除されるのが関の山。
 迦具楽にとって唯一の居場所がこの常世島であり、この家だ。

 この四年、大きな騒ぎもなく、穏やかな日々を過ごしていた。
 産まれたころには考え付かない日々だった。
 自分を失うかもしれないと、何か別のものになってしまうかもしれないと、畏れた日々も遠い。

 ここで暮らした月日で、迦具楽は自分が揺らぐ恐怖に『慣れ』たのだ。
 もう一々おびえることはなく、自身をもって、己を主張できるだろう。
 だからもう、必要以上に暴れる事も、人を襲う必要もない。

 しかし――どうやら古巣が、また少し騒がしくなりつつあるようだった。

「また、何かをしようって、威勢のいいやつが現れたのかしらね」

 新入りか、それとも近年力を得た者か。
 なんにせよ、あの薄暗い街で何かが起これば、隣接するこの異邦人街にも影響が及ぶかもしれない。
 この数年で、迦具楽にも維持したい自分の世界が作られていた。

「少し、久しぶりに顔を出すのもいいかもしれないわね」

 エネルギーの貯蔵は十分。
 四年間蓄え続けた熱量は、かつては対峙することを避けた『ロストサイン』や『風紀の吸血鬼狩人』、そして『落第街の帝王』であっても互角以上に対する事ができるだろう。
 今更――それら以上の存在が、あの町に跋扈しているとも考え辛い。

 もう形だけですらなくなってしまったが。
 かつて風紀委員だった破壊神、その助手として。
 『彼女』の仕事を再開するには、いい時期かもしれなかった。

焔誼迦具楽 >  
『おーい迦具楽ちゃん!
 うちの親父が熱中症で倒れちまったんだ!
 ちっと来て面倒見てくれねえかー?』

 通りの向こうから、青年が迦具楽を呼んだ。
 異邦人街に住む、雑貨屋の青年だ。
 この親子には、青垣山や転移荒野へ『狩り』に出たときは、よく世話になっている。

「はいはーい!
 すぐに行くから、戻って水分しっかり飲ませておいて!」

 大きな声で答えながら、迦具楽は汚れた服を着替えに玄関の扉を開ける。
 いつもと変わらない、穏やかな日々の中に。
 ――四年ぶりに新たな出逢いがありそうな、予感を覚えながら。

ご案内:「宗教施設群『破壊神の社』」から焔誼迦具楽さんが去りました。