2020/07/29 のログ
ご案内:「宗教施設群-修道院」にマルレーネさんが現れました。
■マルレーネ > 「………お大事にしてくださいね。」
慰霊祭にだけやってくるという、元島民の親。
その懺悔を静かに聞いて、そっと送り出すシスターが一人。
宗教施設群の端。
昔あった修道院をそのまま与えてもらっての、穏やかな日常。
『懺悔・相談・愚痴・不満、何でもお聞きします』と看板を掲げては、異邦人や……それ以外、誰であっても来るもの拒まずでお話を聞き続ける日常。
子供をこの島に送り込んだが、"不幸な事故"があったらしい。
それを詳しく事情までは聴けずとも、もう悲しみは分かる。
神ではなく、自分の言葉として………辛かったであろうことを労わるだけ。
聞いて、聞いて。たくさん聞いて。 一緒にお茶を飲んで。
それで、おしまい。
「………………。親子が離れる、ですか。」
本当は、そういう相談は苦手だった。
■マルレーネ > 「………よく覚えてないんですよね。」
何十人の子供と一緒に集団生活。
親として敬い、模範とするようにされたのが、信仰そのもの。
いわば、親代わりと言ってもいい。
そういう意味では、生まれて初めて、親から離れてしまったのかもしれないな、なんて与太が頭の中でぐるぐると回る。
「………考えてもどうにもならないことでしたね。」
少しだけ諦めたような微笑を浮かべて、残ったお茶を湯飲みに注ぐ。
……ゆっくりとお茶に口をつけながら、窓の外を見る。
まだ日は高い。
■マルレーネ > 「………人が少ないですからねー。」
まだ異邦人街は多い方だが、それでも"島の人間"は相対的に減る。
悩みを引き受けるような場所は、今はあまり需要がないのかもしれない。
……今日は買い物にでも行ってみようか。
そんなことを考えながら、ひょい、と立ち上がって。
「連絡を取るために、携帯というものを早く手に入れろって言われてるんですよね………」
携帯ってあれですよね、遠隔通話装置。
………使いこなせない気がするんですけどねー、なんて。 少しばかり年配の人のようなことを考えつつ。
そろり、と看板を下ろす。
ご案内:「宗教施設群-修道院」からマルレーネさんが去りました。
ご案内:「【イベント】常世島共同墓地」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > 曇り空の下、丘の上を吹き抜ける風は涼しい。
毎年、夏休みになるとヨキはこの墓地へ墓参りに訪れていた。
手には夏の花を集めたブーケ。
学内で着ている白いローブの裾を潮風に揺らして、ひとつずつ墓を回る。
手を合わせることはしない。
その作法はヨキにはなく、また弔われる側のほとんどにも当て嵌まらないからだ。
その代わり、ヨキはブーケから一本ずつ花を引き抜き、墓へ手向けてゆく。
相手に何色の花が似合うかを想像しながら。
想像できるくらいには、ヨキはここに葬られた教え子や同僚のことを色濃く記憶している。
まるで昨日まで、肩を並べて笑い合っていたかのように。
ご案内:「【イベント】常世島共同墓地」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
■紫陽花 剱菊 >
かつて、此の辺りへと灯篭を流し訪れた。
悔恨、或いは懺悔。生命を見立てた焔がせせらぎを彩った一夜。
あの時の全ては此処に流した。然れど、足はまたこの地へと舞い戻った。
共同墓地。並ぶ墓石の餞別など用意していない。
そもそも、墓石の下に弔いたい相手もいないはずだ。
未だ、死者に足を引っ張られるか。
夏の終わりに水底で死者が手招き、するなんて他愛ない昔話を思い出した。
子どもを脅すための、大人たちの嘘だと思っていた。
「…………。」
憂いを帯びた仏頂面で、静かな足取りで彷徨する両足。
当て所なく、ただ偶然正面にいた男性と向き合う形で、剱菊は足を止めた。
自分とは対照的な、笑顔が似合う男性だと思った。
「……どうも。墓参りの途中……だったかな……?」
先ずは会釈と挨拶。
そして、訪ねた。
■ヨキ > 顔を上げる。風に躍る前髪を掻き上げて、やってきた男と向き合う。
「――こんにちは。今日は過ごしやすくていいね」
ふっと笑い掛けて、会釈を返す。
紺碧の瞳が、剱菊を見据えた。
人と向かい合うことを生業とする者の、真っ直ぐな視線だ。
「ああ。いつもこの季節になると、この場所に。
島に永く居ると……、教え子や同僚に不幸が少なからずあってね」
言いながら、墓地を見渡す。
その顔に陰りはなく、ただ泰然としてそこに在る。
「君も、誰かを訪ねてきたのかね?」
■紫陽花 剱菊 >
薫風が漂わせるは花の香り。
あのブーケの香りか、果たして。
風に合わせて、剱菊の黒糸のような黒髪が細かく揺れた。
「……嗚呼、さながら打ち水を終えた縁側の様な風流な風成れば、少しばかり心も晴れやるもの……。」
此処が墓場だから、或いは曇天の空だからか。
何にせよ、男は静かに同意し、頷いた。
紺碧を見据えるは水底の様な暗い黒。
胡乱とは違う、涅槃を見やるには早く
僅かな光明が如く、水底の瞳には光が宿る。
「……心中、お察しする……私は此の島に来て月日が浅い故……
月並み程度の言葉しか持ち合わせておらず、申し訳なさが角立つ……
憚りながら申し上げるなら、曰く、其の不幸は"島中"にあまねくと聞き申した。」
「……其れこそ、『日常茶飯事』、と……。」
そして、其れを初めて実感した。
多くの生命が此の手から零れ落ちた。
……未だ心に泥土の様にこびり付いている。
無意識に、小さく頭を振った。
「…………。」
「……否、私の手向けは終わっている。
私が知る生命は、墓碣に残る生命ではない……が……。」
「危うく、どうしても取りこぼしたくない生命を、刻む所ではあったやもしれない……。」
■ヨキ > 「なあに、構わんよ。
自分は異邦人として訪れながらに、幸いにもこの島に馴染んだだけのこと。
ゆえに知己が増え、『不幸』に遭う機会も増えた。
……そうだな。日常茶飯事、だ。
だが、『日常茶飯事』としないために尽力している者が居ることもまた事実。
委員会や部活の皆は、毎日汗水流して頑張っておるよ」
剱菊に反して、ヨキの言葉と声は前向きだ。
低くゆったりとした声が、潮風に乗って。
「取りこぼしたくない生命? ほう」
微笑んで、小首を傾ぐ。
「危機一髪、というところだったか。
――ヨキという。学園で美術を教えている。
懺悔でも、安堵でも、後悔でも。
他に聞く者も居らぬ場所だ。話してみるといい」
■紫陽花 剱菊 >
「異邦人……。」
無意識に、眉間に皺が寄った。
つい最近、其の身で在る事を責め立てられ
返す言葉も出来なかった事が、未だに心に引っかかっている。
良くない事だと分かっていた。心が揺れる。
如何にも、空言に移ろいが止まない。
「…………。」
「紫陽花 剱菊(あじばな こんぎく)。公安委員会の刃にして、如くも無き詰らない男……『異邦人』でも、ある。」
静かに、名乗りを返す。
薫風に乗る声音はヨキと似たようにゆったりと静かで
唯一『後ろ向き』な色が否めない事だ。
目を逸らすことなく、紺碧を見据えたままだ。
「…………。」
一刻、置いて。
「……同じくして、生命の為に肝胆を砕く同志として、非常に魅力的な提案では在る。」
「然れど、我等は初対面。身の丈を暴けば、きっと私は楽になるだろうが、貴方に迷惑になる事が気がかりだ。」
建前の様に、相手の事を気に掛けるような言い回しだ。
■ヨキ > 「紫陽花君――公安委員の。
ふふ。そうか、君も異邦人であったか。
常世島に命を救われた者同士だ」
目を細めて笑む。
剱菊のどこか遠慮がちな言い回しには、ふむ、と頷いて。
「案ずるな。
誰しもを平等に受け止めるのが教師の役割。
このヨキに対して、『迷惑』などありはしないさ。
だが、そうだな。
君がそういうのなら――
『君自身の』話から始めようか。
異邦人の身で公安に重用されることを。
異邦人だから見えるこの島の姿を。
『君だからこそ』やり遂げられたことの話を。
…………。
異邦人であることで、何か言われたか?」
剱菊の曇りがちな表情から掬い取って、そう尋ねる。
■紫陽花 剱菊 >
「…………私自身の…………。」
少しばかり、言葉に詰まる。
己を適切に図るには十分だ。
幾度も、誰にでも口にしてきた昔話。
だが、今此の瞬間、死者たちの目がある此の場では
……否、"今の自分"だからこそ、躊躇いが生まれた。
然れど、曰く教師と言う此の男の言葉は何処か心地が良い。
「……成る程……。」
実を言うと、先達その立場に興味がある。
成ればこそ、一つお手並み拝見と行こう。
どの道、何時までも悩んでいられるような立場では無い。
「────……では。」
目を細めた。刃の様に鋭き眼光で、ヨキを見据える。
「……異邦人を本来護るべき律は無く、と説かれ、何も言えず終い……
……私が異物なのは重々承知しているが、私は『救われた』のではなく『生かされている』」
「そう、言われた……言われました……私は、ある少女を救うべく奔走した。
全て"私"の我儘だが、政に囃し立てられ、『良くある話』だ、と申された……。」
「─────虚しく、なってしまっただけ。たった其れだけです。」
そんな事ではないはずなのに、気づけばこの有様。
望まぬ栄誉を与えられ、組織からは爪弾きにされ
異邦人だから、と誹られ、己の意味に揺らぎを感じた。
■ヨキ > 剱菊の眼差しに、するどい光が宿る。
目尻に紅を差した柔和な視線が、それを受け止める。
「……そうだな。我々は、『生かされている』。
異邦人は故郷を失い、地球人は安寧を破られ。
本来は互いに尊重し合うべき関係にありながら――時として、均衡が崩れる。
そして、公安委員は未然に防ぐ手立てを。風紀委員は対症療法を。
犯罪者に対して、市井に対して。平等に職務に当たるべき立場にありながら――それもまた、時として揺らぐ。
一人の委員が、一人のために奔走すること。
『彼女』が巻き込まれたこと。『彼女』の身に起こったこと。
確かに……公安委員会という大きな組織にとっては『よくある話』」
そこまで言って、言葉を切る。
「だが、『君自身』にとってはどうなのだ。
その少女を救うことが、己の大義であったのだろう?
それなら、誇れ。
街の平穏というものは、『よくある話』の積み重ねで出来ておるのだ。
美談というものは、所詮は個々人の胸のうちにしかあるまい。
少女は君に救われたとき、いったいどんな表情をしていた?
それが『君にとって』揺らぐことのない、たった一つの答えではないのか」
■紫陽花 剱菊 >
「……言葉では、理解しています。然るに、貴方の言う事も理解はしていた、つもりです……。」
「唯……、……成ればこそ、『放っておいてくれぬのですか?』」
「『よくある事』なら、尚の事……此れでは、"死んでいった者達も報われぬ"……!」
名誉の為に戦った訳でも無い。
だが、あれらは全て、政に利用していいようなものでは無い。
あそこに会ったのは、其れこそ『純粋な願い』のみ。
あの上司に言えなかった言葉を、漸く吐き出した。
悲哀に表情を、歪ませた。
「……『トゥルーバイツ』の御一件を、ヨキ殿はご存じですか?私は……彼等を救いたかった。」
「そう、"我儘"何です。何より彼女を……『日ノ岡 あかね』を救いたかった。」
「愛して、いたから。……結果としては、彼女だけは貫き通す事は成功しましたが……。」
奥歯を強く噛んで、空を見上げた。
悔恨、懺悔、あらゆる感情が奥からにじみ出てくる。
それらを必死に嚥下し、流さぬように、と飲み砕き
唯々漏れそうになる嗚咽を、呑み込んで。
背負うと決めた生命を取りこぼさないように、ぐっと両手に力を込めた。
「……大儀などと、大それた話ではありません。先も述べた通り、"我儘"です。」
視線を戻すころには、力無くはにかんだ。
「……彼女は、あかねは笑ってましたよ……心の底から。
此の先、大よその事は"私のせい"になるらしく、戦々恐々としています……。」
「実に、実におかしな話でしょう……。」
■ヨキ > 「それが大局というものだからさ」
目を伏せて、当然のことのように口にする。
「社会というものは、得てして個々人の感情を置き去りにして動くもの。
従う側は内情を知る由もなく、ただ己が信念のみを以て職務に当たるもの――
一介の教師に過ぎぬヨキが、君ら公安委員の内情を一切知らぬように、な」
『トゥルーバイツ』。その名に目線を正面の相手へ引き戻し、しばし黙る。
「そうか、『トゥルーバイツ』――君が、」
ふっと笑う。
「死者に報いというならば。それこそ、政争とは関係あるまい。
『彼ら』は己の悲願のために、自ら『真理』と接続したのだ。
大衆の死を政に利用することと、個々人の誇りを一緒くたにしては、それこそ死んだ者たちが可哀想だ。
君の上司も、『トゥルーバイツ』の面々も――利用できるものを、最大限利用しているに過ぎんよ」
そこまで語れば、このヨキという教師が『トゥルーバイツ』に浅からず関わっていることは明白だ。
「――改めて。
日ノ岡あかね君を、来島当時から教えてきた者だ」
剱菊を一心に見据え、口を引き結ぶ。
その表情は、ひどく真面目なもの。
「彼女を知っているのなら、尚のこと。
第三者が如何様に『彼ら』を利用しようとも――『彼ら』の中に揺らがぬものがあることは、君がいちばん痛感したのではないか」
■紫陽花 剱菊 >
「……其れは……。」
"理解している"、と言う言葉を呑み込んだ。
紫陽花剱菊は乱世に生まれた異邦人成れば
戦の流れ、即ち大局を知らぬはずがない。
だが、此度の戦いは戦を先駆ける"刃"に非ず。
初めて"人"として馳せ参じた戦は、剱菊の心に悔恨を残した。
いみじくも、其れこそ子どもの様に眉を顰めた。
其れこそ、返す言葉が無いほど納得している一方で
"其れでも"心の何処かで納得がいかなかった。
子どもが駄々を捏ねるが、如く。
「……貴方は、噺が上手い。成る程、此れが『教師』か……。」
されど、諭されれば子どもも泣き止むもの。
ヨキの言葉に諭されればいみじくも、何処となく納得できる気もした。
人としてものを知らぬ自覚は在る。『感情的になっていた』ともいえば、そうだ。
「……利用出来るものを、か……、……嗚呼、そうだな……。」
「私も、そうだった。」
日ノ岡 あかねを救うために其れこそあの手この手を尽くしたつもりだった。
結果としては、己と、彼女を紡ぐ縁に救われ、彼女の生命を拾い上げる事が出来た。
……必死だった。そう思えば、確かに自分も人のことは言えまい。
「──────!」
目を思わず、見開いた。
即ち、彼は恩師である、と。
「……無論。」
然れど、其の雰囲気に臆することなく、頷いた。
諦めきれないからこそ、其処にしかないからこそ手を伸ばす。
純粋な願いの結晶。信念と言うには、些か違う気もするが。
「世迷言に踊らされてばかりだな、最近の私は……
これでは、あかねにまた平手を食らいそうだ……。」
そう改めて言われると、己の"弱さ"をより一層自覚し始めた。
■ヨキ > 「ヨキはただ、この島に在る者たちを平等に見ているだけのこと。
『トゥルーバイツ』を見よ。
彼らは風紀委員会という身分を最大限利用したに過ぎぬ。
風紀委員も、公安委員も、日ノ岡あかねも、『トゥルーバイツ』の面々も。
そこにあるものを己が武器として、利用しただけ。
ヨキはその誰もを責めぬ。誰もの手腕を称賛する」
く、と喉を鳴らして笑う。
「――日ノ岡君を、ずっと見てきた。
彼女がまだ、筆談しか出来ぬ時分からな。
だから……彼女が『トゥルーサイト』と『トゥルーバイツ』にどれだけ懸けたか、よく知っておるとも。
そして恐らくは――彼女が未だ、『運命』を諦めていないであろうことも」
くくく、と笑う。
「だから。
日ノ岡君が今回、公安委員に連行されたと聞いたとき――ヨキは驚いたよ。
彼女に『真理』をひとときでも諦めさせる者が現れたのだと」
そうして、遂に吹き出す。
「そうか、君であったか。これはまた……そうだな。
何とも真面目で、蹴り飛ばされそうな人柄で、彼女好みの顔立ちだ」
あっはっは。軽い調子で笑う。
■紫陽花 剱菊 >
「…………。」
"平等"。
ヨキの声音は実に穏やかであり、其の言葉は剱菊には"残酷"に聞こえた。
その優しさは本物であろうが、成ればこそ其れは天秤と見立て
人の心の天秤の揺れを彼は何と見るのか。
傍観者か、或いは其れを許さぬのか……。
そも、『この島』と一緒くたにした。即ち、彼にとって善悪もまた平等と言う事だととれる。
図りかねる事は多いが、自身も今、救われている以上
其れを"今は"、問いただそうとは、思わなかった。
ただ、彼の言葉も有体に受け止めるのであれば、そう。
人に言われれば"簡単な事だ"、と思う。
「……"必生"。誰もが当たり前の事。唯、必死だっただけの事……。」
己の為か、人の為か、組織の為か、或いは……。
そんな些細で当たり前な、当たり前に生きていただけ。
かつて、己の世界の民草が今生を必死に生き抜いていたように
泥土に塗れても尚、誰もが走るのを止めなかっただけ。
そして、今の己のこの有様は……。
「……己の不甲斐なさを、嘆くばかりだ……。」
此れでは、"刃"の頃と……あの頃よりも、質が悪い。
迷いがない分、向こうのがまだ良かったと言えよう。
「……差ながら、『親』のようですね……
……貴方程かは分かりませんが、私も身を以て知っています。」
「だからこそ、其れを『諦めさせた意味』も……。」
表情に、苦味が混じった。
噴き出したヨキに釣られるように、頭を振った。
「……私は、唯彼女を生かしたかった……共にいたかっただけ……。
恐らくは、其処に至ったのは……彼女を紡ぐ『縁』の力成れば……私は些細な後押しに過ぎず……。」
「……何時も彼女を、呆れさせて、笑わせてしまいます。」
「けど、そんな彼女の全てを愛している。……あかね自身はわかりませんが、私は彼女の全てを愛している……。」
「……故に、『待ち人』の一人に過ぎない自分が面映ゆく、周りが少し、羨ましい。」
愛するが故に、"特別"でいたい我儘。
そして……。
■紫陽花 剱菊 >
「……ヨキ殿。私は、己の世界で多くの人を斬りました。家族、友人、他人。一切合切を斬り捨てた。」
ぽつり、ぽつり、と語り始める。
「一重に"刃"として、太平の世を実現する為に戦場を駆け抜け……そして、幽世に流された今
音無き世界で泣く、少女に惹かれ、彼女の為ならんと思い、恋をし、愛し、"人"となり得ようとしました。」
「多くの友垣に支えられ、私は私自身の我儘を押し通しました。然れど……。」
「数多の生命が、手をすり抜けた。」
「私はあまねく生命を、其れこそ『顔を覚えぬ程』斬り捨てた。」
「そんな私が今、数名の生命を背負い『重い』と零す。」
「──────……私は、情けない男でしょうか?あかねに、相応しい男ではないでしょうか?」
刃として斬り捨てたが故に、『向き合わなかった生命』
人として駆け抜けたが故に、『向き合って死んだ生命』
全てが落ち着いてから漸く、漸く其の心を揺らした数多の"死"が
人としての心を蝕む。
故に、言問う。甘えとも言えば、其の通りだ。