2020/08/05 のログ
伊都波 凛霞 >  
「──私の本来、というか。
 お家の生業は退魔師を助ける、影の家」

ひみつだよ?と、言葉を続ける
彼の世界にいたかどうかはわからないが、隠密…とでも言えばいいのか
そんな風に思考を巡らせながら

「もう何年前だろう…とある鬼を征伐しに、彼は一人で行ったんですよ。
 幼馴染で、パートナーである私を置いて、独りで。
 そして帰ってこなかった。…数年後に私の前に戻ってきた時には…」

「彼は鬼の姿になっていました」

そう言葉を一度切ると、視線を再び剱菊へと向け直す
その表情は、吹っ切れて尚、どこか不安に影を落とすような、そんな顔だった

「鬼の姿でも、中身は彼なんです。
 今はこの島の信頼できる共通の友人の元で、少しずつ人に戻れるよう、頑張ってる」

不安と、希望とが入り交じる、そんな顔を見せながら、一歩、男へと近づいて

「待つことしかできない、って不安だよねー」

戻ってくるのだ、と信じていても尚、大切な存在のいない時間が過ぎ去るのは…長く感じるものだから

紫陽花 剱菊 >  
「……馴染み深いな……。」

耳朶に聞きなれた言葉だ。
退魔の一族。或いは、忍びか。
己のいた世界には"ありふれていた"ものだ。
別段、驚きはせず、彼女の言葉に頷いて耳を傾ける。

「穴二つ……鬼の怨念返しか、或いは呪いか……
 言わずもがな、何で在れ居た堪れんな……。」

親しき者が人と非ず、黄泉還り成らぬ鬼還り。
特に其の御家柄を考えればつくづく痛ましい話だと思う。
向けられた表情も、何と声を掛ければいいものか。

……余程、其方のが強がりでは無いか。

口には出さずとも、そう思てしまった。

「……そうだな、と言ってしまうのはご無体で在るな……。」

ともすれば、此処はそう、慰霊の間。
誰しもが此処を『区切り』とする成れば……
徐に剱菊は、凛霞へと手を伸ばした。
其の肩に触れようとしたのだ。
触れれば、鉄のように冷たい体温が其の肩に伝わるはずだ。

「……私が言えた義理では無い。然れど……元より此処は、根の国より
 我等が心根を置き、己の中に『区切り』を付ける場所成れば……。」

「──────今だけは、赦されよう。笑うだけ無理をしても、辛いだけだ。」

「此度の暇に吐いても誰も、何も言わぬ……死人に口無し。そして、私もまた戦人……死人に相違なくば……。」

「余計な世話だと言う成らば、其れで良い……。」

耐え忍ぶ辛さ、痛み。心の悲鳴を知っている。
今なお己が其れを抱えているからこそ
彼女の気持ちが何となく理解出来た気もする。
言えた義理か、御尤もだが
だからとして、だとしても
"一人の男として、友垣として、見過ごせまい"。
今宵は夏至から送る根の国成れば、恨み言も、泣き言も、斯様赦されよう、と。

伊都波 凛霞 >  
「あはは、でも悲しい顔ばっかりだと、たくさん周りを心配させちゃうか、ら……」

す、と肩へと触れられる
男性のそれよりも遥かに細く、華奢で、頼りのない肩──
その冷たい感覚に、ぴくりと身体を震わせる

「……うん。けど……戻ってきてくれたから、ね…。
 沢山忘れようとしたり、他の恋人なんかも作ったり、色々したけど……」

結局は忘れられなかったし、戻ってきてくれたこと、それだけでも嬉しかったはず
けれど、そう声をかけられるとなぜか、自分がとても不憫に思えてきてしまう
色々あって、沢山乗り越えて、そんな気持ちはもうなかった筈なのだけれど

「───辛い」

ぽつり、とそう零す

「辛いよ。待ってるだけしかできないんだもん…。
 彼がいない間に私の身体は汚れて、年もとって、何もかも変わってるのに…
 彼の知ってる幼馴染じゃなくなってる私が受け入れられるのかわからない……」

「…不安で…───怖いよ」

一滴、零れ落ちたそれは堰をきって
悲哀や苦悶、後悔や恐怖といった感情をまぜこぜに……涙と共に流れ落ちる
それに気づいた少女は、慌てるようにして、両手で顔を覆う

紫陽花 剱菊 >  
「……そうだな……。」

奇しくも其れは、同じ考えだ。
己は先達て常に人の前に立つと決めている。
今の有様では微塵も説得力は無いかも知れない。
彼女と理由は違うかもしれないが
前に行く以上、背中の人間に心配など掛けれようものか。

だが、"人"である以上、其れは等しい。
喜怒哀楽、傷つく事も憂う事も。
"人"に至る事で、漸く気付いた。
其れでも尚、剱菊は大層不器用だと言われる。
両手を覆った凛霞の肩を優しく叩いた。

「……良い。恐ろしくない訳も無く、辛い訳も無く……
 ……私とて、同じ……少女の『願い』を『我儘』で踏みにじり
 新たな『願い』を探し、彼女の帰りを『待つ』日々……。」

「此れも難題。曙光を血眼になっても、及ばず、轍を踏み
 千慮を心掛けて一矢で崩れるばかり……。」

「……私が憂うと、彼女は……あかねは、怒りそうだな。
 彼女自身も、同じような不安を抱えているのに、私が、と……。」

音の無き少女あかねは、己の音を取り戻すために、あらゆる事に手を尽くした。
苦痛に耐え、苦汁をなめさせられても尚も這い上がり、『運命』に立ち向かった。
きっと、今でも其れは相違無く、今度は己も其の『運命』へと力添えをすると誓った。
……だからこそ、残った不安はきっと互いに口に出すのはご法度だろう。
だが、彼女がいない今だけは。今、漸く不安を口出来た少女と"対等"で在るべく
己の不安を口にした。

……嗚呼、此れも全て私のせいだろうか、あかね……?

成ればこそ、其れで良い。
憂いを払うように、頭を振った。
黒糸が、抜ける涼風に揺られていく。

「……斯様な迄に強い意志を、想いを持つからこそ、其方は今も尚『諦めなかった』……
 如何様にでも無理を強いて、己ならば、己ならばと鼓舞し、笑う事も出来たので在ろう……。」

「私に……刻を戻す力は無い。穢れを浄めんとする能も無く、何くれと万能には非ず……。」

……嗚呼、そうだな。もう、起きてしまったものは戻るまい。彼等とて、そうなのだ。

「……然れど、私とて、其方を支える事も出来る。道を拓く事も出来る。……泣き濡れる頬を拭う事位は、出来よう。」

既に此処に在るは夏風と、音も無き死者の薫風のみ成れば、何も気にすることは無い。

「……"良くぞ此処迄、至る事が出来た。感服の限り……故に、また『頑張れる』様に"……。」

紫陽花 剱菊 >  
 
 
 
          「──────今だけは此処に、辛さを苦しさを、すずろのままに、吐き出すと良い。」
 
 
 
 

紫陽花 剱菊 >  
今まで耐えていたものを此処に吐き出せば良い。
傷のなめ合いとは否、此れは『区切り』だ。
明日へ向かう為に、何時までも溜まり切った重荷も持って行く事はあるまい。
此れは薫風と共に、持って行かせれば良い。
誰も何も、言いはしない。其方は其れだけの事をしてきたのだから。
だから、と優しく、陽のように朗らかな声音で、諭す。
今だけは、良いのだ、と。

伊都波 凛霞 >  
「─────」

何も気にせず吐き出せば良いのだと言われた

妹の目標であるべく完璧を目指した姉でなくてもいい
生徒たちの規範となるべく優等な風紀委員でなくてもいい
聞き分けの良く、気立ても良い女の子でなくてもいい
強くなくていい、弱くていい、此処で誰も見ていないのなら──
今まで殆ど少女に向けられることのなかったそんな言葉は、
案外と容易く、全てを剥ぎ取って──丸裸にした

何も隠すことなく、人に見せられないような顔で、まるで子供のように
かよわいおんなのこ、のように涙を流して───

………ひとしきり、それが過ぎ去った後

「──……あ…ごめ、ごめんなさい」

少し着恥ずかしげに、そっぽを向いて、ぐしぐしと顔を拭っていた
耳も頬も真っ赤にして。泣いていたせいなのか、ただただ恥ずかしくなってきたのか…

紫陽花 剱菊 >  
唯、黙って寄り添った。
彼女が今まで抱えていたものを沈黙と共に寄り添い、見守った。
斯様、未だ少女の身成れば、其の涙も当たり前だと。
あの時のあかねも同じくして、此の世界は如何に彼女達に過酷を強いるのか。
……なんと、残酷な世界の底。其れでも尚、美しさを違えぬ蒼天を
細めた水底の黒が一瞥する。
 
「……否、気にしてはいない。
 元より、『伊都波 凛霞』も人成れば、須く必定。」

誰もが持ちえる感情だと、剱菊は説く。
元より彼の言葉表裏は無く、在りのまま、見えるままに人を見る。
立場等弁えず、唯其処にいる個人と向き合う。
人によっては無礼と言われるかもしれないが、故の不器用さだ。
本人もそこに気づかない。
泣き止めば数回、肩を軽く叩き静かに離れた。

「そも、友垣としては当然……私も、助けられた。其方にも、他の輩にも、縁にも……。」

故に、謝るべき事でも無い
と、剱菊は頭を緩く振り、凛霞の目を見た。
水底に沈む、一筋の光明。

「──────まだ、『待つ』事は出来るか?」

静かに、然れど穏やかな声音が、問いかける。

伊都波 凛霞 >  
水底の瞳を、強い光の灯った、泣きはらした瞳が真っ直ぐに捉える

「……そう!友達なら当然だよねー!まったく、ありがと!!」

半ば自棄糞気味に声を張り上げて、泣き顔に笑みを作る
──いくらか胸の内に蟠りが消えた…そんな気がする
きっと、もし今自分に恋人がいたとしてもその前であんな泣き顔は晒さないだろう
友人である…そして、彼であるからこそ…曝け出せた顔もあったのかもしれない

「ふふっ…これだけ待ったんだよ?傷つきながら、耐えながら。
 だったらあとちょっとくらい待つのなんて、なんてことないかな」

穏やかな声へ、健やかな声が返る
夏の風が心地よく二人の髪を揺らしていた

紫陽花 剱菊 >  
泣き顔に笑顔。
自分が"らしい"、というのも少し違う気もするが
彼女らしく、そして、良い笑顔だ。

「……其れならば良し。芳紀の強かさ、しかと見届けた。」

実に心地よい夏の薫風。
彼女の艶やかな髪と
黒糸のような己の髪が細かに揺れる。
無意識の内に、口元は笑みを作っていた。

「未だ悩まされているかはいざ知らず……
 やおら、悪夢に悩まされるなら、あの手拭いを枕元にでも置くと良い。
 必ずや、悪夢の切り裂き、馳せ参じる。……もう見ぬのであれば、其れで良い。」

初めて出会った彼女は、魘されていた。
よく覚えている。既に打ち晴れているのであれば、杞憂で終わり。
そうでなければ、きっと此処からの発言は『無責任』だ。
其れでも尚、彼女の支えに成るという意味合いで

「……些か話は戻るが、其方の功績は音に聞いている。
 ……取りこぼしたものを、良くぞ多く拾い上げてくれた。
 ありがとう……其の礼、と言う訳では無いが……。」

「元より、我が使命。其方が暗れ惑う事が在れば暗雲を払い
 泣き濡れたくばまた、寄り添い。其方の助けと必ずや成る。」

「……其方の『待ち人』は、必ず『人』と相成り、また戻るとも。私も出来うる限りの事はしよう。」

其れでも尚、彼女を助けると口にする。
元より此れが使命。
民草を愛し、太平の世を願う紫陽花 剱菊、陽の本質。

伊都波 凛霞 >  
「そうだ。あの手ぬぐい…というか今度、力を借りようかと思います」

悪夢の大本が、ようやく掴めた
けれど独りで向かうはやや危険が伴う
けれど他に頼りになる人なんて…と、思っていたのも事実だ

「相変わらず悩まされてます。解決の糸口は掴みましたけどね。
 今は眠れない時は、ちょっとした破魔の場所を提供されてるので問題ありませんけど」

少女の表情には、言う通り疲労は見られない
…泣いた直後なのでやや眼が赤いけれど

「…じゃあその時まで私のこと守ってください。もちろん私も剱菊さんがピンチなら助けになります」

友達なら、対等じゃないとね。とウィンクする
お互いに待つ"その時"が来たら…きっと守る役目は引き継がれるのだろう
なら、それまでは

「改めて、よろしくおねがいしますね。剱菊さん」

そう言うと、握手を求めるようにして右手を差し出した

紫陽花 剱菊 >  
「……左様か……元より公安の刃、帰結先は刃成れば幾らでも手を貸そう……。」

如何やら彼女なりに何か原因を理解しているらしい。
確かにあれは普通の魘され方とは言い難い。
夢魔、或いは呪いか。
話を聞く限りは相応の怪異と見て相違ないだろう。
そうとくれば、己が手を貸さぬ理由も無い。

「手早いな……流石だ……、……ん。」

「言わずもがな。私は元より、民草を……人々を護る刃成れば、必然。」

言われるまでもない事だ。
とは言え、次いでの言葉に如何に答えるか、と少し言葉に詰まったが、
其のあどけない仕草と差し出された右手に、思わず力なくはにかんだ。

「……其の時が来れば……。」

未だ遠慮気味では在るが、少しは他人に頼る事も覚えるべきか。
散々あれだけ、己を支えてくれた皆々の手を煩わせたくないと思うが
それはそれ、とも言うのだろう。
求められるままに、冷たい鉄の様な手が優しく、彼女の手を握った。

「……嗚呼、此方こそ……。」

交わした約束、違えれはしまい。

「……弔いは終わったか?凛霞。私はそろそろ行くよ。
 ……道すがら、もう少し話していかないか?互いに、積もる話もあるだろう。」

伊都波 凛霞 >  
手をとってもらえた
その大きな手はきっと沢山の血に濡れていて
それでも今回、守るものへと伸ばして、届いた手──

「──そうだね。そもそも私も剱菊さんのこと、色々知らないとだし」

それじゃ、途中までご一緒しましょうね、と
先を征くようにして、歩き始める

何の気なしの身の上話や、彼が此処に来てから知ったことや驚いたこと…
なんでも良い、他愛もなく談笑できる間柄
時折お互いのために結束したり協力したりできる、無理のない間柄…
それを友達、友柄…そう呼ぶ関係なのだから

青い空がやや赤みがかった頃合い、傾いた陽光が二人の影を墓地の出口へと導くように伸ばしていた──

ご案内:「【イベント】常世島共同墓地」から伊都波 凛霞さんが去りました。
ご案内:「【イベント】常世島共同墓地」から紫陽花 剱菊さんが去りました。
ご案内:「【イベント】常世島共同墓地」に神代理央さんが現れました。
神代理央 >  
「…ええ、それでは明日から通常勤務に戻ります。厳密には今日から、で良いんでしたっけ?……ああ、はいはい。いきなり落第街になんていきませんよ。
……久し振りの休暇を満喫していました。それ以外には、何も。
"大人しくしていた"のだから、文句は無いでしょう?」

無限に広がるかの様な墓地。
見渡す丘の上で、端末相手に一人語り掛ける少年。

「とはいえ、御迷惑をおかけした事は反省しているんですよ?
……ええ、その件も是非御話をさせて頂きたいですし、また『エンピレオ』で席を設けましょう。
……はい、はい。それでは」

低い電子音と共に、端末の光が消える。
それをぼんやりと眺めた後、懐に仕舞いこんだ。
視線を向けるのは、延々と続く墓石の群れ。

「……悔恨に浸る、というのは愚かな行為なのだろうな」

それは、安易な自己を許す行為。
だから少年は、決して墓石に頭を下げる事も、彼等を悼む事も無い。
それで許されるのは、自分だけなのだから。

ご案内:「【イベント】常世島共同墓地」に浅野 秀久さんが現れました。
浅野 秀久 >  
「どうだろうな」

不意に、声が掛かる。
声を発したのは……黒髪黒瞳の男子生徒。
特徴らしい特徴はそれだけ。
その特徴も……人混みに紛れれば、恐らくは失する。
そんな、何処にでもいそうな顔つきの男は……滲むような笑みを浮かべて、大袈裟に会釈をした。

「待ってたぜ、神代理央」

いつかと、同じ声色で。

神代理央 >  
気怠げに視線を向ければ――そこには、有体に言えば『ごく普通の』男子生徒。
特徴が無い、と言えば彼に失礼にあたるのだろうが、黒髪黒瞳。少し背が高いかな、以上には特徴を上げ連ねる事が出来ない。

そんな男に声を投げかけられれば、怪訝そうな――しかし、何処か確信を持った様な瞳で、男を見つめる。

「…待っていた、とは私も随分とファンが増えたと喜んでおこうか。
今日は仮面を被ってはいないのか。道化師崩れ」

嫌悪と警戒心。それでいて、少し穏やかな声色と口調で。
男へと言葉を返す。
男が、あの夜の『殺し屋』である証拠はない。しかし、しかし。
人を絶望の淵へと追いやったその声色だけは、忘れるものか、と。

浅野 秀久 >  
「『匿名の悪意』じゃアンタは潰せないみたいだからな。
 どこの誰かも分からない奴で居る必要はなくなっただけさ」

ポケットに手を突っ込んで、肩を竦める。
風に流れる黒髪はろくに手入れもされていない。
そんな、ごくごく普通の男子生徒は……理央の言葉を否定しなかった。

「それでも、結構効いただろ?
 どうだった? 目を逸らしていたものを無理矢理みせられた気分は?」

道化の面よりも薄い笑みで、男は問う。

神代理央 >  
「…成程?とはいえ、よくもあそこまで仕込んだものだと感心したものだよ。この会話も録画されているのかと思うと、おちおち喋る事も出来ぬな」

僅かな笑みさえ零しながら、肩を竦める男を賞賛する様な言葉。
傍から見れば、友人――とは言わないまでも、同級生。同僚。そういった類に映る様な、空気。

「最悪な気分だったよ。自我の崩壊、というものを味合わされた。
それに、恋人に出ていかれた挙句に殺されかけた。随分な目に合わされたよ」

まるで、思い出話を語るかの様に。
薄い笑みを浮かべた男に、穏やかな口調で言葉を紡ぎ返すのだろう。

浅野 秀久 >  
「それで生きてることには素直に賞賛するよ。
 あそこまでやり込めれば普通は勝手に『持ち崩して』くれるんだがな。
 まぁ、でも一つだけ勘違いがあるな」

無数の墓標が臨める丘の上。
夏の日差しが差し込んでいるにも関わらず、体感気温はそれほど高くない。
程よく吹く微風が、互いの体温を適当に奪っていく。

「俺は別に大した仕込みなんざしちゃいない。
 『いつも通りのアンタの行い』を『いつも通りに流した』だけさ。
 本来、騒ぐほどの事じゃあなかったはずだ。
 少なくとも……昔のアンタなら……『鉄火の支配者』なら歯牙にもかけなかったことの筈だ」

現に、風紀委員会も……神代理央の周囲以外は大して問題にしていなかった。
大局で見れば、それこそ……『いつものこと』でしかないのだろうから。

「アンタを貶めたのは『アンタ自身』さ。
 アンタの中にあった無意識が顕在化し、アンタの罪をアンタに自覚させた。
 俺はほんの少し……その手伝いをしただけさ。
 足を引っ張ったといってもいいけどな。
 だが……軽く足を引かれるくらいで身を持ち崩したのは、アンタが『変わった』からだ。
 アンタはアンタに殺されかけたのさ」

実際、この男……殺し屋の狙いは『そう』だった。
神代理央が自ら前後不覚となり、自らの与える咎に害される事を期待した。
途中までは上手くいっていた。
あくまで、途中まで……だが。

「どうだ、今からでも遅くないぜ。
 『死んでみない』か?
 楽になれるぜ」

男は、軽い調子で提案する。

「やめちまえよ、『神代理央』なんてさ」

神代理央 >  
「『持ち崩した』さ。評価してくれるのは有難いがね。
公安に目を付けられ、謹慎の身となり、哀れな風紀委員はその評判を貶められた」

互いの体温を奪う夏風は、二人を熱波から守るものか。
それとも、怨嗟の声を伝えようとする亡者たちの、精一杯のアプローチか。
どちらでも関係無い。今、此の場に生者は二人だけ。
言葉を交わすのは、二人だけ。

「違いない。知人にも似た様な事を言われたよ。
『騒ぎ過ぎだ』とな。
貴様の言う通り、以前の私なら…そうだな。そもそも、話を聞く前に貴様を屠っていた事だろう。あの夜で、貴様の命は終わっていた筈だった」

今度は此方が小さく肩を竦める。

「しかしそれは適わなかった。
私は、自らの変化と、それに伴う弱さを貴様によって自覚させられた。
私は私自身に――過去の己に、殺されかけたのだろうよ」

男の言葉を決して否定する事は無い。
寧ろ、男の言う通りなのだから。
落第街やスラムの住民を『いないもの』として焼き払い、砲火を振るい続けた己が。『鉄火の支配者』が。
重ねてきた罪を、己に突き付けたのだから。

「興味深い提案だ。受諾するか否か、思案に値する。
しかし、一つだけ問いたい。……ああ、勿論。依頼主がどうとか、目的がどうとか、詰まらぬ事は聞かぬよ」

「貴様の望む『神代理央の死』とは、一体何を指すのかと思うてな。
肉体の死か。精神の死か。それとも、人格の死か」

「『死』の定義を、私を殺すと大言壮語した貴様に、是非聞いてみたいものだが」

穏やかな笑みの儘、ゆるりと首を傾げる。
汗ばむ様な陽光が、全てを焼き尽くす様に二人を照らす。

浅野 秀久 >  
「簡単な話だ」

小声にも関わらず……やけに、その声は響いた。

「『諦めれば』いい」

風に攫われることもなく、流されることもなく。
無数の墓地から滲むように、その声は理央に届く。
一字一句、漏れる事なく。

「アンタの活動を目障りに思い、アンタの行いで不利益を被った誰かがいる。
 その誰かが望むアンタの『死』は……アンタが除かれる事なんかじゃあない。
 アンタが悔み、苦しみ、今までを根こそぎ『奪われる』事だ。
 肉体の『死』なんて一瞬だ。
 だが……『何もかも諦めて下を向き続ける生』は……地獄のように永劫続く『神代理央の死』だ。
 誰にも惜しまれなくなって、誰にも顧みられなくなる『死』だ。
 そうだろう?」

今まで行えたことが、行えなくなる。
今まで歩めた道が、歩めなくなる。
残るのは苦痛に塗れた空虚だけ。
誇りを、尊厳を、自信を失い……自身すら見失う。

「そんなアンタを見れば、『ざまぁみろ』って思えるだろ?
 アンタだって……アンタを苦しめた誰かが『そう』なったら……昏い歓びに満たされると思わないか?
 人の不幸は何とやらっていうだろ」

殺したいほど憎い人物が、自らの行いを悔みも省みずもせずに消えるのと……それら全てを悔み、省み、手も心も竦ませて捕食者に怯える小動物のように生きるのを眺める。
そうして、ゆっくりと衰弱し……生よりも死を望むようになる。
そうなれば、誰かが手を下す必要など……なくなる。

「ただ、それは……アンタにも楽な人生の筈だ」

男は、神代理央にそう囁く。
数々の重責と、数々の悔恨と、数々の柵を抱えた少年に……そう囁く。

「自意識を手放す生。それはある意味で救いだろう。
 全ての責任から解放されると言い換えることも出来る。
 誰にも期待されない生は、誰にも脅かされない生でもある。
 その魅力が……わからないアンタじゃないだろう?」

神代理央 >  
「ほう?成程、悪くない話だ」

『諦めれば良い』
それは甘美な囁きだ。
理想の重荷を放り投げて、全ての重圧から解放されて。
『何も成し遂げなくても良い』世界を生きる事が出来る。

それはもしかしたら、恋人である少女が望む事なのかも知れない。
あらゆる野望を。死を。全てに目を背けても良い世界。
陽だまりの中で、生きていく事が出来る世界。

「貴様の言う通りだ。
私とて、不倶戴天の敵が無力感に苛まれ、理想を抱える事すら出来ずに朽ち果てていく様を見るのは、実に愉快だ。
そしてそれが、私にとっても悪い話ではないと言うのなら。共感と思案に至るに十分――」

神代理央 >  
 
 

そして、少年は嗤う。
 
 

「――とでも、言うと思ったかね?」
 
 
 

神代理央 >  
「『諦め』は死だ。それは、生きている等とは言わぬ。
誰からも脅かされない人生?ふざけた事を言う。最早、それを気に病む様な弱さは、貴様自身が私に突き付けたではないか」

「その上で。突き付けられたその『弱さ』を、私は受け止めた。
私のみならず、私の周囲の人間が傷付けられる事も、受け入れた。
そして、害を為す連中を踏み潰すのだと、私は決めた」

「『神代理央』を手放して生きる?それは、器が生きているだけだ。いや、生きているとすら言えぬ。
空っぽのナニかが、唯其処に存在しているだけ。吐き気すら催す醜悪さ」

「私は、私の理想を決して手放さぬ。それが今は、風紀委員として有象無象の犯罪者達を焼き尽くす事になっているだけの事。
であれば、それを叶える為に、砲火を満たす事を私は止めない」

「――それに気付かせてくれたのは、貴様だよ。道化師崩れ。
礼を言おう。賛辞を告げよう。確かに、貴様は私を一度『殺した』
そして、死した精神を練り直し、再構築し――こうして、再び相まみえる機会を与えてくれたのだからな」

神代理央 >  
「だから貴様には、心から感謝している。
だから殺さぬ。だから手を下さぬ」

ふわり、と。
本当に感謝しているのだと告げる様に、嫋やかに笑う。

「貴様には、見ていて貰わねばならぬ。一度殺され、再び立ち上がった私が、理想を叶える様を」

「貴様には、挑んで貰わねばならぬ。再び『神代理央』を殺す為に」

「――そして『死んで貰わねばならぬ』
『神代理央』を殺せなかったという無力感を抱えてな」

浅野 秀久 >  
「いい啖呵じゃねぇか」

少年の笑みに、男も笑みを返す。
一度はシステムに堕そうとしていた少年の選択。
それは、紛れもない趣向返しであり……殺し屋に対する最大の賛辞と、最大の侮蔑。
どちらも綯交ぜにした、強かな解答。
 
殺し屋は、両手をあげた。

「素直に言うぜ。
 『それでこそ』だ。
 アンタのファンとして、素直に喜ばしい言葉だ」

同じように、穏やかな笑みを浮かべながら。
事実、敵とは……誰よりも、相手を見る存在。
相手の行動を思索する存在。
だからこそ。

「嬉しいぜ、神代理央」

……その選択もまた、『予想』出来る。

「――最期の手を打つまで『追い詰めて』くれてな」

あげた両手の片手。
その袖口から、小型の拳銃が現れる。
片手に収まるほどのそれ。
理央は完全に射程圏外。
だが。

「最期の一手だ」

男自身の脳天を撃ち抜くには、十分すぎる。
それを、側頭部……耳の無い其処に押し当てて。

「アンタ……刀々斬鈴音を知ってるか?」

男は、再び尋ねた。

神代理央 >  
突然、自らの頭部に拳銃を押し当てる男。
僅かに警戒した様子で腰の拳銃に手を伸ばそうとして――その手を止める。
此の男と『武器』を持って対峙してはいけない。
それは、己の敗北だ。

「……刀々斬鈴音?名前は、知っている。妖刀使いの少女という噂は、聞いたことがある」

「…だが、それが。今正に、つまらぬ死を。自らの命をチップにしようとしている貴様の行動に、何の意味が、何の繋がりがあるというのかね?」

アレを撃たせては不味い。
理由は分からぬが、風紀委員として培ってきた『勘』がそれを訴える。
僅かに躊躇った後――腰に下げた拳銃を引き抜いて、男へと向ける。
45口径。男の拳銃よりも高い殺傷能力と射程を持ったソレを、男の腕へと向ける。
尤も、男の打つ手が分からぬ以上迂闊に発砲する事も出来ない。
僅かに揺れる銃身の先で、瞳を細めて男に視線を向けている。

浅野 秀久 >  
「あの女に『アンタを憎むが無力な連中の居場所』の座標を表示する端末を渡した。
 好きなだけ切り刻んでいいと言伝した上でな」

自ら側頭部に銃口を押し付けたまま、男は続ける。
微かな笑みを浮かべながら。

「まだ動作しちゃいないがな。
 だが……あと一日もすれば起動する。
 止める方法は一つ」

トリガーに力を籠める。
だが、まだ引き金は引かない。
 
「俺の生体反応が消える事だ。
 つまりは……『アンタの望まない俺の死』を持って停止する。
 安心しろ、対象は二級学生や違反部活生だけだ。
 今までアンタが無差別に殺してきた連中と変わらない。
 ……アンタが助けたどこぞの少女とも変わらないってことだけどな。
 有象無象の犯罪者なんかじゃあない、『アンタもよく知っている血の通った誰か』だ。
 あらゆる理由で憎悪以外の何も持てない、選択次第では無辜であれた筈の誰かだ」

風が吹き抜ける。
男の前髪が、微かに揺れた。

「さぁ、選べよ。
 曲がりなりにも一般学生の俺を殺すか。
 今まで踏み潰してきた連中を殺すか。
 『改めて』選ぶといいさ。
 俺を殺せば『風紀委員としての神代理央』は死ぬ。
 彼等を殺しても『理想を追い求める神代理央』は死ぬ」

殺し屋は笑う。
苦肉の策。
だが、間違いなく……最期の一手。

「アンタのファンの俺からの……最期のプレゼントだ」

男は……静かに笑った。

神代理央 >  
拳銃の揺れが――止まる。
命を代価にした、殺し屋からの『最期のプレゼント』
ああ、全く。何て厄介な贈り物を準備してくれたものか。
細められた瞳は、唯真直ぐに、自らに拳銃を向ける男へと向けられている。

「…『無辜の誰か』を殺さぬ、と決めた私に、その選択を強いるか。
成程。実に厄介な選択肢だ。溜息しか出ぬよ」

コツリ、コツリ、と。
拳銃の銃身を指で叩く。

「以前の私であれば、容赦なく貴様の頭部を撃ち抜いて終わりにしたとも。そして、今の私でも恐らく最善の選択肢は――貴様を殺す事だ」

「…おや、そうなると。最善の選択肢は固定化されてしまったな。
なあ、殺し屋。思ったよりも悩まずに済んだぞ」

「自らの命をチップにしたギャンブル。あっさりと終わらせてしまって――すまないな」

神代理央 >  
 
 
――そして、渇いた銃声が響く。
 
 
 

神代理央 >  
少年の拳銃から棚引く硝煙。
障害物も無ければ、距離もさほどない。

少年が狙い、弾丸を放った先は――男が持つ拳銃。
若しくは、その掌そのもの。
男の手から、拳銃を弾き飛ばそうとその弾丸は放たれるが――

浅野 秀久 >  
引き金に力を籠める。
直後、その弾丸は確かに放たれたが。

「……ッ!!」

弾道が、逸れる。
男の脳天が撃ち抜かれることはなく、小型拳銃は……45口径弾に撃ち抜かれ、丘の下へと消えた。

「……アンタの理想は諦めるってことか?
 どこぞの人斬りに大勢これから『理想ごと』斬られるぞ?」

微かに額に汗を浮かべながら、殺し屋が問う。
側頭部付近で発砲したことに違いはない。
三半規管が揺らされているのだろう。