2020/08/06 のログ
神代理央 >  
「貴様は侮った」

革靴が草花を踏み潰し、男へと歩み寄る。

「貴様は『神代理央』に拘り過ぎた。いや、依頼を受けた殺し屋であれば、それが正しいのかも知れんがね」

磨き上げられた黒い革靴が、陽光を反射して男へと光を指すだろうか。

「『刀々斬鈴音』が『神代理央』を恨んでいるであろう『落第街やスラムの無辜の住民』を襲う。
それだけの情報が与えられて――何故、風紀委員会が動かぬと思う?」

「私が、何処の組織に所属しているのか。もう一度よく聞け、道化師崩れ」

男まであと三歩、というところで立ち止まる。
二人の間を、一際大きな風が吹き抜ける。


「――我々は、学園の『風紀を正す』者。常世学園風紀委員会。
貴様の行いは、紛れもなく風紀を乱す。罪無き人々の、安寧を乱す」

「私個人であれば良かったものを。貴様の最期の賭けは『風紀委員会』に喧嘩を売ったも同然だ。であれば――」


拳銃をホルスターに収め、パチリ、と指を鳴らす。
刹那、男を取り囲む様に現れる鋼鉄の異形。
死者を弔う場所に不釣り合いなソレは、全ての砲身を男に向けて、軋んだ金属音を立てる。

「貴様を逮捕する。
『刀々斬鈴音』を追跡する。
――そして『落第街の住民を保護する』
……何、マニュアルは残っている。日ノ岡あかねという女が、随分と丁寧に教えてくれたでな」

拳銃を突きつけながら、懐から取り出した拳銃を構えて。
この日、初めて男に見せる――尊大で傲慢な『神代理央』としての、笑顔。

浅野 秀久 >  
「……ッ」

周囲を見回す、現れた異形の群れ。
脱出は不可能と見て、頭を振る。

「……んで……だ……よ……」

脂汗を浮かべたまま。
男は。

「なんでだよ」

――呟く。
怨嗟の表情で、理央を見ながら。

「それだって『博打』だろうが……!!
 あと24時間だぞ?
 逮捕だなんてして、俺を殺さないで……これ以上被害が出たらどうすんだ?
 俺一人殺せば済むだろうが。
 一人殺して数十人が助かる。
 それを選ぶのがアンタじゃねぇのか……?
 『鉄火の支配者』じゃねぇのかよ……!!」

睨みつけながら、男は続ける。
最早、抵抗する力は残っていない。
だが、言葉は止まらない。

「どうしちまったんだよ……なんでだ、なんでそうなっちまった……?
 平気で一人叩き切れるアンタだったろう?
 委員会なんて頼らないアンタだったろう?
 なんで、今になって『任せる』? 今になって『信じる』?
 疑えよ、信じるなよ、一度は切り捨てられかけたろう?」

いつも通りの風評被害で神代理央が持ち崩した時、神代理央の周囲は騒ぎ、それ以外の風紀はいつもの事と受け流した筈だ。
それは正しいかもしれないが、冷酷な選択だ。
だが、その冷酷を鼻で笑うのが『鉄火の支配者』だった筈だ。
もう一度、それを『選べば』それでよかった。
それで、仕事は終わった。
男の……いいや、浅野秀久という風紀委員にとっても光栄なことだ。
殺し屋としての側面を持つ男にとっても、好都合だ。
『鉄火の支配者』という『言い訳』があることは。

「『妥協できるアンタ』だったじゃねぇか……!
 どうして、今になってそんな事いいやがる?」

神代理央 >  
「――そうだとも。貴様と同じ『博打』だ。
少々分は悪いが、まあ、命を賭けた貴様よりはマシな博打だろう」

怨嗟の表情を浮かべる男。
それを見上げる――こういう時、身長差というのは恰好がつかない――己の表情は、変わらず傲慢な儘。
己自身に矜持を持つ、少年の笑み。

「そうだとも。私は今でも『多数』の為に『少数』を犠牲にするという事が間違っているとは思っておらぬよ。
――しかしだからといって、座した儘切り捨てる事を良しとする訳でも無い」

「救えるなら救う。100人と10人を天秤にかけて100人を選んでも、10人を1人でも救う術があれば其処に全力を尽くす。
それは決して、無駄なリソースではない。社会の為に、人々の為に、必要なリソースだ」

「貴様を殺せば、確かに数十人が救われる。しかしそれは『風紀を守る』という委員会の掟に反する。
……それを私に示したのは、貴様自身だろう?今更、何を驚く。
私が組織に忠実である事は、貴様が何より良く知っていただろうに」

拳銃をホルスターに収め、懐から取り出したのは――煙草のケース。
片手で器用に口に咥え、そのままポケットのライターと入れ替えて火を付ける。
本土由来の高価な煙草は、その先端から甘ったるい紫煙を漂わせるだろう。

「……ふむ。何故、と問われれば答えよう。
信じて所属した組織に切り捨てられかけた事は事実。茶番とはいえ査問会にまでかけられ、私の名誉を守る者は誰もいなかった」

「だから、上層部を信じてなどおらぬよ。疑っているよ。
私が信じているのは風紀委員会という『組織』。そして同時に組織を『利用』しているだけだ。組織が持つ規律と秩序。そして動員力。個人では成し得ぬ『力』を私は信じているし、喜んで利用する」

あの動画が公開された時――
今迄散々に己を利用した委員会の『過激派』達は、鮮やかな程華麗に素早く、保身へと走った。
己を守ろうと、庇おうとしてくれたのは、己が与える『実利』の恩恵を受けた者達だけ。その者達ですら、本腰を入れて庇おうとしてくれた訳では無い。
であれば、組織を動かす者を信用する事は能わず。されと、組織が動く為のルールと秩序は、信仰に値する。
風紀委員会が動く為の『引き金』を文字通り引いたのは、男の方。
であれば、己が信じる組織に献身するのは当然の事。

「…ただ、まあ、強いて言うなら。
貴様が仕組んだ此度の一件、それでも私を信じてくれた者がいた。
私を信じて、言葉を投げかけてくれた者がいた。
私が崩れ落ちる様を、笑い飛ばした者がいた。
――私の為に、奔走してくれた恋人がいた。
そういった者達がいる以上、『個人』を信じてみるのも良いだろう、と思っただけだ」

煙草の煙を、天空へと吐き出す。

「『妥協』はつまらぬからな。この私に喧嘩を売ったのだ。
全力で、御相手するまで。貴様は、それに値する相手だった」

「それだけ。それだけの事だ」

浅野 秀久 >  
「査問……会?
 そ、そこで……誰も、名誉を守らなか……た?」
 
歯を、食いしばる。
眉を顰めて、神代理央を……殺し屋は、浅野秀久は睨みつけて。

「は、はは、は……」

そのまま、崩れ落ちた。
跪く様に。

「なるほど……だからか。
 それが、アンタの、いいや」

殺し屋は、小さく笑みを漏らして。

「……風紀委員会の……『今の神代理央』の答えか」

紫煙が流れる空を一瞥し……納得する。
組織を信じる。個人を信じる。
いや、それはきっと……風紀委員会もそうだったのだろう。

吊るし上げがあった事は知っていた。
だが、それが『査問会だった』という話は……浅野秀久は『知らなかった』から。
ただの注意喚起やら吊るし上げでなく、『査問会』と銘打たれた茶番があった。
だが、それが『あった』のだとすれば。

一連の茶番。
それすらも……上層部からすれば恐らく『今の神代理央』を信じたのだ。

だから、手など出さなかった。
だから、手など出させなかった。

……『今の神代理央』を使えば、獅子身中の虫である殺し屋を焙り出せる。
それこそ『目に見える場所』に引きずり出せる。
生かして捕えれば、その背後関係を洗える。
しかも今回は……『風紀委員に恨みを持つ無辜の民』のリストまでついてくる。
それは、ケアすべき人材でもある。
それを、労せず全て手に入れる方法。
それこそが。

「……俺の、負けだ」

……すべて、掌の上だった。
何もかも。
『今の神代理央』の言葉を聞いて、確信する。

「……喧嘩売る相手を、間違えたよ」

殺し屋は、両手を差し出した。

神代理央 >  
「…追い詰められていたのは事実だ。私が一歩行動を過てば。
或いは、貴様が『あと一歩』踏み込んでいれば――
きっと私が『風紀を乱す者』になったかも知れぬ」

男の策謀で、名誉を奪われ、恋人と離れ、自己の在り方が揺らいでいた事は事実。
男に『あと一手』打たれていれば。こうして相まみえる前に、あと一つ毒牙が放たれていれば。
きっと、結果は違っていたのかもしれない。

「だから貴様が私の元をこうして訪れた時、私は手を抜かぬと決めた。妥協した判断をするまいと決めた。
――…或いはそれすらも、私と貴様二人とも。誰かの描いたシナリオの儘に、踊らされていただけかもしれんがね」


そうして、両手を差し出した男に、手錠をかける。
無機質な金属音が響き、男の両手を戒める二対の金属の輪。

「……いける口なら、一本どうだね。収監されれば、嗜好品など楽しむ余裕など無いぞ?」

そして、両手が拘束された男へ煙草の箱を掲げてみせる。
敢えて、名は尋ねない。どうせ、調書で知れる事。
敢えて、依頼主も尋ねない。それを割るかどうかは、男が決める事。

この問い掛けは、細やかな『校則』を破った風紀委員からの――得難い敵への、手向け。
生者が二人だけの墓地で、生者から生者へ送られた、手向け。

浅野 秀久 >  
乾いた笑いを漏らす。
手錠を嵌められながら、首を左右に振る。

「遠慮しとくよ」

そのまま、立ち上がる。
いつのまにか、風は止み……気温は上昇を始めていた。
暑い夏の日差しに照らされながら、殺し屋は縛につくべく、理央の隣に立つ。

「これでも風紀委員なんでね、俺も」

風紀委員会の自浄作用。
それを示す為に使われた側面も恐らくある。
きっと、上からすれば片手間程度に。
……いや、これも目に見えただけのこと。
見えないところで、きっと日頃からあることなのだろう。

「最後まで踊るさ」

生者に送られた手向け。
だからこそ、殺し屋は固辞した。
何故なら、もうそこにいるのは。

「敗者としてな」

……死者なのだから。
神代理央に、風紀委員会に……見事に趣向返しをされた、殺し屋だった誰か。
最早、そこにいるのは……殺し屋だった誰かの形骸。
ただの犯罪者だ。

浅野 秀久 >  
 
その後、速やかに殺し屋の通信機は無力化された。
手法まではわからない。
だが、全ては丸く収まった。
 
世は全て……事も無し。
 

ご案内:「【イベント】常世島共同墓地」から浅野 秀久さんが去りました。
神代理央 >  
「…風紀委員?それは初耳なんだが。というか、同僚を狙っていたのか貴様。……捨て駒にするには、惜しい男だと言うのに」

男の正体に目を丸くするも、固辞された煙草は素直に懐へ。
此方も、ポケットから取り出した携帯灰皿へ煙草を捻じ込んで。

「……先程の言葉は、違えるつもりはないぞ。
いつかまた、私を殺しに来い。無力感に苛まれる相手を見るのは愉快だと、告げたのは貴様なのだから」

おそらく、叶わぬ願いではあろうけど。

「……此処は暑い。行こうか、同僚を送るくらいは、させてくれ」

殺し屋から敗者へ。
生者から死者へ。
役割を違えた男と、伴って歩く少年を見送っていたのは。

輝く陽光に照らされ続ける、死者の寝所だけ。

ご案内:「【イベント】常世島共同墓地」から神代理央さんが去りました。