2020/08/18 のログ
シュルヴェステル >  
説法は、大なり小なり同じようなものが多かった。
《信仰》という共通のキーワードを読み解くには、それを教わるのが一番だと思った。

だからこそ、――以前出会った修道女は、話ができる相手だったから。
それも理由の一つとしてから、この地区に足を運ぶことは少なくなかった。
真夏だというのにフードを被って、厚手のパーカーを羽織る男は些か奇妙ではあったが。

されど、信仰の徒は他者に優しかった。それは、とても。
その理由こそ知らねども、彼らは余所者を堂々と余所者として扱った。
人であっても、人でなくとも同じように《余所者》扱いされるのは、妙に居心地がよかった。

そして、5箇所目の宗教施設から出たとある一角。
青年は、そこで静かにミネラルウォーターのペットボトルを首に当てていた。

「……暑い」

その5箇所のすべてで、同じように。
まったく同じ言葉が2つほど頻出することに青年は気付いた。
目を閉じて、宙を仰ぎながら小さく呟く。

「……愛と、死」

その2つが。どうにも《彼ら》にとっては重要なことらしかった。

シュルヴェステル >  
一箇所目の宗教施設で説かれたことは。

愛こそが他者と理解しあい、共存するのに必要なことだと。
そして、いつか来たる終点たる死へと至る前に《答え》を得ることが、
なによりも素晴らしくなによりも望むべきものである、ということだ。

これには、青年は「そうか」とだけ短く返した。

二箇所目の宗教施設で説かれたことは。

愛を得るためにこそ人は善なる行動を行い示すべきであり、
これを怠ったのならば、いずれ来たる死ののちに悔やむことすら許されないと。
悔やみ、惜しみながら生の素晴らしさを認めることが死である、と。

これには、青年は「なるほど」とだけ短く返した。

三箇所目の宗教施設で説かれたことは。

愛こそがこの世を素晴らしくするための方法論であると。
誰かと分かち合い、誰かと与え合うことが素晴らしいことであると。
そしてその果てに存在するただの時間制限が死である、ということ。

これには、青年は「そうなのか」とだけ短く返した。

シュルヴェステル >  
四箇所目の宗教施設で説かれたことは。

愛を理解しない者と理解し合うことはできないということ。
そして、愛を理解しないのであればその死は報われるものにならない、と。
誰からも惜しまれずに死することは悲しいことであるから愛を理解せよ、と。

これには、青年は返事をすることはなかった。

五箇所目の宗教施設で説かれたことは。

愛し、愛されることによって人間は《ヒト》になると。
それを知らぬ者は、《ヒト》ではなく《けもの》だと彼らは語った。
死するその時まで、《ヒト》として生きたければ他者を愛せと。

青年は、これへの返事の言葉を持ち合わせてはいなかった。

半直接的に「お前は獣だ」と言われてしまえば、青年に返す言葉はない。
相手は恐らく自分のことを知らないことはようくわかっているからこそ、
青年は黙り込んだまま軽く頭を下げ、何も言わずに踵を返した。

言葉がない以上、それ以上わかりあうことはできないから。
言葉を持ち合わせていない「けもの」は、そうする以外になかった。

シュルヴェステル >  
言う言葉がない。
青年が感じていた「難しさ」の一端。

いつだかを思い出す。
「毒婦のよう」と例えた自分を諌めようとした少女だって。
自分の行いを正しいと疑わなかった転移荒野の少女だって。
折り捨てた片角を見通した邪視の使い手である少年だって。

それだけではない。それだけではないが、彼らに言いたいことは山程あった。
その全てが怒りであったが、それに言葉を与えることはできなかった。

怒りとは、そもそも。
表現するものではなく、行いの動機でしかないのに、と。
青年は静かに眉を寄せる。そのどれもで、足りていなかったのは相手ではない。
自分が選ぶための言葉が足りなかったが故に、踵を返すほかなかった。

「……わからないな」

炎天下の夕暮れ。
蒸し暑さと遠くで聞こえる蝉の声に、ミネラルウォーターも温くなり始め。

ただ、力不足に肩を落とすこと以外。
いまの彼には、できることはありやしなかった。

ご案内:「宗教施設群 - 一角 / 夕暮れ」からシュルヴェステルさんが去りました。