2020/09/04 のログ
ご案内:「廃教会」に月夜見 真琴さんが現れました。
■月夜見 真琴 >
かつては訪う者があったのかもしれない身廊にイーゼルが立つ。
ところどころ割れたステンドグラスや壊れた天井の隙間から、
やわらかく降りる初秋の陽光を浴びながらに、
筆がナイフが、カンバスの上を走り回る。
少し風がある。しかし、分厚い雲の峰は動く気配がない。
「静寂閑雅――久方に落ち着いた気がする」
色々と胸を騒がす出来事が、多すぎた。
独りはすきではないが、一人の時間はすきだった。
静かに、気に入りの曲の旋律を口ずさみながら、
ひとり絵画を描き留める趣味の時間にふける。
ご案内:「廃教会」にキッドさんが現れました。
■キッド >
別に宗教に興味があったとか、廃墟にもの思いを耽ると言った趣味はない。
ただ、風に乗ってきた声に誘われるように、自然と足が向いた。
警邏の途中に聞こえた、透き通るような旋律。
自分が余り聞かないような曲調だが、その声には聞き覚えがあった。
空を覆う雲をしり目に何処となく重い足取りのまま、廃教会へと一歩踏み入れた。
「…………」
案の定、とも言うべきか。やはり、というべきか。
それは、あの監視対象に他ならなかった。
腰の拳銃に手は"添えない"。
彼女を前にしても武器を取らず、ただ、キッドは"気まずい"。
「んん……ん。随分と……人気の無い場所が好きなんだな?」
わざとらしい咳払いの後、その背中に声を投げかける。
■月夜見 真琴 >
「此処だけにしかない佇まいがあるならば」
声をかけられるまで歌は止めなかった。
背後に近づく者を見分けるなんらかの技能はもともとある。
ささやくような甘い声。
「ずいぶん耳聡く聞いてくれたものだ。
警邏中かな? いつもご苦労。
そのおかげでこうして静かに向き合えている」
パレットナイフを揺らしながら、背中は見せたまま。
概ね――どうにかなった、筈だ。
それは彼と話すと言っていた先達への信頼でもあり。
咳払いから入った彼へ、"いつも通りに"。
「きいたよ。
学生通りの大捕物、いや大鳥黐か。
映像も視た。美事だったよ。狙撃銃も扱えるのだな」
■キッド >
「……佇まい、ね……」
日本で言う、"風情"という奴なのか。
キッドには今一、理解が及ばない。
瓦礫の山、かつての残滓。
そこにあったものとしか認識出来なかった。
芸術にも興味は無いが、彼女のような審美眼があれば、少しは見える世界も変わるのだろうか。
「……その旋律は、嫌いじゃなかった。いや、初めて聞いたがね?
ああ、まぁな。風紀にいる以上は、やることはやってるさ。……一応な」
さも、"いつも通り"に接されている。
あの時の事が、無かったかのように。
水に流してくれる、とでもいうのだろうか。
帽子を目深に被り、ばつが悪そうに首を振った。
例え彼女がそのつもりであっても、それをキッドは良しとしない。
職務にも人間にも、何時も真面目なのだ。
だから、引き金も引く。望まれる姿にもなる。
への字に曲げた口元、頬を掻いてキャップの奥が綺麗な背中を見据える。
「あれこそ、ただの下着泥棒だろうさ。
俺じゃなくても、そのうち捕まえてただろうさ」
たまに起こる程度の軽犯罪だ。
褒められる事でもない。
改めて、小さく咳ばらい。
「……銃の扱いは、一通り学んだ。どんな銃器も使えるように、な。
……それよりも、アンタに改めて言いたい事がある。時間はあるか?」
何時になく落ち着きがなく
あの時よりよそよそしく
そして、"キッド"なりの礼儀を以て、訪ねる。
■月夜見 真琴 >
「古いうた――いや、うたであるらしい」
インストゥルメンタルのほうしか聴いたことがないのだが、と。
ただ気に入りというだけで、深くは追及しなかった。
もともとはフランスの曲であり、英訳、邦訳で歌詞の佇まいが異なるという。
彼に曲名だけを柔らかく告げる。邦題がすきなのだ。
「だが困っている者は減った。秩序は保たれたわけだ。
確かな成果であり、確かな風紀活動であるはずだよ。
だから、おつかれさま、と――よくやったと。
いいたいからいう。それだけだ。受け取りたくないならいい」
それだけだ。腕章を持たない風紀委員にできることなど無いに等しい。
続いた言葉にはふとカンバスから目線を上げるうごき。
「して――"いいたいこと"ときたか」
含み笑いを零す。
集中が一端乱れたのだ。申し訳なくも古ぼけた長椅子の上、
広げた画材箱の上にパレットや絵筆を休めて。
キャスケットを脱いで白髪を揺する。
彼のほうへ向いて座り直し、脚を組んだ。
「かまわないさ。 なにかな?」
■キッド >
「……そりゃぁ、なんだ。アンタの趣味、か……
いや、俺の意見だから聞き流してくれてもいいんだが
……その、随分と後ろ向きだな、とは思ったな……?」
邦題が好きと彼女は言った。
それは名前の印象と言えばそれまでだが
如何にもキッドにはそう聞こえた。
悲壮とは、芸術につきものなのだろうか?よくわからない。
「いいや、"受け取るさ"。どういたしまして」
そこに"監視対象"という垣根は挟まず
"一人の先輩の労いの言葉"として、素直に受け取った。
なんだかむず痒い気もしてきた。
……あの時の色眼鏡とは違い、こうやって聞くだけなら"良い先輩"だ。
ただ、深く信用は出来ない。彼女を"疑っている"のはそうだが
単純にわからない事が多いだけだ。
漸く向き直った時を頃合いとし、目深に被っていたキャップを外す。
碧眼は右往左往、二度、三度、として、漸く銀色へと向き直る。
咥えていた煙草を取れば、携帯灰皿へと押し込み潰した。
「……あの時、僕が貴女に引き金を引いたことを謹んでお詫びします。
こうして、面と向き合ってちゃんと謝罪すべきだと、思ったので……」
「ごめんなさい、先輩」
この指に掛けた引き金を意味は既に変わっていた。
だからこそあの時の自分がいかに"軽率"だったかは覚えている。
それがいけない事だとは、自覚して引き金を引いたのは確かだ。
もう、彼女にとっては今更なのかも知れないし
今更謝った所で、というのもあるかもしれない。
自分勝手と言えばそう、これは"ケジメ"だ。
まずは深々と、頭を下げた。そして数秒制止し…頭を、上げる。
「……あの時、僕は貴女を殺すつもりだった。
愚かな行為だと自覚していても、僕の信じた"正義"を疑わなかった」
「ただ、今は漠然としているけど、それが何かが変わったような気もしたんです。
レイチェル先輩もそうですけど、周りの人のおかげで、少しは……自分勝手なのは百も承知です」
「僕は未だ、貴女……と言うよりも、監視対象に懐疑的だ。
そして、僕自身もその"漠然"を理解しえない……
勝手な妄想かもしれませんが、貴女と話せば何かわかる気がして……」
「────少し、お時間をくれますか?」
余りにも拙い言葉なのは自分でも理解している。
それでも真摯に、碧眼は銀色の瞳を見据えた。
■月夜見 真琴 >
真っ直ぐに見上げる視線。膝の上にキャスケットを置いて。
まず、その謝罪に対しては、ひとつうなずく。
「こちらこそ、挑発したのは事実。
すまなかった――後輩に先に謝らせてしまったな。
ふふふ、不肖の先達だ。恥ずかしい限りだよ」
謝罪は受け取り、こちらも困ったような笑みを浮かべて返答をむけた。
――そして、と改めて真っ直ぐに彼をみあげる。
「その腕章をつける、ということは」
うたうように、語りだして。
「"正義"は百人百様、それぞれに在るものとして。
銃把であったり柄であったり――まあなんでもいいが。
そういう権限をひととき、委員会に預けるということ。
――だ、とやつがれはかんがえている」
無意識に――二の腕を指先でさすった。
「軽率にひきがねを引いてみせた時の後処理――
まあそれを被ったのがやつがれであったからいい。
そういう時のための、やつがれ――とは言うまいが。
そうでない者にはあまり迷惑はかけたくなかろう?許可を待て。
待てない時は、現場判断。その規範は明文化されているし、
勤勉なおまえなら頭に叩き込んであるのだろう?」
"キッド"の素行自体も、いくらか資料で読んでわかることはある。
その上で"違反"を積み重ねるなら、それは他者へ波及する。
たとえば彼の直接の先達であったりとか。
「さいきん、そういう事例があったばかりだからな。
査問委員会の――言及は控えておくか」
脳裏によぎった光景に浮かぶ笑いをおさえ、肩を竦めた。
「さて。 元よりそのつもりだよ。
今日は習作の心配をしなくて良さそう――いや。
やつがれも、気をつけるよ。
もてなせなくてすまないが。 話をしよう、ジェレミア」
表情を綻ばせて、後輩に向き合う。
すわれるかな、と長椅子を細い指先で示した。
「ただし切人やラヴェータ。
最近だと――冥が出たんだったかな。あれは委員ではないが。
そのあたりの事情には、とんと疎いからな。
まだ現役だったとき、切人とはたまに話したが。
だから"監視対象"ではなくて、"やつがれ"の話しかできないよ?
それでも良ければ――何を聞きたい?」
■キッド >
「いえ、それは違います。"撃ってしまった"僕の責任です。
先輩の手も煩わせてしまった事もありますし、僕が悪い事には違いないです」
自らの正義を今でも信じていないわけではない。
だが、ただ"監視対象だから悪党"と決めつけて
余りにも軽すぎる引き金だったことには変わりはない。
生真面目な少年は、自らの行いを顧みたからこそ、それだけは譲れなかった。
「…………」
まるで、鼓膜を撫でるような声だ。
こうして改めて対面してみると、それがはっきりとわかる。
油断すると、煙に巻かれてしまうような
それでいて、何処かに真摯性のある彼女の言葉に頷き、自らの腕章を一瞥した。
「……ある教師(ひと)に言われました。
『爪弾き者に胡坐を掻いて、風紀の看板穢しにみすみす加わっている』、と。
今更かもしれませんが、その意味が今ならわかる気がします……自信はないですけど……」
"キッド"はルール無用のアウトローヒーローであるが
"少年"は違う。彼女の言う言葉も、あの教師の言葉も理解出来る。
理解していて尚、間違いだと知っていても"キッド"ならそうする。
それに甘んじていた。それしか、償う方法がなかったとはいえど
その結果、例え彼女に引き金を引いたところで、誰かに来る"しわ寄せ"の事を考えはしなかった。
恥ずかしい限りだ。胸が少し重い。だが、受け止めるべき重さだ。
キャップを再びかぶり直し、僅かに深呼吸。
……前よりはやっぱり、精神が落ち着いてる。
余り長く、"僕"ではいられないだろうけど、多分大丈夫だ。
「いえ、お気になさらずに。お邪魔したのは僕です、先輩
こんな場所でもてなすと言っても……瓦礫くらいしか出せないでしょうけどね」
ふ、と力なく口元を緩めてジョークを一つ。
指差された方向を一瞥すれば、促されるままに長椅子に腰を下ろした。
「そう、ですね。……貴女自身の事、何でもいいです。
近況とか、昔話とか。その、話せる範囲で。
……貴女の事を良く知りたい、というのはちょっと変に聞こえちゃいますかね?」
とは言え、そうとしか言えないのも事実。
彼女への理解を深めたかった。
今でもあの出会いは、覚えている。
印象的だった幻の"涙"。嘘は誠かもわからない。
それを抜きにしても、今、少年は彼女の事を知りたいと思っていた。
「……ストレートに一番聞きたい事はやはり、"監視対象"に至るまで、ですけど……」
踏み込み過ぎ、だという自覚はある。
相手にもプライバシーだってあるだろう。
だから、おずおずと聞いた。勿論、聞けないならそれでもいい。
■月夜見 真琴 >
「ああ――ヨキ先生かな?」
愉しそうにころころと笑い声を立てて、
彼に物を言ったであろうひとの顔を思う。
「あの御仁がそれだけ直截に鋭い言を放ったとなれば、
おまえも随分猪突猛進に肩からぶつかった故、ではないのかな?
すこし落ち着いたら、美術準備室に訪ってみたらどうだろう。
あるいは道に迷った時でも――きっと有意義な時間になる」
あのひとは、そういうひとだからと。
指先でみずからの頬の稜線をなでて、視線が横にずれた。
こちらとしても恩師であるところの彼は、色々複雑だ。
何せ"手強い"――だからこそこの学校で学ぶのが、とても愉しい。
不敵な笑みはしかし、後輩に向き合うための気安い色へ移り変わって、
彼へ視線を戻した。
「うれしいよ」
一言、そうして、率直な感想を向けた。
「先生に、そしてレイチェル。あとやつがれの知らぬ誰か。
彼らから翳(のば)された手に対して、おまえが出した、そう。
結論というのは些か速いけれど、風紀委員であろう、と。
そう考えて、在ってくれるのは、とてもうれしい」
"正義"の為に在ってくれると、もともと期してはいた。
予想以上の成果に反して、僅かばかりに瞳に憂いが混ざるのは、
「今度はアトリエに来るといい。珈琲でも出して――飲めるか?
もてなすよ。さいきんは同居人がひとり、できてな。
やつがれがふさがっていても、あの子が話し相手になる」
彼に対して自分が何もできていないことだった。
"正義"に報いられてない無力感はずっとある。
「恋人がいる男が、年頃の女にむけることばとしては、どうだろう」
苦笑しながら視線を横に滑らせた。どうしたものかな、と。
「絵を描いて、静かに過ごしているよ。それだけだ。
同居人は、そう、あたまのいい子でな。
手はかかって困ったところもある、肝心なところで不器用で。
末っ子だからかな、妹がいたらこんな感じだろうかと。
最近はおもう。世話をするの、案外すきなのかもしれない」
まずは近況から。途中から追想に。
なにか飲みたいが、持ち込みがなかった。
「――おまえは?
いろいろ変わったそうじゃないか。
華霧がいろいろ、いいふらしているだろう。
こちらも話すがそればっかりではつかれるだろう。
惚気けてくれて構わないよ、"ジェー君"?」
肝心要の経緯については少しばかり、遠回り。
月の煙るが如くに、小首を傾げて臆面もなく誂った。
――まさか撃つまいな?