2020/09/05 のログ
キッド >  
「……お知り合いですか?」

確かにその人で間違いない。
やはり、教師として顔が広いのだろうか。
続く言葉には、ばつが悪そうに頬を掻いた。

「その通り、ですね。あの教師が秩序の話をするから僕も……と。
 大変失礼な物言いをしてしまった自覚はあるので、折を見ていくつもりです
 にしても、随分と尊敬しているんですね。ヨキ先生の事」

ヨキ先生にもぶつけるだけぶつけて、逃げるように去ってしまった。
良くない事をした自覚もあるし、最後に彼が言ってくれた"対話"。
もし、彼が本当にそういう教師なら……あまりよくはないかも知れないけど
思い切って自分なりに対話してみようという気はある。

「…………」

"うれしいよ"。
確かに彼女はそう言った。
本心、だろうか。わからない。
ただ、本心だとしても素直に受け取るのは難しい。
確かに自分は自分なりに、"そうであろう"とはしている。
だが、未だ一度揺れた"正義"も、"引き金"の意味も
漠然としている。胸を張って誇れるほどのものじゃなかった。
だからこそ、苦味はにかみ笑顔で、静かに首を振った。

「そんな……大袈裟ですよ。僕はまだ迷ってるのに……。
 それに、先輩がそんな顔をしてどうするんですか?
 僕一人にそこまで気を掛ける事でもないでしょうに……」

憂いを帯びた視線を、少年の目は見逃しはしない。
まさか、そこまで気遣われていたのか。
何だか少し、申し訳ない気がしてきた。

「アトリエ……先輩の家、ですか?飲めなくはない、ですけど……」

甘いものの方が好き。子供舌。
とは言え、言ってくれた手前"飲めない"と言えない。
ちょっと苦いのに慣れておこうと思った。
キャップのツバを掴み、帽子の位置を付け直す。

「…………」

変わった。彼女の目からも、そう見えるらしい。
二度、瞬きをした。思えば、彼女が"きっかけ"とも言えなくはない。

「……そう見えるなら幸いです。
 ただの"ろくでなし"のままではなく、自分なりに色々……」

キッド >  
「ンッ!?」

あ、なんか思い切りえづいたぞ!

キッド >  
「ちょ、ちょっと!?真琴先輩まで……!?あ、あの……一体どこまで広がってるんですかそれ!?」

撃ちはしない、"こんなことでは"。
それよりも華霧先輩め、一体何処まで広げてるんだ、それ。
正直、光奈以外から呼ばれるのは恥ずかしい。
頬も気恥ずかしさにほんのりと紅潮してしまった。

月夜見 真琴 >  
「はっはっは。 さあ、やつがれはあの子から聞いたきり。
 言いふらすつもりもないが――まあもう遅かろうな。
 甘んじて受けるといい、だいたい"全員"知ってるものとして」

組んでいるほうの足を楽しげに揺らしながら、
親しい者たちの話題や武器として、当面は弄られる未来を予見した。

「たいせつにするといい」

その言葉にはいろいろと含まれていた。
彼が過激な懲悪行為に身をやつしていたことも含めて、だ。
善行を重ねたとて帳消しにならないことは、山ほどある。

「さて――恩師を尊び、先達を敬うのは。
 そんなにおかしいことだろうかな?
 画家としても風紀委員としても未熟千万なれば、
 そうして背に追いすがっていくものだ、やつがれもそうさ。
 おまえとおなじ。 "とるにたらないちっぽけな存在"」

"どういう人間か"と問われた続きを、そう応えてみせる。
たとえば、レイチェルに導かれたジェレミア・メアリーという少年が。
彼女に抱く崇敬の念に、似たものを他人に持ち得る人間だと。

「だからといって」

指を動かし、手の甲をみせて、人差し指をたてる。

「おまえがやつがれを"うたがう"ことは、
 決してまちがっていることではないからな。
 つぎの話をするまえに、これはいっておく」

たとえどれだけ、"月夜見真琴"が彼から好ましく見えたとしても。
"第一級監視対象"という看板が、取り外されるわけではなく。
《嗤う妖精》の忌み名を背負った者であることは、捨て置けない。
それは明文化された"事実"だ。

「壁すら抜くおまえの異能視力は、
 視えすぎるがゆえにみうしなうことも、あるのだろう。
 話せることは話すが、すべては話せないことは前もって言っておく。
 けれど――"眼"に頼らず視ようとするおまえの現在(いま)。
 "撃つため"以外にうたがえるなら」

くるり、と穴あきの天井を向いている指先を回して。

「おまえは優秀な刑事になれるよ」

笑みを深めた。
"正義"のために。そうした期待もある。
手首を返し、指を立てた手を顔の横に。

「やつがれの次、くらいには」

そうやって眼を閉じて、ふふん、と鼻を鳴らすのだ。

キッド >  
「クソ、光奈に口止めしとくべきだった……!」

"浮かれポンチ"になっていた。
"キッド"という役割(ロール)をする以上、キャラ崩れが起きる事を想定すべきだった。
同居人って、もしかして華霧先輩なのか?
いや、それにしても口が軽すぎないか?あのギザ歯飾りかよ。
もう色々言いたい事がありすぎて思考がぐるぐる巡っている。
恥ずかしさにキャップを目深に被り、額を掌で押さえつけた。
とりあえず、次あった時は華霧先輩に"お礼参り"する事は決意した。

「…………」

"たいせつにするといい"。
わかっている、勿論その言葉の意味が。
良い事も悪い事も全て、"自分の行い"を見つめ直す。
周りの人間も、罪も、大切に……。

「……やれるだけやってみます」

何とも格好の付かない返事ではある。
前者はともかく、まだ自分自身の事を、それを大切には出来ない。
如何すべきか、未だ悩んでいるから、この返事。

「失礼かもしれないですけど、誰かを尊敬するよりは、"下に見てる"のが第一印象でしたから」

"食わせもの"。そんな第一印象だ。
そんな彼女が恩師と言う言葉を口にした。
或いは、それほどまでに思わせる事が在るんだろう。
一文字に結んだ口元、真剣な表情のまま、彼女の言葉に耳を傾ける。

「自分で言いますか、そう言う事……自分から疑えって」

確かに、未だ彼女のみならず、"監視対象"に懐疑心は捨てきれない。
事実、心のどこかで信用していても、何か一つ
言葉の"裏"を勘繰る様に疑っている。
特に彼女は、何と言うべきか。『言葉を操る』のが上手だと素直に感服している。
人を褒める、評価する。それに合わせて今まさに、自分からそう言ってのける。
……上手に嘘を吐くコツは、真実を織り交ぜる事、だったか……。
僅かに噴き出す隙間風が、互いの髪を僅かに揺らす。
よくもまぁ、"とるにたらない"何て言えたものだ。謙遜が過ぎる。

「…………」

鷹の様に鋭い両目が、まるでせせら笑うような笑顔を見据える。

「……"撃つ"かどうかは、まだわかりません。
 ただ、"撃つだけ"じゃないとは、思ってます。
 そして今の僕は、出来る事なら貴女も、誰でも、"撃ちたくはない"」

それ以外に疑えるなら、使えるなら、それに越した事はない。
そう思える位には、思考に余裕が出来た。
僅かに額に、脂汗が滲み出る。まだ、大丈夫だ。
煙草<クスリ>に頼らなくても、まだ"僕"のままでいられる。
得意げに言ってのけた言葉に、毒気を抜かれたように肩を落とした。

「そう言う所ですよ」

人を見下してるの。
呆れ顔になったその瞬間、吹き抜ける風に目を見開いた。

「……先輩?」

月夜見 真琴 >  
呼びかけられた言葉には、こたえない。
"彼にだけ聞こえた囁き"の、そのことばの真偽は、
彼が判断すればいい。今、結論を出す必要すらない。
 
「おまえがやつがれを疑うのは、
 "うそつき"という看板がさがっているから」

眼をうっすらと開いて、ひとさしゆびは唇の前に。

「しかし大抵"うそつき"は、みずからをそうだと名乗らないだろう。
 闇のなかでひっそりと、あるいは人々の合間に隠れて。
 "ばれないうそ"を吐こうと画策する――やつがれは、
 それでは面白くないから、こういう生き方をしている」

甘やかな声で、語れるだけを語ろう。
その真偽もまた、彼が決めればいい。
"真実"とは概ねそういうものであり、"事実"と重なる必要は。
必ずしも、ないのだ。

「こうして満身に輝きをあびて、
 光のなかでうそをつくから、面白いというのにね」

困ったように、あるいは呆れたように笑って。

「社会に帰属し、立場をわきまえて暮らしているつもりだし。
 技術という意味では、先生からも同輩からも、
 多くの先達からも"盗んで"いるまっ最中さ。
 それでもやつがれが見下げていると思うなら、
 おまえに恥じらいや負い目があるだけではないのかな」

他者の余裕面に、そういうものを覚えるようならと。
その余裕面は、本当に"真実"か?

「越えてやる、くらいは言ってほしいところだが――
 やつがれとて風紀委員としての自負はあるよ。
 レイチェル・ラムレイの薫陶を受けた者として。
 その能力においては恥じも謙遜もするつもりはないさ」

――そして。
恋人との時間に、かかわりに。
ころころと表情を変えた彼を、まばゆそうに見つめながら。

またひとつ、ささやく。

月夜見 真琴 >  
――そして。手を下ろすとキャスケットに添える。

「おまえが謙遜してみせた捕り物、な。
 すばらしいと思ったよ。
 殺すのは――かんたんすぎる。
 殺傷は、短絡的すぎる。
 それが必要になる状況というのは、なんとも味気ない。

 ――"おもしろくない"、単純に。
 叩き潰してやるのもいいが、生かして逮捕したい。
 悪人の悔しがる様をみるのが、やつがれはだいすきでな。
 まあこれはどうでもいい話だが――殺したら終わりだ。
 
 殺さなければその先が、まあ死刑なんかもあるが。
 あるのだろうな。

 ではジェレミア。引き金を重くし、命の重みを改めて認識したおまえは、
 "犯罪者"を逮捕したあとに、なにを求めている。

 あるいは、おまえ自身がどう裁かれるべきと考えているかと、
 聞いたほうがいいかな」

自分を赦せそうか、と。
こちらを撃ったことも含めて、甘ったるい声でささやく。

キッド >  
初めて出会った時の"綱渡り"と言うものだろうか。
自分には今一理解出来ない。
ある意味、自分は"嘘吐き"だ。自分自身に嘘を吐いて
ガワだけを人に見せつけていた。それが、キッドの役割(ロール)。
それがどういう事か理解しているからこそ、言える事がある。

「時に嘘は人を助ける事はあるかもしれない。
 だけど、どんな場所であれ、大抵の場合はいけないことです」

生真面目丸だしな回答だ。
だけど、その甘い声に惑わない様に
物おじせずハッキリと言ってのけた。
ある意味、己に言い聞かせている自戒の意味もある。
同時に、全てを鵜呑みにする気は無い、ともいう。

「……"負い目"って意味じゃ、ない訳じゃないですよ
 すみません、自分には"まだ"自信がないもので……」

彼女を撃った事も、自分自身への悩みもまだ
ずっと胸に残っている。
だから、嘘つきを自称する女の言葉を一言一句、聞き洩らさずに耳に残した。
その甘い声に成るべくはまらない様に、惑わされないように。
上手く、"必要"な、彼女の"真意"を見極めないと。

「…………」

成るべく瞬きはせず、視線は合わせたまま。
滲む脂汗は、精神病の影響だ。大分その量も増えてきた。
まだだ、大丈夫だ。強引に腕で拭い、深く深呼吸。

──────よし。

「……今の僕の言葉でいいのであれば、"更生"、ですかね。
 再犯が起きないように、犯人出来る限り寄り添い、真っ当な道を…、……
 ……って、言うのは、レイチェル先輩の受け売り、ですけど……」

犯罪者が真っ当に日常を歩めるように、赦す赦さないの前に
誰かが『受け皿』になる必要があると、その為に寄り添い
日常へと真っ当に戻れるように。今一つ歯切れが悪いのは
"ジェレミア自身"が、自分自身をそうと赦せないからだ。
何とも言えない表情のまま、頬を掻いた。

「……"裁かれる"と言う点だけなら、僕も、その犯罪者も……
 定められた法に則り罰を受けるべきではありますけど……」

但し、"その後"は何も思いつかない。
未だ自分自身を赦せていない。

「……貴女は、先輩はどうなんですか?貴女は"犯罪者"に何を望むんですか?」

「…………」

キャップを目深に被り、口を紡ぎ、そして……。

「……それが"短い青春"なら、今の貴女こそ何なんですか?
 余生とでも、亡霊とでも言うべきですか?短い青春なんてそんなの……」

言い過ぎですよ、とぼやいた。
脳裏に過る、刑事課の先輩の姿。
赤い制服、思わず連想してしまう。

月夜見 真琴 >  
「はっはっは。だがやめろと言われても聞かないよ。
 そうして堂々とうそをついて、遊んでいるのさ。
 うそをつくことに、やつがれは全力を尽くしている。
 そういう生き方さ――ばれると、とても悔しいんだよ」

悪びれもせず、肩を竦めて。

「それを知ったのは、この島に来てからで。
 やつがれの《おおきなうそ》を、暴いてみせたものがいた。
 悔しくて、悔しくて、ほんとうに悔しくて――たのしかった。
 いや、うれしかったのかも、しれないな……」

どこか遠くに思いを馳せるように、高い天井を見上げた。
"いけないこと"。それはそうだ。誰かが悲しむ嘘ならば。
なれど――だから、やめられない。
極彩色の世界のなかで、嘘と真の間で踊ることばかりは。

――仮面をかぶるのが"うそ"なら。
だれもがうそつきだった。
目の前の少年も。園刃華霧も。レイチェル・ラムレイさえ。
――月夜見真琴は、

「――ほう」

眼を丸くした。

「いいじゃないか!いまはだれかの受け売りで。
 やつがれもそうだったよ。
 風紀委員としてのほとんどは、先達から譲り受けた言葉ばかりさ。
 そういう者になら、寄り添ってやってほしい。
 受け売りのことばを、おまえ自身のことばとできる頃、
 選んだ道が、正解であると――胸を張れるときに。
 いつかおまえが、おまえ自身を救えるように」

そして、嬉しそうに。
心から嬉しそうに笑顔を浮かべた。
彼が"正義"に寄り添う者であることに、あるいは。
みずから選ぶという、面白い輝きをみせたことに。

「だが当然、救えない悪党という類の者はいる。
 更生の余地がない者もたくさんいるだろうな。
 おまえはそのなかで、疑うことをやめてはならないよ。
 ――"信じるために、うたがえ"。
 そういう姿勢を、疑心暗鬼と謗る者が居ようとも。
 それは、そうではないはずだ。
 "人の悪しき部分を視ようともせずに、
  真に理解することなどできない"のだから。
 ――まあ、視よう視ようとすると、かえって見失うが」

苦笑する。そうした失敗も、あった。
そうして、むけられた問いに、えっ?と。
思わぬことを聞かれたなと、不思議そうに。
犯罪者に求めるもの。

「悔しがる姿だ。さっきも言っただろう?
 身悶えするほどの屈辱、歯ぎしりしながらの悔し涙。
 積み上げた野望を打ち砕かれた絶望っ!
 ああたまらない――それ以降のことは知らない。
 こればかりは魂が求めることゆえどうしようもない。
 逮捕までは頑張るさ。 あとは"寄り添ってくれる者"の仕事だ。
 まあ、一回派手にぶっ壊してやったほうが、
 更生させやすくもあるかもしれないな!」

あはははは。なんて、軽々しく笑ってみせるけども。

「手を翳(のば)せる者には、手を。
 ――"まじめな風紀委員"だったからな、そういうことは、してきたよ。
 そういうのをやっていいと思った時期も、あったさ」

彼にみずからのことを。
"監視対象である月夜見真琴"について、幾らも語れない。
だから、自分を語るしかなかった。

いまの自分の姿は、と聞かれると、すこし言いよどんでから。

月夜見 真琴 >  
 
 
「…………罰、かな」

何の罪に対してなのかは。
伏せておくとしても。
 
 
 

月夜見 真琴 >  
「――さて、ここまでで全部だ」

"彼にだけ聞こえるささやき"のあと。
話し疲れたように、ため息をつく。
少し暑い。まだ夏だ。九月を過ぎても。

いま話せることは、これで全部。

「撃つかどうか、いますぐ決めなくていい。
 やつがれは――まあ。
 いなくならないと誓ってしまったから。
 この島に残ることになった。去ろうと思ったこともあったが。
 だからいつか――おまえの眼が見抜いた真実が、
 "撃て"と言ったなら。 また銃を向けるといい」

キッド >  
「…………」

嗚呼、この感じ。知っているぞ、似ている。
性根、って言うんだろう。似ている。
自分が撃ってしまった"両親"とどうしようもなく似てるんだ。
人間的な悪性部分とも言うべきか。そう言うのを全面的に出してくるタイプだ。
勿論人間、善性と悪性の二面性をもって当然だ。こういう人種がいる事も知っている。
けど、彼女だって"これだけ"じゃないんだ。
どうしようもなく嘘つきで、人を騙すのが好きな人なんだろうけど
この人の優しさは、嘘じゃない。
そして、多分、それは自分の"両親"も……──────。

「……本当にそれだけなんて、流石に趣味悪いですよ」

幾ら自分でも、犯罪者の悔しがる顔を嘲る事はしない。
呆れはするだろうけど。表情を隠すように、目深に被った。
けど、声は震えてしまった。"重ねてしまった"。
今、重さを知っているからこそ、もし、もう少しだけ

"あの時の引き金が、数秒待てていたら"なんて、思ってしまう。

もう、どうしようもない事だ。
どうしようもない事だからこそ、『後悔』がより大きくなってしまった。
これはもう、どうしようもない事なんだ。
涙を見せない、流さない。ただ、目深に被ったキャップの下で
強く、強く、唇を噛んで、小さく、ほんの小さく首を振った…。
もうこれは、どうしようもないことだから。
だから、"自分"よりは、"彼女"を……。

「……っ」

目元を強引に拭い、息を整える。
動悸も少し、激しくなってきた。そろそろ、時間だ。
今のうちに、言える事は全部、言わなきゃいけない。
僅かに青ざめて、唇が震える。
本当に、弱い自分が嫌になる。
目元を指先で抑えながら、見失わない様に銀色へと視線を合わせた。

「わかりますよ、先輩の言う事も……何とかやってみせるとは、思います……」

信じるために疑い、真に理解すべきを視る。
此の"目"で、"心"で。まだ漠然としているけど
きっと、それが出来る頃にはいつかまた、彼女の前で胸を張れる時、なのだろう。

「……ッ……」

一度、二度、深呼吸。

キッド >  
「……僕は未だに、"監視対象"と言う存在に、懐疑心を抱いている。
 失礼ながら、先輩にも……けど、今は"撃とう"とは、思わない。」

全ての言葉をそうだとは、未だ言えない。
ただ、今の彼女を撃つのは絶対に違う。
今撃ってしまうのはきっと、両親の二の舞になってしまう。
もし、彼女に銃口を向ける時は──────。
彼女の"真実"が、全て"嘘"に変わってしまった時だ。
乱れる呼吸を整えながら、未だ目を、離さない。

「……大丈夫、です。言えない事は、言えないで良いから……
 けど、それこそ『罪』と言うなら……例え届いたとしても……っ、…
 あの人なら、"寄り添ってくれる"と、思います……」

それこそ、憶測でしかない。
確定された事象でなければきっと、意味をなさない。
けど、もし、自分の知っている人なら──────。


今、彼女に何か判断を求めるというのなら……。

「……っ……どうか、"そんな所で泣かないでください"……。
 何時か、きっと、泣かないでいれるような時が来るように
 僕も、きっと尽力します、から……」

自分に出来る事なんて、きっとたかが知れている。
結局16歳の少年。彼女の秘めたる思いを全て理解した訳でもない。
思い上がりと言われれば、それまでだ。
ただ、"悲しい人"に、"泣いていてほしくない"。
彼女のあの時の涙が嘘だとしても、彼女の心は……

キッド >  
 
        ───────……確かに泣いている、気がしたんだ。
 
 

キッド >  
「……っ……」

座ったまま、うずくまる。
視界が、赤く染まる。幻覚症状。もう、限界だ。
息を切らし、定まらない、揺れる視界の中
震える手が、煙草を探す。混濁する意識では、中々掴まえる事が出来ない。

月夜見 真琴 >   
――随分、長く保つようになったな。

あのクスリに、"キッド"に縋らねば立ち上がれなかった少年が、
目覚ましい成長を遂げていたことに、思わず目を細めた。
それはたとえば、"精神が壊れた少年が、真人間に近づいた"というような、
成長というには醜く惨めな歩みであろうとも――だれが嗤うか。

腰を上げて、瘧のように身体を震わせだす彼の肩にそっと手を添える。

「それでいい。
 やつがれは"監視対象"。それは動かぬ事実だ。
 うたがうことはやめるな――その先の結果を手にするために。
 他の監視対象、そして明確な犯罪者たちは、
 また違った在り方を、たたずまいを、おまえに見せるだろう。
 だがおまえも間違いなく、レイチェルの薫陶を受けたものであり、
 その腕章が示す通り"風紀委員"であること――それだけは忘れるな」

いいな、と柔らかく言い含める。
彼の葛藤のなかに、その楔を打ち込んでおく。
"命令違反をするなら、風紀委員の肩書に縋りつくな"。

「――そう、あのひとはやさしいから。
 やさしい"うそつき"だ。 だからな、支えてやってくれ。
 レイチェルにはおまえの"眼"が要る。
 "ろくでなし"にも寄り添ってくれるあのひとに……そう、
 ……だからこそ、いえないんだ。この『罪』は」

言えない、とか。
無理だ、とかではない。
それを打ち明けられない理由は、彼だけに伝えた秘密だ。

「ありがとう、ジェレミア。
 そのきもちだけを、いまは受け取っておく。
 これはな、やつがれ自身が選んだ道だ。正解とすべき道だ。
 罪とわかっていて重ねた罪。甘んじて受けている罰だ。
 それをいかにも"苦しいです"などと被害者面することは許されないし、
 ほら――"キッド"に三発撃たれて生き延びた女だからな?
 
 それに、存外気楽だぞ。
 たくさん時間ももらえる。絵に向き合える。
 おもしろい同居人もできた――おまえのように。
 優秀な後輩とこうして話すこともできる。
 捨てたものじゃない。 だから――な?

 おまえはまず、おまえ自身を救いなさい。いいな。
 そのときが来るなら、そうさな、待っているよ」

――でも、ありがとう。
そう、ことばを重ねた。
まだどうにか笑えている。秘め隠した涙をあばかれても。
夢に救われるような不安定な心とて、誰かの助けにもなれよう。

するり、と煙草を奪い取り、一本その口許に運んでやる。
重たい点火音とともにライターを着火し、彼と視線をあわせた。
"キッド"をもう恐れることはない。

「――さて、キッド。最後に。
 くだらない質問をするが、おまえのなかのジェレミアは答えてくれるかな?」

キッド >  
そうだ、彼女は"監視対象"だ。
監視されるべき理由が、そこにある。
だから、"疑うのを止めてはいけない"。
分かっている、他ならぬ本人が言っている。
都合の良い事とはわかってても、肩に添えられた温もりまでは
疑おうとは、思えなかった。
……両親もそうだ。どうして、こんなに優しいのに、皆……。
早まる動悸を抑えるように、強く自身の胸を抑えた。

「……ッ……"うそ、つき"……?」

人間、嘘を吐かない人間はいない。
大小なり自分に、他人に嘘を吐く。
憧れの先輩さえ例外ではないけど、"優しい嘘つき"とは一体…。
今は、もう、そこまで思考が回らない。
じわじわと恐怖に、自責に苛まれて乱れる思考。
目を見開き、脂汗が地面に滴る。

「─────…まこ、と…せん……っ……」

もう十分だ。此れだけ貴女にも、皆もこれだけしてもらって
"救われていないはずがない"。もう自分は、救われている。
だから、それこそ貴女が救われないと。
そう言いたいけど、もう口が回らない。
震える唇に入ってくる、煙草の感触。
手癖が悪いんだな、と思ったけど、今はありがたい。
見慣れた明かりに匂いのしない白い煙が立ち上り、静かに煙を吸い上げた。
動悸が収まり、自然と視界も、意識もはっきりとしてくる。
漸くと、安定してきた。

「……悪い、手間を掛けさせたな。……それで、質問ってのは?」

月夜見 真琴 >  
「やあ、久しいな、とでも言うべきか。
 ――ずいぶんと丈夫になったものだ、ジェレミアは。
 いつか"混ざる"んじゃないかな?
 それはそれとして、見目の佳い色となりそうだが」

苦笑した。ライターの火を消して彼に手渡す。
彼が風紀委員であれば。あるいは生きて品行方正でいるならば。
いくらでも話す機会はある。ジェレミアとも、キッドとも。

「立てそうか?帰れそうか?
 まあ居てくれても構わないが――ああ。うん。
 そうさな、とてもかんたんな質問だ。
 正解とか考えずに、直感でも熟慮でも構わない。
 "キッド"と"ジェレミア"でこたえが違うなら――両方ききたくはある」

汗もいちおう拭ってやるか。
よし。気取った伊達男が完成した。
肩を軽く叩いてやって、再び筆を取り上げて。
カンバスに向かう。"まじめな話"はおわった。
彼の聞きたいことも――ひとまずは一段落に辿り着いたと思うとして。

「大切な人が在る、おまえにこそ聞きたい」

背中をむけたまま。
筆に採った色は。

月夜見 真琴 >  
 
 
「"たいせつなひと"のために――どこまで棄てられる?」
 
 
 

月夜見 真琴 >  
キッド、あるいはジェレミア・メアリー。
悲惨な生い立ち、といえる人生をたどりながら、
いま"持って"いるものは、多いとさえいえるだろう。

まずは銃のスキル。及び才能。
模範学生としての立ち位置、成績。
そして風紀委員としての肩書。信用。
さらには多くの友人知人。

――"過去"。など。

"たいせつなひと"を軸にして。
どこまで棄てられる?
どこまで、天秤にかけられる?

そういう質問だった。

キッド >  
「久しいって言う程かよ。
 ……まぁ、"色々"あったからな。元々混ざるって程、別れちゃいねぇさ」

元よりこれは少年が演じているもの。
二重人格とは少し違う。だが、彼女の言う事も間違いじゃない。
何時か、この"キッド"がおっ被り続けたものを、"ジェレミア"が背負う事が出来れば
きっと、その時こそ、今度は彼女にも手を差しのばせるかもしれない。
受け取ったライターを胸ポケットに戻し、静かに煙を吐きだした。

「お陰様でな、帰る分には問題ない」

とは言え、まだ落ち着くまでは少し時間が欲しい。
彼女の言葉に頷き、次いでくる質問に口を紡いだ。
成る程、そう言う質問か。多分、これは"彼女"の……。
"そうまでしてしまったのか"。そんな気持ちが溢れてくる。
二者択一。これはそう言う質問なんだろう。
煙草を口に離し、白い煙を吐きだした。

「……どこまで、か……」

「──────……全部」

キッド >  
 
     「……と、前なら言ってたかもしれねぇな……」
 
 

キッド >  
「アンタが望む答えとは違うだろうが……"クソくらえ"だ。
 俺は天秤にかけられたどっちもとるぜ。……棄てるのも棄てられんのも、もう充分だろ?」

「俺<キッド>も自分<ジェレミア>も、そう答えるさ」

即ち、此れは綺麗事だ。
質問の答えに成り得ない夢想。
だけど、だからこそ、それを実現したい。
青臭い少年らしい答えと言えばそうだ。
向こう見ず、無鉄砲。だとしても、だ。

「例え変えられない生き方でも、変えられる未来があるとしった。
 ……なら、"持ってる"ものは、全部未来に持ってくさ」

才能も、成績も、肩書も、知人も、"たいせつなひと"も、そして、罪も罰も。
全て持っていく。青臭い理想、実現できるか否かはわからない。
彼女を失望させるかもしれないが、敢えて言うなれば
それこそ、"それしか出来ないなんて願い下げ"だ。

月夜見 真琴 >  
 
 
囁きは――静かに。
 
 
 

キッド >  
「…………」


静かに煙を吸い込んだ。
静寂に白い煙が立ち上る。
神妙な顔つきのまま、沈黙。
やがて、ゆっくりと口を開いた……。

「…………"わからねぇ"」

少年に、答えは出てこない。

「それを強く望まれたら、今の俺は断れねぇかもな。
 それが、相手の為なら……けど、俺自身の我儘を許されるなら……」

「今とは逆の答えを言うだろうな?……先輩、人が悪い質問だな……」

「……いや、悪い。上手く言えねぇや……」

少しばかり、冷や汗を掻いた。
文句を言いながらも、曖昧な返事に謝罪し、頭を下げた。

月夜見 真琴 >  
「―――――」

筆が停まる。
眼を閉じて、僅かにうつむいて、しばし。
思索してから、息を吐いた。
それは納得の色をしていた。
そもそも、正解のない問いだ。

"おまえならどうする"、という例題なのだ。

「"わからない"でも、十二分だよ」

ささやくような、甘い声は。
いつも通りの色を帯びて。
彼に、悩ませてしまった謝意と、労いを。
ステンドグラスの鮮やかさを際立たせる灰色を、
するりとカンバスの上にのせた。

「ありがとう、ジェレミア。
 そういう時が来なければ、いいとおもっている」

けれど"選択"は、いずれ訪れるのかもしれない。

「――キャラメルラテとココアだったら。
 どっちが好みかな?」

その筆を立てて、振り向かないまま。
彼に、そんな最後の問いかけをむけた。

しばらくは、廃教会の有様を描き続けることだろう。
ひととき、少年に懺悔をしながらも。
ヒーローであるキッドには縋らぬまま。

いまより立ち向かう"問題"に、"ヒーロー"は立ち入れない。

そうした寓意を持つ、問いかけであったのかもしれない。

キッド >  
「…………そうかい」

何処となく、安堵めいて返事をした。
意図を完全に理解した訳では無い。
これは例題だ。だが、"現実で直面してしまったら"───────。
自分が今見ている夢の中でさえ、探しに来たあの光が
自ら自分を棄てろ、と言ってきたら……。


考えたくは、なかった。


「…………光奈…………」

自分を日常へと取り戻してくれた希望の光。
それを手放す事なんて、出来るだろうか。
縋る様に、廃教会に、静寂の中でさえ消え行ってしまいそうな声が
か細く、潰れて、何事も無かったかのように、吐き出した煙と共に消えていく。
どうか、どうか、僕を、棄てないで───────。
口には出さない、静かな願い。

「俺も、出来れば来てほしくはねぇよ……」

やれやれ、と肩を竦めて目深にキャップを被った。
もう充分落ち着いた。静かに立ち上がれば、ため息交じりに煙を吐きだした。

「敢えて言えば、前者かね。俺は行くけど、あんまり遅くまでいるなよ?
 ……アンタなら心配ないと思うが……」

一人残して、大丈夫だろうか。
かといって、集中している彼女の邪魔をするのもよくはない。
じゃあな、と一言残して、廃教会を後にするが……。


まぁ、心配性。暫く離れた場所で、彼女がちゃんと無事帰るまで
文字通り"遠目"で見守っていただろう……。

ご案内:「廃教会」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「廃教会」からキッドさんが去りました。