2020/10/12 のログ
羽月 柊 >  
席につき、茶を口へと運ぶ。

もふもふした鳥のような生物は、草団子を見た後に首を傾げていた。
お気に召さないというか、どうしたら良いのかなという状態であったが、
視線を外してしまった故にそう見えたのかもしれない。

と、差し出されていた方では無かったもう一匹が、テーブルにぱたぱたと降り立ち、
横からもらおうとしていたりもした。どうやら食べられるようである。

「いや、どうだろうな…直接聞いた方がとも思ったんだが…。
 聞くのにも辛い事であるのは重々も承知だが、捕まっていた時の事が聞きたくてな。」

教師もそうだが、生徒もまた夏季休暇明けであったことは確かだ。
授業やらのこともあるし、忙しいには違いない…が、
男にとっては、少し前よりは仕事量的には少ない状態でもあった。

故に、眼前の少女の方が心労いかがばかりかとも思う。
どう足掻いても自分は大人だ、一時的に視野が狭まることはあれ、
落ち着けば経験に基づいた物事の処理が出来る。
しかし、子供や、しいては生徒という、成長過渡期にあるモノたちはそうも行かない。

茶の水面に、鮮やかな男の色が映り込んだ。

「…ああ、だがこの島の医療技術だ。
 神代も重症とはいえ、退院までこぎつけたのは聞いた。
 レーザーブレードで腹を貫かれた程度じゃあ、この島では問題も無いということだ。

 山本は…相手を殺した時に"呪い"をかけられたみたいでな。
 俺は直後に逢ったから大分落ち込んでいたが…その後は逢ってないから、今は分からん。
 ……親しいモノの幻影と声が、ずっと自分をなじって来るそうだ。」

男は大丈夫とは決して言わなかった。
嘘で得る安心は、脆い砂の城でしかない故に。

日月 輝 > 「──」

捕まっていた時の事を聞きたい。羽月先生はそう言った。
言葉を呑む。目隠し裏の視線が射るようになった。
被害者に、その内容を詳らかに問う様を、あたしは快く思わない。
重々承知であるなら尚の事。だから、次には言葉が尖る筈だった。
でも、そうはならなかった。
彼の傍からテーブルに降り立った小動物が重箱の草団子に興味を示したから。

「──あら、食べられそう?はい、どうぞ」

草団子を皿に取り彼?彼女?解らないけれど、小動物の前に置いてあげる。
可愛らしい様は心を和ませて、あたしの口が危うくと滑るのを留めてくれた。

「マリーは……無事に帰って来てくれたから。あたしはそれでいいかなって思います」

言外に、羽月先生を牽制するような言葉。
可愛らしい小動物が草団子に興味を示す様を見て、口元を緩め、恰も他愛の無い話であるかのような所作。
それは多分、可愛く無い。あたしの我儘だ。

「レーザーブレード……凄いのねこの島の医療……無事なら良かった。
 でも山本さんは……」

──呪い。呪術とも。
魔術の一端であって、どういうものであるかは、知っている。

知っているなら避けられて、知らなかったなら、そうはならない。
《大変容》以降のこの世界はそれ以前と世界のルールが変わってしまっていて、
そのつもりが無いのに成立してしまうものがある。
知らずにそうなってしまうもの。
徒疎かにしてはならないもの。
お呪いはとても簡単に、簡便にあたし達の身近にある。

「幻影と幻聴。……それと、殺人。
 そうですよね。犯罪組織、違反部活との戦いなら……取り押さえて逮捕とは、いかないですよね」

あたしは山本さんに助けを求めた。
山本さんはあたしを助けて、人を殺して、呪われた。

「……山本さんに協力を頼んだのはあたしなんです」

あたしのせいだ。

羽月 柊 >  
「……別段、マルレーネが奴らにされた事を聞きたい訳じゃあない。
 そういうことは、嫌でも現場のレポートに…全部、書かれていたからな…。」

それは、彼女が何をされたかを知っているということ。
マルレーネが語らなかったことまで含めて知っているということだ。
実験の詳細なこと、性別故のセンシティブな事を含めた実験のその全てを。

だから、聞きたいのはそれではないと言い含める。

紅い宝石のような角の動物は、取り皿の上の草団子をふんふんと嗅いだ後、
あーんと小さい口を開けて齧りついた。
小さいながらに開けた口には鋭い牙がしっかりと見える。

「俺が聞きたいのは、他に被害者が居なかったかという事でな。
 彼女の失踪と同時期に、他に起きていた事件と関連性が無いかと…そう思ってな。」

そこまで言ってから、茶を一口飲む。

草団子を食べていた小竜がキュイと鳴けば、
もう一匹も男の肩から飛び立って隣に行き、一緒に食べ始めた。

「……出来ることならば、情報を絞る為にも逮捕と行きたかったんだがな。
 あの時怒りに駆られた山本を、俺は止められなかった…すまない。」

その時自分は、英治と同じことをされていた。
親しいモノ、愛したモノが、
もう聞けないと思っていた声を聞かされてしまった故に、立ち止まってしまった。

だから、彼が相手を殺すのを止められなかった。

「協力……まぁ、山本のあの様子なら、そうでなくとも……。」

落第街で逢った英治は、酷く焦っていた。
ヨキから聞いた分に、彼にとって掛け替えのない友人だ、と。
ならば、居なくなったと分かった時点で、彼独自でも探すだろう。

日月 輝 > おめでたい話。
親友が無事に戻って来たから喜んで、尽力してくれた人のその後に注意を払っていなかった。
忸怩たるなんとやらを思う目線の先では、二匹の小動物が可愛らしく草団子を頬張っている。

「……他の?それは……どうなんでしょう。あたし達が転移荒野でマリーを見つけた時は、
 そう大きくない車に男達が居て、マリーの他には誰も居なくて」

羽月先生はあくまで落ち着いている。逸る事無く一定の語調で、授業でもするかのように言葉を連ねる。
今はそうした声が感情を落ち着かせてくれもするから、彼の問いに一先ずの解答を返した。
少なくとも、同じタイミングで運ばれた誰かは居なかった、と。

「いえ、異能犯罪者を止めるのは生半のことではないと……思いますし。
 山本さんがどういう異能を持っている方なのか、その実あたしは知らないけれど、
 風紀委員に所属しているのなら、つまりはそういう異能でしょうから」

羽月先生が止められないのも無理はない。と首を振う。濃緑の髪が緩やかに揺れる。

「……羽月先生は優しいんですね」

"そうでなくとも"との言葉に少し、唇が尖る。不満?安心?
それは解らず、けれども慮ってくれたことは判る。
それからと言葉を誤魔化すように筑前煮をお皿に取って口にする。
ちょっとしょっぱいかもしれなかった。

「そういえば、この子たちの御名前、なんて言うんですか?
 見た事の無い生き物ですけどペットです?」

濃い味付けが二匹の小動物に合うかは解らないけれど、
試しにどうかと小皿に取り分け、向けてみる。
鋭い牙が見えるから、とりあえず鶏肉あたり。

羽月 柊 >  
「そうでなくとも、彼は聡い。
 若さ故に後先が少々見えなくなる事もあるがな。

 君が協力を願う願わないに関わらず、事を知ったら個人ででも動いていただろうとも。
 逆を言えば、俺たちが辛勝となった相手に、彼が独りで挑む可能性もあったからな。」

三人がかりでさえ、徹底的に対処をされた上で、
神代が自分を犠牲に、英治が異能の進化と、
己も不随意の異能が英治につられた形で上手いこと働いた。
そうでなければ三人ですら危うかったのだ、
そう考えれば、山本が独りで戦っていた時の結果は……悪い想像しか出来ない。

鶏肉が皿に盛られると、蒼い角の方が反応して、鳴きながら食べている。
どうやら人間の味付けも全く問題無いような様子であった。

「マルレーネの事件の少し前に、とある生徒が失踪・死体発見という流れがあってな。
 俺は元々、そちらを調べて居た所に、山本と逢って互いに協力する運びになったんだ。

 …その車に居た男たちは、捕まったのか?」

彼女が助かって全て万々歳とは、どうにもこの男は行かなかった。
草団子をゆっくりとした動作で口へ運ぶ。

情報を欲してはいる。
しかし、焦って問いただすことはしない。
静かに、冷静に、落ち着いて……、
そうでなければ、『取りこぼす』可能性が、あるのだから。

「ん…あぁ、この子らは"竜"でな。ペットではなく俺の相棒たちだ。
 戦う時に協力してくれたりしている…。

 蒼い角の方がセイルで、紅い角の方がフェリアだ。」

名前を呼ばれて二匹は顔を上げ、キューイキューイとそれぞれ鳴いた。
彼らは双子でな、とも。

日月 輝 > 「……そうですか……なら、ええと、そう思うことにします」

可能性の話。ifの話。余り好きではないことで、
羽月先生が仰ることは、明るいものではない。
でも、あたしが山本さんに助けを求めたから、そうはならなかったと、
そう言っているように聞こえて唇が緩んで、頷く。

そうしてる合間にも可愛らしい鳴き声はして、観ると鶏肉を甚く気に入ってくれたみたい。
緩んだ唇が笑みもする。

「マリーの前にそんな事が……失踪後に発見。……似ていますね」

あたし達がもう少し遅ければマリーも"とある生徒"のようになったのかもしれない。
そんなifを振り切るように頭を振う。

「はい、全員あたしと同行していた──神名火さんという方ととっちめて風紀の方に。
 その後どうなったかまでは……ちょっと解りませんけれど。
 それこそ山本さんなら御存じかも。でも聞ける状況かしら……」

マリーを運んでいた連中は生きたまま風紀委員に引き渡されている。
その後どうなったかは風紀の機密になろうもので、生憎と知り得ない。
知己があれば聞けるかもしれないけれど、生憎と頼りの人は心身を咎めている。

可愛らしく鳴く二匹を視ると、アニマルセラピーを勧めてみようかとも思った。

「えっ、竜なんですか?相棒って事は雛とか子供とかでもないってことで……
 戦えるんだ……やっぱりこう、炎とか吐く感じですか?」

羽月先生の紹介に与り、自己紹介をするように鳴く様は知性を感じさせるもので殊更に驚いて、
つい訊ねる声にも熱が入る。

羽月 柊 >  
「そうか、その子と風紀に…。俺は風紀委員には知り合いもそこそこ居る。
 誰かしらに、聞ければ良いんだがな…。」

英治からの縁と、自分自身の縁。
風紀委員にはそうした男の知り合いが多く存在していた。
おそらくは誰かしらに聞けば、分かることだろうとは思うのだ。

──その中で、"幌川最中"、ただ一人を除いて…。

多くは信頼を置ける仲であると、言える。

男は常に、最悪を想定して動いていた。
一度、悪夢のような絶望を体験してしまった故に、身についた癖のようなモノ。
それは、今このように他者と関わることになったとしても、変われなかった。

小竜たちは食べながら、尻尾をテーブルの上で振っている。
そりゃもうもふもふパワーがすごかった。すごい。

「あぁ、彼らは成体だ。セイルの方は氷を、フェリアは炎を扱える。
 個体ではそういったブレスを吐くんだが、
 俺の方で魔力を借りて、そうした属性の魔術を行使したりもするな。」

難しい話をしていたとして、こうして彼ら小竜に興味を示す様は、
やはり子供であると再認識する。

故に思うのだ、自分たち大人が、彼女彼らに、何が出来るのだろうと。
優しいと言われるならば、こうした振舞いが正解なのかもしれないが……。

己が歩んだ、独りであった苦悩や哀しみ、苦しみという道を、
知りこそすれ、経験して欲しいとは、思わない。

日月 輝 > 「あたしの方でも聞く機会があったら聞いてみますね。
 その……被害者なんて少ない方がいいですから」

自分で言うのもなんだけれど、あたしはそこまで善人じゃない。
喧嘩を吹っかけて来た奴、因縁を付けて来る奴は容赦なく"被害者"にする側よ。
でも、何もしていない善良な誰かをどうこうするのは、悖ると思うもの。
だから今こうしている間にも誰かが犠牲になっている──とは考えたく無い。
あたしはそうした想定が嫌いだから。そう思ったら、そうなってしまう気がして嫌だから。

「へーえ、双子で氷と炎を……魔術の媒介にもなるだなんて初耳だわ。
 小さくても凄いのね、貴方達。山椒は小粒でもぴりりと辛い。とは良く言ったもの」

そうした"もしも"を掃ってくれるかのように卓上で踊る尾が賑やかしい。

「……ね、羽月先生。この子達あたしが触っても大丈夫かしら」

動物は場を和ませてくれるって誰かが言っていた気がする。
それはきっと真実なのでしょう。特に、何処となく道行きの暗い話をした時こそ。
暗闇にあってお日様のようにお月様のように、照らし輝くのは今ばかりはこの子達のように思えて、
あたしは羽月先生に問いながらも二匹の小竜に手を差し伸べる。

叶うなら一時、未知との遭遇に心を砕いて穏やかにあれたかもしれない。

羽月 柊 >  
「…すまないな、助かる。
 俺も暇になった時に、動けるだけ動くがな。」

そうして、縁というのは繋がっていく。
独りでは成し得ないことが、多くの友人や知人が居て、成せることがある。
一度絶望を味わったとて、本当にヒトに恵まれたと、思うのだ。
これまでの友人たちも、目の前の日月輝という少女にも。

だからこそ、この最悪の想定のシナリオを、
想像通りの役割(ロール)で、終わりたくは無い。


「ん、…あぁ、乱暴にしなければ問題は無い。
 尾や背を撫でてやってくれ。」

触っても良いかと聞かれれば、
フェリアの方が撫でやすいようにと、長い尻尾を輝の方にふわりと寄せるだろう。

動物というのは、食べている時には気が立つモノもいる。
それは躾のされていない犬だったり、
野生の姿そのままの肉食獣であったり…しかし、彼らはそうではない。

彼らは竜。そして、男の手により人間の成人と変わらぬ知能をもたらされたモノたち。
自分たちの立場も可愛らしさも、よく理解していた。


時間は待ってはくれない。
ただそれでも、今この時は、小動物を愛でて時が過ぎるのも良いのだろう。

ご案内:「宗教施設群:修道院」から日月 輝さんが去りました。
ご案内:「宗教施設群:修道院」から羽月 柊さんが去りました。