2020/11/19 のログ
サヤ > 「あらあら……それは大変…あ、ちょっと、はしたないですよ。」
シャツの裾を引っ張って露出を阻止、ちゃんとした服を着て欲しいがこの調子ではそうも言えない。

「重い……あ、えっと……まぁ…!」
体調が悪くて血の臭いがする重い日。あれしかない。
「え、ええっと、その、迦具楽さん、あ、あの、まさか、お月様の日ですか?」
驚きながらも迂遠な表現で、迦具楽の体は全身が黒い液状のもので出来ていたはずだが、今は違うのだろうか。

「ええっと……すみません、そんなに人間の体になっているなんて知らなくて……。今、湯たんぽ作ってきますね…!」
それを質問するのは後にして、すり足の応用でほとんど足音を立てずに台所へ走る。
耐熱のビンにお湯と水を入れて直接触るには熱いぐらいの温度へ、それを脱衣所のタオルで幾重にも包めば即席の湯たんぽが出来上がる。
きちんとしたものがあればもっと良いのだが、普段使わないものの在り処までは把握していなかった。
「これお腹の下の…ええと…今痛いところに当ててください、少しはマシになるはずです。」
湯たんぽと一緒にひざ掛けも持ってきて、迦具楽が湯たんぽを当てればその上から掛けてやるだろう。

迦具楽 >  
 されるがまま裾を直されて、なんとか迦具楽の色気のない下着の露出は避けられるのだった。
 しかし、調子が悪そうな様子に変わりはない。

「なによぅ、そんなに驚かなくてもいいじゃない。
 私だって女の子だもん。
 昔ならともかく、今はほとんど人間の身体だもん」

 今も当時と本体は変わりがないが、外見だけの模倣でなく、今は内部構造から生理活動まで模倣されている。
 しかも迦具楽の意思で自由にできるわけではないため、こうした生理現象には抗い様がないのだ。
 エネルギー摂取の関係から排泄物はほとんど存在しないが、老廃物は排出されるし、当然、血も流れた。

 キッチンに掛けてゆく彼女を見送りつつ、うげぇ、と呻いた。
 即席の湯たんぽを持ってきてくれれば、ありがたく抱きかかえる。
 熱を感じて、いくらか気がまぎれるようだった。

「えぅ、ありがと。
 ありがとうついでに、そこから薬取ってくれる?
 青いシートのやつー」

 指さしたのは、壁際にある小さな棚の薬箱。
 そこにはいくつもの使いかけの薬が詰め込まれており、普段から利用してる事が分かるだろう。
 青いシートの大粒の錠剤もそこに入っていた。
 一緒に折りたたんで詰め込まれた薬の説明書きを見れば、使いかけのほとんどが生理周期を調整するための薬だと書いてある。
 他は鎮痛剤が何種類か、と言ったところだ。
 

サヤ > 「今は斬られたら死ぬってそういうことだったんですね……失礼しました。」
この間の石蒜との会話で気になっていた言葉、まさか『なんで死ぬんですか?』なんて聞くわけにもいかず、そのままにしていた。

「はい、お薬ですね、水も持ってきますので少々お待ちを。」
薬箱を開けると青いシート……青く塗られた板に固めた薬が入っている。薬包よりよほど飲みやすいからそれは良いのだが一回の処方量がわからない。
振り向いて聞こうかと一瞬迷うが、倦怠感と鈍痛に呻く姿に声をかけるわけにもいかず、失礼とは思いつつも薬の説明書きを読む。
処方量と一緒に分かりやすく薬効まで書いてくれており、知らなくていいことも知ってしまったような罪悪感。
それを振り払うように頭を振ると、一回分をシートから取り出してキッチンへ急ぐ、コップでお湯と水を混ぜてぬるま湯を作って素早く、だが水面に波紋一つ起こさぬ足運びで滑るようにやってくる。
「はい、お薬です。こちらぬるま湯ですから、ゆっくり飲んでくださいね。」

渡すと、ソファの近くに正座して、いつでも言いつけられるように待機する。心配なのは相変わらずだが、これは女性につきものの周期的なもの、異常な事態ではないとわかって、小さく息を吐く。

迦具楽 >  
「ん、ありがと」

 やっとこ少し身体を起こして、貰ったぬるま湯で薬を飲む。
 飲んですぐ楽になる、ということはないが、しばらくすれば畑の世話をするくらいは出来るようになるはずだった。
 とはいえ、今がしんどい事に変わりはない。

「はぁ――人間って大変よね」

 こうして身に染みて見るとよくわかる。
 人間の身体は器用だけれど脆弱で、大変な事ばかりだ。
 しみじみと口にしながら、空になったコップを彼女に渡す――。

「――サヤ、いい匂い」

 ふわりと漂う、美味しそうな匂い。
 けれどそれはすっかり、食欲をそそる匂いではなく、安心感を誘う匂いになっていた。
 コップを受け取ろうとする彼女の手を取って、その体を引き寄せてソファの上に引っ張り上げる。
 そのまましっかりと抱き寄せて、彼女の頭を胸に抱きしめながら、黒髪に鼻を近づけた。
 コトリ、とコップが絨毯の上に落ちた。

「んふ、サヤの匂い、好きだなあ」

 すぅ、と息を吸い込んで、抱きしめた彼女の匂いを味わう。
 彼女の身体を自分の上に重なる様に引っ張り上げて、彼女の下になりながらその重みと体温を感じた。
 即席湯たんぽもここちよかったが、それよりもよほど、彼女の体温の方が心地よかった。
 

サヤ > 「どういたしまして。ええ、人間の体は、いいえ、心も、弱くて脆くて、そのくせ複雑で自分でも扱いきれなくて、嫌になる時があります。
でもやっぱり、他に持ち合わせていないから、それでやっていくしかないんだと思います。あの、不謹慎かもしれませんけど、私、迦具楽さんが人間に近づいてくれて嬉しいです。」
望んでそうなったのか、それとも望まずともなってしまったのかはわからない。だが確実なのは彼女がこちらに、人間側に歩み寄ってくれたことだ。
4年前の彼女は人間離れしていた、肉体的にも精神的にも、そして何か、不安定な状態だったことが今ならわかる。
だが今はその兆候は見られない。肉体的には成長がほとんどないが、彼女は確実に人間になってきている。

「畑仕事なら私も出来ますから、今日は私がやりますよ。だから迦具楽さんはしばらくやすん――」
コップを受け取ろうと伸ばした手がそのまま引っぱられる。
「あ…。」
抗おうという気は起きなかった。まるで待ち望んでいたかのように、引かれるままに迦具楽の上にかぶさる。

「…………私も、好きですよ…。」
胸元に顔を埋めたまま、迦具楽の頬を撫でる。優しく、慰めるように。そして長く美しい黒髪に指を通していく。
引っかかることなくサラサラと髪が指の間を通り抜ける。

「好きです……迦具楽さん………。」
そのまま背中とソファの間まで手を回して、こちらからも抱きしめる。
内臓も模倣しているのならば、心臓の鼓動も聞こえるだろうか。

迦具楽 >  
 迦具楽は確かに、人間へと近づいた。
 そこに何者かの意図は介在したが、今の迦具楽にとって、それは悪い事ではなかった。
 もちろん、最初は戸惑う事も多かったが、それもこの数年で慣れつつある。
 体細胞や遺伝子構造まで模倣している今の迦具楽は、完全ではないがほぼ人間と変わらない。
 こうして月経が訪れている事からもわかる通り、その気になれば人間と子を成す事も出来るだろう。

「んふふ、くすぐったいよサヤ。
 でも、ふふ、気持ちいかも」

 髪を梳く彼女の指。
 その感触に気がまぎれるようで。

「うん、知ってるよ」

 トン、トン、トン、と人間よりやや駆け足な心音は、確かに耳に聞こえるだろう。
 自分を慕っている娘をこうして抱きしめているなんて、不思議な気持ちだった。
 けれど、抱き合っているだけで不思議と、怠さも痛みも和らいでいくようだ。

「はぁ――ね、しばらくこのままでいてもいい?
 もうちょっと、サヤに甘えてたいなぁ、なんて」

 彼女の頭に頬を摺り寄せて、『サヤ』という存在をしっかり感じ取る。
 恋人という関係はまだわからないが、この『友人以上』の関係は悪くない。
 ほんの少し気になる事があるとすれば、恋人を望む彼女は、この関係に不満がないかどうか、だが。
 

サヤ > サヤは両性具有である、生まれつきではなく、邪仙鳴鳴によって体を弄ばれた結果であり、いかなる技かどちらも正常に機能していると医師の診断がくだされている。
つまり人に子を作らせることも出来た。

「おかえしです、急に抱き寄せたりして……。いいですよ、でも……。」
体を少しだけ浮かせて、顔の位置を合わせる。至近距離で赤と鳶色の目が見つめ合う。

「ちゃんと見てくれなきゃ、嫌です。」
そうしてから、横に並ぶように抱きつく。
瞬きもせず見つめる瞳は潤んでいて、これ以上の何かを待ち望んでいるのだが……。

「迦具楽さんは……甘えるだけで、いいんですか…?」

迦具楽 >  
 彼女の瞳がしっかりと迦具楽を見つめる。
 その瞳が何を望んでいるのか、わからないわけではない。
 ただ、迦具楽自身にそういう欲求がないだけで。

「んー、私はこうしてるのが気持ちいいし、和むし。
 おかげで少し気分もよくなったしね」

 でも、と目と鼻の先にある彼女の額に、自分の額を触れさせて。

「サヤは、嫌?」

 そう、静かにたずね返した。
 

サヤ > こちらの望みを分かっている、だがそれ以上を相手は望んでいない。
「そういう聞き方、ずるいです……。私は、嫌です、もっと、私を……求めて欲しい…。
迦具楽さんなら、何されたって私、構わないのに……。」

恨み言のような言葉を呟くと、痛くないように苦しくないように、だがそれでも抱きしめる力を強めて。
「ごめんなさい、体調が悪いのに……。私、わがままな女です、あなたとこうして居られるだけで幸せなのに、それ以上を求めている…。」

迦具楽 >  
「ごめんね、ずるいかもしれないけど。
 私はこれだけで十分すぎるんだ。
 こうして、安心できる場所があるだけで、すごく嬉しい」

 されるがまま、抱きしめられて。
 彼女の頭の後ろへと手を回し、髪を撫でてから、その頬に手を添える。

「サヤに求めてもらえるのは、嬉しいよ?
 私がここに居る意味が、生きてる意味があるって、安心できるから。
 けど、ごめんね、今は、ね?」

 そのまま指先を滑らせて、彼女の唇を人差し指で抑える。
 微笑みながら、拒んでいるわけではないと、言葉の外で伝えて。

「どうしても辛かったら、教えてくれる?
 サヤが私を助けてくれるみたいに、私もサヤのためになりたいって思ってるんだよ。
 サヤのおかげで私は、少しだけ悩みとか葛藤とか、そういうの気にしないでいられるんだもん」

 彼女がこうして、再び現れてくれなかったら。
 迦具楽は心を休める場所を見つけられず、もっと苦しんでいたに違いない。
 だからこそ、彼女の想いには真摯に答えたいと思うし、彼女のためになりたいとも思っている。

「だからさ、サヤがどうしても、って時ははっきり言ってね。
 じゃないと、私さ、よくわかんないからさ」

 そう、困ったように笑った。
 

サヤ > 「ずるいです……迦具楽さんはそうやって、私のこと……いっぱいいっぱい、揺さぶるのに……。」
人差し指が口元をなぞれば、それ以上は言えなくなってしまう。こんな振る舞いをするのがずるい。

耐えて、耐えて、我慢しているのに、何もない風で。
煽るだけ煽りたてて、最後の一線だけは絶対に超える素振りすら見せないのがずるい。
このままじゃ、自分から言い出すしかないじゃないか。

「………知りませんよ、その時になったら……。私、きっと迦具楽さんが思ってるよりずっと我慢してます……。
その箍が外れたら……どうなるか、私にもわかりませんからね……。」
精一杯出来るのは負け犬の遠吠えみたいに恐怖を煽り立ててやるぐらいのこと。

「でも今辛いのは迦具楽さんだから、許してあげます。今、きっと、お月様の日だからだけじゃなくて、色々抱えてらっしゃるんでしょう。
だから、頼ってください。迦具楽さんが頼ってくれるのはとっても嬉しいんです。4年前のあの日、落第街の路地裏で苦しむ貴方になにもしてあげられなかった。
今は違う、それが嬉しいんです。今日は休んでください、畑仕事は私がやっておきますから。」
4年前、あの頃は振り回されるばかりで何も出来なかった。彼女の遊び相手にはなれても、頼る相手にはなれなかった。
今は違う、辛いときに助けられて、こうして甘えてくれる。だから、今はこれでいい。今はまだ。

迦具楽 >  
 ずるい、そう言われても迦具楽は申し訳なさそうな顔で笑うしかない。
 こうしているだけで満たされてしまっているから、それ以上を望む欲求がないから。
 だから、多少気を遣う事は出来ても、彼女がどれだけ我慢してるのか、想像するのも難しい。

「あ、あはは。
 それはちょっと怖いなぁ。
 ちょっとずつ、小出しにしたりとかできない?」

 そういうものじゃないのだが、このあたり、根本的に理解出来ていないのである。

「サヤのそう言う優しいところ、昔から好きなんだよ。
 いつの間にか、ちゃんと頼れるようにもなってて、サヤはすごいな。
 うん、じゃあ、今日はサヤにしっかり甘えちゃおうかな」

 少なくとも今は、一人で頑張る必要はないのだ。
 頼れるところは、甘えられるところは、しっかりと彼女に助けてもらおう。
 そのうち、その分のツケを払わないかもしれないけれど、その時はその時だ、と。
 

サヤ > 「無理です……。全部吐き出すか、決壊するまで溜め込むかです。私が奥手なのもですけど、迦具楽さんが溜め込ませてるんですからね。覚悟しておいてください。」
引きつった笑いが浮かべば、してやったりとでも言うようににんまり笑う。
そうだ、女に辛くなったら教えろなんて言う輩は後悔させてやるんだ。
心なしか、迦具楽はサヤの重みが増えたように感じるかもしない。

「迦具楽さんは、私が一人で逃げてる間もずっと頑張ってらしたんですよね、きっと。だから、私と一緒にいる時ぐらいは、安らいでください。」
労うように頭を撫でる。艶のある黒髪は手触りも心地よく、迦具楽の体温も相まっていつまでも撫でていられる。

「だから、今はお休みなさい。お家のことはお任せください、大丈夫ですから、大丈夫……。」
そのまま迦具楽が再び眠りにつくまで抱き合ったまま撫で続けているだろう。

迦具楽 >  
「それは、その、ごめんね?」

 なんだか、重圧を感じる気がした。
 確かに興味も欲求もないが――発散できるように、自分から働きかけてあげるべきなのだろうか。
 据え膳喰わぬは云々、という言葉もあるし、などと頭の片隅に置いて。

「ふふ、好きな事、してただけだよ。
 好きな事、だったんだけどな――」

 少しだけ声が沈むけれど、薬も効いてきたのか痛みが和らげば眠気もやってくる。
 ただでさえ彼女の体温が心地よいから、その微睡の誘惑はとても抗いがたい。

「うん――じゃあ、おね、がい――」

 うとうと、と瞼が重たくなって。
 同居人の優しさに甘えながら、見た目通りの、まだ幼さの残る寝顔を見せるだろう。
 こうして迦具楽は、穏やかで幸せな時間を目一杯に享受するのだった。
 

ご案内:「宗教施設群 迦具楽の家」から迦具楽さんが去りました。
ご案内:「宗教施設群 迦具楽の家」からサヤさんが去りました。