2022/02/07 のログ
ご案内:「常世島共同墓地」にノアさんが現れました。
■ノア >
バイクを敷地の隅に停めて。仏花を片手に共有倉庫で木桶や柄杓なんかを漁る。
年越しの際に新調されたのか、常世共同墓地と小さく油性ペンで書かれた雑巾は随分きれいな物に変わっていた。
──持ってきたのより綺麗だな……借りていくか。
「二ヶ月ぶりくらいだっけな」
木桶に水を汲みながら以前訪れた日を思い返す。
前に来たのはクリスマスを過ぎたあたり。じきに春になるってのに寒さは相変わらずだ。
「よっと……」
軽い木桶も水を目一杯まで汲めばそこそこの重量がある。
……前より重く感じるのはここんところおっさんから借りた人工筋肉スーツとかいうのに頼りすぎてるせいか?
「今だとちょうど学園の方じゃ試験期間か。
忙しないもんだな……」
■ノア >
「こんな事してる場合じゃないんだけどな……」
抱えた仕事のリミットは確実に迫ってきていた。
ただまぁ、デカい組織に属してないからしょうがないんだが、
使ったもんは減る。弾薬類なんかの補充だって即日で済むもんでもない。
居ても立っても居られないって程では無いにせよ、焦る気持ちがある。
それでも装備も無いまま死地に出向くほど死にたい気分でも無い。
命ってのは一個しかねぇんだし。投げ捨てるのを惜しむくらいには未練がある。
試験期間なんてのはダチの晴れ舞台だし、落ち着いたら冷やかしに行っても良いかもしれない。
紅龍のおっさんが無茶する日が来るなら、手助けくらいはしても罰は当たらないだろう。
■ノア >
目的地に着いて桶を地面に降ろす。以前来たのとは違う墓石。
敷地の隅に鎮座している御影石と花台なんかがあるだけのソレには墓碑銘すらない。
所謂無縁仏なんかが一緒くたにされている、落第街の連中御用達の代物だ。
「すまない」
自分の手折った命に謝罪するのも、これで19回目。
今まではその場その場で告げて来たけど、さすがに追い回してきた連中全員に呑気に言ってる暇も無かったから、まとめてになっちまったけど。
気休め程度に口にしたはずだったんだが、こうして言葉にしないと自分のした事の重さが薄れていきそうで。
迷い込んだだけの学生も、歓楽街の娼婦も、馴染みのバーカウンターで見かけた奴もいた。
「……すまない」
そうするしかなかった、なんてのは撃った側の人間の理屈でしかないよなぁ。
ご案内:「常世島共同墓地」に清水千里さんが現れました。
■清水千里 >
遠くで車を止める音が聞こえた。
その女性は足音を立てながら、少年が死者を慰めるのと同じ、
無名碑の近くに立ち、持ってきたプリムローズの花を献花台に捧げた。
「……」
墓の前に立つ彼女の視線は、少年には向けられない。
あるいは墓ですらなく、自分自身に捧げられているかのようで、
彼女は静かに瞼を閉じた。
■ノア >
コツリコツリ、と足音が聴こえた。
手を合わして目を伏せたままだったが、近寄る人の気配に薄く目を開く。
こちらに目を向けるでもなく、ただ無名碑に注ぐ少女の姿を見やり。
「……珍しいな、こんなところに花備えに来る奴がいるなんて」
声をかけたのは気まぐれだった。お互い我関せずでも良かったのかもしれないが。
教師の類というには幾らか年若く、それでも生徒と呼ぶには達観したような女性の姿が、
少し気にかかったというのはあった。
■清水千里 >
「そうかもしれないね」
清水もまた、偶然か、気紛れか、それとも反射的にか、青年に返事していた。
潮を含んだ海風が彼女の頬を撫で、髪を揺らし、その素顔を明らかにする。
彼女がいつも人に向ける、底なしの善意を湛えた微笑はそこにはなく、
そのまなざしはひどく冷徹で、畏しい刺戟が声帯を震わせていた。
「君は?」
■ノア >
「汚い花畑で踏み荒らした花に、ちょっとね」
これで伝わるなら、落第街の事情ってのも知ってる奴なんだろう。
海風が晒した女の顔は端正な顔立ちをしていたが、少しばかり目元が険しくもあった。
……ダチでも死んだかね。
怒りのような荒々しさではなく、冷たい針のような通る声にそんな無粋な事を思って。
■清水千里 >
「そうか」
と、彼女はいった。
「彼らの死は偶然だ。多くのものにとっては、ある日何も知らぬまま、突然自分の手の届かないところで人生が終わった。
それも無意味にな」
清水は、わざと青年の神経を苛立たせ、逆撫でするかのようにしゃべる。
「それどころか何人もが死者を救うために命を投げ出した。皆死んだ。
――いや、死んだと言っていいのかな、あれは。
どちらにせよ、愚かな連中だということに変わりはないが」