2022/02/08 のログ
ノア >  
「偶然、な。たまたまそこに居た。そんでたまたま逃げ損ねた。
 無意味かどうかは俺には分かりかねるが」

あんな街、事件が無くとも人死になんざ絶えない訳だしな。いつも通り事件が起きただけだ。
ただ、意思を残したままに意味も分からず湧き上がる虚構の闘争心に駆り立てられて襲い合い、
そうして死んでいった連中を虚しくは思う。

「あんだけ分厚い誓約書にサインしてんだし自己責任だと思うがね」

試すような口ぶり、激情に駆られても碌な目に合わないってのは身に染みているが、
少しばかり気に触れる言葉ではあった。だからこそ、わざと突き放すような言葉を返す。
腸煮えくりかえった所で、向ける相手がここにいねぇんじゃな。

清水千里 >  
「ふっ」

 と、彼女は、青年の声に潜めた怒りを感じて、微かに笑った。

「その人間の本性を理解する方法は二つだ。怒らせるか、笑わせるか。   
 君はその点、理性的らしい。ここで声を荒げない程度にはね」

「だが愚かだと思っているのは本当のことさ。人の死が無意味だというのもな。
 死者に用はない。死者は何も語らないし、誰のことも責めない。
 そんなものがあると主張するなら、それらは全て気の迷いであり錯覚だ。
 ――私がここに来たのは、ただ生き残った者たちのため、自分自身に区切りをつけるためにすぎん。
 部下を死地に向かわせた責任を取るためにね」

ノア >  
「感情的になって死んでく馬鹿を何度も見てきたもんでな。
 見た目の割には随分人を食ったような事言うな、あんた」

年頃の子供の笑顔ってのは見てるだけで癒されるもんだと思っていたが、なかなかどうして可愛くない笑い方だ。
違反部活の研究者連中の奴らに似ている。ったく嫌なカマのかけ方をしてくるお嬢さんもいたもんだ。

「人はいつか死ぬもんさ。そういうようにできてる。
 その気の迷いと錯覚に生かされもするし後追って死ぬ奴もいる。
 人間なんてそんなもんなんだよ」

死者は語らないってのは、まぁ俺にとっては頷きかねる所ではあるが。

「生き残った奴のため、ね。
 部下を死地に向かわせたってぇと委員会の連中の上役か」

組織ってのは難儀なもんだな、と小さく笑う。

「……名乗ってなかったな。俺はノア。歓楽街でフリーの探偵業をやってる」

清水千里 >  
「清水千里」とだけ、少女は言う。「ご承知の通り、図書委員だよ」
 情報通なら彼女の素性に詳しくても驚きではない。

「すまないね。普段はこんなこと言わないんだが、
 一人の人間の死に冷静でいられるほど、私も安心立命というわけじゃない」

「ノア、不躾だが、君に一つ聞きたい。
 人間は確かにいつか死ぬ。生と死の狭間は薄く、私だっていつ死んでもおかしくはない。
 では君はなぜ生きる? いつか死ぬ有限の存在と定められた君や私が生きるのはなぜだ?」
 
 

ノア >  
「あぁ、あんたが……」

情報ってのはいくつか種類がある。
文面でのみ知る事の出来る物と、視覚情報を伴う物と。
清水千里という女についての情報は前者のみ、手元にあった。
情報と顔が結びつく。そうなってくると感じた印象にも納得が行くものがあった。

「人の生き死にに感情を揺らしていられる内は人間らしくて良いと思うが」

「なぜ生きる……ね。
 ついぞ最近までは明確にあったんだが、今となっちゃ俺も理由を探してる途中みたいなもんでな。
 ただ、終わりがあるからこそその中身を詰めていきたいって思えるんじゃねぇか?
 あと、アドバイスでも何でもねぇけど成し遂げると終わるもんを理由にするのはオススメしないぞ」

例えば復讐とか、な。

清水千里 >  
「探している、ね」

 それを聞いて清水はにやりと笑んだ。

「確かにそれも答えの一つだ。なにせ死んでしまえばなぜ生きていたのか分からなくなるからな。
 実際、それで十分なんだろう。私とて、そのたぐいの謎には心惹かれずにはいられないよ。
 謎が解ければそれに越したことはないが――たとえ解けなかったとしても、謎解きに挑戦するだけで充分だからな」

「それと、安心してくれ。私の仕事は終わりのないものだ。
 我ながら欲が深くてね、目の前で苦しんでいる人間を見つけると、そいつをどうやっても救いたいのさ」

 と、清水はノアの方をちらと見た。

「特にこういうところに来るような感受性の高い稀な人間にはな。
 大方、閉鎖地域で知り合いでも殺したんだろう」

ノア >  
「答えの無い問題ってのは、どうしてそうも気になるもんなのかね。
 死ぬまで生きるしかねぇんだし、一生探し続けるしかねぇと思うんだが」

生きる理由なんてコロコロ変わるもんだしな。
家族の為に、なんてのが両親を喪って残った妹の為だけに生きて。
その後長らく復讐なんかにかまけてきたせいで、自分探しの真っただ中だ。

「信心深いつもりはねぇけど、自分で殺した奴に無感動でいられるようにはなりたくはねぇしな。
 ――救うってのはまた随分大きく出たな」

空いた穴を塞ぐ事の難しさというのを、恐らく知らないというでも無いだろう。

清水千里 >  
「ノア、君は間違っているよ。君は彼らを殺したわけじゃない。
 あえて言うなら、死者の魂を安らかに葬っただけだ
 といっても、君は私の意見に同意しないだろうがね。」

 苦しむ人間を救うことの難しさは、よくわかっている。
 時に苦しむ人間は、苦しみから逃れることより自分の苦しみの在り方そのものを大切にして、
 自分の望む救われ方でないような救いの手を拒絶するからだ。

「それでも私がこれを言うのは、君が自分自身を追い込んでいるように思えるからだよ。
 誰かを傷付けたことを悔やむのなら、まず生きている自分を傷付けないようにするべきだ。
 本当に自分のしたことに責任を感じているのなら、そんな背負いきれない大きすぎる咎を負うよりもむしろ、
 君が自分のやったことを正しいことだったと認める方が、よほど彼らに対する供養になると思うんだがね」

ノア >  
「ま、分かってんならその通りで。
 助けてって言ってる奴のドタマぶち抜くのをそんな小綺麗に飾れる程、俺は詩人じゃない」

二次被害を防ぐため。自己の生存のために。
御託を並べようと事実は変わらない。
俺なりに正しいと思って、情を持って手にかけてるわけだしな。

「自分自身を……?」

真に受けるつもりは無かったが、少し面食らった。
自覚は無い。ただ、俺が喪った物が戻らないならせめて誰かが同じ道を辿る前にと、
どこか気が早っているのはあるかもしれない。

「後悔は無いさ。悔やむようなら引き金なんざ引かないさ。
 正しいと判断して殺したのは違いねぇけど、
 そいつを美談にしちまうとその内正しいと思うように銃なんざ撃てなくなるってもんだろ」

……まぁ人を撃ってから数か月そこらの奴が正しいもクソも判断するもんじゃないのかもしれないけどな。

清水千里 >  
「人は」と清水は言った。

「理不尽の原因を探し求める。そしてある時気づいてしまうのだよ。
 すなわち、自分が残酷な運命の犠牲者であるだけでなく、その残酷な運命のいちばん残酷な手先のひとりでもあることを」

「理不尽を憎めども、しかし決して理不尽によって生じた結果は覆ることはないと、私たちは知っている。
 では理不尽を憎んだ先には、代わりに何があるのか? それは、自分自身への際限のない問いかけと否定だ。
 なぜなら、自分自身がその残酷極まりない邪悪と区別できなければ、邪悪を滅ぼすのと同じだけの力で、
 自分自身を滅ぼしてしまわなければならなくなるからだ」

 清水は諭すように言葉をつなげた。そこにはいつもの彼女らしさをたたえた微笑があった。

「美談にしろだなんて言わないさ。だが、君自身が君を傷付けることを私は見逃せない。
 だから一人で苦しむな。苦しむなら私も混ぜろ」

 清水は自分がノアに話しかけたのは、偶然でも、気紛れでも、反射的にそうしたわけでもなく、
 ただ墓前にいる彼の顔が苦しみのために歪んでいて、それを救いたかったからなのだと、いまはっきりと自覚した。

ノア >  
「……犠牲者じゃなくて加害者の側、ってか」

思い当たる事は"ある"。
俺が事件を追わなければ妹が巻き込まれて死ぬような事は無かった。
俺が直接何かをしたというわけでは無い。俺が舞台に上がったせいで、無関係だった蓮花を運命の内側に巻き込んだ。

「あぁ、結果は覆らない。
 死んだ奴は死んだままだし、殺した奴が生き返るなんて奇跡も無い。
 アンタは――俺を殺すのは俺だって言うのか?」

問い掛けなんざ飽きる程繰り返したっての。
自問自答の果てに安楽など無く。ただただ虚しい無力感と喪失感に苛まれるだけに過ぎない。

「……自分で業を背負いたがるなんてアンタ狂ってるぜ」

あぁ、狂ってる。この執念じみた慈悲はなんだ。
そう思い、己を省みる。
たかだか失せ物捜しで死地に首突っ込む奴があるか?

――俺もとっくに狂ってたのかもな。

清水千里 >  
 清水は首肯した。
「人間はいつか死ぬ。だが物理的な死は、人間の魂を滅ぼしはしない。
 人間の魂を滅ぼせるのは一人だけ。その人間自身だけだ」

 清水は、ノアの掌を掴むんで、自分の両手の温もりを伝えようとする。

「ノア、君はずいぶん抱え込んでいたようだな。
 もっとも、隠し通しているだけで、大半の人間がそういったものなのかもしれないが。
 君は悪意を持って彼らを殺そうとしたのか? その魂や尊厳を汚そうとしたのか?
 もしそうなら私は君がそれを悔いることを望むだろう。
 だがもしそうでないなら――君は思い出すべきだ、君自身に秘められているはずの、この熱をな」

 そう言って、ぎゅっと握りしめた。

「言っただろう? 私は死者に用はない。生きている者の苦しみに寄り添いたいんだ。
 人に言われたよ、お前は狂ってるとね。しかし私は、目の前ので人が苦しんでいることが分かっているのに、
 その苦しみを見なかったことにして余裕に生きるぐらいなら、むしろ狂気を選びたいんだよ」

ノア >  
掴むように包まれた手。冷えた手に伝わる温度は、どこか酷く懐かしかった。

「魂を滅ぼす、ね」

異能の都合もあるが、魂だとかって存在には肯定的だ。
その主が強く持った未練や遺志が"見える"異能が、たまにまるで機能しない時がある。
――自分の意思で、滅んでたって事か。

振り払おうと思えば、容易にできた手の温もり。

「善か悪かで言えば人殺すって時点で悪だが、悪意はねぇさ。
 そうしなきゃ無駄に死ぬ人間が増えるだけだった、そんだけだ」

手折るたびに心は削れた。鑢にかけるようにザリザリと。
薄皮一枚を残して保たれた理性と正気を保っていたのは、未練だとかそういう物のひとかけらのお陰。

「俺は――俺の生きる理由はとっくに死んだ。
 あんたに言わせりゃどうあがいたって苦しいままだ」
「……そんな沈むだけの泥船に乗りたがるなんて、あんたやっぱ狂ってるよ」

言い切って。ともすれば暴言とも言える言葉を吐いた今、自分の頬が緩んでいる事に気が付いた。

清水千里 >  
「――ほら」

「その顔のほうが、よっぽど君に相応しいじゃないか?」

 ノアの顔を見て、清水は笑う。

「それに、さっき言っただろう? 生きている限り、生きる理由は見つけられる。
 どうせ一緒に苦しむなら――生きる理由だって、一緒に見つけられるはずだ、ノア、
 だって君はまだ、死んじゃいないんだから!」

 あくまでも、そしてどこまでも。
 この清水という存在は、その狂気を手放そうとはしない。
 苦しみも楽しみも、生きる理由も共に分かち合おうとする。
 人と人の繋がりを決して捨てないのだ。

ノア >  
「――アンタもそっちの顔の方がウケも良いだろうさ」

恐らく、指導者として見せる顔はこっちなんだろう。
初めに見せたあの冷めた顔とは随分違って見える。

「まぁそうだな。
 ありがてぇことに死にかけても殺しながらも生きてる」

不意に向けられたいっそ恐ろしい程の慈悲。
職業柄かあるいは性格か。

「幸い、やりたい事もまだ残ってるしな。
 アンタん所の情報網が大概なのは知ってるが、落第街ん中にいは落第街ん中でしか知れない事もある。
 お互いどっかで助けになれるのかもな」

言いつつ、取り出した名刺を渡しつつ立ち上がる。
情報を取り扱う中で"繋がり"は確かにあった。
ただ、ここまで強くその繋がりを分かち合うという意思を見せられたのは初めてかも知れない。

「さて、それなら早速生きる理由捜しの続きしてくっかね……」
「――ありがとな」

なんか気恥ずかしくて、そっぽ向いて言う形になったが。
行き先は相も変わらず落第街。頼んでいた荷物も仕上がる頃だろう。

追うでも無ければ、男はそのまま木桶等を返して己のバイクへまたがるだろう。

清水千里 >  
「――ああ、ありがとう。情報提供者という奴は、あればあるほど困らないものだからね」

 そう、冗談めかして、清水も名刺を渡す。

「いつでも来なよ、ノア。今度はお茶でも一緒に!」

 青年の過ぎ去る姿を留めることもなく、
 そうして彼が見えなくなると、やはり彼女も踵を返してその場を去るだろう。

ご案内:「常世島共同墓地」からノアさんが去りました。
ご案内:「常世島共同墓地」から清水千里さんが去りました。