2022/11/06 のログ
ご案内:「忘れられた聖者の教会」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
一陣の風が通り抜けた。
さわさわと足元の雑草が揺れる音がする。
心地よい風と呼ぶには些か冷たすぎるそれを、しかし気にもせずに開けた場所に私は立った。
教会の裏庭。
とある聖者への祈りを捧げるための教会で、それはひどく小さい。
そこにはあまり人も寄り付かないようでひっそりとしていた。おそらく無人だろう。
私もここに訪れるのは随分と久しぶりだった。
私の信奉は敬虔というにはあまりに打算と穢れに満ちていたから、こういう場所には普段近づかない。
実際にこうして建物には寄り付かず、その後ろにある庭に訪れていたから。
裏庭は、手付かずの庭というよりかは少しは見れる程度の手入れ具合だった。
雑草は蔓延っているが、足の踏み場も無いというほどではない。
植えられたとは思えない雑多な名もなき草花が謳歌している。
桜の偽物のような小さな木だけが植えられて、しかし野生に押されて酷く弱っていた。
私は、その中程に立って教会の裏側を見る。
……ここからでも、祈りは届く。いや、儀式を挟まない私の祈りなどどこにも届かない。届くなら、無色透明な存在しないはずの神にだけ。
私は草と土の上に膝をついて、両手を重ねて……祈りの姿を取った。
何も籠めるものなど無い。
何も願うものなど無い。
ただ、自分の中をどこかに捧げ空っぽにする祈り。
……私は、酷い失敗をした。酷いことをした。
頭の中がそれでいっぱいになる前に、ただ祈ろうとした。
■藤白 真夜 >
呪いを操ったあとは、いつも頭の中が酷い考えでいっぱいになる。
耳元で悪魔に誘惑されているような考えばかりが頭に浮かぶ。
しかし、それはどうでもよかった。
私は結局誰かを傷付けた。死者の尊厳も冒涜した。
……それはどうでもよくないが、今はどうしようもなく。そして、それはいつものことでもあった。
……私は、また失敗した。
自らどうにかできるという思い上がり。
他者を自らの意思で巻き込んだ愚昧。
愚かな自分そのもの。
ただただそれが、……疎ましかった。
「……」
目を閉じて、口元で手を重ねる静かな祈り。
しかし、胸中は真っ黒な嵐が吹き荒れていた。
頭の中には破滅的な考えばかりが浮き上がり、ある人の教えと、この場所で得たかすかな繋がり達がそれを否定していた。
……私に、それに頼る価値があるかもわからないまま。
■藤白 真夜 >
(……ごめんなさい……)
どこへも届かない謝罪は、数え切れないほど重ねた。
口に出すことは無い。きっとそれに意味は無く、ただ周りに阿るだけの言葉になるから。
……どうか許してください。
心に浮かんだ禁忌の言葉は、もはや言葉としてすら私の中に響かない。響かせない。
まさか、今更ただ許せなどと、想うことだけですらおこがましい。
私はただそれを、行動で……命で示さなくてはならないだけ。
のめり込むような祈りは、……私の中の全てを吐き出すような祈りだった。
私の中身は、酷く、冷たく、愚かで、おぞましいものばかり。
血を吐くような祈りの最中……私は耐えきれず、頭を垂れた。
……頭を下げて、許しを求めるような姿であることが嫌だった。
だが、ただ祈りを重ねる両手だけを差し出しながら地に伏した。
「……う、……ぁ、ああ……っ」
小さく声が漏れる。
私は、求めてしまった。
ただ、罰を与え給え……と。
■藤白 真夜 >
しとしと、と小さく雨が降り始めた。
小粒ではあったが、この時期の雨は冷たい。
冷たい雫が元より冷えていた体を射つ。
……祈りが届いて雨が降っただなんて考えるほどのぼせてはいないし、私の願いが届くとも思ってはいなかった。
しかし、安堵はしていた。
地に伏したまま、雨の中祈りを捧げる。
今にも止みそうな小振りな雨は、しかし振り続け……すぐに濡れそぼった鼠が出来上がる。
それでも、私は祈り続けていた。
(どうか……)
髪が頬に張り付く感覚が不快で、だからこそ正しいものだと思った。
体の温度はもはやわからなくて、それは普段と変わらないものだった。
見捨てられたように降り続ける雨だけが、私を肯定していた。
祈りに紛れた一時の弱さと甘えを覆い隠すように。
(私が、……愚かな間違いを、重ねぬように……)
心地よい雨音。
誰も居ない神の庭の外。
死人のような冷たさの中。
私が傷付けた者達のことを、祈り続けた。
ご案内:「忘れられた聖者の教会」から藤白 真夜さんが去りました。