2020/07/28 のログ
ご案内:「常世渋谷 常夜街」にケイスさんが現れました。
ケイス >  
深夜1時過ぎ。
常世渋谷・常夜街。常世島における「夜の街」。
異相常世渋谷・合同探偵組合に席を持つ探偵――ここでは便利屋を指す――の、
《凍結》のケイス(仮名)は、この街で四番目に大きなキャバクラの裏手にいた。

煙草をふかしながら、ゴミの詰まった袋の口を縛る。
長い髪は適当に首元で結われて、まるでチンピラのような見目。
そんな彼が一体、何故ここにいるかといえば、《探偵》の仕事だ。

時遡って5時間前。

異相常世渋谷・合同探偵組合――この街における《謎》を解き明かす者たちの寄合――に、
一軒の依頼が舞い込んだのである。

具体的には。

『ワンサン(キャバクラの愛称)の女の子が、神隠しみたいに消えるんです!』
『どうにか見つけてきてください!!』

――つまり、そういうことである。

ケイス >  
「霊障じゃねーじゃねーかよカスが……」

12ホールブーツの爪先で、勢いよくゴミ袋を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばした矢先に袋が破れてあたりにゴミが勢いよく散乱した。

「…………」

周囲に誰もいないことを確認してから、溜息混じりにポケットの煙草に火をつける。
そのうち綺麗になってるだろ。知らねえけど。
つか汚えから触りたくない。触らない。裏路地に背中を預けて、息を吐き出す。

霊障事件の疑いあり、とやってきたキャバクラで、
『詳しい話を自分から聞きたければ』と気取ったしゃらくせえボーイに言われて、
しぶしぶ片付けを手伝わされる羽目になった挙句にそういう《超常》の兆候はなし。

普通にお前らが給料払わねえから消えてるだけじゃねーか。
アホくせえ。勘弁してくれ。

盗み聞きの結果、調査は概ねそのような形で片付いた。
が、盗み聞きをしましたと言うわけにもいかないので片付けだけして帰る。
《凍結》のケイスの、わくわくキャバクラ裏側一日体験はこの程度のオチがついた。

ケイス >  
確かに、霊障な気はしなくもなかったのだ。
誰もが失踪する時間が同じだとか、全員がこの店の女だというのも。
この店が《境界》上にある、と適当なゴシップを騒ぎ立てる者もいたのだ。
確かに、それらしき《脈》の上にはある。事実としてそれは間違いない。

常世渋谷においては、こういう噂話は少なくないからこそ調査に出た。
「よくある話」で放っておいた結果、街に呑まれてはたまったものではない。

……まあ、「今回みたいな話」も、この街では同じくらいよくあるのだが。

消えたものを探す、という依頼は少なくない。
とりわけ、この常世渋谷では様々なものが《消える》。
愛用していた結婚指輪だったり、キャバクラに勤めている女の子だったり、
飲み会の前から最中にかけての記憶だったり、いつだか流行っていた服屋だったり。

それらすべてが、この《街》の特色と語る探偵もいる。

だが、《凍結》のケイスはそうは思っていない。
彼の視点からすれば、そのどれもが『片付けが下手なヤツ』のせいだ。

ケイス >  
結婚指輪が消えるのは自分の女関係の片付けのできなさのせい。
キャバクラの女が消えるのは給料を払わない経営者のせい。
飲み会の前の記憶は、自分がどれだけ飲めるかをわかっていないやつのせい。
いつだか流行っていた服屋は、在庫を片付けられなかったせい。

そのどれもは、『片付け』ができるヤツならなくさない。
それが彼の持論であり、彼の目の前には無数のゴミが散らばっている。
他人を小馬鹿にする割に自分は棚に上げるのが、《凍結》のケイスだった。

ポケットからデフォルトの着信音が響く。
画面に表示されているのは《焼却》の二文字。
やけに軽いマリンバの音に、苛立ち混じりの舌打ちをしてから出る。

「外れだよ」

相手の言も聞かずに、一言だけ適当に言い放ってから通話を終える。
探偵業を営む者は、この街では少なくない。
自分や他人の得意分野を選択し、それに該当する二つ名で呼び合う。
それが、様々な霊的な事象にも関わる《何でも屋》の《探偵》の習わしだった。

何故って。
名を知られれば、呑まれる危険性が増える。
この街の厄介事を背負い込むには、自分の本当の名前というのは重すぎる。

ケイス >  
『おーい探偵くん。まだゴミ捨ててるのか~い?』

間の抜けた、しゃらくせえ男の声。
自分の面がいいことをよくわかっているタイプの相手。
当たり前のように仕事に対して金銭を払わない男。
それでいて、人が一人消えようが二人消えようが関係ないような男。

「……クソ面白くねえ」

八つ当たりのようにもう一度ゴミ袋を蹴り飛ばす。
辺りに散乱するゴミをちらりと一瞥だけして、店内へと戻り。

『いやはや、随分時間かかったね。
 ……まあ、仕事はしてくれたから答えはするけどもね。
 君、名前……なんて言ったっけ? それで、何を聞きたいんだい?』

ケイス >  
 
「名前なんてなんだっていいだろ。
 名乗る義理とかあると思ってんのか?
 ……いいよ、なんでも。比嘉でも、NEOでも、常磐でも」
 
 

ケイス >  
 
――夜は、更けていく。
 
 

ご案内:「常世渋谷 常夜街」からケイスさんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 黒街(ブラック・ストリート)」に逆瀬 夢窓さんが現れました。
逆瀬 夢窓 >  
夢を見た。

人が死ぬ夢だ。爪のラインが血を伴って迸る。そんな悪夢だ。

俺の見る夢は現実である。
また霊障事件に違いない。
だが。厳密に言えばまだ事件ではないのかも知れない。

俺は予知夢を見ることだってあるからだ。
 

俺はまた───霊が起こす霊障事件の夢を見る。

 
ま、なんだっていい。真実が暴けて、金になるなら。
道すがらモノのついでに風紀に金をせびった。
お前らが金を出さないと、一般生徒に犠牲者が出るぞ…と。
知り合いの風紀委員、田中のおやっさんが渋い顔をして茶封筒を渡してきた。

あれは、なかなか笑えた。
黒の街を俺は漫ろ行く。

逆瀬 夢窓 >  
やはり事件はまだ発生していない。
今回は『これから起こる事件の推理』だ。
安い風俗の看板が並ぶ建物の壁に背をつけ、煙草に火を点ける。
夢に見た場所は、確か相当うるさい場所だった。

そんなの、どこにだってある。
この街はどこだって眠れないほどうるさい。

紫煙を吐き出して思考をまとめる。
1秒たりとも思考を止めないのが探偵だ、という暑苦しいポリシーを持った同僚がいる。
異相常世渋谷合同探偵組合の探偵だ。
どいつもこいつも一癖ある連中ばかりだが。

今回ばかりはその流儀に乗らせてもらおう。

夢の中………路地で人が死ぬ瞬間。
突然、周囲がうるさくなった。
だがこんな腐った街にボクシングでもやってるドームなんぞない。

問題は人気がない路地があり、突発的にうるさくなる場所。
そこを探し当てなければ夢の中の女は今夜死ぬことだろう。

逆瀬 夢窓 >  
うるさい場所。静かな場所。突然うるさくなる場所?
犠牲者の女。四本爪の悪霊。爪………獣か、あるいは。
畜生道に堕ちた何かの霊障か。

面白い。
この謎、俺がもらってやる。
口の端を歪めて一人、破顔した。

煙草を足元に放り、踏み消す。
祝(ほうり)は、神道において神に奉仕する人の総称。
放り捨てることと通じるって俺にジョークを言った奴もいた。

また夜を歩き出す。
夜が深ければ深いほど。
俺は夢心地に歩を進める。

逆瀬 夢窓 >  
街を歩けば様々な人間とすれ違う。
酔っぱらい。半グレ。時代錯誤の任侠気取り。
娼婦。腐った目つきをした女。そして、顔見知りも。

「すまないが、常世学園の制服を着たままここを歩いている女を見なかったか?」
「ああ、そんなところだ」
「俺の知ったことじゃないが……長い茶髪をした、どこにでもいそうな普通の女だったよ」
「………そういう冗談を言うもんじゃない」
「悪かった、また今度店に寄らせてもらうさ」

収穫はない。この黒い街では……多少、制服を着た女は珍しかろうが。
女を探して事前にどうにかするという手は使えなさそうだ。

探偵は足が基本だ。
探偵は知性が全てだ。
色んなことを言うやつがいる。

だが、俺が言うとすれば『探偵は時代遅れ』だ。
異能があり、魔術があり、異世界からの来訪者がいる。
探偵が何をする? 密室トリックを推理するか?
それとも時刻表とにらめっこする?
どれもナンセンスだ。

こんな世界で、歪んだ真実が横行している中で。

暴くべきものを暴きたい。それだけだ。

逆瀬 夢窓 >  
携帯デバイスの灯りを見る。
まだ事件は発生していないらしい。
異相常世渋谷合同探偵組合が殺しなんてニュースを見逃すわけがない。

この街は歩き慣れている。
庭だ、なんてダサくて擦れた言い回しをする気はない。
それでも、女一人……夢で見た景色一つ探すとなると、容易ではない。

そろそろ終電の時間か。
腕時計を見ると。

そうか、そういうことか。
ははは。くだらない。
 
       ・・・・・
まったくもってくだらない。

 
俺は確かな目的を持って歩き出す。
俺の推理が確かなら、もう時間がない。
走ってまで助ける、義理はない。それに……

夢の通りなら、息切れしていては“対処”できない。

ご案内:「常世渋谷 黒街(ブラック・ストリート)」に五百森 伽怜さんが現れました。
ご案内:「常世渋谷 黒街(ブラック・ストリート)」に東山 正治さんが現れました。
五百森 伽怜 > 男の行く手から、紫髪の少女が現れる。

「いっや~、すっかり迷っちまったッス……」

鹿撃ち帽を頭に乗せた紫髪の少女は一人、とぼとぼと
黒街(ブラック・ストリート)を歩いていた。

何か面白そうなネタはないかと渋谷を歩き回っていたのだが、
本日の収穫は――迷子の猫を見つけておばちゃんに届けた
くらいである。

そして、渋谷を歩き始めたはいいのだが、
方向音痴が災いし、すっかり迷ってしまったのであった。
スマホのバッテリーは0。マップ機能も使えない。
今日は最悪の日である。

さて、しかしくよくよしてばかりも居られない。
ここは一つ、迷いついでに新聞同好会の仕事をこなそうでは
ないか。そう、ポジティブシンキングで。

今週のテーマは『100人に聞いた! 常世スイーツランキング』
である。……目標まであと93人ほど残っている。


「ちょっと、そこのおねーさん、インタビュー良いッスか~?」

目の前を通り過ぎていく茶髪の女性に声をかける。
その女性は丁度、黒のシャツを着た男の背後から現れたのであった。

東山 正治 >  
人間関係とは因果である。
巡り巡る所、『そういうケース』もある、と言う事だ。
此処は泣く子も黙る常世渋谷 黒町(ブラック・ストリート)
何処にでもあるような掃きだめのようなものだ。
東山は、この淀んだ空気が嫌いだった。
"臭い"事件の臭いが絶えない掃きだめ。
此れ以上仕事を増やさないで欲しいという、どうしようもない憤り。

「ハァ……俺昨日3時間しかねてないわァ……。」

まるでテスト勉強明けみたいな事を口にした。
事実かはさておき、あてどなく東山は歩いていく。
そんな矢先、明るい少女の声音が聞こえた。
気だるげな目線についたのは、茶髪の女性に声をかける少女。
ありゃ学生っぽいな。そう思った矢先、東山の目は細くなった。
別に、何が怪しいとかそういう訳じゃない。
ただ、"胸騒ぎ"がするという奴だ。
格好いい事言ってしまえば、経験による勘、とでも言うべきか。

「面倒クセェ……。」

と言う口とは裏腹に、その足が向かったのは……

「アー、そのインタビューおじさんも混ざりたいなー!
 なぁなぁ嬢ちゃん、一体こんな街でどんなインタビューしようってんだい?」

女二人の間。
へらへらと浅い笑顔を浮かべて、気安く話しかけてくる。
人間関係とは、因果である。
そんな光景が逆瀬にも見えるはずだ。

逆瀬 夢窓 >  
目的地に到着する。
そこには、目当ての女にインタビューをするガキに…
二人まとめて話しかけようとするおっさん。
全く。夢にはこんな景色はなかったぞ。
どうやら俺が歩き回ったことで運命が書き換えられたらしい。

人間関係とは因果なものだ。

暗がりから茶髪の少女に声をかける。

「お嬢さん」

煙草を取り出して咥える。

「夜遊びは感心しないな、後ろを見るといい」

煙草に火を点けると、その薄明かりに浮かび上がる異形。
振り向いた少女が悲鳴を上げた。

直後。静かだった路地が騒々しくなる。
客を乗せて走る鉄の塊がレール通りに俺たちのすぐ上を通り過ぎていく。
そう……事件現場は『高架下』だった。

そうとわかれば夢の中の景色を絞り込むくらい、わけはない。

「………くだらん謎だが、一応もらっておいてやるか」

異形の正体は、毛皮と爪牙を持つ人型の霊。
腕だけが実体化している。

「お前ら揃って下がれ……ウールヴヘジンだ」
「大方、罪人の魂がその辺のケダモノの魂魄と混じって力を持った…ってところだろう」

肩を竦めて怪物へ向けて一歩前に出る。

「聞こえなかったのか? 狼男のユーレイだよ」

このまま女の生き血を吸わせて実体化させるのも面倒。
全く、最低の夢だ。

五百森 伽怜 > 「何って、そりゃスイーツのインタビューッスよ……
 って、こんな街……こん……な?」

藍色のジャケットを着た男の声を受けて、何言ってるッスか、と
言わんばかりに可笑しそうに笑う表情を見せる少女であった。が。
彼を見た際に、視界に映る闇の色。
あれ? と。少女は目を白黒させて辺りを見回す。

陰気臭い男を見る。
もう一人の陰気臭い男を見る。
もう一度、辺りを見回す。

後、硬直(フリーズ)。

「……あー、ももももしかしてここ――」

噂には聞いたことがある。足を向けたことはなかったが、
常夜渋谷の中でも危険なエリアとされる――

「――黒街(ブラック・ストリート)……!?」

驚いた拍子に思わず僅かに身を屈める少女。
同時に、鹿撃ち帽が頭の上で跳ねる。

よく周りを見渡せばそこは。
どこまでも昏く、あちこちから影の染み込んだ臭いのする
街であった。

そして。
黒シャツの男の手により、浮かび上がる異形。

「なっ……何ッスか……こいつは!?」

最新のポラロイドカメラを取り出してシャッターを押し
――かけるが、そこで思いとどまる。
目の前の黒シャツの男の言葉の重さ。それを肌で感じ取ったからだ。
しかし目の前の男、このような事態でも臆すどころか全てを
『知っている』かのような素振り。
一体何者なのだろうか。
俄然、興味が湧いてきた。手に持つポラロイドを握る手に、
ぎゅっと力が込められる。

しかし、今はそんなことを考えている場合ではない!
目の前の茶髪の女の腕を掴み、一緒に逃げる!

「い、一緒に逃げるッス……っって、うわぁあっっ!?」

――訂正。
『その筈だった』。しかし、計画は失敗だ。
焦った。何という失態か!
視界はぐらつき、倒れてゆく。目の前には、実体化した獣の腕。

道端の石に躓いたのだ。

盛大にバランスを崩し、二人の身体は異形の前へ――


――ああ、今日は最悪の日だ!

東山 正治 >  
「その通り。」

もしかして、知らず知らずに迷い込んだのかコイツは。
周りが見えなくなるタイプだとしたら、ご愁傷様。

「だからさァ、こう言う所でインタビューッて言うと
 『良くない事』想像するよねェ。だから……。」

今夜はとびっきりと"トラブル"の臭いだ。
何処となく圧がある感じで、女二人に迫る東山。
そんな最中、現れた男、逆瀬を一瞥する。
此のピリピリとした空気、ああ、コイツが"中核"な、と一人納得した。
へらへらとした浅いにやけ面は崩さず、腕だけの異形を見やった。

「へェ……。」

成る程、予感の正体はこれらしい。
何とも此の島らしい事件の犯人だ。
今や、地球人同士よりのいざこざよりも
よっぽどこう言う化け物事件のが多いらしい。
そりゃ、弁護する側も何を弁護すりゃいいかわからんわ、馬鹿らしい。

「『ウールヴヘジン』ね。名づけるなら、『黒街の狼通り魔事件』とでも名付けておく?
 きっと高いぜェー。コイツの毛皮、アンタ(逆瀬)お小遣い稼ぎの相手?」

動じる事も無く、おちゃらけた調子で逆瀬へと喋りかけた。
剣呑な空気に不釣り合いな声音だ。

ともかく、既に対処する人間がいるなら好都合。
給料の出ない仕事なんて御免だ。

「じゃ、俺怖いから帰るわ。それじゃ────……。」

このまま颯爽と帰るつもりだったが……

「……あ。」

思わず漏れちゃったよ、声。
盛大に女二人が、すっころんだ。
おまけに目の前には、狼の腕。

「……チッ。」

舌打ちが漏れた。
給料の出ない仕事は面倒だが、『監督不届き』で責任追及されるのはもっと面倒だ。
東山は、絶体絶命の少女二人を見据える。

仕方ない、此の男の事を手伝ってやるとするか……。

東山 正治 >  
『塞翁の本<ブックオブメーカー>』

やる気のない東山に呼応するように現れた一冊の本。
なめし皮表紙の、何の変哲もない本。
生温い夜風に吹かれ、ページが捲れる。

『第330項目』

五百森と茶髪の女性の周りに、黒街の闇が、影が、集まり始める。


「────法令『藍白の鎖<ペイル・チェーン>』の特例発動を要求する。」


東山の言葉に合わせ、五百森達の周囲に藍色の鎖が飛び出した。
霊体にさえ干渉する藍色の鎖。集めた闇で作られた概念系の異能。
但し強度はそこまで。多分、あの異形の爪なら精々二回でも防げたら十分だろう。

「────……。」

"面倒だから、早く終わらせてくンない?"

気だるげな瞳が、逆瀬へと訴える。

逆瀬 夢窓 >  
「……遊びじゃないぞ、おっさん」

ただでさえ睡眠薬の副作用で頭痛がするってのに。
何が黒街の狼通り魔事件だ。だが、一応覚えておこう。
報告書を書く時に手間が省けるかも知れない。

「ああ、ああ。俺の飯の種だ、さっさと……」
「おい」

思わず声に出る。
鹿撃ち帽のほうが夢に見た女を巻き込んで倒れたとくる。
彼女も巻き添えにして狼の餌か、カメラを持った赤ずきんよ。
土壇場になってとんでもないファクターだ。

咄嗟に懐に手を入れる。だが間に合うか。
 

その時。
何らかの術式か異能か。
藍色の鎖がウールヴヘジンを捕らえた。

そんな目をするな、おっさん。
俺だって協力者に感謝しないほど協調性がないわけじゃない。
俺も早く帰って寝たいんだよ。

だから。

終わらせてやる。

懐から取り出した拳銃、FS-0020『ルシッド』をケダモノ野郎に向ける。
ヤツが鎖の拘束から解き放たれた瞬間。俺は撃った。

正確に一発。
額を穿って二発。
そして祈るように三発。

銃自体は何の変哲もない一品。
だが銃弾は特別製だ。こいつみたいなのをやるのに丁度いい。

実体弾に穿たれ、胸を掻き毟るように絶叫する狼男の霊。

「どうした? まだ撃っただけだぞ……悪夢でも見たような顔をするなよ」

銃口の硝煙を軽く振って笑う。

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」

今、撃ち込んだものは。
現代風に翻訳された不動明王の利剣だ。
お前程度の力では覆らんよ。

慈救咒(じくじゅ)を唱え終えると。
悪しき存在は雲散霧消した。

「ガキ、ガキ、おっさん」
「怪我はないか?」

片手に拳銃を握ったまま、夜の空を仰いだ。

五百森 伽怜 > 視界が揺らいだ次の瞬間、
眼前に展開される鎖の結界。
異能か魔術か、或いは別の何かか。
ともかく、藍色ジャケットの男が助けてくれたらしいことは
目視で理解をする。

そして、間髪入れず黒シャツの男から放たれる弾丸。
続く、男の言葉。あれは、確か――

――真言?

その思考に至った瞬間、彼女の背中と腹部に重い衝撃が走る。


「ぐえっ……ッス!?」

茶髪の女と地面との間で挟まれる五百森。
黙っていれば見目麗しい少女ではあるのだが、
今や潰れた蛙のような声をあげて小刻みに震えている。

「ど、どいて欲しいッス……」

茶髪の女性が慌ててその場をどけば、
五百森はすっと立ち上がり、スカートの砂埃を払う。

「怪我はないッス。この人にも、多分。
 っていうか!
 本当に申し訳ないッス……!
 すっかり助けられてしまったッス! 
 お二人に助けられてなかったら、今頃
 死んでたかもしれないッス……」

肩を縮こまらせて、ビシッと礼儀正しく、深いお辞儀を二度。
黒と藍色に向けて、謝罪の意を表した。
お辞儀と同時に宙に浮く鹿撃ち帽を手で掴むと、
少女は顔を上げる。ズレた鹿撃ち帽は、片目を隠すほどに
深く被さっている。
そうして、ハッと気づいた顔をして、もう一度深く、
二人に向けてお辞儀をする。

「あたし、五百森 伽怜っていうッス!
 新聞同好会、やってるッス!
 今回はほんと、ありがとうございましたッス!」

命の恩人達に向けて、そう口にする五百森。
その声色はこのようなことが起きた後であるが、
張りを失ってはいなかった。

東山 正治 >  
「仕事でもねェよ。」

軽口で答えてやった。
言葉通りだ。
仕事でもないのに肩筋張るなんて、馬鹿らしい。
宙を浮く本を指先でトントン、と叩きながら行く末を見守るだけ。

「────此れにて、『黒街の狼通り魔事件』閉廷、ってな。」

霧散した異形を見ながら、パタン、と本を閉じた。
怪我は無いか?と言われればおどけたように肩を竦めてみせた。

「御覧の通り、寝不足以外は?」

ホラこれ、目の隈。濃いでしょー
なんて、わざとらしく指し示した。
今回もさっさと帰ってればもう一時間位寝れたかなぁ、と考えると少しだけ憂鬱だ。
飛び出した鎖は、霞の様に生温い風と共に消えていく
再びこの街のネオンライトの影に消えていくのみ。

「アー、ね。新聞同好会ね。やっぱ学生だったか。」

へらへらとした笑みを崩さず
自身のジャケットの裏側に右手を突っ込んだ。

「別に夜遊びもいいけどねー。程々にしとかないと。」

「……じゃないとさァ……。」

「────逮捕しちゃうぞ?」

ずいっと取り出したる皮ケース。
パラリと開けば挟まれた証。

<公安委員会 東山 正治>

にっこり。良い笑顔で五百森を見ていた────!

「ま、冗談だよ。今回は巻き込まれた位だし、先生にチクる位にしとこっかなァ~。」

ケースを裏側にしまえばなんか言ってるぞおっさん。
遠回りに被害者を追い詰め始めたぞおっさん。
このおっさんの性格がよくよく表れている。

「……で、アンタはもう帰り?なぁ、一仕事終えたなら飲んでかねェ?勿論、アンタの奢りで。」

逆瀬にもなんとも、気安く話しかける。

逆瀬 夢窓 >  
「何が閉廷だ、現行犯成仏なんて形で司法が動くか」

空を見上げていたが、視線をガキたちに向けて。

「五百森 伽怜。それに……」

公安委員会の東山 正治か。
昼行灯の噂こそあるが、今の動きを見ればそうとも思えんな。

話を聞けば、茶髪の少女は道に迷っただけ。
恐らくだが……あの霊に“迷わされた”のだろう。
彼女には高架下に迷い込む以外の自由がなかった。

「五百森伽怜、ニュース・ペーパー作りも結構だが」
「穏当な場所で取材はしろ……せいぜい教師に叱ってもらえ」

「茶髪のほうは親に連絡しろ、事情は説明して風紀はもう呼んである」

騒ぎで落ちた煙草を踏み消して。

「事件が起きる五分前にな」
 
    ・・・・・
「全部、明日見た夢だ」

金をもらった分は働いた。
あとはどうでもいい。このくだらない謎を持ち帰るだけだ。
続く東山のおっさんの発言には。

「何故、俺があんたに奢らなきゃいけないんだ?」
「それに、俺は酒が飲めん」

本当は酒が好きだが。
睡眠薬漬けで弱っている内臓にはどれも重い。

背を向けて深い夜へと歩いていく。

「酔生夢死にはまだ早い」