2020/09/14 のログ
ご案内:「裏常世渋谷」に干田恭支さんが現れました。
■干田恭支 >
「今回は……俺ひとり、か。」
白と黒のモノトーンで構成された街並み。
人の気配は無く、生き物の気配すら希薄な裏常世渋谷にて干田恭支は独り立ち竦んでいる。
今回こそ、この裏常世渋谷で行方不明となった幼馴染を見つけたい。
本人を見つけられずとも、痕跡だけでも見つけたい。
これまで幾度となく抱いた期待を胸に、一度大きく息を吸って、吐く。
「化け物も居なさそうだし、一緒に巻き込まれた人も居なさそうだし。
今回は探し物、専念できると良いけどなあ。」
行きますか、と軽く自分の頬を叩いて気合を入れてゆっくりと歩き出す。
■干田恭支 >
「えっと、この角を曲がると……うん、街の造りは同じだ。
委員会活動の合間に常渋の地図暗記して良かった~。」
がらんとした街並みは静まり返っていて何とも不気味である。
気分が落ち込まないよう、敢えて呑気な声を上げて歩く恭支だが、その頬を一筋、汗が伝い落ちる。
色彩を失った街並みと流れる空気がどうにも異質で、ここが本来自分のいる世界でない事を嫌という程思い知らされる。
「噂じゃ、長居すると体にも良くないらしいし……
アイツ、無事だと良いんだけど。」
恭支が最初に裏渋に迷い込んで、既に5カ月近く経とうとしていた。
その間、幼馴染はずっとこの異界に取り残されたままなのだと考えると、少しだけ歩く足が速くなる。
■干田恭支 >
不意に、恭支の足元を小さな影が過った。
「うっひゃああおう!?」
突然の事に思わず大きな声を上げて跳び上がる。
自分でやっておきながらマンガのようなリアクションに
一瞬で我に返って恥ずかしくなりつつ、足元を通った影の正体を探る。
『──ちぃ』
影の正体は2匹のネズミだった。
片方は黒い毛に覆われ、もう片方は白い毛に覆われた、対のネズミ。
「……ま、まあそりゃ渋谷ってくらいだし、ネズミくらい居るか。」
小さく息を吐いて高まっていた胸の鼓動を抑えつつ、ひとりごちる。
■干田恭支 >
モノトーンで不気味な街だと思っていたが、ネズミのような小動物も居ると分かれば不気味さも半減する。
少しだけ安堵した様子で恭支はネズミたちに話しかけた。
「なあ、俺さ。親友探してるんだけど。
何か知らないか?……まあ、知らないよな。」
何度も何度もこの裏側に足を運んでも成果が無し。
気ばかりは焦って、恭支が思っている以上に消耗し、もう藁にも縋る思いだった。
「──だからってネズミに縋るのは、さすがに。」
あははは……と苦笑しつつ、深く深く息を吐く。
普段学校では笑顔で過ごす恭支だが、その精神は既にギリギリの状態なのだろう。
そんな姿を見つめる4つの瞳の主たちが、小さく鳴き声を上げた。
■干田恭支 >
「……え?」
ちちちち、と警告音の様に鳴き続けるネズミたちを怪訝な顔で見つめる恭支。
するとおもむろに黒いネズミが駆け始める。その後ろ姿を一瞥し、白いネズミは恭支を見て再び鳴いた。
「ついて……来いって?」
何らかの意図を以て行動するネズミたちを訝しみながらも問い掛ける。
すると白いネズミも黒いネズミを追う様に駆け始めた。
「ああっ、ちょ、ちょっと!」
みるみる遠ざかるネズミたちを見て、数秒戸惑ったのち恭支は追うことを決めた。
靴ひもを結び直すと、ネズミを見失わないよう走り出す。
■干田恭支 >
幾つかの路地を抜け、大通りを渡り、辿り着いたのはビルとビルに挟まれた狭い路地の先。
袋小路になったどん詰まりに、小さな祠があった。
その祠の前で、二匹のネズミは恭支を見上げる。
「ゼェ……ハァ……久しぶりに、こんな長いこと走ったな……
それで?ここがなん……」
呼吸を整えながら祠へと目を向けた恭支は、目を見開いて祠へと駆け寄った。
小さな手入れもされていない祠の前に、赤茶けた生徒証が供えられていた。
キチチ、キチチとネズミの鳴き声がやたら大きく聞こえる。
走って来た時以上に頭が熱くなり、喉が渇く。
「……まさか、そんな……」
震える手をのばし、拾い上げたその生徒証に書かれていたのは。
───
──紛れも無く、恭支が探していた幼馴染の名前だった。
■干田恭支 >
「ぅ……ぁ……」
喉が乾き切って声が出ない。
手から、足から、全身から力が抜けてその場に崩れ落ちそうになる。
それを懸命に堪えながら、恭支はもう一度、学生証の記名された名を読む。
間違いなく、何年も前から親しんだ、親しみ切った名前だ。
「……やっぱり、こっちに、居たんだ。」
擦れた声を気に留める事も無く、搾り出すように呟く。
春にはぐれたっきりの幼馴染。学生証の顔写真は、汚れと擦れで視認が難しかったけれど、間違いないと言っても良かった。
「居た、んだ。やっぱり。帰れなくて、戻れなくて、そのまま……ここに。
いや、待って。これが最近置かれた物じゃないかもしれない。だいぶ汚れてるし……」
様々な感情が恭支の中で沸き起こる。
アイツはまだ生きてるのだろうか、そもそも誰がこの学生証を祠に供えたのだろうか。
疑問は次々に湧いてくるし、それらを整理するだけの冷静さは維持出来そうにない。
「と、にかく……一度、帰ろう……」
もし、もしこの裏常世渋谷に幼馴染がまだ居るのだとしたら。
一刻も早く見つける必要はあるだろう。
しかし、それで恭支まで帰還できなくなっては元も子もない。
全身の震えを押さえながら、ゆっくりと空を見上げる。
ビルとビルに挟まれた四角い空を見上げ、大きく深呼吸をして。
それから祠へと向き直ると、未だそこに残っていたネズミたちに笑みを向ける。
「ここまで案内してくれて、ありがとう。
大事な物だったんだ、これ。本当に、ありがとう。」
■干田恭支 >
戻ったら、とりあえず水を飲もう。
それから風紀でも公安でも学生証を持ち込んで事情を説明して、捜索をして貰おう。
自分一人でだって収穫はあったのだから、きっと大勢で探せば。
「……そう簡単に行くはずもないか。」
学生証を制服のポケットに入れて。
二匹のネズミが見守る中、ふらふらとその場を後にしていく。
これでまた、小さいけれど一歩前進。
恭支は疲労が濃く浮き出た顔で、しかしそれでも笑っていた。
その後を二匹のネズミが追ったことは、この時点で恭支は気付かなかった──
ご案内:「裏常世渋谷」から干田恭支さんが去りました。