2020/10/06 のログ
水無月 沙羅 >  
「……っ」

殺到する怪異に押しつぶされる。
一つの群衆に子供が押しつぶされて圧死する様に、人間ははそれに耐えられるようにはなっていない。
当然、16歳になった程度の女生徒もその例にもれず。
身体が押しつぶされ、骨や内臓が損傷するのが、音として耳に聞こえる。

周りに群がる怪異佐さへければ、それは見るに堪えない惨劇になっているのだろう。
けれど、この身は不死なれば。

限界を超えて、魔力を全身に巡らせ、全てのリミッターを廃し、血液の循環も、脳の演算スピードすらも人を超え。
瞳は金に輝いた。
 

「只の人間だと、思ってもらうな!!」


血みどろになった身体のまま、あたりに群がる怪異を掴んでは周囲を巻き込んで投げ飛ばす。
バッドやヌンチャクにするかのように、怪異を武器へと変えて。
砕き、振り回し、盾にして。


限界を超えた挙動は、少女の体からあふれる魔力を、血液を蒸発させ紅く輝かせている。


砕け飛ぶ怪異の声の隙間に挟み込むように少女は叫ぶ。


「理央!!!」


時間さえあるならば、彼ならば。
信ずるからこそ、囮にした自分の意識は、あと幾分もつだろうか。

神代理央 > 彼女を押し潰そうと、噛み砕こうと、切り裂こうと、引き裂こうと。
何をしても、彼女は倒れない。決して、死ぬ事は無い。
怪異の群れは彼女を覆い包む肉の壁と化してはいるが、彼女自身を止める事は出来ない。
唯只管に敵意を彼女に向けた儘、己の下に駆け寄る事もなく。
蟻が集るかの様に、彼女へと群がっている。


しかし、彼女が身を賭して稼いだ時間は、朧車に取って致命的なものであり――二人にとって、勝利への一歩を刻む時間であった。
朧車が此方へと走り始めた正にその時。魔力は――十分過ぎる程に、集まっていた。

周囲の魔力を。己の魔力を。
嘗て取り入れた、"旧き神々"の力さえも注ぎ込んで。

「……Brennen!」

彼女が己の名を、叫ぶ。
それとほぼ同時に、魔力を収縮した異形へと、命を下した。


青白く輝いていた砲身が、焼け落ちる様な熱と共に、光を、放つ。
膨大な魔力は渦となり、奔流となり、濁流となって。
粒子砲さながらに、此方へと迫る朧車へと――放たれた。

『朧車・カ号』 >  
部下たちは、未だニンゲンの少女を圧殺するに能わず。
であれば、先ずは雄の方から轢き殺してしまおう。
ワタシは、他の仲間に比べれば足も遅く、戦闘能力も低い。
しかし、その質量と乗務員の数だケは、決して引けを取ラない。
乗務員は幾らでも補充出来る。先ずは、ニンゲンたちを処理してから――

「……軌道の生成に不具合。アのニンゲンの雌に、向かう必要はナい。進路修正…不可?何故…何故……?」

そして、朧車は。カ号は。
彼女の異能が働いている事に、気付いていなかった。
『無限軌道』によって生成される線路は、本来であれば雄のニンゲンへと伸びる筈が――何故か、ニンゲンの雌へ。
部下たちの躰を武器にして暴れ狂うニンゲンへと、その進路が"向かって"しまう。

それは、彼女の異能が『無限軌道』に干渉した結果であるのだが――カ号は、最後迄それに気付く事は無いのだろう。

線路が己の意志に逆らっている事に気付いた時には。
その視界を埋め尽くしていたのは、膨大な魔力の奔流。

「やめ…!やめやめやめやめやめろろろろろろろろろろろ!
東京は大いなる物流の地蔵角!げにエモーショナルな第三日本銀行!
嗚呼、貨物の群れは宛らリトアニア!大管区を統括するのは筆の乗った鶴と亀!」

迫る『死』が……いや、『貨物』を守れないという厳然たる事実が。
朧車に、最後の呪詛を吐かせる。

「御煙草鍵箱蜜柑箱!
発車時刻は静岡県!守るダイヤはリンカーン!
後方前進保険はロード!
ワタシの仕事はブラッドレイン!
一寸法師も夢に見た!アーセナル・オブ・デモクラシー!」

必死に車輪を回す。汽笛が悲鳴の様に鳴り響く。
せめて、せめてニンゲンの雌だけでも轢殺しようと加速したカ号は――魔力の奔流に呑まれて、消え失せた。


本体であるカ号の消滅と共に、その従僕たる小型怪異も、まるで霧の様に消滅していくだろう。
後に残るのは、瓦礫とクレーター。それだけ。それだけ。
他には、何も、無い。

水無月 沙羅 >  
「……。」


轟音と共に、痛みの津波は押し寄せるのを止め、自分の体は地面に倒れ伏した。
不死とはいえ、不死身とはいえ、痛みを感じないわけではない、呼吸ができなければ意識を失うこともあるし、痛みに寄って気を失うことだってある。
後者は慣れによって幾分か抑制することは可能だが、脳を過剰に働かせているこの現状において、酸素不足は致命的でもあった。


朧車本体の消失に合わせて、群れていた小型怪異が消えたその跡には、染料で染めたかのように、衣替えしたのかと思うほどに制服が真紅に変貌した少女が倒れ伏している。
辛うじて意識は保っているが、その痛みと共に繰り返し訪れていた死の感覚に、体は言う事をを聞かず、しばらくの間はそうして地面に横になっていることしか出来ないだろう。


ずたずたに引き裂かれている制服が、その圧倒的な少女の受けた被害を現している。


「ぁー……終わりましたか?
 お疲れ様です。」



それでも、少年を守り切ったというその充実感に、少女は笑みを浮かべていた。

神代理央 >  
朧車は無事に消滅したが、そんな事はどうでも良い。
今己の瞳に映るのは、制服を深紅で染め上げた少女の姿。
異形達の間をすり抜けて、駆け出す。

以前の己であれば"馬鹿者"だとか"無茶をするな"だとか。
そんな言葉を、彼女に投げかけていただろう。
だが、ぜいぜいと息を荒げて彼女の傍に駆け寄って。
制服が汚れるのも構わずに膝をついて、倒れ伏す彼女の手をそっと取れば――

「…………ああ、終わったよ。お疲れ様。
良く、頑張ったな。沙羅のおかげで、俺はぴんぴんしているよ」

彼女の努力を。行動を。その結果を。
全てを労う、優しい言葉を彼女に投げかける。
決して、彼女の行動を否定しない。何故なら『共に戦う』為に、二人は此の場所を訪れているのだから。
彼女が取った行動は、全て最適解だった。
だからこそ、こうして己は無事でいられる。
しかし――

「…………とはいえ、もう少し自分の躰を大事にして欲しいものだ。
今回はそれが正解だったとはいえ、お前にばかり過剰な負担を強いる戦い方は、俺の好むものではない…」

ぎゅっ、と彼女の掌を握り締めた儘、ぽつりと呟くのだろうか。

水無月 沙羅 >  
「…………はい。」

 
その言葉を、どれほど待っていたのだろう。
自分のしたことが、間違ってはいなかったのだと、役に立ったのだと、彼の口から言われることを、どれほど待ち望んでいたのだろう。
彼と共に戦い、彼の隣に立ち、そして認められるという願いは、今この瞬間に果たされた。
手を取る少年の心情は、慮るにあまりあるが、それでも、幸せな笑みを隠さずにはいられなかった。


「なら、良かったです。 理央さんが、無事なら。
 怪我一つ無いなら、私がこうしている意味はあったんです。」


報われた、その感情が胸を満たしている。
ディープブルーとの戦い、そのさなかに居る事の出来なかった自分をどれほど責めていたのか、自分でも自覚できるほどに。


「……それを言うなら、貴方はいつだって自分の負担を考えないじゃないですか。
 この前だって、お腹に大きな穴をあけて。
 死の淵を彷徨って。
 それに、貴方は『鉄火』という重荷まで背負っているんですから……。

 あぁ、でも。
 そんな顔をさせたいわけでは、確かにないですね。」


自分の掌を握りしめる少年の頬を、もう片方の手でそっと撫でる。
護るとは本当に難しいなと、心の中で呟く。

神代理央 >  
己の言葉に、幸せそうに微笑む少女。
血に濡れて引き裂かれた制服が。
何度も何度も味わったであろう『死』の痛みと感覚が。
どれ程彼女を傷付けたのか、想像を絶するものがある。

それでも、彼女は微笑んでいた。
その笑みが、己の言葉によるものなのか。或いは、この結果によるものなのか――

「……そうだな。お前はちゃんと、俺を守ってくれた。
的確に、効率的に。お前はきちんと、その任務を果たした。
此の場でするべき事を、お前はしっかり、やり遂げた。
……お前が居たから、俺はこうして無事でいられた。その事は、誇りに思っていいよ」

それは、紛れもない事実であり、本心からの言葉である。
純粋な戦闘面で言えば、後衛である己を守り切った彼女は前衛としての役目をしっかりと果たした。
彼女が居たから、こうして穏やかに二人で会話する事が出来た。

「…俺は、戦う者として当然の行動をとっているだけだよ。
戦うからには、怪我もするし負傷もする。
お前と同じだよ。傷付いても、苦しくても。
目的が果たせれば、俺はそれで良いんだ」

闘争の場に立つからこそ、己の躰が傷付く事を躊躇わない。
傷付いても、血を流しても、目的を果たせれば構わない。
――今迄己が軽視していたのは、己が傷付く事によって悲しむ者がいる事を、深く考えていなかった事だろうか。

「……本当は、無事に任務が終わったと笑っていたいんだ。
でも、その……ごめんな。いつもみたいに、偉そうに笑ってられないや」

涙を流す訳では無い。悲嘆にくれている訳でも無い。
彼女の行いが最適解であり、己も似た様な行動をきっと取っていた。
だから、悲しむべきではない。かといって、諸手を上げて喜べるほど――強くもない。
己の頬を撫でる彼女の掌を静かに受け入れながら、張り詰めた弦の様な表情で、彼女を見下ろしているだろうか。

水無月 沙羅 >  
「……理央?」


なにかが、おかしい。
彼が妙に優しいという事もその奇妙な感覚を助長してはいるが、本質はそこにはない。
自分の惨状に、そこまで感情的にあっているという事に、多少の疑問を感じている。
もちろんそれが普通だという事は分かっている。

だが、以前の彼は冷たく自分を見下ろしていた筈なのだ。
馬鹿なことをしてと、笑っていた筈なのだ。
けれど、今の彼はとても深刻そうに。
何か思い詰めているように。


「どう、しましたか?」


いつもと違う彼のその表情に、鼓動が不安によって跳ねる。

神代理央 >  
不安げに、此方へと言葉を投げかける彼女。
そんなに己は何時もと様子が違っただろうか。
そっと、制服の上着を脱いで彼女へ被せる。
――そう言えば、最初に会った時も似た様な事をしたな、と
ちょっとだけ、苦笑いを浮かべて。

「――……どうも、しない…訳じゃ、ないんだろうけど」

口調は、寧ろ穏やかであったかもしれない。
穏やか。或いは、諦観めいた声色。
様々な人から、言葉を貰った。
己の性格と信義と。変えるべき事と。
それは間違いのない真実で、それを変えられないとは決して言わない。

唯、仮に己が変化したとして。
既に風紀委員会において過激派の実働部隊としてある己が。
神宮司と半ば共謀。半ば飼い犬として動く己が。
此れから、彼女を幸せに出来るのだろうか。
現にこうして、彼女は己を守る為に傷付いた。
それが最適解であったとしても、彼女が負った傷は、紛れもなく己の所為なのだ。

「………なあ、沙羅。…俺はきっと、お前を幸せに出来ない」

懐から取り出した、異界から帰還する為の護符。
それを、そっと彼女に握らせて。ゆっくりと立ち上がった。

水無月 沙羅 >  
「…………?」


制服をかぶせられた。
初めて会った時の、汚すなと渡された制服は今でも保管してある。
大事な宝物のようなものだ。
返さなくてはと思ってはいたのだが、未だに返せずにいたりする。
思い出の品、というやつだ。

けれど、その回想もいまは幸せな思い出というわけでもなく。



「理央……?」


余りにも穏やかな、彼であって彼出ないような口調に戸惑いを隠せずにいる。
いや、これは穏やかではなく。
諦めた人間の魅せる、全てを捨てた時の表情の様な。


そして、その次に彼から発せられる言葉が、それを確信にさせた。


「理央……? なに、言って。」


上手く動かない身体のまま、護符を握らされる。
少年は立ち上がり。


「待って、どこに……理央さん!!」


それは、別れの予感。

神代理央 >  
「……"私"は、風紀委員会特務広報部として本格的に活動を開始する。
現在も人員については編成中であるが…其処に"水無月沙羅"を加えるつもりは無い。
従って、なし崩し的に続いていた君の部下としての業務も、此の朧車戦を以て終了とする。
以後、例外の無い限りは私の指示に従う必要は無い」

もう、恋人として彼女に表情を向ける事は無い。
冷徹で、怜悧な風紀委員。
"後輩"に向ける穏やかな言葉が、彼女に向けられている。

「…これまでの任務、ご苦労だった。以後の処理は此方で行うが…配属を希望する部署があれば申告すると良い。
なるべく希望が叶う様に手配する」

理由は語らない。多くも語らない。
情けない話ではないか。
彼女を幸せにする事を、諦めてしまったなど。
彼女の幸せを、唯遠くから見守る事を選んでしまったなど。

「…………俺は、お前の良い恋人ではいられなかった。
お前の望む事を、してやれなかった。
だから、此れは俺の――我儘だ」

「別れよう。沙羅は――………水無月は、今よりも幸せになる道がある。俺と一緒に歩んでいても、幸せには、なれない」

答えは聞かなかった。
言うだけ言って、返事も聞かず。
握らせた護符を、彼女の掌の上からそっと握りしめる。

「………じゃあな。別に会わなくなる、ってことは無いだろうけど。
元気でな。お前の幸せを、心から願っているよ」

半ば強引に護符を起動させて――彼女を異界から現世へと脱出させようとするだろうか。

水無月 沙羅 >  
「なに、言って。
 私は、貴方の隣に……!」


穏やかだった表情は消え、言葉も冷たく。
向けられていた笑顔は消える。
もはや他人となったその言葉が、胸に突き刺さってゆく。


「理央さん!? 何を言ってるんですか、理央さん!!!」


こちらの言葉など、聞かず。
何も話さず。
もう決めてしまった言葉をただただ並べる彼に、自分の言葉は届かない。


「何言って……まだ、星を見る約束だって、ちゃんと……」


まだ、恋人として何も、何もできてはいないだろうに。
始まってもいなかった二人の時間は、そうして終わる。
何も成せないままに、少女の心は墜ちて行く。


「理央っ!!!」


動かせない身体に、それを拒否することは出来ない。
ただ、この場所から追放されるまで、彼を見届けるしかなかった。


「わたしはっ……、私は……っ! 私の幸せは……っ」


最後まで言えぬままに、少女の姿はその場から消え失せた。
少女の代わりに、最後にあふれて零れた涙が、地面に落ちるだろう。

神代理央 >  
「…………此れで良かった、筈だ。
なあ、そうだろう?神宮司」

少女が無事に異界から脱出した事を見届けて。
深く吐き出した溜息の後――呪詛の様な言葉が、少年の唇から零れ落ちる。


『――…んあ?めっちゃ通信感度悪いじゃん。まあ聞こえるから別に良いけど。
全部聞こえてたし見てたよ。良いんじゃない。正直、今回の任務に水無月沙羅を同行させたのは、僕の意思じゃ無かったしねえ。
【特務広報部が神宮司の私兵になるのではないか】だってさ。笑っちゃうねえ。その為に、彼女で君を縛ろうとするなんて』

『腹立たしいにも程がある。僕を通り抜けてあれこれ決めようなんて、へそで茶が沸くね!うん』


通信機から響く男の声。
男の声が響く通信機を見る己の瞳は、何処までも冷たい。


「そんな事はどうでもいい。以後、水無月沙羅に構うな。
特務広報部へも、加入させるな。
それが、条件だった筈だ。俺が出した条件は、それだけだったはずだ」

『分かってるよお。怖い声出さない出さない。スマイルスマイル!
……ま、僕の方でも色々と根回しさせられたからね。
その条件くらいしか飲んでやらないけど』

『それじゃあまあ、早く帰ってきたまえよ。
帰還ポイントは、彼女からずらしておいたからねえ』


そうして、通信は途切れる。
後に残ったのは、瓦礫と己だけ。
空虚な偽りの街が、己を見下ろしている。

「………ああ、クソ。くそったれ。くそったれ」

吐き出した呪詛は、誰に向けたものなのか。
独りぼっちになった己には、もう分からない。
それを選んだのも、己自身なのだから。

神代理央 >  
そうして、己の為に準備されていた護符を握り締めて発動させる。
一瞬の後、人の住まわぬ偽りの都市には――もう誰も、いなかったのだろう。

水無月 沙羅 >  
「どうして……なんで。
 理央……私、は……」


やっとのことでとどめていた意識は途切れ、異世界から帰還したその場所で、沙羅は永い眠りについた。
涙と血にまみれた少女は、通りがかった通行人によって早急に病院に運ばれることになる。

外相もなく、不死身である彼女にとって、それは意味もないことではあったが。
だが、病院でしばらくの休息をとることを言われたことは言うまでもなく。
 
そして、少女の元に一通の手紙が届く。
それは風紀からの彼女への通達であった。
病院のベットの上で、彼女はそれを力なく見やることになるだろう。


「私は……何の、為に……。」


少女の瞳は、紅く、静かに揺れている。


彼女の失いたくなかったものは、そうして失われた。

ご案内:「裏常世渋谷」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「裏常世渋谷」から神代理央さんが去りました。