2021/02/28 のログ
ご案内:「常世渋谷 常夜街」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 > 夜の街にも当然昼は来る。
とはいえ、昼間から大っぴらに『お楽しみ』を
満喫するような住民は決して多くないのだろう。
黒い事情を持たない住民は中央街でキラキラした
青春を楽しみ、明るい世界に適応できない住民は
暗くなってから退廃的な営みに生の実感を求める。
そういう棲み分けになっているのだろう……多分。
「……なるほどなーん」
つまり、昼間から微妙に閑散とした常夜の街にて。
チラシ片手にまだ開いてもいない店を眺める彼女は
どっちつかずの……強いて言えば、やや後者に近い
日陰者にあたる、ということ。
■黛 薫 > 季節は晩冬、陽射しは暖かい。
空気こそまだ冷たいが、きちんと上着を羽織って
温かい飲み物でも飲めば少し汗ばむくらいの気温。
缶入りのお汁粉を手に、チラシと店を交互に眺める。
夜の街に入り浸るには幼すぎる少女がこうやって
店の様子を観察しているのには当然理由がある。
「……なるほど?」
そう……有り体に言えば、金欠なのだ。
■黛 薫 > そう、金がない。マジで金がない。
手に持っているお汁粉の缶は嗜好品ではない。
昼食兼夕食なのだ。せめて餅入りが良かった。
しかもこのお汁粉は自分の金で買ったものでもない。
違反学生への注意に来た風紀委員に金の無心をして
ドン引きされつつも恵んでもらった命の雫なのだ。
因みに現金は貸してもらえなかった。どうせ飯より
煙草に使う気だろうと見抜かれた。日頃の行い。
「……ぁー、だるぃ……」
煙草も無ければ酒もない。当然薬もない。
カモと見られたのか、異常に釣り上げられた値の
薬に手を出したのが運の尽き。すっっからかんに
なるまで毟り取られてしまった。
■黛 薫 > 金が無ければ生きられない。
それは流石に困るので働かねばならない。
しかし自分はつい先日『まともな店』のバイトに
応募して蹴られた身だ。違反学生の身分を隠して
騙し騙しやってきたが、いい加減顔を覚えられたか
悪評が広まったか、首が回らなくなってきた。
そうなると、選択肢は自然と限られてくる。
具体的にはこの辺りの、余計な詮索をしない店。
とはいえここらの店でも顔を出しにくい場所は
いくつかある。一度働いて、逃げてきた店とか。
ご案内:「常世渋谷 常夜街」に神代理央さんが現れました。
■黛 薫 > 「たるい」
疚しい気持ちを抱え、下を向いて見覚えのある店の
前を足早に通り過ぎる。バイトを始めてもどうせ
長続きしないのは自分が1番よく知っている。
夜の街に来るような客が店員に向ける『視線』は
考え得る限り自分が最も嫌いなモノのひとつだ。
嫌と分かっていても選択肢は残されていないが、
それでも可能なら『マシな場所』を探したい。
ガリガリと手の甲を掻きむしりながら懐を探る。
煙草はあと数本しか残っていないが、どうにか
今の落ち込んだ気分を振り払わねば、働き口を
探すことすら出来そうにない。
■神代理央 >
常夜の街も、微睡む時間はある。
宵闇に輝く街は、陽光に照らされて閑散とした風景を描いていた。
そんな街を彷徨う少女とは真逆の装い。折り目の無い風紀委員の制服をかっちりと着込み、左腕を真新しい包帯で吊った少年委員の姿があった。
分署での打ち合わせの後、視察を兼ねて此の場所を訪れたのだが――。
「……っと、すまない。大丈夫かな」
此方も物思いに耽って歩いていた所為か、下を向いて歩いていた少女と軽くぶつかってしまった。
常夜街をうろつくには随分と幼い様な少女に怪訝そうな表情を浮かべつつ、先ずはぶつかった事への謝罪を告げるのだろうか。
■黛 薫 > 「ぉうっ」
下を向いていたのが災いし、相手に気付けなかった。
懐を探りながら器用にキープしていた缶を落とす。
咄嗟に手を伸ばしたものの、当然間に合いはせず、
硬い地面にスチール缶がぶつかる甲高い音が響いた。
「えぁー……こっちこそ、すんませんした」
中身が殆ど残っていなかったのは不幸中の幸いか。
缶を拾いつつ顔を上げ──相手の着る制服に気付く。
(あ、やっっべ)
煙草を取り出す前で良かった、と心底思ったが、
風紀委員と遭遇した時点で最悪には変わりない。
フードを目深に下ろし、頭を下げる風を装って
出来るだけ顔を見られないように悪足掻きする。
■神代理央 >
こういう街で、自分の顔を隠そうとする者は大体二種類に分かれる。
極端な恥ずかしがり屋か、或いは――
「……ところで。普通の生徒であれば、今は授業の時間だと思う。
委員会や部活生なら、相応の制服や腕章がある筈だな。
まあ、休講は人それぞれではあるから、君もその類かも知れないが」
フードによって隠された少女の顔に向けられるのは、探る様な視線。
『敵か敵じゃないか』だけを探る様な"視線"が、少女に向けられている。
「……何より、此の街をうろつくには君は少々幼い様に見えるな。
職務質問、という訳ではないが…顔を見せて貰おうか。
所持品を出せ、とは言わない。顔を見せるだけなら、簡単だろう?」
少女に向けられる言葉は、尊大さを幾分滲ませたもの。
己の地位と力と在り方に、確固たる矜持を持っている様な。
そんな我の強そうな尊大さが言葉となって、少女に投げかけられる。
■黛 薫 > 「っあー……」
声音から分かる矜持と尊大さ。生温い同情を正義と
取り違えた類の風紀委員ではないとすぐに理解する。
この場からの逃走や下手な言い訳が通じる相手では
ないと諦め、耳付きのフードを取り払う。
唯一の希望は向けられた『視線』にまだ敵意が
籠っていない点。状況証拠がほぼ揃った現状で
違反学生と断定して処分を下さない冷静さに
甘えられるか否かに全てがかかっている……いた。
(いやだめじゃん???)
だがしかし。顔を見せるということは相手の顔も
確認するということ。そしてその顔は違反学生なら
誰もが知る『鉄火の支配者』のものではないか。
そっと両手を上げ、降伏の意を示す。
■神代理央 >
存外、素直に素顔を晒したものだな――なんて思いつつ。
露わになった少女の素顔に向けられる視線は、一瞬の怪訝。次いで、訝しむ様なもの。それから、記憶の引き出しを探る様なものへとコロコロと変化して――
「黛……ええと、黛薫、だったか?監査報告書で、顔と名前を見た事があるな」
漸く、少女の顔と名前。そして報告書の内容を思い出したのか、嗚呼、と言わんばかりの表情と視線が少女に向けられる。
その視線は、両手を上げた少女の姿に不思議そうなものへと変わり――
「…逃げずに素直に降伏の意を示すのは楽で良いんだが。
そこまで素直に降参するなら、校則違反などしなければ良いのに」
まあ、己に出来る事は精々他の風紀委員に引き渡すくらい。
違反部活との戦闘ばかり行っている己は、案外こういった補導とか、違反学生の連行は其処まで重視していない。
彼女が大人しく付き従うなら、楽で良いなあ、と思うくらいだ。
■黛 薫 >
「あーしも逆らったらヤバい相手くらい分かりますし」
言外に『ヤバそうな相手じゃなかったら逃げてた』と
仄めかしつつ肩を竦める。一人歩きした噂の苛烈さから
この場での処分も覚悟していたが、そうはならないと
見て缶を口に運ぶ。開き直ったとも言う。
『視線』から察せられるのは敵意でも不快感でも、
まして同情でもない純粋な疑問。当たり前に規範の
中で生きていける、規範の外にしかいられない異物を
理解できない連中には心底虫唾が走る。
だが、心の底では『それが正しい』と思っている。
むしろ適応できない自分の方が異常だと知っている。
何より、風紀委員なんて一部の例外を除けば大体が
そんなものだ。
■神代理央 >
「そういうものか。出来れば、私相手でなくても逆らわないで欲しいものだがね」
やれやれ、と肩を竦めながら溜息。
少女に向けられる視線は、呆れを含ませるものへと変化する。
「まあ、報告書には諸々記載されていたと記憶しているが…貴様は一応、度々復学の意志を見せている。
それでも補導と監視の対象である事には違いないが、少なくとも私の職務において貴様をどうこうしようとは思わんよ。
大体、私が処理するとなれば良くて怪我人。普通は荼毘袋行きだ。それなりに学園へ戻る意思のある者に、流石に危害を加える訳にもいかんからな」
『裏』の世界から表を否定する者には苛烈な対応を取るが。
少女の様に『表』に戻る意思を多少なりとも見せる者には、それなりに寛大な態度を見せるのだろうか。
要するに規律を大きく乱さず、表の世界に順応しようと努力するのなら、それで構わないのだと。
「とはいえ、見つけてしまったからには仕事をせねばならんのだが。問題無ければ、私と共に分署まで来て欲しいがね」
少女に向けられる視線は『興味』と『義務感』
風紀委員会としての責務と、純粋な少女への知的好奇心。
そんな視線が、少女へと向けられる。
■黛 薫 >
出会ってきた風紀委員は2種類に大別できる。
規範に忠実で、事情など知ったことではないと
ばかりに杓子定規な処分を行う者と、処分より
更生や復学を望む、悪く言えば甘い者。
印象は前者寄り、行動は後者寄りとはまあ珍しい
相手に当たったものだ、と内心で独りごちる。
印象は噂に踊らされた自分の勘違いかもしれないが。
「よく覚えていらっしゃることで」
こんな末梢の違反者の記録など一々覚えてなくても
良いのに、と皮肉りたいところだが、飲み込んだ。
思ったより話せる相手だったとはいえ、できる限り
機嫌を損ねたくないし、何より打算を抜きにしても
不快な『視線』を向けてこない相手に嫌な思いを
させる趣味はない。
「あーしも暇してますし、問題ないっす。
てか、見つかって着いてこいって言われてから
逃げる自信もしょーじきなぃですし」
飲み終えた缶をポケットに突っ込み、ゴミ箱を
探して軽く視線を巡らせる。風紀委員の前だから
ポイ捨ては止めようというポイント稼ぎではない、
無意識に規範に従おうとする所作。
■神代理央 >
少女の思う通り。己には甘いところがある。
というよりも。苛烈な対処を取るのは『復帰する意思の無い者』に対してであって、裏の世界から抜け出そうと努力する者には、決してその意思を否定する事は無い。
まあ勿論、それまでに犯した罪の重さにもよるのだが。
「ああも毎回我々の手を煩わせていては、嫌でも記憶に残る。
とはいえ、貴様の異能の…【視線過敏】だったか。その効能を考えれば、致し方無いところもあるだろう。
致し方ないからといって、罪を許す訳にはいかんがね」
異能の名前は、報告書に目を通しただけだからうろ覚えではあるが。その効果は、記憶に残っている。
異能疾患、と言っても過言では無いその力。表の世界で生きていくには、苦労も多いだろう。
とはいえ、違反は違反。情状酌量の余地を決めるのは、己では無い。
「…そう言えば、そもそもこんな所で何をしていたんだ?
夜なら兎も角、昼間の此の地区で出来る事など余り無いとは思うのだが」
空き缶をポケットに突っ込んで、視線を巡らせる少女の仕草。
その意図に気付けば、向ける視線のは幾分柔らかいものになるのだろうか。
規範に。規律に従おうという意思と行動は、例えそれが本心であるかどうかわからないにしても、好ましいものだ。
だから、向ける視線も言葉も声色も柔らかなもの。
世間話でもするかのような言葉を紡ぎながら、少女を先導する様にゆっくりと歩きだした。
■黛 薫 >
「まあ、世の中ってーのはそーゆーもんですし?
不良品のイイワケをいちいち聞いて回せるんなら、
風紀委員もいらねーです」
先導するために背を向けられた今なら逃げる機も
無くはないが……相変わらず素直に着いてくる。
違反者らしからぬほどに殊勝な態度だが、過去に
暴行沙汰を起こしたこともある。監査記録の通り
精神状態に大きく左右されるのだろう。
「ぁーしはバイト探し、つかその下見中っした。
まぁ?どーーせ長く続かなぃんで、後腐れなく
辞められるとこ、この辺ならあるっしょって」
■神代理央 >
「…其処まで分かっているのなら、せめて校則を破る様な事はしないで欲しいものだが。流石に、違反薬物に手を出したり禁書庫に忍び込むのは、監視されても致し方ない事案なんだがね」
学校に来いとも言わない。
落第街や常夜街に来るなとも言わない。
些細なルールを守らない事は、誰にだってある。
けれど『他の大勢の人』に迷惑をかける様な事は、許さない。
少女が逃げ出す可能性などまるで考えていないとでも言う様な足取りの儘――視線は向けず、そう告げるのだろう。
「…ふむ、仕事か。とはいえ、此の辺りの仕事は正直褒められる様なものでもあるまい。
まして、貴様は一応女だろう。それとも"そういう"仕事を探していたのかね」
歩みを進めながら、僅かに向けられる視線。
その視線には『確認』…要するに、事務的な色合いのものが、含まれているだろうか。
感情の籠らない、業務を遂行する者の視線。そんな視線が、僅かに彼女に向けられている。
■黛 薫 >
「理解は求めてねーですよ」
従順に気怠げを装っていた軽口に、ほんの一瞬だけ
仄暗い感情が籠る。憎しみと僻みの入り混じった、
それでいて諦観と自己嫌悪の滲んだ声。
フードを被り直し、既に空になった缶の底に残った
ごく僅かな餡を音を立てて啜り取る。
「そっちの仕事は金払ぃが良くても嫌っす。
あーしみたいなのを欲しがるやつの『目』は
ずっとずっとずっと……残るんで」
苛立ったように爪を噛みながら吐き捨てる。
常習化しているらしく、五指の爪は全てが指先より
内側にまで深く欠けて、出血の痕も見受けられる。
■神代理央 >
「……強情だな。まあ、別に構わんがね。理解というのは言葉にするのは簡単だが、行うのは難しい。
私は貴様の事を理解出来ぬし、貴様は私の事を理解出来ない。
そういうものだからな」
彼女の声に混じった、負の感情。
それはほんの一瞬の事ではあったのだが…しっかりと、耳に届いた。
とはいえ、その声に同情する様な言葉は投げかけない。
唯、彼女の言葉に同意するだけ。
同情という言葉は、己の忌避するものでもあるが故に。
しかし……彼女が自傷行為かの様に爪を齧り始めれば、流石にそれを見過ごす事は出来なかった。
「……よさないか。自らの身体を傷付けても、別に何も解決しないだろう」
彼女に向き直ると、彼女の腕に手を伸ばし――その腕を取って、爪を噛む事を止めさせようとするだろうか。
尤も、伸ばす腕は避ける事は容易だろう。少年は別に、武術に長けている訳でも無ければ、機敏に動ける方でも無い。
掴んでしまえば、離しはしないだろうが…避ける事は、容易だ。
■黛 薫 >
伸ばされた手を避けることはしなかった。
掴まれるまで相手の動きに気付きすらしなかった、
と表現した方が正しいか。会話の最中に思い出した
『視線』の感触に蝕まれ、周りが見えなくなっていた。
不理解を許容する貴方の声も聞いていない、届かない。
長い前髪の下で見開かれた瞳も、指先と手の甲に
血を滲ませた手も神経質そうに震えて、直前まで
大人しく従っていたとは思えない勢いで貴方の手を
振り払い、呻くような声を上げる。
力自体は然程ではない、しかし無意識下に行われる
加減や手心といったものはおよそ感じられず……
まるで危機に瀕した際のような、乱暴な動作。
このまま襲い掛かって来るのではと警戒するほどの
剣幕だったが、その場に蹲り頭を掻きむしるだけで
貴方に危害を加えることはなかった。
■神代理央 >
先程迄の従順な態度とは一転。
狂乱したかの様に、己の手を振り払い、頭を掻きむしる少女。
その姿は、尋常なものではない。薬物に犯されたかのような。
或いは、精神異常の魔法でもかけられたかの様な。
けれど、少女のソレはきっとどれでもない。
先程迄の言葉を思い返すなら、それは――
「……大丈夫だ。大丈夫、此処にはお前を害する者はいない。
大丈夫。お前に向けられる視線は、届かない。
お前を見ているのは今、私だけだ」
左腕を吊っていた包帯を解く。
治りかけの腕には、僅かに鈍痛が響くが、それを表情に出す事は無く。
凄まじい剣幕で狂乱する少女を、抱き締めようと腕を伸ばすだろうか。
勿論、此れが最善の手であるかは分からない。
男に抱き締められる、という行為は少女に取って忌避すべきものである可能性も、考えた。
けれど、報告書の記憶を頼りにするなら。少女に先ず与えるべきは『視線』から遮る事ではないかと。
当然、今少女にそういった視線を向ける者はいない。けれど、少女の内面からその視線が蝕んでいるのなら。
全ての視線を遮る様に少女を抱き締めようとして。
己も、ぎゅっと目を閉じているのだろう。
振り解かれたり強い拒絶があれば。無理に続けようとはしない。
少女を狂乱から鎮めようとする、不器用な一手でしかないのだから。
■黛 薫 >
恐らくは時間帯と、場所が幸いした。
今この場で取り乱す彼女を見る人通りはなく、
場所が場所だけにあっても『良くあること』と
忘れ去られ、奇異の視線すら向けられはしない。
逆に言えば、もっと人が多く治安の良い場所なら
狂乱した彼女は視線を集め、それを引き金として
更に衝動的な行為に及ぶ危険性があった。
それでも、彼女が落ち着くまでには数分を要した。
落ち着いたと言っても相変わらず隠れ気味の瞳は
怯えるように周囲を警戒しているし、掻きむしる
ことは止めても指先は突き立てるほどに強く自分の
腕を掴んで離さない。
ひとまず会話ができる程度に回復した彼女が最初に
口にしたのは、謝罪でも感謝でもなく。
「……腕、怪我してたんじゃなぃんすか」
包帯が解かれた貴方の腕を見ての感想だった。
酷く気まずそうな声から察するに、気になったとか
ではなく、何でも良いから今の狼狽以外の話題が
欲しかったのだろうと推測できる。
■神代理央 >
昼間の常夜街。学生通りでも、落第街でも、夜の常夜街でもなく。
人通りも少なく、あったとしても奇異の視線を向けられにくい此の場所だから…己でも何とか、彼女を落ち着かせる事が出来たのだろう。
運が良かったかな、なんて小さく吐き出した溜息。
こういう仕事はもっと、包容力があったり正義感の強い者の仕事では無いかと思うが故に。
自分が誰かを慰めるなど、柄でも無い。
「……治り掛けだ。気にする程の事でも無い。
風紀委員なら怪我をする事などよくあることだしな」
数分の時間をかけて、漸く落ち着きを取り戻した彼女から零れ落ちた言葉。
敢えてその話題に応えつつ――彼女が取り乱していた事は、露程も話題には出さない。
流石の己でも、彼女が触れて欲しくない話題くらいは、分かる。
取り敢えず、落ち着きを取り戻したのなら…と、抱き締めていた腕を離し、一歩彼女から距離を取る。
それでも尚、血の滲む手が彼女自身の腕を握り締めているのを静かに見つめたのなら。
「………仕事を探している、ということは金に困っているのだろう。これで傷薬でも買って、今夜の宿を探して、温かい食事でも取ると良い。
詰所に連れていくのは、その怪我が治ってからでも良かろう」
制服の懐を弄り――その途中、動かしてしまった左腕に思わず顔を顰めつつ――黒革の長財布を取り出すと。
ちょっと取りにくそうに片手で財布を開けば、無造作に高額紙幣を数枚、彼女に突き出した。
彼女が、自分の腕を強く掴むその腕を離し、紙幣を受け取るまでずっと。
彼女から視線を逸らせる様に少しだけそっぽを向いた儘、ずい、と紙幣を差し出した儘なのだろうか。
■黛 薫 >
「あーしの傷より、先に治すべきトコあるっしょ。
命やら傷やらの重さの価値とか差とか?べっつに
どーーでもいぃっすけど?怪我しようが倒れようが
誰も困らん違反学生と、倒れたら守れない人とか
出てくる風紀委員じゃ優先順位は違ぅし?
そもあーしが金貰っても全部が全部ちゃんと生活費に
なるわけじゃなぃって分かってます?風紀委員の金で
酒とか飲んでたら、そっちの責任とかどーなるかとか
分かったもんじゃなぃと思うんすけど?」
紙幣を見て反射的に動いた手を引っ込める。
恐らく紙幣をチラつかせたのは腕に突き立てた指を
離させるためだと気付いたのは手を伸ばした直後。
目的を達成したなら、紙幣は引っ込めても良い訳で。
つまり今受け取らないとチャンスを逃すことになる。
『視線』から敵意がないと分かっていても、彼女は
未だ好意を信じ切れていなかった。
「……半分だけ貰ぃます」
数秒の逡巡、半額だけ──奇数枚なら切り捨てて
半分だけ受け取り、ポケットに捩じ込む。
色々喚いたが、やっぱり生活費は欲しいのだ。
今日のお汁粉を除けば2日は水しか口にしていない。
■神代理央 >
「…命は、平等ではない。
守られるべき人と、守られない人。
救われる者と、切り捨てられる者。
綺麗事で世界は回らないし、風紀委員会は全てを掬う組織では無い。それを否定はしないさ。
何でも構わないさ。貴様は当面、金があれば大人しくしているのだろう。どのみち、この金は私個人のものだ。ひもじそうな監視対象にくれてやったとして、咎められる筋合いはないさ」
一度伸びて、それから引っ込められた彼女の手。
何だか野良猫に餌をやっている気分だな、と場違いな感想を抱いてしまうのだろうか。
「別に全部取っても構わないんだがな。まあ、貴様がそう言うなら、それで構わないが」
欲の無い事だ、と言葉を締め括って。彼女が受け取らなかった紙幣を財布に仕舞う。
対処療法に過ぎない。此処で金を渡したところで、彼女の生活に大きな変化がある訳でも無い。それは、分かってはいるのだが。
「……貴様は嫌かも知れぬし、訪れる事も無いだろうが。
どうしても仕事が欲しければ、私に連絡すると良い。
これでも、風紀委員会で部隊を預かる身だ。小間使い程度の仕事で良ければ、手配してやろう。
気が向いたらで構わんし、無理に来る必要も無い。
どうしても食うに困れば、私を頼ると良い」
懐に仕舞いかけた財布からもう一度取り出したのは、名刺。
風紀委員会の役職者が持つ上質な紙に印字された役職と名前と連絡先。
"風紀委員会 特務広報部 部長 神代 理央"
後は、電話番号とメッセージアプリのアドレスが記載されたソレを、もう一度彼女に差し出した。
向けられる視線は、観察と…不安。
彼女が受け取ってくれるかどうか。それを、心配する様な――そんな、視線。
■黛 薫 >
「……アホくさ」
金があれば問題を起こさない生徒というのは……
一定数は存在するだろう、落第街で暮らしていれば
そういう生徒は腐るほど目にするから。
今まで散々違反を繰り返し、少なくとも自分では
更生の見込みがないと考えている生徒に金銭を
渡すのは、その場凌ぎの手として理解はできても
正気とは思えない。
けれど……不安混じりの『視線』を前にすると、
それ以上の憎まれ口を叩くだけの気力も無くなる。
名刺を受け取り、その場での登録こそしないものの
アドレスを確認した。
「……先に断っておきますケド。あーしは公安とか
風紀委員から仕事もらったこと、あります。で、
全部長続きしませんでした。だから困って連絡が
届いても、労働力としての期待は無理すから」
■神代理央 >
「…其処まで難しい仕事を頼むつもりもない。
それに、貴様に必要なのは取り敢えずその日の食費だの生活費なのだろう?ならば別に、長続きしてくれと過度には謂わぬさ。必要な金が貯まれば、続ける理由が無いのを引きとめもしない。
極論、顔を見せるだけでも監視にはなっているのだからな」
相変わらず口調は尊大で、態度は傲慢。
それでも、彼女に向ける視線には『安堵』の色が、浮かんでいるのだろう。
差し出した名刺が拒絶されなかった事への安堵と、庇護。
そんな感情が、視線には籠っているのだろうか。
「兎に角、怪我の手当だけはしっかりする事。
それ以外については、特段私から貴様に小言を言うつもりは無い。
言ったところで、貴様も不愉快なだけであろうしな」
と、財布をしまい込めば少しだけ説教めいた口調で言葉を紡ぎつつ、包帯を直そうと四苦八苦して――結局、諦めた。
解けた包帯は取り敢えず乱暴に制服のポケットに突っ込む。
後で保健室にでも寄れば良いだけの話ではあるし。
「……まあ、何はともあれ。取り敢えず落ち着いた様で良かったよ。アホだと憎まれ口を叩く余裕があるのなら、もう心配はいらないだろう」
ほんの少しだけ笑みを浮かべて。
安堵の溜息を吐き出すと、彼女に背を向ける。
「ではな。くれぐれも私達の目に留まる様な悪事は、働いてくれるなよ。それと、何度も言うが怪我の手当はする事。
その手では、何の仕事をするにも捗らぬだろう」
背を向けた儘、最後に彼女に一度視線を向けて。偉そうな態度と言葉を告げた後。
返答を待つ事無く、陽光煌めく常夜街から少年は立ち去るのだろう。
らしくない行動だった、と。己の行いに溜息を吐き出しながら。
■黛 薫 >
去り行く風紀委員の背中を無言で見送る。
別れの挨拶でもするか、手を振ろうかとも考えたが
親しげに声をかけて好意的に受け取られた経験など
ないし、何より柄ではないから諦める。
風紀委員の、特にその中でも危なそうだと目星を
付けていた相手との邂逅で優しさばかり受け取って
何とも腑に落ちない気持ちにはなりはしたが……
ひとまず、今ポケットの中にはお金がある、と
切り替えていくことにする。
手始めに買うなら酒か煙草か、或いは──と。
考えて、不器用な視線から感じた安堵を思い出す。
「……自由に使わせてよ、ホントさぁ」
苦々しげに呟いて、夜の街に背を向ける。
向かう先は中央街か、それとも学生通りか。
何れにせよ未成年には酒も煙草も売ってくれない。
ご案内:「常世渋谷 常夜街」から黛 薫さんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 常夜街」から神代理央さんが去りました。