2021/03/08 のログ
ご案内:「常世渋谷 常磐ハイム」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
夜でも、夜だからこそ、人が蠢く街渋谷。
その街の明かりを背に、だからこそ、このマンションは暗く佇んでいました。
……常磐ハイム。
本当に人がまだ住んでいるのか不思議なくらい、静けさに染まり。
であるのに、夜の明かりにぽっかりと暗い穴を開ける摩天楼は、ぞわりとする寒気とともに……雄弁に、私の目の前に立ちはだかっていました。
(……一応、人は住んでいるんですよね)
まるで泥棒さんみたいに、こっそり、静かに。足音を立てずに、私はマンションの扉をくぐりました。
……もちろん、さすがにここには住んでいません。
これは、祭祀局を経由した依頼でした。一応、私宛ての。
「……だ、誰もいませんよね」
思わず、口に出して辺りを確かめます。
……それこそ、誰もいないのに返事が返ってきそうな、薄暗い広間。
人が居るはず。住んでいるはず……それなのに、あまりにも人間とそぐわない、その空気。
実際、誰かに見られると困ることをするので、人払いの必要が無いのはありがたいのです、が。
(……ここらへんかな)
建物を貫く螺旋階段。
かつて儀式も行われたというその場所で、私も先達を見習いました。
胸元で両手を組み、腰を降り……祈りの姿勢を取れば、
「聖なる、聖なる、聖なるかな」
「万軍の主たる大いなる君よ――しかしてその手を血に染めるべし」
「万能の長たる賢しき貴方――しかしてその眼を白痴に堕とせ」
「万物を統べし善なるモノよ――しかしてその冠は悪魔の角である」
「――呪いあれ。我が身を汚したまえ」
……何の呪術でも、ありませんでした。
ただ、何も捧げず。何の魔力も通さず。
ただただ、世を、私を呪えと挑発するだけの、呪詛。
■藤白 真夜 >
詠唱を終えた途端、周囲の記憶が驚くほど下がります。
見る間に肩が重くなり、視界が暗く。
当たり前でした。おなかを空かせた狼さんの前になまにくを放り込むようなものです。
(……ちゃんと、居ますね)
ですが、それこそが私の目的でした。
ざわざわと血が騒ぎ、見る間に視界の隅にぼんやり光るエクトプラズムだの、かすかにひび割れた亡霊の怨嗟の声が聞こえてきます。
……そう。
「……!で、では、失礼します……!」
……私のしごとは、囮でした。
そのまま、甲高い音を立てて螺旋階段を登っていきます……!
(だ、誰もいませんように……!)
さすがに、ここを目撃されると色々気まずかったり。
……たぶん、巻き込む心配はありません。『皆さん』、私に血なまこなので……。
怪異の種類や規模にもよりますが、今のところ、大事には及んでいませんでした。
……大事に及んでも大丈夫なように、私の出番なのですが。
(……すっかり、慣れちゃったな)
螺旋階段を早足に登りながら、並走してくる人魂のようなものに顔を向けます。
……危なそうに見えて、実は私の血液にしか興味が無い方も多いみたいで。
(……えい)
ぱしゅ、と手のひらから血液を飛ばすと、その血液にむかってわらわらと群がって、私のほうにはあんまり興味もなかったり。
(……こうして見ると、小動物的な可愛さが、ある、ような……、)
そう思った時、がぶがぶと血液にむらがる人魂さんと目が会いました。
(う゛っ……)
……しわくちゃによじれた老人とお猿さんを足して割ったような顔、というと伝わるでしょうか……
(うん、やっぱり無理。)
さすがに、幽霊だとか、血だとか、呪いだとか、そういうものに慣れ親しみすぎた気は、するのですけど。
……これが一番、私が人の役に立てることでした。
■藤白 真夜 >
「……ぁッ、」
ぐぱ、と何に振れられたわけでも、私の異能でもなく、二の腕にひびが割れるような傷が開いたかと思うと、血が吹き出ます。
(……ちょっと、集め過ぎちゃったかな)
さすがに、私も少し気を引き締めます。……ゆ、油断しているつもりはなかったんですけど。
私の血液は、ばらまくとそれだけで、おばけにとってお酒みたいな効果があるらしく、大分おとなしくなります。
それでも、あまり群れると直接、私に霊障が起こって、血が溢れ出ていくのです。
体の中を何かが這いずり回るような不快な痛みが走りますが、少しエンドルフィンを合成すれば、なんてことありません。
(……誰にも見られませんように……)
とはいえ、血塗れになるのはこちらも慣れていました。
色んな所から血を吹き出しつつ、ゆっくり屋上への扉を開けて。
(……血塗れのセーラー服の女が出没するとか、噂になるのかなぁ……)
■藤白 真夜 >
(……ここまでくれば、よし)
建物の入り口から、屋上まで。
0から、全てを。
かつて世界軸に見立てられたそれを、もう一度。私と亡霊の呪いが籠もった血痕が辿りました。
「逃げちゃってごめんね。……はい。これ、いっぱいあげるから。……ね?」
その辿った意味を全てこめ、この呪われたマンションの呪いを受け持ち。
溜め込んだ呪いと亡霊の飢えを集めた血液を、私の手の中に集めます。
……きもちドス黒くなっているそれを、一箇所に集めれば――
ごぽり、と。
血液の溢れ出る音とともに形を変えて、ひとつの心臓の形を取りました。
私をずっと追いかけてくれたおばけの皆さんに、ほんの少しだけでも…優しく声をかけて。
「えいっ!」
それを屋上から、身投げするように、投げ捨てれば。
(あ……やっぱり、多かった、かな)
落っこちる血液心臓を追いかけて、わらわらと亡霊が姿を現しました。
……そして心臓が地面に落ちる、その瞬間。
ぽちゃん、と。
異次元への境界が、開きます。
『常磐ハイムでの、入り方』
裏常世渋谷への、確立された入場方法。
その、『常磐ハイムからの身投げ』を、あの心臓が代理となって請け負ってくれるのです。
「しばらくは、そっちで大人しくしていて、くださいね」
届くはずもない、声。屋上から、わちゃわちゃと裏常世渋谷への境界に入った心臓を追いかけていった亡霊さんを見下ろして、一息。