2021/06/23 のログ
ご案内:「常世渋谷 底下通り」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
常世渋谷の高架下に並ぶ露店街──底下通り。
やんわり表現するなら自由な、包み隠さず言うなら
社会秩序に従わない異世界基準の気風が特徴の区画。

その自由な気質からか、この世界の文化を積極的に
取り入れようとする住民も多い。お陰で底下通りの
入り口付近、中央街に面した一角は異世界の文化と
地球の文化、双方の橋渡し的な役割も果たしている。

とはいえ元々は我の強い者が集まって出来た区画。
少し奥まで入れば強引な客引きや立ち退き拒否は
日常茶飯事。黒街に面した地下街付近まで来れば
表の世界の秩序など役には立たない。

そんな底下通りの奥まった場所を歩く少女が1名。

常世島の暗部、その手前と言える治安の悪い区画。
年端も行かない少女が1人で歩いているとなれば、
きっと深い事情が──

(癒しが……癒しが欲しい……)

なかった。深い事情なんて何もなかった。

黛 薫 >  
そもこの区域自体癒しを求めて来る場所ではない。
それは黛薫も重々承知している。しかしそれでも
なお此処を選ばなければならないほどに選択肢が
狭められていたのだから仕方ない。

(コレ持ったままじゃ表に出られねーもんな)

主な原因は鞄の底にしまい込まれた正八面体の結晶。
魔力塊であり、麻薬であり、同盟者から与えられた
首輪でもある。

別に所持を強制されてはいないが、もし手放せば
自分を探す手間が発生する。利害の一致を思えば
一応は対等な関係と言えるはずだが、必要な物を
色々と用立てもらっている立場。これ以上負担を
かけるのは憚られる。

無法の街で交わされただけの関係を気にする彼女も
大概律儀なものだが、本人にあまり自覚はない様子。

黛 薫 >  
さておき、現状の黛薫は生活に不自由していない。
先に触れた同盟者、協力者、適切な表現は難しいが、
どうあれ利害の一致で結ばれた相手が必要なものを
概ね用意してくれるから。

その代わり、非合法の麻薬を所持しているという
罪悪感から表の街に出られない。落第街で暮らす
人間など大体が脛に傷を持つ立場だから本来なら
それで困りはしない。必要な物を仕入れてくれる
相方がいるなら尚更。

しかし彼女の場合は少し事情が異なる。
他者の『視線』を触覚で受け取る異能を持つ彼女に
とって落第街は素より住み良い場所ではないからだ。

かといって表の街の方が楽というわけでもない。
落第生、かつ違反学生という立場を知る者からの
『視線』は厳しく、それが怖くて逃げてきたから。

要は『人は少ないが嫌な目で見てくる人が多い街』と
『人も多く偶に厳しい視線で見てくる人がいるけれど
大半の視線は痛くない街』のどちらなら我慢出来るか。

立場上の後ろめたさもあるから基本的には落第街で
過ごし、落第街の視線に耐えられなくなったら表の
街に逃げて、また落第街に逃げ帰ってくる。

つまり、罪悪感の上乗せによってサイクルが崩れ、
落第街で向けられる下卑た視線に精神を削られて
しまっているのが現状である。

黛 薫 >  
諸般の事情により唯一の趣味を失ってしまったのも
向かい風。せめてインドア系の趣味でもあったなら
視線を避けつつ生きられた可能性もあるのだが……
残念ながらそうではないので、やることのない室内
よりも屋外に繰り出す方を選ばざるを得ない。

(多分そーやって悩むの、あーしだけじゃなぃよな)

社会に適応出来なかった時点で『仕方なかった』と
自分の悩みを正当化する権利は失っていると思う。

社会復帰のために風紀ではなく医者が充てがわれる
くらいだから、たかだか14歳の女子が解決するには
重い問題なのだろうと思い込んで自分を慰めるのが
関の山。

しかしきちんと学校に通っていれば中学生の乙女。
悩み苦しむも思春期の華だが、それだけではやって
いけないのも事実。だから罪悪感に押し潰されない
ギリギリのラインを見極めて癒しを求めている。

黛 薫 >  
幸いこの区画も常世渋谷の一部。若者が好むような
屋台は珍しくない。何となく目に付いた異世界風の
お店でタピオカミルクティを購入して適当な椅子に
腰掛ける。ポイ捨てはもちろん立ち食い立ち飲みも
しない辺り、不良らしくない。

「うわ何だコレ」

考慮すべきだったのは底下通りという街の特性。
この世界の文化がそのまま通じるとは限らないのだ。
想像していた味とは大分異なる風味に思わず咽せる。

確かにお茶の風味はあるし、そこにミルクと甘味が
加わっているからミルクティと言われればその通り。
しかしこの文化圏における一般的なミルクティとは
お茶の種類が違う。つまりミルク+紅茶ではない。

「確認しとけば良かったなー……」

想像と違う味が口の中に飛び込んできた混乱さえ
除けば、まあ不味くはない。好みも抜きにすれば
一部への受けも悪くないだろう、とは思う。

ミルクで中和しきれないくらいに癖の強いお茶は
異世界の情緒を求める者には悪くなさそうだが、
癒しよりは驚きの方が遥かに大きかった。

砂糖の量がかなり多いのもあって、飲み切るのは
かなりキツかったが、飲み残すのは嫌だったので
無理やり飲み干した。

黛 薫 >  
「うぅん……」

出鼻を挫かれた感は否めないが、次の屋台を探す。
飲食物は分かりやすい娯楽だ。酒や煙草より幾分
美味しさが理解出来るから良い。

とはいえ、さっきみたいに心の準備が必要な品を
楽しむには精神が疲弊しすぎている。とりあえず
何の憂いもなく美味しかったと言って帰れる品を
探したいところだ。

ぱっと目に入ったのは肉やら何やらを焼いている
串焼きの屋台だが、出来れば避けたい。異世界の
生き物の味に多少興味はあるが、人間が食べても
平気かどうかがまず分からない。明らかに警戒が
必要な匂いを漂わせている肉もあるし。

(考えてみりゃ、異世界どころか異国の文化だって
口に合わないコトあるもんな。そりゃそうか)

何となく、味よりも香りや風味に慣れていないと
受け付け難い気がする。さっきのお茶も然り。

中央街に近い区画に行けば無難な屋台も多いのだが
麻薬をショルダーバッグの底に忍ばせたまま健全な
地区に足を伸ばせるほど図太くはない。

黛 薫 >  
気分的には甘味より食事系の何かが食べたいところ。
さっきのタピオカミルクティもどきが甘すぎたから。
出来るだけ地球の文化に近そうなお店で危険そうな
匂いを発していない屋台は近くにないものか。

「んー……」

候補として見つけたのは揚げ物を売っている屋台。
ハーブかスパイスか、何やら特徴的な匂いがする。

異世界のスパイス、と言われると正直不安はある。
人気食のカレーだって国内向けに調合されていて、
国外のものは口に合わなかったりすると聞く。

しかしこの辺りのお店で1番美味しそうな匂いを
漂わせているのはこの屋台。というか他の屋台が
軒並み特徴的過ぎるため消去法で選ぶと此処しか
残らない。

メニューがちゃんと読める文字で書かれているし、
内容もフライドポテトやらチキンやら馴染み深い
料理ばかり。

黛 薫 >  
少し迷った末に列に並ぶ。見た目で判断出来るとは
限らないが、明らかに分かる異世界からの移民では
ない、どちらかといえばこの世界の住民らしき人が
並んでいたのが決め手。

馴染みのない言語、知らない匂いの漂う空間では
自分の方が異物なのではないかと感じてしまう。

それなりに長い列に見えたが調理が早かったのか
順番はすぐに回ってきた。ポテトとチキンを注文。
それほど間を置かずに注文の品を受け取って列を
離れることができた。

「まあ、常識が通じるとは思わなかったけぉ……」

高架を見上げてぼやく。確かに美味しそうだが……
サイズ感が狂っている。平たいフライドチキンは
顔ほどの大きさがあるし、フライドポテトは1つの
芋から切り出されたとは思えない大きさだった。

「なんか、こーゆーお菓子あったよな……」

少し考えて思い出す。サイズ感がポテトではなく
チュロスのそれだった。

黛 薫 >  
近頃まともな食事を頂けていたことに感謝する。
空きっ腹にこんなものを入れたら多分吐いていた。
とはいえ見た目も匂いも普通に美味しそうだから
文句はない。

まずそうそうお目にかかれないサイズのポテトを
一口。マッシュポテトをそれっぽい形にしたとか
そういう食感ではなく、普通に1個の芋を切って
調理されたものだと分かる。

「異世界、怖いなぁ」

味はほぼジャガイモ。スパイスの風味はやや強いが
味の薄い芋本体のボリュームのお陰で気にならない
範囲に収まっている。普通に美味しい。

強いて違いを挙げると、一般的なジャガイモより
皮が分厚くて固い気がする。最初は噛みちぎって
食べようとしていたが、無理だと悟って残した。

黛 薫 >  
次にフライドチキン。サイズ感が狂っているので
薄く見えたが、改めて見直すと一般的なコンビニで
売られているホットスナックと同等の厚みはある。

(……コレ、食ぃきれねーな?)

値段もコンビニで買えそうな価格。お手頃価格と
言えば聞こえは良いが、逆の意味で詐欺である。
とりあえず食べられる分だけ食べて持ち帰ろうと
考え、分厚いチキンの端っこを一口。

「ン゜ッッッ」

辛い。ひたすら辛い。辛いを通り越して痛い。
ポテトが普通の味だったから完全に油断していた。
確かにちょっと衣が赤いかな、とは感じていたが
照明の加減か文化の違いだと思っていた。

どうやらあの屋台から漂う刺激的な香りの元凶は
これだったらしい、と気付いたけれど後の祭り。
タピオカミルクティを残しておけば中和できたか、
とも考えたがどう考えてもミルクティが負ける辛さ。

黛 薫 >  
衣の食感は良いし肉感もジューシー、味が分かれば
多分美味しい……と思う。実際には一口目で味覚が
悲鳴を上げて痛みしか分からないのが惜しい。

声にならない悲鳴に気付いた数人の客から『視線』を
感じたが、驚きも同情もない平静の視線だったため
恐らくよくある光景なのだろう。

どうにか咀嚼して飲み込んだものの、舌どころか
喉まで痛いし熱い。激辛メニューを求める客には
受けるだろうと納得はするものの、何も知らずに
食べた身からすれば不意打ち以外の何物でもない。

辛さと熱さに涙が滲んで前が見えない。
冷静なときなら一呼吸置いて考えたはずだが……
予想外の衝撃に動揺していた黛薫は愚行を犯した。

つまり……目を拭ってしまったのである。
今の今まで激辛チキンを持っていた手で。

「アアア」

口腔を焼いていた熱が目蓋に移って悶絶する。
当然、人間は目では味覚を感じられないのだが、
瞳が辛いと叫んでいるような気がした。

黛 薫 >  
初見の客を微笑ましく(?)見守っていた客たちも
流石に目はまずいと気付いたのだろう。店の裏に
連れられて、無事目を洗うことができた。

「……その、ありがとーござぃます……」

まだ涙は止まらないし目はひりひりする。

この屋台の客は激辛好きという仲で繋がっている
らしく、彼らの視線からは奇妙な連帯感と友情が
感じられた。でももう二度と来ない。二度と。

食べきれないなら残しても良い、とは言われたが
口をつけてしまった手前、返品するのは憚られた。
幸い悪食の同居人がいるから食べてもらえば良い。

(……アイツ、味覚あんのかな?)

生態を考えれば無機物でも何でも食べるはずだし
問題はないと思うが……駄目だったらどうしよう。

ひとまず、黛薫は考えるのをやめた。
今の彼女は考えるには疲れすぎていた。

(あーし、何しに来たんだっけ……?)

当初の目的……癒し、ないし休息を求めていた筈の
外出で疲弊しているのはどうしてだろうか。

辛味痛みとは関係なく、ちょっぴり涙が零れた。

ご案内:「常世渋谷 底下通り」から黛 薫さんが去りました。