2021/11/21 のログ
■ノア > 其処に居た者。耳と尾のある、狐の化生。
彼はこの異質な世界に元より此処に居たのか、あるいはこれも行き逢ったというのか。
それを人の身で知る由も無いが、この"裏"の世界に一人で縁の怪異と向き合ったのなら、
誰の声もその背にかけられることが無ければ、とっくの昔に狂気に吞まれていただろう。
備えをしてきたとはいえ、自身の知る以上のありようをこの世界がしていたのは、誤算だったのだ。
放たれた弾が、皮膚を穿つ事は無い。
それでも、胸のあたりに目掛けて撃った物がそのまま自分にも返ってきた事だけは、かろうじて理解できた。
衝撃に吹き飛ばされた中で痛みに悶えそうになり、身体の内で数本は骨をやっている事に気づく。
逆に言えば、それだけ。
呼吸はできる、吐く息に内から漏れる血が混じる事も無い。
"運が良かった"という外、ない。
砲声の余波が残る鼓膜に、呟くような歌声が聞こえる。
転がったままにチラリと視線だけそちらに向ければ、奏でられるは幼い子供のひふみ歌。
いつか本土で聴いた物。
「……っ」
声をかけようとして口を開くが、ヒュウと息が漏れるばかりで叶わない。
痛む身体を無理やり起こして見やれば、眼前の怪異は消えていた。
残ったのは無数に散った硝子の破片。
音なく紡がれた自身の名、自身が撃ち抜いた許せぬ者。
ガラス片となった中に散り散りになって映る断片の、一つに触れる。
戻る事の無い記憶の中の最愛の家族と、今を生きる友と。
刺さり、血がにじむのも躊躇わずにその破片を握りしめ、ビルの柱にもたれかかる。
■ツァラ >
「のますあせゑほれけ……わぁー痛そウー。」
大人びた表情でひふみ歌を歌い終えれば、
ぱっと子供らしい表情に切り替えて、吹っ飛んだ先のノアに歩み寄る。
この少年は、並行世界の"日本"よりこの世界に来訪した。
異世界でありながら、似通った世界から。
御先稲荷、稲荷神の眷属、遣いの狐。
元居た世界ではそう呼ばれたが、《大変容》の起きたこの世では、
この少年はただの異世界人、妖精や隣人、八百万の小さな神の一匹でしかない。
「大丈夫? って大丈夫じゃないカ。」
しゃがみこんで相手を見やる。
三尾がわさりと動き、耳が揺れる。
縁の怪異は砕け散った。
その金眼はこれまで総合して異能のようだと思われていた力を集束させ、
確かな異能と成ったのである。
他の怪異はいるかもしれないが、
これ以上は狐が化かして彼に近づけないだろう。
生憎と、怪我を治してやったりは出来ない。
まぁ、病院かそれに類するモノに、
この裏の近道を導くぐらいは出来るが。
「…見えたカナ? これからどうスル?」
少年は問いかける。
動物の耳を持つ故に、掠れ声でも紡げれば聞き取れるだろう。
■ノア > 柱に背を預け、息を整える。
大丈夫かと問われれば力なく笑う外ないが、生きてはいた。
護身用にと握っていた自分の向ける暴威が、いかほどの力で相手を襲うのかを体感する羽目になったのは初めてだった。
「あ゛あ……あぁ、だい、じょうぶ」
狐の彼の言う通り、とてもでは無いが無事では無い。
こちらを覗き込む蒼の眼を見る。
爛々とした明るい色、穏やかな海の色。
既に感覚すら麻痺したのか、左手を上げて揺れる耳の生えた髪に手を乗せる。
お前のお陰でな、と感謝の意を声に乗せる事もできず。
痛みで熱を持つ身体の、折れた部分を探りながら自身の異能が変質したのを感じる。
今までの感知の力のその先。
銀色に染まった時に、自己の瞳が何を映すのかは、未だ知れず。
耳に届く怪異の声。
こちらを探しているかのような、音とも言えないそんな物。
目の前の狐のお陰か、化かされすぐそばに寄ろうとも気づく事は無い。
「……落第街の地下、『雲雀』の巣箱に」
見えた。眼を背けるのを、止めたから。
掠れた声で、消え入りそうな音を囁く。
元より感じていたこの世界の息のしづらさは拍車をかけて身を追い詰めていた。
出口と繋がるはずの銀鎖を、辿るだけの力は青年には残っていない。
■ツァラ >
ノアが触れる少年は、確かにそこに在る。
人間ではあるはずの無い場所から生える耳が、力の無い手にぴこりと寄る。
もふもふした動物の確かな感触だった。
海の色、空の色。
どちらとも取れぬ鮮やかな水青の色は、にこりと笑った。
無邪気に、大人びて。
「落第街のー雲雀?」
彼の言葉を聞き届ける。
目線を彼から外し、裏の世界をきょろりと見渡す。
「んー……道はちょっと遠いかな。
とは言っても歩けないよねェ。」
ノアの様子を眺め、うーんと悩んだ後。
「久しぶりにやるケド、いーけるかなっと。」
ノアが聞き取ろうが聞き取れまいが、そう呟くと。
小さな両手を青年へと伸ばす。
そうするとするりと少年の背が伸びて、
青年の背を追い越して、大人の姿になって、
そのままノアの身体を抱き上げた。
「…揺れて痛いとは思うけれど、少し辛抱してネ。」
狐の青年は見目に見合った低い声でそう囁いて、青い蝶を引き連れ、
裏の渋谷を目的地に向かって歩き出す。
これは仮の姿。ほんの少しの背伸び。
■ノア > 目の前で起こる変容。
見下ろすほどの背丈だった少年が、自分の背丈を超える姿に変わる。
面影をそのままに、三つの尾を揺らす姿は大人の物へ。
唖然としながら見届ける。
「ぐっ……悪いな」
抱き上げられると、揺れるたびに節々が痛む。
呼吸を落ち着けると、身体中が悲鳴をあげている事が痛みという実感を伴って訪れる。
ふわりと宙を舞う青い蝶の向こう、悍ましい姿の怪異はこちらを見るでもなく。
得られた物はあった。
気づけたこともあった。
代償も無く何かを撃てるほど、甘い世界では無い事も。
トントンと、リズムよく揺れる腕の中で瞳を閉じる。
時折頬に触れる尾の感触の柔らかさに追いやられるように。
ない交ぜになった感情を飲み込み、意識を手放す。
誰も感知しない"裏"の中。
かろうじて、されど安らかに青年は息をしていた。
いずれこの恩を狐に返そう。
例にもれず稲荷が好きだろうか、それとも――
鼻をくすぐるのは錆びた世界に不似合いな甘い香り。
――あぁ、表の菓子なんかでも、喜んでくれるだろうか。
■ツァラ >
意識を手放した青年を抱き、
子守歌のようにひふみ歌を歌いながら、鈍色の景色の中を歩く。
縁の結ばれた子、このまま放置しておけば、
やはりこの裏の世界は彼を呑み込んでしまうだろう。
故に、青年となった狐は、彼を表の雲雀の巣箱へ送り届けることにした。
"幸運の祟り神"
風紀委員の記録にも一度だけ登場するこの少年は、
誰かの幸運を食事とし、それを信仰の力として生き永らえて来た。
それは、異界であるこの世でも変わらず。
この狐はそういう成り立ちだからこそ、異界でも生きて来た。
狐が何者か調べれば、記録としては少ないが、
なんとはなしに分かるだろう。
ただ、未だ定まった棲み処は持っていない。
お礼の何かしらが届くかは、今はまだ、分からない。
蓮を落とした箱舟よ。願わくば、君が美味しくあるように。
ご案内:「裏常世渋谷」からツァラさんが去りました。
ご案内:「裏常世渋谷」からノアさんが去りました。