2021/12/02 のログ
藤白 真夜 >  
「――ふふ。やっぱり、すごいわ、アナタ」

 コレもある種の特等席なのかもしれない。男に抱えられたまま、その赤い閃きを見つめていた。
 女持ったまま刀を振るったところで、そこになんの力も技も宿らないんじゃないの――そう言おうとした言葉が引っ込む。
 何か美しいものでも見たような、……陶酔するような声色。

「……。」

 男にかばわれる時でさえ、女は狼狽えてもなく、感謝するでもなく、心配するでもなく。ただ、男の動きを見つめていた。
 その切断も、その左腕も、その粗野も、その献身も。
 ひとの在り方全てが気になるような、好奇心に満ちて、しかし危機感の無い瞳で。

「アナタも、結構イケメンだと思うけどね」

 やはり、楽しげに微笑む。
 男が吹き飛び傷を負っても、それさえ見つめて、微笑んでいた。
 
「援護するから、お願い。
 “斬る”ヤツ、私に見せて?」

 その顔色に悲壮感や、かばわれたことの感謝は、ない。
 ただ、アナタのソレが見たいと、みつめていた。 
 愉しげに輝く紅い瞳で。

 きっと、アレなら援護すら必要は無いだろう。
 でも、思ったよりあの怪異がしぶとかった。もしかして、割と長生きしてるやつなのかもしれなかったから。

 瞳を閉じて、男に――いや、男の持った刀へ――祈るように手を合わせる。

「我が腕は黄泉路のしるべ。
 我があぎとは血河の頂。
 我喰らうは死出の骸。
 我こそ、冥府の体現者――故に。

 ――汝、死せよ。」

 祈りの言葉と共に、男の持った刀が紅く揺らぐ霧を纏う。
 概念としての“死”の宿った、刃。
 男の御業だけでも、死には至るだろうけれど。
 朧に揺らぐ残骸は、その一撃で死という名の停止に堕ちるだろう。


「ん~。流石に死んだかなー?
 ねーねー、生きてるー?」

 やはり、能天気に言ってのける。
 怪異に死んだかと問いかけるような、男に無事かと問いかけるような、そんな気楽さで。
 私のほうはといえば、男にかばってもらったおかげで完全に無傷であったけれど。

追影切人 > 「ただ”斬る事しか出来ない阿呆”の何が凄いんだよ…つーか、別にイケメンにゃ程遠いっつーの。」

遭遇した当初こそ慌てていたようだが、その不自然な落ち着きと、何よりこの状況を楽しんでいる有様。
赤い斬線は、一度しか振り抜いて居ない筈なのに13も同時に刻まれる――異能?魔術?技巧?

…否、どれも違う。単純に男が斬る事にひたすら特化しているからだ。
ただの人間が出来る、混じりけの無い純粋な”斬る”という業を具象化させたような。

女にリクエストされなくとも、斬ると宣言した以上は絶対にぶった斬る。
それしかロクに出来ないのなら、それだけをただひたすらに――斬って、切って、伐って――斬滅させる。

(……何だ?今の。チッ、やっぱただモンじゃねーのかこの女。)

不可思議な祝詞じみたそれを、男が理解できる訳もない。
だが、そこに込められた何かを感じ取ったのか眉根を潜めていたけれど。
それでも、彼女の援護を受けた赤い斬線が今度こそ――朧に霞む影の残骸を斬滅した。

――振り抜く赤い軌跡は血よりも鮮やかに、それでいて不吉な靄を纏って。

完全に怪異が沈黙したのを確認すれば、ゆっくりと息を吐いて…あちこち痛いのは最後の怪異の抵抗のせいか。

「大丈夫じゃねーが、この程度でくたばったりしねーよ。」

悪態を零しつつ、ペッと血の混じった唾を吐き捨てるように。
ちらり、と己の体を見下ろせば…脇腹、腹部、片足に礫弾が食い込んでいる。
痛みは凄まじいが、それを顔には出さずに取り敢えず彼女は下ろしておこうと。

「――で?他にまだ何か引き連れてちゃいねーだろうな?」

と、ジト目で女に問い掛ける。左手の赤い刃は死の概念と男の斬滅の余波で刀身は欠片も残さず消失しており。
柄だけになったそれを手で繁々と眺める。さっきの彼女の援護は――…

「…怪異に死を叩き込む概念っぽいやつか?」

藤白 真夜 >  
 色のない街。掻き消える黒い朧。赤い閃きに、金の片瞳。
 そして、立ち昇る赤と、笑顔に歪む紅い瞳。
 
 ぱちぱちぱちぱち。
 緊張感の無い拍手の音が響き渡った。

「すっごーい!何度見ても信じられないしどーなってんのか全然わかんない!」

 男の痛みも知らず、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「あとそれね、アホじゃなくてバカのほうだよ?
 バカとなんとかは紙一重っていうじゃない?」

 やはり楽しそうに、両手を背中で組んで今にも踊りだしそうな佇まいで、アナタを見つめていた。

「あんなのそうそう居られても困るんだけどね……。
 あ、そーだ。

 ありがとう、名前も知らないアナタ」

 足を引いて、スカートを摘んで、頭を下げる。
 どこか嘘くさい、カーテシー。


「それとも、“斬ることしか出来ないおばかさん”って言ったほうがいーい?
 ホント、スゴいもの見せてもらっちゃった」

 そうして、やはり楽しげにあなたを見つめる。
 アレを見せてもらったことのほうが、助けられたことなどよりももっと価値があるかというように、瞳は瞬いた。

「ん~?
 あー……。
 う~ん……。
 ……ナイショにしたいけど、アナタには良いもの見せてもらったし。
 別に怪異は関係無くて。
 あの刀は、私で造ってるから私でも在る。
 私ってばよく死んでるからさ、キミも死んでねー?っておねだりしただけ」

 なんてこともないように、語る。自分の話をする時は、どこかつまらなさそうに。

「ねーねーねー?それより、お名前なんていうの?
 一応、命の恩人だし訊きたいな?
 あ、それ、痛い?へーき?歩ける?
 ちょっと対価もらうけど治したげよっか」

 そして、アナタへ言葉をかける間は、面白そうに。
 矢継ぎ早に、嬉しそうに、新しいモノが気になってたまらない子供のような無邪気さで。
 

ご案内:「裏常世渋谷」に追影切人さんが現れました。
追影切人 > 正直な所、久々に遠慮なく何かをぶった斬れてとてもキモチイイ…が、それは置いておく。

斬滅の余韻に浸る間もなく、緊張感ゼロの拍手が場違いに静寂の街に響く。

「あぁ?だからただ”斬っただけ”だっつーの。種も仕掛けも異能も魔術も何もねーぞ。」

彼からすれば、斬る事は手足を動かすのと全く同じ自然な事でしかない。
流石に、そこそこの怪異が相手ではそれなりの得物が必要だが。
それでも、怪異を斬滅させたそこに特殊な力は一切合財関わりが無い。

「…へいへい、揚げ足取りと訂正どーも。…つーか、何で楽しそうなんだテメェは。」

上機嫌といった感じの女を眺めたまま溜息。こっちはいらん抵抗で体に穴が空いてる訳で。
ともあれ、演技じみたスカートを摘んでの優雅な一礼に、ぞんざいに手をヒラヒラと振って。

「礼なんて別にいらねーよ。こっちはただ怪異をぶった斬っただけだしな。
単純に斬る事が巧い奴はあちこちに居るだろ、どーせ。」

自分は剣士ではなく、あくまでただ斬る事に特化した素人でしかないのだと。
ただ、手足を動かす延長でやっている事を凄い、と評価されても正直ピンと来ないのだ。

しかし、彼女の口振りや態度からして――よく分からないが、こちらの斬る”業”に興味は持たれたようで。
男は業や概念といった大層なモノでもないと思っているが、それは自覚の無さでしかない。

「…何だそりゃ、呪いみてーだなオイ。条件絞った死の概念付与みてーなモンか。」

よく死んでいる、という言葉に不死か再生の能力か魔術持ちか?と首を傾げつつ。
この島ではそういう能力や特性を持つ者もおそらく居るだろうから、不思議ではない。

「あ?…追影だよ、追影切人。常世学園の3年。風紀の警備部所属。
…つーか対価って何だよ。それよりそっちの名前は?」

実際は地味に重傷にも関わらず、全くそれを表に出さない態度の男である。
己の怪我の治癒なんぞより、女の名前を聞くほうが優先だとでもいう感じで。

藤白 真夜 >  
 ……斬った、だけ。
 異能も魔術も、無しに……?
 恐ろしいことに、目前の男は本気で言っている。
 別に、私に嘘を見抜く力なんかがあるわけでもなかったけれど。

「――あっははははっ!
 そこまでいくとちょっと気持ち悪いかも!」

 男の有り様に、もはや笑うしかないと思ったのだ。お腹を抱えて。

「……はー。
 この島、やっぱり面白いヒトばっかり。
 もう異能とか関係無いもんねー。
 おっと、コレも忘れるトコだったー。

 お見事。凄く良い一太刀でした。
 技術だとか異能だとか、そういうの関係なくね?」

 一通り笑ったあと。ちゃんと、アナタを見つめながら。
 救われたからというのもあるけど、ソレを見た一人として、言葉を残さなくては失礼だと思ったから。


「んー……なんか痛くなさそうならほっといてもいっか。
 もったいないかなー……」

 あなたの傷を、紅い瞳が見つめた。
 心配するような目ではない。女の目線は基本的に変わらない。
 目新しい何かを、楽しそうに。
 あなたの傷も、ガラスケースの向こうのぬいぐるみを見るような瞳で見るだけで、ふつりと視線を切った。

「切人?……切るひと?ふふふ、なにそれ、ピッタリすぎない?」

 あまりにもぴったりすぎる名前を聞いて、やっぱりころころと笑ったあと。

「私、藤白 真夜。
 真夜中の漢字の真夜ね?
 一応、祭祀局所属だったはずだから、ココから出る方法も知ってるよ。……一応。たぶん。待ってね思い出すから」

 言うと、むんむんと唸りだす。
 私は記憶力が悪いのだ。
 ……それでも、軽く5分もあれば思い出せるだろう。
 彼がここから出たいというのならば、連れていけるように。

ご案内:「裏常世渋谷」に追影切人さんが現れました。
追影切人 > 「だって、俺の異能は厳重に封印措置がされてるし、魔術だって斬る事に全く役にも立たねーし。
ついでに、剣術を学んだ経験なんて生まれてこの方一度もねーからな。」

だから、単純に斬っただけだ。以上でも以下でもない。
彼女が気持ち悪い、と口にしても肩を竦めるのみで悪態は返さない。
気持ち悪いレベルであろうとも、男に出来るのは今も昔もただ斬る事だけなのだから。

「――…いきなり真摯に賞賛されても、それはそれで気持ち悪いなオイ。」

と、彼女がこちらを真っ直ぐ見詰めて賞賛すれば、左右色違いの瞳を瞬きさせてから一言。
とはいえ、口調は何処か苦笑交じりで本気でそう思っている訳でもない。

「いや、病院行くの面倒だから治せるなら治して欲しいもんだがよ?
…対価っつーのがびみょーに嫌な予感がするしな。」

何を要求されるのかが分からないと、正直素直に頼み辛いというのもあるのだ。
視線をこちらの傷口から外した彼女を眺めたまま、軽く片手で傷口を触る…礫が思ったより食い込んでいる。

(…まるで、展示品を眺めるような目付きだな。やっぱ癖の強そーな女。)

「あぁ?わりぃかよ。まぁ、そもそもスラム育ちで元々名前なんぞ無かったからな。
適当に周りから呼ばれたからそのまんま今まで名乗ってるっつーだけだ。」

単純明快な名前だ。名前と業が一致しているというべきなのか。
そういう意味ではとても分かり易いし、多分印象にも残り易い、かもしれない。

「真夜な――うげ、祭祀局かよ。…つーか、思い出して貰わないと俺も困るわ。」

彼女の名乗りはともかく、所属に眉を潜めて。何せ少々あそことは因縁がある。
それに、男の左腕に指先まで巻かれた黒い布は――祭祀局管理の特級のブツの一つなのだ。
普段は厳重に管理されているらしいが、こちらの事情と立場的に例外的に使用となった経緯がある。
まぁ、ソレは今はあまり関係ないのでさて置くとして。

「まぁ、急かしはしねーからちゃんと思い出してくれりゃいーぜ、俺は。」

流石にしんどいのか、近くの建物の壁に背中を預けるようにして。彼女が思い出すまで待機しようと。

藤白 真夜 >  
「ふふふ。気持ち悪くてもいいよ。
 アナタの剣のほうがもっと気持ち悪くてスゴいもん」

 気持ち悪いと言われてもやっぱりどこ吹く風で、嬉しそうに……あの赤い閃きを思い出すように、瞳を閉じていた。


「あー。やっぱりそれ、結構ひどい傷だった。ガマンなんてしなくていいのに。
 
 んー……。
 対価って言っても、ちょっと血をもらうだけ。
 というか、アナタの血が無いと直せない」

 壁に背を預けるアナタを、覗き込むようにして立ったまま腰を折った。
 ……じ~。

「それとも、祭祀局の気持ち悪い女にそーゆーことされるのは、いや?」

 波打つように降りた黒髪の向こうから、アナタを紅い瞳が見つめている。
 そこに、害意のようなものは何も無い。
 ただ、からかうように微笑みながらアナタを見下ろしているだけ。

追影切人 > 「…なんか釈然としねーが、まぁいいか…。」

褒め言葉?なんだろう、多分。気持ち悪くてスゴイ、というのも中々な褒め言葉な気もするが。
――少なくとも、彼女の中にあの赤い閃きは鮮やかに刻まれただろうから。
それがいずれ埋もれる他愛も無い記憶だとしても、”気持ち悪いくらいスゴかった”のならば。

「…血が対価?さっきの血の刀といい、血液操作の能力でも持ってんのか?やっぱり。」

いや、もしくは――”そもそも血液が特殊”かもしれないが。
あまりあれこれ考えるのも億劫なので、覗き込んでくる赤い視線を色違いの瞳で見返し。

「――祭祀局は苦手だが、真夜が気持ち悪いとか思ってねーぞ、そこは勘違いすんな。」

僅かに表情を消しつつ、真顔でそこはスッパリ切り裂くように言い切る。
勿論、彼女の表情や態度からしてこちらをからかうような冗談の延長の発言なのかもしれないが。

取り敢えず、軽く指先で傷口に食い込んだ礫をなぞるように――それだけで、礫が切断されて傷口から零れ落ちる。

当然、鮮血が溢れてくるがどのみち治療に必要なのだから構わない。

藤白 真夜 >  
「――、ふふ、ありがと」

 祭祀局全体が嫌なのかなとも思ったけれど。
 私を慮るようなその言葉に、少しだけ停止する。
 ……まあ確かに、祭祀局があんまり好きになれないのは私も一緒か。 

「当たり~、私の異能は血液操作。
 でもこれはまた別で、ちょっと気持ち悪いと思うけど、――」

 ……目の前で礫を切った。しかも、指で。気持ち悪いのは解ってたはずだけどやっぱり固まった。
 この人実は本体が刀だったりするんじゃないかな……。

「……まーいーや。
 ちょっと触るね?」

 言うが早いか、男の傷口に……本当に撫でるほどに、かすかに触れる。
 男に触れる指先が、自ら勝手に“斬れた”。
 溢れる血が、男の血と混ざり合って――ふわりと、血が浮かぶ。
 それはごぼりと音を立てると、ひとしずく程度だった容積がにぎりこぶしほどに膨れ上がった。
 瞬く間に蒸発するかのように薄れ赤い霧になったかと思えば、紅い光とともに――模様の描かれた魔法陣へと姿を変える。

「汝、唄声よ」

 声に合わせて、魔法陣が紫色に煌めいた。

「波打つ潮、いざなう響き、死人を招く音色よ」

 どくん、と脈打つように魔力が溢れ――、その中へ吸い込まれていく。

「我が血肉と赤き水を捧げ乞い願う。
 二つの名と九つの命を冠せし者よ、青き海原を統べし公爵よ――」
 
 女のカラダから、赤い霧が立ち上がる。それも、魔法陣が吸い込んでいた。
 紫の魔法陣が、確かな光を帯びた時。どこからか背筋を撫ぜる寒気が駆け抜け――、

「我が声に唄え……!――逆巻け」

 指を伝わり、男のカラダを、冷たい感覚が奔っていく。
 それは、まっとうな治癒魔術などでは断じてなく。 
 けれど、男の傷が“巻き戻る”かのように塞がっていった。
 その感覚は、男の左腕にだけはまるで伝わらなかったけれど。

「どう?多分まだ痛いから、あんまり無理しないでね」

 男のさっき負った“傷”だけは、確かに癒えているはず。痛みはまだ残っていても。

 女の様子は、変わらない。
 初めて、アナタを心配するように見つめるかもしれなかったが、その瞳は少し疲れを見せていた。
 術式のようなモノを終えても、女のカラダからは赤い霧が立ち上ったまま……息切れでもするかのように、自らの胸を押さえていた。

追影切人 > 「…へいへい、どういたしまして。」

苦手だからといって祭祀局全体がそう、という訳でもない。
あくまで一部のみであり、普通に所属して職務を頑張っている連中を苦手と思わない。
むしろ、そういうのは真っ当な奴で…だからこそ少しだけ羨ましいくらいだ。
ともあれ、祭祀局が苦手=真夜が苦手という事は無い、と男は言い切れる。

「…異能とは別物か。まぁ、あまり根掘り葉掘り聞く趣味はねーけど。」

魔術か、何らかのそれ以外の特殊性か。ともあれ、治癒をして貰う以上は素直にお言葉に甘えよう。
ちなみに、彼女がこちらが礫を斬るのを見て一瞬固まったようだが、何だ?とむしろ怪訝そうに見ていたとか何とか。

「…ッ…おぅ。」

傷口に撫でる程度に触れられる。少し気を抜いたせいか僅かにだが痛みが顔に出る。
それよりも、何もしていないのに彼女の指先が勝手に斬れた。
その現象に目が吸い込まれるようにそこを凝視する。斬る事に関しては自然と吸い寄せられてしまうのだ。
そこから溢れ出した彼女の血液と己の血液が混ざり合い…浮かび上がる。
…そして、ごぼりっ、と音を立てて一気に少量の筈の交じり合った血液が増えた…膨れ上がった?
それはすぐに霧散するように赤い霧に転じ、赤光を放つ何かの模様が描かれた魔法陣に変化する。

(…魔術?…いや、呪術?わかんねーが、特殊っぽいな)

そっちの知識は正直に言うならば赤点レベルで壊滅的だ。
けれど、何かしらそういうのに関わりがある…ように思えた。ハズレかもしれないけど。

その後に続く詠唱も現象も、彼には当然初めて目にするもので意味も理屈も分からない。
ただ、傷口が――まるで逆巻く様に塞がっていくのはこの目で確かに見て取れた。

(真夜の体から赤い霧が出て…よくわかんねぇ詠唱に、今走り抜けた冷たい何か…そんで傷口の巻き戻し?)

痛みは続くが、傷口自体は確かに塞がっている。それだけでも十分有り難い。
…ただ、怪異化しつつある左腕だけは何の反応も無い。正確には、巻かれた黒布が妨害しているのだ。

ただ、体を走り抜けた冷たい感覚といい、傷口の巻き戻しじみた治りといい。
真っ当な治癒の術式の類ではないのはこの頭の悪い馬鹿でも理解出来た。

「…確かに塞がってるな。痛みは慣れてるからそこは気にしねーよ、十分だ、助かったぜ真夜。」

そう、素直に礼を述べながら彼女に視線を戻すが――衰弱している?
胸元を押さえており、体からは赤い霧が立ち上ったままだ。

「おい、もう治療は済ん――…。」

言い掛けた言葉を一度止めて。何かしらの反動か何かだろうか?
ともあれ、眺めていてもしょうがない。”異能は使えない”が、斬る事は出来る。

無言で、右手を手刀へと変えれば――赤い霧を先ずは振り払うように。
そして、疲れを見せる眼差しを静かに見据えたまま、彼女の胸元辺りに軽く手刀の”切っ先”を向けて。

「―――ぶった斬る。」

ただ一言と共に、手刀を軽く横に振る動作。
完全に、とは行かないが…少なくとも、彼女を疲労させる何かを”斬った”のは間違いなく。

藤白 真夜 >   
「ふふ、どーいたしまして。
 見てて解っただろうけど、あんまり表に出せるヤツじゃないから、こーゆー時だけサービスね?
 痛いは痛いだろうけど、これで歩けるだろうから帰ろっか――、」

 ふつふつとカラダのナカミが抜けていくのを感じる。
 未だに絡みつく架空の根が私を吸い上げている。
 大したことは無い対価。実際に、失われる先から取り戻すのに苦労もしない程度の。
 彼の血を貰ったのだから、これくらいは――、

「――え、」

 今度こそ、声も無く本気で驚いた。こればっかりは、愉しむとか言ってる暇がない。
 私に絡みついていたそれ。一時の契約の糸が、絶たれた。
 いや、斬られたのか。 
 
「……ね、ねえ?アナタ、本当にどうなってるの?どうやってるの?」

 楽しむとかそういう余裕の無い、困惑混じりですらある声。
 けれど、胸を押さえる手は離れ、アナタを見る瞳に弱々しさは消え、立ち上がる赤い霧はすぐに止んだ。
 ……やったことは結局、無賃乗車みたいな真似なんだけど、……辻斬りに遭ったと思ってもらうしかないね。

「――でもやっぱり、アナタ面白いわ。
 ありがとう、切人」

 そういう私の顔は、元通りに……やっぱり楽しそうに、でもにこやかにアナタを見つめて……微笑んでいるのでした。

 すっかり方法も思い出した私は、表で言う常世神社がある方面へと、連れ立って歩く。
 歩きながらおしゃべりに、……確か、裏でもある神社の鳥居に、なんかこう、法則とかしきたりとかそういうのをイイ感じにすればなんとかなるの。あんまり覚えてないけど……なんて頭の中の曖昧な記憶の中身を、隣を歩く男に散らかしながら。
 
 その足取りは軽い。
 元から軽かったけど、貰った対価以上に、……美しいモノが見れた喜びに弾んでいたのだもの。

追影切人 > 「おぅ、だからこっちも”サービス”だ。」

自身の異能は厳重に封印されていて一切使えない。
斬る事も物理的に存在するもの以外は効きが悪い。

だが、今、男が手刀でした事は明らかに概念的なものにまで切断現象を及ばせていた。
勿論、彼女の言う対価じみたものはあり、今、治療された体には凄まじい激痛が走り抜けている。

(…零れ落ちたモンを掻き集めて、擬似的に異能を”再現”する…やりゃ出来るもんだな)

擬似異能――今は使えない男の異能の”真似事”だ。
効果は数段落ちるし、継続的なモノにはあくまでその場凌ぎくらいにしかならないだろう。
ただ、確かに――真夜の中のソレを見えない一閃が斬った。

「あー…企業秘密。あと、ぶっちゃけ何度も出来るもんじゃねぇ。
さっきの斬るあれこれを一段階レベルアップさせたようなもんだと思ってくれりゃいい。」

実際、もう一度やれといわれても今すぐには無理だろう。
それに、あくまで一時の切断であり永久的に断つ事は出来ない。
…だからこそ真似事なのだ。

「…一つ言っておくが、真夜の体にどういう反動や現象が起こってんのか俺はサッパリだぞ。
俺が理解してんのは、そっちの不調ぽい原因を一時的にぶった斬っただけだ。」

彼女のあれこれを理解した訳ではなく、ただ問答無用で――ぶった斬っただけ。
一応、彼なりに彼女の状態を戻そうと考えての行動だったが…礼を言われると、それはそれで気まずい。

「…おぅ、お前みたいな美少女に褒められて光栄ってな。まぁ調子が戻ったんなら良かった。」

その微笑を眺めて、若干だが視線を一度逸らす。照れ隠しかもしれない。

ただ、斬る事しか出来ない馬鹿でも――少しは訳ありそうな女の笑顔を引き出せたなら。

(…まぁ、ロクでもねぇのは確かだが少しは役に立つか)

道中、彼女の所々ふわっふわしたアバウトな説明に素直に感心しつつ。
その軽い足取りに、何処か安堵した己が居たのは確かであり。

藤白 真夜 >  
「……、い、いや、なんかもう、さっきまでの気持ち悪いがレベルアップして、キモいになったカンジなんだけど……」

 ……まさか、理解もせずにやっていたとは。 
 私がやったとは、一時的な悪魔との契約と召喚。
 契約分の取り立てとして捧げたのは私のカラダの中身。文字通りに、心臓だったり血だったり。
 失われていくのを片っ端から治していたのが、その必要すらなくなった。
 
 本当に、奇跡のような“切断”。
 だからこそ、その対価やそこに至る筋道が気になったけれど、企業秘密というのならば黙っていよう。

 “この私”は、記憶にできたものが少ない。
 だから、何を見ても綺麗に思えた。楽しく思えた。
 中でもこれは、とびきりのひとつ。

 ――ああ。やっぱり、生きてるっておもしろい。

「美少女?
 うーん、それは私も思ってた。確かに」

 褒められても、なんとも思わずむしろ納得するかのようにこくこくと頷いていたけれど。

「いやだから、ちゃんと覚えてるんだってば!
 確かなんか何回か拍手して、ぺこぺこして、アナタもやりなさいよ!
 なんかそーゆーのでアレなの……!解るでしょ!?祭祀局っぽいヤツ!」

 たどり着いた鳥居の前で四苦八苦しながら、なんとか二人で表の世界に戻れたのでしょう。 
 裏と表が、たしかに繋がっていることを……あの目に見えない切っ先を感じた胸の中で信じながら。

ご案内:「裏常世渋谷」から藤白 真夜さんが去りました。
追影切人 > 「おい、気持ち悪いは我慢するがキモいは流石に聞き流せねーぞ!!」

と、抗議するがそう思われても仕方が無いだろう。
彼自身は何を斬ったか理解していないが、彼女側からすればとんでもない事をやらかしているのだから。

「いや、自信ありまくりかよ!否定せんけど。」

こいつは、と思いつつもまぁ、こういう性格なのだろう、と一つ理解した。
そして、賑やかな帰りの道中では――…

「いや、俺がそういう作法に詳しい訳ねーだろ!
むしろ所属してるお前の方が詳しいんじゃねーの!?おかしくね!?」

と、そんな言い合いというかじゃれ合い?なんぞをしつつ。
何だかんだで、ちゃんと二人とも無事に表へと帰還できただろう。

――異能の再現、その対価は……言ってもつまらないので最後まで口にはしなかった。

ただ、少しは斬る事が”生かす”事に繋がるならばそれでいい。
”死”を理解出来ない己は、結局生きる事でしか示す事が出来ないのだから。

ご案内:「裏常世渋谷」から追影切人さんが去りました。