2021/12/10 のログ
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」に蘇芳 那由他さんが現れました。
■蘇芳 那由他 > 「――ここが…。」
ぽつり、と雑踏と喧騒に掻き消されて消える呟き声。
周囲の喧騒を他所に、何処か茫洋とした目付きをあちらこちらへと。
「……やっぱり、記憶に無い…。」
人も物も景色も、全てに覚えが無くて喪ったものを揺り動かす事は無い。
自分が【保護】されたのは、この常世渋谷にある駅…正確にはその列車の中だった。
電車の中で、とある物を抱え込んだまま気を失っていた…らしい。人伝ての事だ。
そこから約2週間――保護観察期間を経て、新たに第二の人生をスタートする事になった。
…なった、のだけど。
「……現実味が、無いなぁ…。」
記憶も過去の経験も全てがまっさら。今の自分の存在そのものがあやふやで不確かに感じてしまう。
知識や言語能力はおそらく記憶を喪う以前のそれを保ってはいるのだろうけど。
それだけ…それだけだ。他には、今こうして小脇に抱えている錆びた一振りの刀以外は何も無い。
「……袋とかに入れた方がいいのかな…。」
ちらり、と己が抱えた刀を見る。誰がどう見ても錆びてボロいと一目で分かる酷さ。
切れ味も美術的価値も無いそれだけが、己が唯一持つ記憶の向こう側からの持ち出し物。
■蘇芳 那由他 > 「……あ、すみません…。」
賑わう雑踏の中、立ち止まってぼんやり周囲を窺っていれば、自然と誰かに軽くぶつかって。
一泊の間を置いてからぶつかった誰かに謝罪と会釈…既に、その誰かは早足で雑踏の向こうへ。
人の波間に消えていく姿を茫洋と見送りながら、我に返りやっとこさ歩き出す。
とはいえ、この常世渋谷…どころかこの常世島の事を彼は何も知らない。
それに加えて、この少年は…地図が読めない。正確には現在位置を把握出来ない。
「…空間認識がどうの、とか検査してくれた医者の人は言ってたっけなぁ。」
正直、ぼんやりしていたから殆ど聞き逃していたのだけれど。医者の人には悪い事をしたと思う。
…さて、その彼だが現在――既にばっちりと迷子だ。常世渋谷、というのはかろうじて分かる。
分かるのだが、常世渋谷のどの辺りに今、自分が居るのかサッパリ把握出来ていない。
緩慢な仕草で携帯を取り出して。これまたゆっくりした仕草で操作…まだ慣れない。
やっと地図アプリを起動すれば、現在位置が出た…出たんだけれど。
「…?……???…。」
全く理解出来ていないようで、今まで無表情に近かった表情が疑問系へと変わる。
ややあってから、お手上げと自分自身で判断したのか地図アプリを閉じて携帯も懐へと戻す。
「……いざとなったら、保護してくれた生活委員の人に連絡して迎えに来て貰おう…。」
何とも情けないし申し訳ないけれど。何処の馬の骨とも知れぬ自分を保護してくれた人達だ。
記憶が無くたって、自分自身がふわふわと曖昧だって、感謝と恩返しの気持ちはきちんとある。
■蘇芳 那由他 > もっとも、感謝は勿論だけど恩返し――なんて。やっとリスタートを切ったばかりの自分だ。
まだ右も左も分からない新参者…だろう、多分。何せ記憶が無いから新参みたいなもの。
「…恩返し、かぁ。委員会に入る…のは、僕みたいに記憶も何も無い生徒じゃ無理そうだし。」
適材適所とは言うが、自分が何に向いていて何に向いていないかもサッパリで。
自分自身の事が一番分からないのだ…一先ず、恩返しは今は気持ちと言葉だけに留めておく。
気を取り直してゆっくりと常世渋谷の街並みをあちこち眺めながら歩く。
気が付いたのは、矢鱈と派手な飾り付けが多い事だ…確か、そろそろクリスマス?の季節だった筈。
「…クリスマス、は分かるんだけど。」
単語は分かるし意味もまぁ分かる。けれど矢張り記憶にはサッパリ無い。
見渡す限り、雑踏も家族連れや友人同士も多いが男女の組み合わせが結構多い。
時々、よく分からない集団が『リア充死すべし!!』と、何か襲い掛かろうと――あ、風紀の人に捕まった。
「……賑やかだなぁ。」
何処か他人事というか、突き放した見方…俯瞰的になってしまうのは、自分自身の曖昧さのせいか。
流石に風紀の人から職務質問はあまりされたくないので、そそくさと…実際はスローペースでその捕物騒動から離れつつ。
「…一応、所持許可証?あるけど、説明とか色々大変そうだし。」
自身が抱えた錆びた刀を一瞥する。やっぱり袋か何かに入れておくべきかもしれない。
■蘇芳 那由他 > そもそも、何で錆びているとはいえ刃物を持ち歩いているのか?と、言えば。
…記憶の無い自分が発見・保護された時に持っていた唯一の所持品だからだ。
だけど、持ち主?の自分がこう評するのも悲しいけど――ボロい。兎に角…ボロい。
「…何か地味だし装飾とか無いし、刃毀れと錆が酷いし…鞘も無いし。」
美術的価値はおろか実用的価値もおそらく無いだろう。
一度、保護された時に専門家に鑑定して貰ったが――作者や来歴は分からず仕舞い。
取り敢えず、刀身部分だけは危ないので布でグルグル巻いているが、その状態で持ち歩いているので。
…まぁ、偶に往来の人々から何だコイツ?みたいな目で見られたりもする。
彼自身は、人の視線はあまり気にならないのか普通に小脇にそれを抱えたまま歩いているけれど。
「…まぁ、別にこれ持ってても僕は戦えないし…むしろ逃げるだろうし。」
人の視線は気にならないが、物珍しいのか周囲の喧騒や建物を見渡しながら歩きつつ独り言。
これをわざわざ持ち歩いているのは、単に…記憶が無い自分の唯一の過去に繋がる縁だから。
だって、記憶も何も無い。自分が何処の誰で、何をしていてどういう人生を歩んできたのか。
それが全て白紙なのだ――普通は…おそらくだけど不安になるだろう。
少なくとも自分は不安だから、こうして唯一の手掛かりを手放せないでいる。