2022/10/29 のログ
ご案内:「常世渋谷 摩天楼」に麝香 廬山さんが現れました。
麝香 廬山 >  
真っ赤な眼の高層ビルが瞬きしている。
夜をこするように立つ青年は、眩いばかりの夜の光に照らさせ
夜風を肩で切り、靡く衣服と髪の感覚が心地よい。

「────昨日は大変だったみたいだねー」

「え、ボク?ヤだなぁ。"許可"出さなかったのはそっちじゃん。
 ボクも行きたかったなぁ。ノーフェイスちゃん、だっけ?」

「ボクも彼女とデュエットしたかったなぁ」

屋上をゆるりと散歩する青年は誰もいない屋上で会話している。
今の御時世、通信端末は耳に装着されたこのイヤホン一つで完結している。
指先でなぞるようにインターネット機能を起動すれば、ホログラムモニターが正面に映った。
今の御時世、これくらいの技術は当たり前だ。
何気ないネットゴシップの記事を見ながら、青年は肩を竦める。

「冗談。どーせ君達がくれないことはわかってるよ」

「それで、何?わざわざボクに連絡してくるなんて……何を命令するの?」

麝香 廬山 >  
耳元から相変わらずいかつい声が聞こえてくる。自分勝手な連中だと、胸中独り言ちた。
その辺りはお互い様か。厳格めいた一言共に、ホログラムモニターに映る二人の情報。

「アレ、ぬっきーと歌姫ちゃんじゃん。どうしたの?」

"笹貫 流石" "真詠 響歌"
監視対象である自分と同じくして席を共にするもの。
有り体に言えば、"自分と同じ問題児"である。
その名の通り、学園の監視下にある身分であり
制約を受けることにより自由と人権を保証された存在と廬山は認識している。
故に、その制約も様々だ。誰も彼もが、"相応の理由"を持っている。
その危険度を等級に表すこともあるが、共通認識としては"危険人物"であると廬山は思っている。

「……この二人が?へぇ」

通信越しに聞こえてくる声に思わず口角が釣り上がる。
廬山は、そんな立場だからこそ監視対象は"弁えている"と思っていた。
だが、この二人はその禁を破った。どういう意味かは、自分自身が知っているはずだ。

「えー、何それ。羨ましいなぁ」

冗談とも本気とも取れない声に、耳元で怒鳴られた。
廬山は思わず、肩を竦めた。

麝香 廬山 >  
怒声が収まってくだされた命令に、更に廬山は苦笑した。

「人選ミスじゃない?例の、ホラ。
 パラドックス君、だっけ?ボクじゃなくて切ちゃん当ててるし」

「朱鷺子ちゃんもぶつけたんでしょ?
 そこまで行ったら、お鉢が来るのはボクだと思ってたけど……」

身内処理なんかよりもよっぽど"この能力"のが戦闘に向いている。
尤も、周辺への影響などを加味すれば、あの二人が適任なのかもしれない。

「(朱鷺子ちゃんはともかく、切ちゃんは人の心とかわからないだろうしなぁ)」

同じ"第一級"同士、馴染み深いお気に入りの彼。
上辺だけはともかく、任せたらそれこそ"粛清"一直線になりかねない。
用意に想像できた二人の斬殺現場に、思わずクスリと笑ってしまった。

「わかったよ。身内の尻拭いはボクがやろう。
 それで、やり方とか方針は決まってるの?」

「…………へぇ、ボクに"一任"してくれるんだ」

成る程、それは大分ご立腹だ。

麝香 廬山 >  
廬山は自ら監視対象であることを受け入れている。
此の不自由な自由には、彼にとっては"理想的"だった。
自由奔放、悪辣な男ではあれど、お上に逆らう真似は一度たりともしてはいない。

「わかった。じゃぁ、ボクの"異能"は勿論使わせてくれるんだよね?」

「……25%?せめて、多めに見積もって50%とか、二級って言っても監視対象二人……」

「アー、はいはい。わかったって。それで良いよ。
 すぐにでも開放してくれるんでしょ?……オッケー、わかった」

やはりそう簡単に開放させてはくれないらしい。
わかってはいたけど、少し落胆は隠せない。
一方的に通信が切られるとため息を漏らし、モニターを閉じた。

「それにしても、ねぇ。二人とも結構いい子だと思ってたんだけどなぁ」

人は禁忌ほど破りたくなり、それを破った時に得られる悦の良さは知っている。
此の監視対象という制度、きっと自分の前任の中には"禁を破り処理"された輩もいたのだろう。
興味はないが、なんとなくその二人は"そんな感じじゃない"
信頼が廬山にはあったため、意外と言えばそうだった。

「……羨ましいなぁ」

ぼやいた言葉は本心だった。
寧ろ、その悦を知り無法を犯す人種とは他ならぬ"自分"だからだ。
廬山は、自分がどんな人間なのか嫌というほど知っている。
他者の尊厳を貶し、踏みにじり、その嫌悪をせせら笑う悪漢なのだ、と。
彼女の言う"挑戦"という言葉。二人が禁を破り自らの道を進む。
個人的には羨ましく、そして門出を祝うのも吝かではない。

だがしかし、と廬山は摩天楼の真下を見下ろした。

麝香 廬山 >  
「でもねぇ、"罪には罰"なんだ」

道徳、倫理、法律。
この世には守らなければならないルールがある。
バレなきゃ犯罪じゃない、なんてのはただの方便だ。
彼女の言う"挑戦"と言うのは、秩序の崩壊に触れようが"為すべきを為す"という事だ。
人だけじゃない。この"世界"に生きる以上は、守るべきものはある。
如何なる理由であれ、それを犯す以上は相応の罰は必然だった。

「そもそも彼女の違反部活……なんだっけ?
 楽しそうだとは思うけど、やることは半端だよねぇ」

結局のところ、アレはただの扇動者。
安全な所で自分ばかりが見下ろすだけのお山の大将。
あんな"箱ライブ"程度で危険を犯したっていうのなら、片腹痛い。

「白昼堂々、歓楽街でも乗っ取ってライブしてみたらいいのに」

まぁ、出来るほど度胸はないだろう。
ふ、と鼻で笑い飛ばせば地上を遮るようにモニターが出てきた。
第一級監視対象、廬山にくだされた任務は────。

『1.第二級監視対象【死線】及び【叫喚者】への牽制・鎮圧』

『2.ノーフェイスへの牽制、或いは捕縛・殺害』

「……は」

思わず、笑っちゃった。

「さり気なく仕事、増やすなよ」

麝香 廬山 >  
モニターを閉じれば、輝かしいばかりの光に包まれた世界が映っている。
誰も彼もが楽しんでいるように見えて、廬山にとってこの世界は
甘い匂いがこびり付き、誰もが幸福に餓えている千日手に陥った世界。
箱庭の幸福に殉ずる世界はきっと、徐々に腐しているんだろう。

「ところで、最近は高いところから黒幕っぽく見下ろすのが流行ってるんだっけ?」

だったらボクは、どちら側なのかな?
仰々しく広げた両手。機能しないアミクダラは突如吹き荒れるビル風にも怯まない。
抑えつけられていた"何か"が湧き上がる感触に、全身が歓喜している。

どろりと粘る風が吹く前に、その身をビルに投げ出した。
地上にも空中にも誰にもいない。誰もいない。

途方もない夜中の現実には誰もいない、もう誰もいない──────。

ご案内:「常世渋谷 摩天楼」から麝香 廬山さんが去りました。