2021/03/25 のログ
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
常世渋谷は基本的に治安の良くない街。
歓楽街や落第街のような露骨な危険こそ無いが、
中央街にさえ法律ギリギリの店はある。

合法ラインから一歩踏み越えたり引っ込めたり、
道路の白線で遊ぶ子供のような、無邪気で危うい
空気感は薄くこの街を満たしているようだ。

見る分には笑えるけど入りたくはない怪しい店、
過激な格好の若者達に、目立たないように放置
された飲みかけの映えるドリンク。

気の緩みを解放感に、微かな不穏をドキドキに
取り違えた『まともな』学生にはこの街はさぞ
煌びやかに見えるのだろう。

なんて、そんな捻くれた見方をしてしまうのは
不安な空気を嗅ぎ分け慣れてしまった落第街の
ダメ人間故か。勝手に嘲り、勝手に落ち込む。

いずれにせよ、この街の勢いというか空気感が
多少の不穏を『刺激的』の範囲に収めてしまい、
結果として不健全な雰囲気が隠されているのは
事実だ。

クリーム山盛りの珈琲もどきを嗜む女子集団の
近くのベンチに不良学生が座っていてもおかしな
『視線』が向けられないくらいなのだから。

黛 薫 >  
「キッツ……」

今日は煙草を吸っていない。酒も入れていない。
どちらも落ち込んだ気分を払拭するには悪くない
嗜好品だが、今口にしたら吐く気がする。

「アイツら加減とか知らなかったのかよ……」

痛む首筋……腫れ上がったいくつもの注射痕を
手で押さえながら、青い顔で独りごちる。

つい先日、仕事の成功及び多額の報酬と引き換えに
『遊ばれた』際、容赦なく薬物を打たれた痕だ。
多分今回の報酬を全額突っ込んでも1回分買えるか
くらいの強力なヤツ。

もともと薬を買う金が欲しくて受けた仕事、無料で
キメられてラッキーだとかそういうレベルではない。
効果が抜けていないのか、離脱症状なのかも定かで
ない、えげつない非現実感が断続的に襲ってくる。

薬が欲しいのは現実逃避に最も適しているからで
あり、廃人になるか否かの境界で反復横跳びする
リスクを楽しむ趣味はないのだ。

黛 薫 >  
込み上げる胃の中身をペットボトル入りの麦茶で
押し返す。甘い飲み物も炭酸飲料も受け付けそうに
ない今の体調にはありがたい、久し振りに自腹で
購入した嗜好飲料。

目下の考え事はこれからの身の振り方。

薬物が欲しくて危険な仕事に手を出し、無事とは
言い難いなりに成功してまとまった金も入手した。
しかし当初の目的通り薬物を買うことはできない。
今追加で薬を入れたら二度と戻れないと脳が全力で
ストップをかけている。

まとまった金があり、薬に手を出さないのなら
古書店街で魔法書を漁るのがいつものパターン。

駄目元で色々試して、諦めが付いたら適正価格で
横流し。ごく稀に価値の高い本に当たれば元手が
更に膨らんだりもするが、それを狙って意図的に
価格を釣り上げるのは気が咎める。

黛 薫 >  
まあ、お金の使い道については実は悩んでいない。
自力で稼いだお金を手放すのが勿体無くて過剰に
倹約した後、我慢できなくなって薬物購入に充てて
すっからかんになる。どうせいつものパターンだ。
悩んでいるのは、もっと根本的なところ。

(……落第街、戻りたくなぃんだよな……)

良心の呵責、などと言ったら鼻で笑われるだろう。
懲りた、なんて言ったらなお笑われる気がする。
そも思考から薬物の購入を捨てられていないのに
表の世界に戻りたいなど思い上がりにも程がある。

だけど。

信じてもらえないのは分かりきっているし諦めも
ついているけれど、自分だって落第街にいたくて
住み着いているわけではない。

どうして急に『此方』から出たくなったのだろう。
具体的なきっかけが何だったのかは判然としない。

何度も風紀と接触して逆らうのが怖くなったのか、
まともな学生の優しさに触れて意欲が戻ったのか、
繰り返し危険な目に遭って臆病風に吹かれたのか、
凌辱され尽くしてただ逃げたくなっただけなのか。

ただ『何となく』で生きている。
自分の芯の無さを改めて実感し、また落ち込む。

黛 薫 >  
(風紀には……頭下げたくなぃんだよな)

嫌いなヤツがいるから意地を張っている……と、
いう理由が言い訳なのは最近自覚し始めた。
嫌いなのは確かだが、自分の行動を曲げてまで
反抗し続ける根気は自分にはない。

ただ、引け目がある。負い目がある。

自分の社会復帰のため、ほぼ専属で働いてくれた
風紀委員の期待も頑張りも裏切って、結局此方に
戻ってきた日の羞恥と罪悪感が蘇る。

恥とか痛みとか、痛みとか恐怖とか。
何故苦しい感情に限って薄れてくれないのだろう。
連鎖的に苦しい記憶が脳内に溢れてパニックになる。

優等生から落第生に転落した日の『視線』。
逃げて落ちて、もう戻れないと悟った日の絶望。
人間として、女としての尊厳を失った日の羞恥。
戻ろうともがいてまた逃げてしまった日の苦痛。

『見られている』ような気がした。

自分の妄想か、薬物による幻覚かは分からない。
ただ周囲の人混みが蔑むような『視線』を自分に
注いでいるように錯覚する。

『視線』が肌を這い回る。撫で回す。

嘲笑われている。蔑まれている。貶されている。
見下されている。憐れまれている。弄ばれている。
無自覚に、無遠慮に、もみくちゃにされている。

大丈夫、大丈夫。落ち着け、落ち着こう。
人はわざわざ足元のゴミ屑を見たりしない。
幻覚だ、誰も自分を見ちゃいない。

過呼吸を起こしながら、どうにか落ち着こうと
麦茶の入ったペットボトルに手を伸ばす。

震える手はボトルを掴み損なった。

倒れて、転がって、音を立てて地面に落ちる。

黛 薫 >  
音に反応した周りの人が彼女を『見た』。

何の感情もない『視線』だ。悪意なんてない。
それでもパニックを起こした彼女を追い詰める
最後の一押しには、十分過ぎた。

「───っ!!!」

悲鳴が上がる。パーカーのフードを深く被り、
病気の発作でも起こしたように身体が震える。

明らかな異常に周囲の人が気付いた。
更に多くの『視線』が彼女に注がれる。

咄嗟にベンチを蹴り倒すような勢いで立ち上がり、
逃げ出そうとする。地面に落ちたペットボトルを
思い切り踏み付け、血が出る勢いで転んだ。

一度パニックになると、もう駄目だ。
何をしても『視線』を集めてしまう。

恐怖に駆られるままに走って逃げ出す。
誰かにぶつかって転ばせてしまった。
驚きと怒りの『視線』が突き刺さる。

ひたすらに逃げる、逃げる、逃げる。

『視線』のない場所へ。人の少ない場所へ。
この島の闇が吹き溜まった路地裏の方へ。
『自分なんか』をわざわざ見ないような場所へ。

……落第街から、逃げられない。

ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」から黛 薫さんが去りました。