2021/05/11 のログ
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
雲ひとつない抜けるような青空。
春の陽気と表現するには強い汗ばむほどの日差し。

旧暦で言えば立夏にあたる時節。現代の価値観で
計ればまだ春だが、空を見上げれば微かに初夏の
兆しが感じられる。

そんな爽やかな日和、常世渋谷の中央街の端。

常夜街と黒街に面した中央街にしてはやや過激な
店が建ち並ぶ一角。ベンチの背もたれにぐったり
寄りかかる少女は、清々しい空模様とは対照的に
どんよりとした空気に包まれていた。

黛 薫 >  
「暑っつ……」

色褪せた薄めのシャツを2枚と黒いパーカー。
こんな服装で晴天の空の下を歩けば当然暑い。

夏の手前で夏バテなど笑い話にもならないが、
じわじわと暑気が忍び寄ってくるこの時節は
万年栄養不足の少女には堪えるものだった。

暑ければ脱げば良い、それはそうなのだが。

擦り切れて穴が開きそうなシャツ1枚で出歩くのは
色々透けて見えてしまいそうで踏ん切りがつかず、
だからといってパーカーを脱いだら『視線』から
逃げる手段をひとつ失う羽目になる。

黛 薫 >  
いくら暑くても肌を見せる服は選べない。
こんな場所でも『異能』は自分の枷になるのかと
自己嫌悪に陥って何もかもがどうでも良くなった。

(服、買ぅつもりだったのになー……)

『視線』を触覚として受け取る異能。
手が触れる感覚と同じで布地1枚で防げはしない。
それでも素肌に直接触れるか否かでは雲泥の差。

本格的に暑くなる前に準備をする予定だったが、
モチベーションが保てなくなってしまった。

黛 薫 >  
常夜街や黒街に近いだけあって、この辺りの店は
少々過激な攻めたファッションの取り扱いが多い。
そういうデザインに興味はあるけれど実際に着る
勇気はなかった。

(……見た目だけでも、強く見えたらイィのにな)

付近を歩く人々は見た目だけなら不良染みている。
だが実際に悪事に手を染めている者はまずいない。
この区画は思春期の少年少女が抱く無頼や反抗の
欲求に応えてくれるだけで『悪』ではないのだ。

黛 薫 >  
殴り合いに発展しない程度の怒鳴り合い。
散見されるゴミのポイ捨て、下品な笑い声。
お世辞にも治安が良いとは言えないけれど、
人間として最低限のラインは守られている。

例えば、パーカーの内ポケットにしまってある
煙草をここで吸おうものならすぐに咎められる。
この区画に集う若者たちは決して悪人ではなく、
悪ぶりたいお年頃なだけ。

時々ハイになった勢いで黒街や落第街に踏み込む
者もいるが大抵はファッションでない『本物』の
洗礼を受けて逃げ帰ってくる。

黛 薫 >  
学生にせよ社会人にせよ、自身を取り巻く環境が
大きく変わる季節は過ぎた頃。今の時期は不満や
疲労に意識が向く頃合いだ。五月病なんて言葉が
あるくらいなのだから。

この街の賑わいを見ると、それを実感する。

「……暑ぃ、よなぁ……」

誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
気温だけの話ではなくて鬱屈したエネルギーを
好き勝手に発散する若者たちの熱があるから。

そんな街の中にあって、自分は少し幼すぎる。
周りの人よりずっと早く踏み外してしまったと
痛いほどに自覚する。

だから、この空気に少しだけ憧れている。

許される範囲の可愛い『悪』を笑って受け止める
この区画で好き勝手やって、馬鹿なことをしたと
笑えたら……きっと楽しいだろうと思う。

黛 薫 >  
ほんの少しだけ泣きそうな気持ちを抱えたまま、
黒街経由で落第街に帰る。暗黙の法に守られた街
ではない、無法の街へ。

(煙草、買い足しとくか)

治安が悪そうに見えても、この街では酒も煙草も
買えはしない。たったそれだけの『当たり前』が
酷く自分を苛んでいるような気がした。

ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」から黛 薫さんが去りました。