2021/11/06 のログ
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 音が聞こえた。
 遠く、かすかに。
 けれど確かに……低く爆発の振動を伴って。
 耳を澄まさなければ聞こえないだろう。あるいは、私のカラダが望んで聞こうとしていたのかもしれない。
 ――命の潰える音を。

 落第街方面で、大きな作戦があるのだという。
 抗争、闘争だとも。

 わからなかった。

 何故、なのか。
 何人、死ぬのか。

(……でも)

 それは、もはや問題になることでも、することでもない。
 今亡くなっていく命が、それを為す血塗れの手が在る中で、言葉で問題を語るのはひどく傲慢に思えた。
 たとえそこにどんな意義が有ろうと無かろうと、そこに実行する意志があったのならば。
 数多の死を積み重ね尚、あるいは"それ"自体が目的だとしても。
 意志を持ってそれを行った決意を汚すような真似は、権利というモノが無い私には出来ない。
 だから私は、考えることも、止めることもしなかった。

藤白 真夜 >  
(でも、本当に?)

 遠く離れた落第街のほうを見やる。微かに黒煙が立ち昇るのが見えた。

(今からでも、救護班として参加を――)

 無理だ。資格が無く、そんな技能も無い。ただ混乱させるだけ。
 何より、あの場所で誰かを助けること。それ自体がもう、もう片方を害することに同じ。
 "意志"を持ってあの場所に赴いたひと達と、私は違うのだから。

(――、)

 唇を噛む。
 何もできない。
 そしてそれが正しかった。
 口の中に広がる血の味のせいか、吐き気がした。

藤白 真夜 >  
「……いえ」

 ああ……私はなんて簡単なことを忘れていたんだろう。
 そう、何も出来ない。
 でも、そんな時に出来ることが、人間にはある。
 コレをはじめに考えついたひとはきっと天才だ。

 ともすれば戦の音よりも遥かに大きな街の喧噪を背に、片隅で膝をついた。
 瞳を閉じて、手を重ねる。
 頭を垂れる先は、争いの場所。

 私は神を信じていなかった。
 けれど、神に触れたことはある。

「……どうか」

 祈る先は、きっと何も無い。だって知らないのだから。祈れば全てを解決してくれるモノなんて、何も解決出来ない私には信じられなかった。
 善と悪か。正義と悪か。肯定も、否定も出来ない。
 それすらも、無い。どちらか、だなんて話でもなく、なにもない場所へ。

「どうか、その意志が。
 その選んだ意味が、どこかに在りますように……」

 祈りを捧げた。
 私に神は無く、意味も無く、権利も無い。
 だから、自らそれらを選んだ人に。
 その意味を、見いだせるように、と。

藤白 真夜 >  
 祈りの作法なんて、知りはしなかった。
 祭祀局で神学に触る機会はあったけど、専門外もいいところ。そういう宗派があるのは知ってはいたけれど。
 だから、これは私の勝手な祈りで、私だけの神に投げつける言葉だ。
 ただ目を閉じて、そうあれ、と願うだけの。
 だから、私に知識は無い。
 けれど、

「御身の、声を、……聞き届け、たまえ」

 不思議と、知りもしない言葉が漏れ出ていた。意識してか、そうでないかもわからない。
 案外、何かに繋がってしまったのかもしれなかったけど。
 私はただ、目を閉じて、祈り続けた。
 震えるくちびるは勝手に、けれど歌うように、囁いた。
 
「 御手は傾ぎ、朱色にくすむ 
 
  しかし子ら、夢を見る羊よ

  我らが主は、そこにありて

  瞳は見据え、声は愛を歌う

  佳き隣人が、嘆きかなしみ
 
  我ら罪人が、叫びのたうつ

  あえかなる、明暗の只中で 」

 何かが、私の中から抜け落ちていく気がする。
 けど、それもどうでもよかった。
 ただ、捧げられるだけでいい。
 私のようなモノが、嘆き、戦い、死に行く人たちのために。

 どこか満足感と、脱力感と、気が遠くなる感覚に、躰を任せて――、

藤白 真夜 >  
 祈りは続いていた。
 けれど、口元がわずかに緩む。
 神の寵愛のため?人々の安寧のため?
 ――いいえ。
 ただ、悦びがために。

「なれど」

 囁く声はそのままに、声色は甘く。密やかに。

「なれど気をつけよ、善き人よ。
 汝の悲しみは我が光。

 ゆえに心せよ、聖なる者よ。
 汝のかばねは我が糧である。

 ならば。
 ならばこそ。
 悪人よ。罪人よ。
 汝の悦びこそが、我がしるべ。

 贄の首を捧げよ。
 殺め、血に満ちよ。
 その赤き血潮こそが、我が呪われし福音なり……

 ふ、ふふふ」

 もはやそれは祈りではなかった。
 忍ぶような笑いがこぼれ、必死の祈りはもはや影も形も無い。
 日々の感謝を告げるように、生の悦びを謳っていた。

藤白 真夜 >  
「あ~あ。
 ちょっと殺しすぎよね?」

 気怠げに立ち上がると、吐き捨てるように躰についた塵を払い捨てる。

「まさか土地の吸った血のほうに反応するなんて思わなかったけど。
 ……ふふ♪ま、いいわ。
 出てこれるならその分、遊んでかないとね」

 祈りを食い終えたそれは、ゆっくりと落第街のほうへ向かおうとして、

「……いやあっちは不味いのかしら……。
 殺しはまだ無理なのよねー、どうせすぐ戻っちゃうし。
 今風の文化で我慢するかぁ。
 タピオカっていうの?もうぜーんぜん覚えてないんだけど」

 ふらりと、歓楽街のほうへと歩きだして、雑踏に紛れ込んだ。

「あんまり、殺しすぎると。
 私もやりたくなっちゃうからさ。
 程々にとは言わないから。
 ……適度に殺してね?」

 紅く光る瞳を、歓喜に潤ませながら。

ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」から藤白 真夜さんが去りました。