2021/11/20 のログ
■藤白 真夜 >
「ああ、やっぱり!
薫さん、お久しぶりですっ」
声を投げた相手から手が上がれば、声をあらわにこちらからも手を振りかえそうとして、辺りの人に当たってしまいそうなのに気づいて慌てて引っ込める。
「ちょっと、捜し物がありまして……。
こっちには初めて来たんですけど、すごく面白いところですね!」
と思いきや、やはり新しい魔術に触れられて上機嫌なところに予想した通りの再会もあり、やっぱり声が大きく興奮気味。
「……あれ?
なんだか、この香り――、」
この人に初めて出会ったときを、思い出していた。
思えば、ありもしない香りを、私は感じていた。
あれはもう、感じなくなったと思っていたけれど。
目の前の少女を見つめる瞳が、一時瞬いた。
仮に。
何かを察知する異能ならば、気づいたかもしれない。
一瞬、ブレて重なるように、“視界”が二つあったことに。
(……あれ?/――臭う。)
藤白真夜があなたを見つめる視線に乗る感情は、単調だ。
再会の喜び、感謝、小さな驚き。
もう一つの感情は、ほとんど無かった。
寝起きの意識のようなモノかもしれない。
倦怠感に包まれ、ほとんど体を為さない感情の中に、――何も感じられない部分が、在った。
それは、あなたに何の感触も齎さない。封鎖された感情に、何を感じ取るかは貴女次第だけれど。
その“ブレ”は直ぐに収まる。
あなたを見つめる素直な視界は、ひとつしかない。
「薫さん?なんだか、いい香りが、しますね。
……って、これ薫さんにいうと、なんだか面白い響きになっちゃうんですけど」
なんて、名前をひっかけて無邪気に笑っている、だけ。
■黛 薫 >
ぱちり、戸惑うように瞬きして貴女を見つめ返す。
一瞬だけ視界がブレたような重なったような感覚。
まるで、同じ場所に『2人いた』かのような。
(いぁ、んなワケねーよな)
異能が『進化』して以来、ぶつかる『視覚』の
感知範囲は広くなりすぎた。別の人の目線が
おかしな具合に重なったのだろうと無理くりに
自分を納得させる。
「何だ、割と上機嫌なのな?学生街と比べりゃ
治安もイィワケじゃねーし、泡食ってんじゃ
ねーかって心配してたのに。
んでも、その様子だと探し物そっちのけで
楽しくなっちまったりしてません?いぁ、
この辺けっこー目ぇ惹く店多ぃですし?
キモチは分かるっちゃ分かんだけぉ」
貴女の隣から顔を出すようにして店頭に並んだ
スクロールに視線を走らせる。
「ん、ごちゃごちゃした街ん中でも匂ぃます?
そーだったらちょっと……嬉しぃ、かもな。
最近お気に入り?行きつけ?の店が出来て、
作ってもらった香水、ずっと使ってんだ」
犬の顔を模したアロマストラップを揺らしつつ
珍しく口元を緩めてみせた。
■藤白 真夜 >
「あ、あはは……びっくりはしてますね。
怪しげなものが多くて多くて……。
掘り出し物だらけというか掘り出し物オンリーといいますか……」
今まで見てきた品揃えには、さすがに少し気圧されていた。
でも、やっぱり顔は楽しそうに微笑みが弾んでいる。
「ごちゃごちゃしているようで、どれも個性的で、面白くて。
さっきも、わざと失敗させた術式を使ったスクロールがあったり、驚いてばっかりで――」
それは、失敗をものともしないような。失敗したことすら利用するような、たくましいひとたちの生きるすべ。
「――とても、楽しいです」
楽しい買い物以上に、綺麗な何かを見たような、満足気な笑顔だった。
「い、行きつけのお店で、香水……!?」
……それは、なんだか大人のレディみたいな、響きでした。
おしゃれやそういうことに無頓着極まっている私は、
(薫さんくらいのひとでも、しっかり女の子してるんだ……)
なんて、内心落ち込むような、驚くような、置いていかれたような心境だったんですけど……、
「はい、なんて言えば、いいんでしょう……。
透明な……ガラスで出来たお花みたいな、素敵な香りがしますよ」
私に届く香りは、確かに香水のそれだったから。
嬉しそうな彼女を見ると、私までつられて口元が緩んでいた。
■黛 薫 >
「掘り出し物オンリーか、イィ言葉選びだな?
ピンキリだけぉ、学生街や商店街がそうそう
お目にかかれなぃ品、けっこーあるよな」
楽しそうに笑う貴女につられるように笑みを溢す。
笑い慣れていないのか、少しぎこちない笑みだが
年相応にあどけなく、穏やかに。
「いぁ、でも何かちょっと安心したかも。
真夜って会う度毎回気ぃ張ってたっつーか……
真摯なのが裏目に出て必死になり過ぎてた?
みてーな印象、抱ぃてたからさ。
あ、いぁ。あーしの勝手な思ぃ込みかもだけぉ。
んでも……そーやって楽しぃって笑ぇんのなら
その方がイィなって。あわあわしてる真夜も
見慣れてっけぉ、笑ってた方がカワイィし?」
店頭のスクロール、その幾つかを指でなぞる。
ひとつは炎を発生させる術式が記されたモノ。
途中で術式を破断、阻害させて不完全燃焼に
近い原理で発火を伴わず多くの煙を発生させる
煙幕の術式。
ひとつは汎用的な魔力のパスを記したモノ。
正常な術式に見えて一部をわざと破綻させており、
かつ発生したエラーを見かけ上反映させないように
細工してある。別の術式に割り込ませたり魔法書や
魔導具の術式とすげ替えれば原因不明のエラーを
発生させられる妨害に使える術式。
ある種型破りな、正しい理論に固執していては
作れないスクロールを見て感心したように頷く。
「つっても、あーしはオシャレとか?そーゆーの
全っ然分かんなかったから、店員さんに丸投げ。
その結果こんなイィ品が出来上がったんだから、
プロってすげーよな。イィ香りがしたからつい
入っちまった、って動機から行きつけにまで
なっちまったんだもん」
■藤白 真夜 >
「……えっ?」
必死になりすぎていた。確かに……確かに……!
というか、当時はそれどころではなかったのです。ほんとうに。
まるで天からの授かり物のような奇跡と、透明な花のような香りの導きと、
私のナカを正して/奪ってくれたのだから。
あの機会を逃すわけにはいかなかったのだ。
「す、すみません、すみません、あのときは本当に、お世話になったというか……っ。
最近も私、色々と周りの方にお世話になりっぱなしで、それを今回は自分でなんとかしようとしてといいますか……」
やっぱりあわあわした。
けれど、全く聞き慣れぬカワイイという言葉に、きょとん。
「……あ、あはは……、慌ててばかりで、すみません……」
顔を赤く染めて、申し訳無さそうに……へたくそな、不出来な笑顔を浮かべて。
「魔術って、面白いですよね。
式の上でも、こんなコトができるなんて。私は実技はサッパリなんですけどね」
煙幕ならかろうじて私の想像力は届くかもしれない。
けど、妨害目的のソレは私には全くわからなかったもの。
術式自体を阻害するならともかく、魔道具そのものにすげ替えるそれは、悪用を目的にもするものだったから。そこに、私の想像は行き着かない。
「私程度だとサッパリ使いみちわからないのも多くて……、……薫さん、もしかして、解るんですか?」
スクロールを撫ぜる指先に。
何故か、……ひどく壊れやすい硝子の花を幻視した。
愛おしいのに、触れられない、そんな何かを。
ああ、だから、その香りなのかもしれない。
この少女に抱くイメージこそが、それなのだ。
「でも、そういうお店と出会えるのって、良いですねっ。
……私は、そういうコト、できるかな……」
投げかけた言葉と裏腹に、視線はどこかをさまよった。
私と香りは、とにかくそぐわなかったから。
仄かだが身に纏う血の香りは、根が深い。
香水はつけるひとによって香りが違うというけれど、私にふさわしい香りなんてものがあるのかどうか……。
■黛 薫 >
「別にイィんじゃねーの、無理なら頼ったって。
慌てんのだって何にも悪ぃコトじゃねーです。
人間……っつーとこの島じゃ不適切か?まあ
とにかく、誰だって自分1人じゃできねーコト
あるだろよ。少なくともあーしはあん時とか、
真夜に頼られてイヤだったとか全然ねーし。
その後助けてもらぇたコトを思えば収支でも
プラスだと思ってっし?」
「……ま、あんまヒトのコト言えねーんだけぉ。
あーしも誰かに頼るの、上手じゃねーんだわ」
頰を染める貴女を見て忍び笑いを漏らしつつ。
揶揄うばかりでも悪いからと内心で言い訳しながら
自分の弱みを少しだけ曝け出してみる。
「ん……まぁ、面白ぃっつーか、考え始めると
止まんなぃ的な?そーゆー魅力は……うん。
あるんじゃねーですかね。
分かるったって全部が全部じゃねーですよ。
昔取った杵柄……って言ぇばイィのか、な。
実技がサッパリなのは、お揃ぃかもだ」
黛薫も一度は魔術を志した身。なまじ座学の成績が
優秀だっただけに、実技の非才が発覚してからは
酷い扱いだったが……。
ぽつぽつと、懐かしむように術式の概要を語る
横顔は寂しそうで、取り繕う精一杯の虚勢は
それこそ硝子のように儚く壊れてしまいそうで。
「ん?真夜がイィ店に出会えねー道理はねーだろ。
つーかさっき言ったばっかじゃん、真夜だって
ココに来て楽しかったんだろ。それとおんなじ。
思わぬ発見があったり期待通りが見つかったり。
それが楽しぃって感じられたらイィ出会ぃだろ」
香りに限った話じゃねーけぉ、なんて呟きつつ。
「あ、香りにつぃて言ってたんなら尚更問題ねーと
思ぃますよ。あーしも無頓着だったから、その
……うん、イィ匂ぃしてなかったっつーか、寧ろ
あんま好ましくねー匂いだったはず、だし」
きっと、その匂いについては貴女の方が詳しい。
公園で汗を拭いてもらったとき感じたはずだから。
■藤白 真夜 >
「――」
不意を打たれたとは、このことだったかもしれない。
まさに、私はこの……綺麗とは言えない場所で、綺麗と思えるモノに出会ってばかりだったから。
このひとの薫りも、覚えている。
血の匂いだけは、私は必ず覚えている。
皮肉にも。
硝子のようなあなたの横顔を見て、私の赤く煙る意識は透き通っていった。
「……やっぱり、薫さんは、私の恩人ですね」
少し、恩の押し売り――じゃなくて押し買いみたいになってしまうけど。
いくつも、気づかせてくれたことがあったのは、私の中で事実なのだから。
自らの穢れを見つめ、それを認め尚、新しい出会いのために前を向く。
私は内面を見つめることに慣れきったはずなのに、やはりどうしても怖くて。
けど、勇気をくれたひとに報いるために。
小さく、儚く……褒めてくれた笑顔を浮かべた。
慌てても良い。誰かに頼って良い。助けてもらっても、良い。
そのために。
だから、私も曝け出そう。
「……私、血の異能を持ってるんです。
それが、……なんて、言えばいいのかな。
……汚れてるんです」
言葉にするのなんて初めてで、言葉は時折途切れた。正しい説明にも、きっとなっていない。
ただ、口にするだけで、申し訳がなかった。……真っ当に生きるモノに。
「それをなんとかするのは、私がどうにかしないといけないんですけど。
それで、カラダに不具合が出ちゃいまして」
ポッケから取り出した小さなメモ帳のページを破りとる。
手にかざした其れに、ぷつり、と血が滲んだ。
見れば、つまんだ指から血が這い上がるように、そのページに刻まれていく。
血液を利用した魔術のように見えて、決定的に違うのはすぐに解るはず。
魔力を感じられるのであればそこに魔力の発露は無かったから、それが異能と伝わるかも、しれない。
メモ帳のページは、血文字と魔法陣に覆われそれこそスクロールのように姿を変えていく。
しかし、それは何かを発動するモノではなかった。
魔力を通じて何かを変換する、鍵穴のようなモノ。
「これ、教えてもらった術式なんです。
……術式というか、カタチを真似ただけなのですが」
それが、見る人間の知識で解るかは、わからない。
それは黒魔術で使うような呪術めいたモノに近い。が、どこか歪で違っていた。
ある種の召喚術の陣にも似て、しかし何かを変換するような目的を持ち。
……それでいてただ生贄を捧げるときの儀式として土台に使うだけの、単純なモノを素体にしていた。
それは、死を遠ざけるまじないに似て、しかし。
――命を吸い上げるような、冒涜的なモノにも見えるかもしれない。
「これに重ねて、魔力を通せるような術式って、解りますか?」
差し出したメモ帳のページからは、血の匂いがした。それだけで、恥ずかしくて、申し訳なくて、顔を下げて。
それでも。
「頼ってばかりで、ごめんなさい。
……そ、その分、あなたの力にもなりますから!――って、これは、ずっと言っていましたね」
やっぱり、誤魔化すように照れ笑いをして、頭をかいた。
……誤魔化しきれず、眼尻に透明な輝きを宿らせて。
――あなたを見る視線には、数多の恥辱と謝罪が隠せずに絡みついていた。
■黛 薫 >
「大袈裟……っつーのも、今に限っちゃ悪ぃか。
あーしに自覚が無くても、真夜にはそんだけの
価値がある言葉だったのかな」
照れたように、戸惑うように揺れる燐灰石色の瞳。
対照的に、煌めくプリズムのような左目は動かず。
不器用なりに貴方の言葉に向き合う。
己の血を『汚れている』と評した。
その異能の所為でカラダに不具合が出たと言った。
その苦悩を正しく図ることなど出来ようもない。
けれど。
「……あーたも難儀な異能持ち、か。
あーしなんかが分かったよーな気になんのも
アレですけぉ、異能で苦労してる仲間の好誼
っつーコトで、まあ大目に見てくださぃな」
少しだけ背伸びをして、貴女の頭に手を置いて。
「解決策とかどーこーより、先に言っとくよ。
難儀な異能を持ってどーにかしよぅと頑張って。
真夜はよく頑張ってる。偉ぃ。助けを求めても
何っっにも悪ぃコトなぃ。頼りなぃかもだけぉ、
あーしが保証すっから。大丈夫、よく頑張った」
『異能疾患』と評された異能を持った少女から、
自分の異能に苦しめられた少女へ、労いを。
恥辱と謝罪に満ちた視線の、心の慰みになればと。
「……んで、コレが真夜の異能に関わるナニカか。
コレは……魔術の知識だけじゃ解決出来ねーな。
魔力の入口?は分かるけぉ、どっちかってーと
呪術的な……『汚れてる』って表現も、確かに
分かんねーでもねーか。真夜自身に対してかは
読み解けねーけぉ……何かすごく大事なモノを
蔑ろにしてる?無視してる?雰囲気があんのな。
冒涜的って言やイィのか……」
『理解』は遠いのに『感じる』部分はある。
それは『贄』を定められた者故のシンパシー。
「あーしだけじゃどーにもなんねーだろーけぉ、
頭下げるアテはある。忙しくしてる中に追加で
お願ぃすっから、聞ぃてもらぇるか、優先して
解決してもらぇるかまでは、びみょいけぉ」
「でも、真夜が勇気出して教ぇてくれたんだ。
ならあーしだって応えたくなるじゃん」
■藤白 真夜 >
「あ、」
彼女の、小さな手が頭に触れる。つい、私から頭を下げるようにして応えてしまったくらい、あっけなく。
えらい。がんばった。
それだけの言葉で、私の恥辱は消え去り。透明に、晴れ渡った。
今日一番の笑顔を浮かべられている気がする。
頬に涙の感触さえ無ければ。
「……ありがとう」
前にも、こうしてくださったのに。
ただ、安らかにてのひらを感じるように、瞳を閉じた。
落ちる涙の雫が、底下通りの路面におちる。
なにかがおちる音を聞いた気がする。
それは疑いようもなく、喜ばしいなにかだった。
「……」
ぽつんと。
さきほどまで身を焼くような恥辱を堪えたお願いに、自分が置いていかれていた。
あんまりにも、さっきの言葉が嬉しかったのと。
本当になんとかできそうな、その返答に。
「えっ! ほ、本当にいいんですか!?
い、急ぎはしませんから……っ。
これが出来るだけで、お勤めが半分になると言いますか……。
お、お金も出します! なるべくいっぱい!
で、出来ないならできないで仕方ないと思いますから……っ」
やっぱり、あわあわした。
申し訳ないような、やっぱりすぐお金を出すとか言っちゃうところというか。
すでに小さな黒いバッグからお金を出そうとごそごしている。
……未開封の帯が付いた札束を。魔道具を買うならこれくらいは要るだろうと持ってきていました。
「……それは、魔力を命に変えるモノです。でも、そのままなら結構有る理論だと思うんですけど、それをそのまま、……――捧げられる規格に変換するものなんです。体の良い、人工の生贄みたいな……って、聞きました」
どこか伝聞のように話される言葉に、嘘は無い。
誠実に、あなたを見つめる真っ直ぐな瞳。
「……ありがとうございます。その勇気も、あなたがくださったのですが。
……どうか、よろしくおねがいします。
ゆ、ゆっくりで、かまいませんので……!」
涙の痕の残る顔で、力なく微笑んだ。
その弱々しさが、本来の私であるかのように。
■黛 薫 >
無言でハンカチを取り出し、その涙を拭う。
買い替えたらしいハンカチにはデフォルメされた
犬が走り回る姿と肉球の足跡が刺繍されていた。
「それはあーしに渡されても困るんだわ。
アテがあるってだけであーしも他力本願だし。
その人……ヒト?も、この術式もあーしじゃ
図りかねる領域だから、ホントに解決するかも
分かんねーですし」
それから補足する貴女の言葉もメモしておく。
情報は多いに越したことはない。特に第三者に
任せる場合、情報の質と量は結果に直結する。
「……にしても、人工の生贄と来たか。
塞翁が馬って言ぅのかな。何が役に立つか
分かんねーもんだよな、縁って不思議」
聞こえるか聞こえないか程度の声で呟く。
『贄』は自分と同居人の共同研究に携わる命題の
ひとつでもあり、役に立つかは不明ながら過程で
多くの知見が集まっている分野でもある。
自分の難儀な『体質』が巡り廻って誰かの助けに
なるのなら……『救われる』のはどっちだか。
「んじゃあーしはコレを持ち帰って、どーにか
出来そーな知り合ぃに検討をお願ぃしてくる。
あと、コレあーしの連絡先。連絡もらぇたら
途中経過?とか伝ぇられるかもだから念の為」
普段の明るさ、その全てが虚勢ではないとしても
気を張っていただろう。不安を抱えていただろう。
力無い微笑みに、励ますように手を振ってみせて。
ぎこちなく、上手に笑えなくても精一杯の笑顔を
返そう。勇気を出してくれた貴女へ敬意を込めて。
それから、この場を辞して血染めの術式を持ち帰る。
彼女にも『救い』が訪れるようにと祈りながら。
ご案内:「常世渋谷 底下通り」から黛 薫さんが去りました。
■藤白 真夜 >
「ん、」
涙を拭われるまま、子供のように無抵抗に目を閉じて顔を委ねた。
「……ふふ。
このハンカチ、久しぶりですね」
以前にも見た、動物デザインのそれを……やはり、再会を喜ぶかのように、微笑んで見つめていた。
「は、はい……っ。どうか、よろしくおねがいします。
あ、れ、連絡先。連絡先も……」
少女に向かって深く頭を下げる。
かと思いきや、やっぱりわたわたと慌てながら、メモ帳にスマートフォンの番号を。……全く慣れていないから大分時間をかけて、小さな、少しよれた筆跡で。
血染めのメモ帳のページと、連絡先を書いたそれを手渡して。
やっぱり、もう一度頭を下げて、その姿を見送るのでしょう。
去りゆく小さな背中に、想う。
『あーたも……』
彼女はそう言った。彼女も、なんだ。
それが何かは、私はわからない。でも、傷の残る手を見たら解る気がした。
私から聞くのも、それは違う。
今聞いては、自分から恥部を晒してその代償を求めているようになってしまうから。
だから問うのではなくて。
「……いつか。
私でなくても、いいから。
薫さんも、誰かに上手に頼れるよう、祈っていますね」
私の祈りなんてなくとも……きっと、このひとは上手くやるだろう。
こんなにも、私に勇気をくれたひとが、誰かから何かをもらわないはずが無いのだから。
それは、札束なんかじゃなくていい。
もっと、綺麗ななにかを。
私からは、ささやかな祈りを。
透明な花がいつか、宝石のような永き輝きを湛えられるように。
ご案内:「常世渋谷 底下通り」から藤白 真夜さんが去りました。