2021/12/08 のログ
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
某月某日、黛薫は不機嫌であった。
もう少し正確に表現すると、拗ねていた。
きっかけは異能弱化/封印制限措置に関する通院。
黛薫は異能に端を発する精神疾患を抱えており、
通院は定期検診とカウンセリングも兼ねている。
近況や悩み、やりたいことを聞かれた際に
黙っておくつもりだった言葉がふっと溢れた。
『復学、って。出来ると……思ぃま、す?』
……端的に言うと『今は無理』と言われた。
いっそはっきり言ってもらえればまだ心の整理も
ついたのだが、最大限気を使いつつ正当な理由を
並べられてしまったので、ぐうの音も出なかった。
■黛 薫 >
まず身体を動かすリハビリが十全に済んでいない点。
もちろん学園内でならサポートは受けられる筈だが
それだけで全て回るほど学生生活は甘くない。
次に『体質』の弱化、制限方法が確立していない点。
嫌厭効果による相殺は一定の成果を挙げているが、
それは周囲の協力、忍耐ありきのもの。
最後に違反学生時代の実績。何度も社会復帰を試み、
その度に挫折しているのだから、焦らず慣らすのが
大切であると言われてしまった。
悔しいのは復学を妨げる理由として精神状態を
指摘されなかった気遣い。それに学ぶだけなら
通学以外の手段もあると提案されなかったこと。
『ごく普通の学生としての生活』に触れるだけで
痛み出す心の傷も、その上で普通の学生として
生きてみたいという望みも全部見透かされた上で
『優しい選択肢』を与えてもらってしまった。
それがどうしようもなく惨めに思えたのだ。
■黛 薫 >
……と、まあ。八つ当たりするにも自業自得に
落とし込むにも優しすぎる扱いを受けてしまい、
拗ねるしか出来ないのが現状である。
で、機嫌を損ねてしまったなら気晴らしが必要。
そういう理由で街に繰り出して来たのだが……
ここで重大な問題がひとつ。
黛薫は遊ぶことに慣れていない。
黛薫は今までの人生の大半を魔術に関する勉学に
捧げてきた。それはもう仕事に取り憑かれた社畜の
如く。しかも早々に落第街に身を落としたのもあり、
彼女にとっての気晴らしと言えば酒と煙草とクスリ。
それで良いのか華のJC。
……厳密に言えば酒も煙草も別に好きではなくて、
『気晴らしになる』と勧められたからきっと気分が
良くなっているはずだと信じ続けた末に常習化した
だけである。しかしそれを認めてしまうといよいよ
クスリしか趣味(?)が無くなってしまう。
それはあまりにも悲しすぎる。
黛薫は発奮した。単なる意地と勢いとも言う。
何か……何かこう、キラキラとした女学生らしい
楽しみを見つけて、そう、楽しいことをするのだ。
間違っても『楽しみって意識して見つけるものでは
ないのでは?』とか『着地点曖昧すぎない?』とか
指摘してはいけない。泣くぞ。
■黛 薫 >
因みに黛薫は先日体質の所為で怪異に襲われた。
そのお陰で風紀委員からの監視が強化されている。
言い換えれば、勢いが空回ってやらかした場合
バッチリ報告が上がるのである。知らぬが仏。
閑話休題。
そういう訳で、黛薫は常世渋谷に遊びに来た。
散財する覚悟で財布もしっかり膨らませてある。
行く宛てもなければ楽しみ方もよく知らない。
だが楽しみ方さえ知っておけば今後も気分が
落ち込んだときに折り合いをつけられるかも
しれないし、何なら数少ない友人を誘うとき
恥をかかずに済むかも、という打算もある。
メインストリートを貫くスクランブル交差点の
端から街の様相を見渡してみる。考えてみれば
じっくり風景を眺めた経験すらなかったのだと
気付かされた。
■黛 薫 >
巨大な街頭スクリーンに映し出されるのは最新の
流行ファッションを着こなすモデルが出演したCM。
立ち並ぶ店々は人の欲望を叶える歓楽街の要素と
目新しく斬新な異邦人街の要素に、ほんの僅かな
非日常、落第街由来のエッセンスを加えたような
混沌とした雰囲気。
大通りにもいくつか校則ギリギリを攻めた店舗が
軒を連ねており、違反学生の立場でも学生街ほどの
場違いさを感じずに済むのは魅力のひとつだが……。
(目ぇ、チカチカする……)
フードで顔を隠し、下を向いて歩いていた黛薫に
とっては些か刺激が強過ぎた。まだ街を回ってすら
いないのに、もう挫けそう。
■黛 薫 >
一旦人通りの少ない歓楽街寄りの路地に退避して
呼吸を整える。常世渋谷のキラキラは日陰者には
眩し過ぎた。心の準備をして再度街中へ。
改めて街を眺めると、存在は知っていたけれど
意識の外に追いやられていた店がたくさんある。
何度も通ったはずの道なのに街頭スクリーンの
隣にある大きなビルがショッピングモールだと
意識して見た経験はなかったし、チェーン店の
バーガーショップに隣接する店の英語の看板も
読んだことがなかったし、一際目を引く大きな
ショーウィンドウの中に飾られたドレスだって
ずっとあったはずなのに初めて見た気がする。
如何に自分が下ばかり向いていたかを思い知る。
しかし下向き後ろ向きになるのは一旦後回し。
何故なら、今日は楽しむために来たのだから。
気負い過ぎ?正直自覚はあるので知らん振り。
とはいえ、やはり性根からして日陰者。
ただお店に入るだけにも心の準備は要るし、
店によって敷居の高さの違いも感じている。
手始めに何処の店に入るべきか。
■黛 薫 >
黛薫はしばし黙考の時間に入る。
恐らく1番敷居が低いのはバーガーショップ。
チェーン店だし、最悪店員と上手く話せずとも
メニューを指差しさえすれば注文はできるはず。
しかしわざわざ常世渋谷に繰り出して来たのに
チェーン店という無難すぎる選択肢に流されて
良いのだろうか?それにお腹を満たすならもっと
遊んで程良く疲れてからが良いのではないか。
では、その隣のアクセサリーショップはどうか。
ショーウィンドウから店内を覗き、秒で挫折する。
客寄せの為に特に豪華な品を並べているからかも
しれないが、値札の末尾のゼロが明らかに多い。
確かに今日は散財するつもりで普段よりも多めに
お金を持ってきたがそれでも1つ2つ桁が足りない。
ならば更にその隣はどうだ。如何にも高級そうな
アパレルショップ。ショーウィンドウのマネキンは
社交会で着るようなイブニングドレスをその身に
纏っている。あ、これは自分が入るには世界観が
違うなと察したものの、食い下がるような心持ちで
一応店内を観察してみる。
うん、無理。やっぱ無理。恐らく自分のような
小娘が入ること自体想定されていないお店っぽい。
自分も大人になったらああいう服が似合うように
なれるのかなあとかそういう希望が打ち砕かれる
音が聞こえた気がする。
■黛 薫 >
その後も幾つかお店を覗き、しかし入店する勇気を
持てずにうじうじと悩みながら次のお店を見に行く。
行動だけ見れば『ウィンドウショッピング』という
小洒落た言葉が当てはまりそうなのに。何故だろう、
何処かが決定的に異なっている実感がひしひしと。
「……んんー……」
悩み悩んだ末に、そこそこ長い列ができている
移動販売車に目を付けた。何が売っているのか
イマイチ理解していないがとりあえず並ぶ。
とりあえず順番を待ちつつ遠目にメニューを見て
気になる品を見繕って買えば良い……と、考えて
いたのだが、ここで誤算がひとつ。
(高さが……高さが、足りねぇ……)
黛薫は現在車椅子に乗っている。そう、肝心の
メニュー看板が見えないのだ。ちょっと列から
横にはみ出せば見えそうだが……ギリギリ列を
抜けたと見做されそうな角度になってしまう。
■黛 薫 >
1番手っ取り早いのは前に並んでいる人に許可を
取ることだが、陰キャコミュ障寄りの日陰者には
極めて難易度が高い。そもそも思い至らない。
どうしよう、と悩んでいるうちにも列は進んでいく。
まだ何が売っているのかすら把握出来ていないのに。
立って並ぶ客よりスペースを取っているのではとか
後が詰まっていたらどうしようとか慌てている内に
あっという間に自分の番が来てしまった。
どうやらアイスクリームのお店だったらしい。
よく考えれば、購入を済ませて列を抜ける人を
観察すれば何の店かくらい分かったのでは、と
今更気付いたものの後の祭り。
「えぁ、えっと……め、メニューの、えっと、
1番上?の、ヤツ……を、くださ、ぃ」
半ばパニックになりながら、メニューも見ずに
注文する。メニューの1番上は人気か定番か、
最も安いシンプルな品だと相場が決まっている。
とりあえずそう注文すればハズレはないはず。
……ごめんなさい嘘です、そこまで深く考えて
いませんでした。『早く何か注文しないと』と
焦ってただけです。
心の中で懺悔するが、何に対して、誰に対して
謝っているのかは正直自分でも分からない。
■黛 薫 >
「あ、ありがとございま、す……です」
アイスクリームが入ったカップを受け取って。
支払いが済んでいないと気付くものの両手が
アイスのカップで塞がっていて。一旦カップを
置いて財布を取り出し、お札1枚で支払う。
小銭が足りなかったとかではなく、頭が真っ白に
なっていていくら払えば良いか分からなかっただけ。
これだけあれば足りるはず、早くお金を払わないと
後ろの人が待っているかもしれない、と焦っていて
値段を確認する余裕もなくしていた。
お金を払い終え、束の間の安心と共にアイスの
カップを手に取って。お釣りが返ってきたのに
また両手が塞がっていてプチパニック。
再度アイスを置き直し、お釣りを財布にしまって。
今度はそのままアイスを忘れて立ち去りそうになり、
店員に呼び止められてしまった。
確認しなくても顔が真っ赤になっているのが分かる。
カップを包み込む手のひらはひんやりしているのに、
顔ばかりが熱くて下を向いてしまった。
■黛 薫 >
邪魔にならないように、ちょっと過剰なくらい
道の端に寄り、ようやく一息。購入したばかりの
アイスを確認する余裕を得た。
(なんか、なんか……フツーのアイスじゃねーのな?
こう、カラフルで、くるくるしてて、こう、なんか、
すごぃ……は、映える?感じの……)
……焦っているのと元からそういう文化に触れる
機会がなかったために、内心ですらうまく表現が
出来なくて、ちょっと情けなくなる。
黛薫は購入したのは、所謂ロールアイスクリームと
いう品。名前の通り薄く伸ばしたアイスクリームを
ヘラでくるくると丸めたもの。
フレーバーも各種取り揃えられているが、メニュー
最上部にあった1番人気の品は、ミルキーベースの
アイスにカラフルポップなマーブルチョコレートを
混ぜ込んだもの。味だけでなく見た目も楽しい一品。
■黛 薫 >
綺麗に整えられているのでどう口を付けたものか
またしばし悩む。他の客を観察してみると普通に
スプーンで食べれば良いらしい。見た目の楽しさ
美しさ故か、写真を撮っている人も多い。
「……頂きま、す……?」
身体が不自由なのにきちんと手を合わせて
食前の挨拶も口にする。黛薫はそういう性格。
(……冷たぃ。あと多分……甘ぃ、んだよな?)
そして黛薫は食レポには向いていない。
折角なので溶け切る前に食べたいところだが、
プラスチックスプーンをアイスに差し込むだけの
力すらギリギリ。構造的に普通のアイスより幾分
弱い力でも食べやすいのが幸いか。
一度薄く伸ばしてあるためか口当たりは軽く、
チョコの甘さも控えめでアイスの味を殺さない。
適度な大きさのマーブルチョコのお陰で食感も
楽しい……と、なかなかに良く出来た品なのだが、
黛薫の感性では冷たくて甘い、多分美味しいと
感じるのが精一杯。
■黛 薫 >
しかし、今重要なのはちゃんと自力で買い物が
出来たという事実そのもの。気遅ればかりして
中々楽しみ方が分からなかったが、買い物さえ
出来れば楽しめると言っても過言ではないはず。
道の端っこに寄ったまま、再び街を見回してみる。
まず目を引かれたのは映画館。といっても別に
見たい映画があるのではない。以前訪れてから
同居人が映画にハマっているのを思い出しただけ。
お陰で黛薫の部屋には高画質テレビとスピーカーが
設置されており、部屋の一角がシアタールームと
化している。
次に目を留めたのはギフト専門のフラワーショップ。
少し離れた場所にいても花の良い香りが漂ってくる。
こちらも花に興味があるとかではなく、良い香りが
漂うお店に好印象を抱きがちだから。
どうしてそんな刷り込み染みた印象を抱くように
なったのかと考えると……やはり行きつけの店が
香りを扱っているからなのだろうか。
(……あーしって好みとか興味とか、
周りの影響受けやすぃ方なのかな?)
それとも今まで心を許せる相手がいなかったから
気付かなかっただけで、人は案外簡単に仲の良い
誰かの影響を受けやすく出来ているのか。
■黛 薫 >
それからしばらく街を回って、相変わらず店には
上手に入れなくて、ときどき屋台や移動販売車を
見つけ、休憩を兼ねて買い物をしてみる。
コーヒーフラペチーノ、クレープ、クリームソーダ、
アイスクリームフロート、タピオカミルクティー、
ホットドッグ、抹茶ラテ……。
「いや甘ぃ飲み物の比率多ぃな……」
何杯目かになる飲み物のカップを備え付けの
ゴミ箱に捨てながら呟く。飲み物販売にばかり
突き当たるおかげでお腹がたぷたぷしてきた。
歩き回る買い物客がターゲットになるから飲み物が
売れやすいのか、と定かでない想像を巡らせてみる。
■黛 薫 >
動かしているのは車椅子を操作する指先くらいだが、
長く街中にいると疲労が溜まってくる。何度目かに
なる休憩を取りつつ、ぼんやり街に視線を巡らせる。
(あーし、フツーの学生らしく……なれてんのかな)
その場の勢いだけで街に繰り出して、無計画に
楽しんで帰る。好みのお店を見つけられたとか、
新たな発見があったとか、気分転換に成功した
とか、してないとか。
楽しいかどうかは二の次で、そんな学生らしい
日常と非日常の境にある時間を感じてみたかった
……そういうこと、だったのかもしれない。
それを踏まえるなら、何故か妙に飲み物の屋台
ばかりに突き当たり、大した意味もなく並んで
買ってを繰り返した今日の外出も悪いものでは
なかったのだろうか。
■黛 薫 >
もっとも、自分の気持ちなんて自分でも分からない。
良かったのか悪かったのか、成功かそれとも失敗か。
疲労に微睡みそうな意識の中で、ぼんやりと答えの
出ない問いを思い浮かべて、思考が巡る。
(……そろそろ、帰ろっかな……)
疲れで頭が回らなくなってきたのを自覚して、
良い頃合いだと顔を上げた……の、だが。
「……ドコだよ、ココ……」
行き当たりばったりで散策したツケが回ってきた。
平たく言うなら……迷子になりました。
■黛 薫 >
……結局、記憶を頼りに来た道を引き返して、
きちんと帰り道が把握できる場所に出るまでに
たっぷり1時間半もかかってしまった。
スマートフォンで地図を見れば良かったのでは?
と気付いたのは疲労困憊で帰宅し、ベッドの中に
入ってからだった。
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」から黛 薫さんが去りました。