2020/06/20 のログ
ご案内:「歓楽街」に不凋花 ひぐれさんが現れました。
不凋花 ひぐれ >  饐えた臭いと、酒の臭いが交わり、トドメとばかりに女物の香水が交わるこの空間は、不凋花ひぐれにとっては地獄でしかなかった。
 歓楽街の大通りの中心を闊歩し、なるべく店の傍や路地裏に引き込まれたりしないように進んでいる。飲んだくれた男は風紀員会の腕章を見せびらかすことで冷や水を掛けられたように牽制し、店の前で客を引く女は腫物を見る目で彼女を睨む。

 現在、彼女は夜の街のパトロールの最中だった今回の担当は一人でここら一帯を歩き回るというもので、色々と問題がある気がしてならないが、深刻な人員不足なのだとか、何とか。その真偽は不明だが、こうして一人堂々と夜の街を歩くのが現状であるなら憶測とはいえ仕様がないと肩を竦める結果に落ち着く。

不凋花 ひぐれ > お通りします、お通りします。風紀員様のお通りです。
白杖代わりの白鞘を一定間隔で前方へ揺らし、固く閉ざした瞼と緩やかに開脚する眉は一切微動だにしない。
からんころんと下駄を転がし、身体的弱者特有の所作を行う。相性の悪い二つの要素を組み合わせることで、無駄と余裕がそこには生まれる。
加えて権力の象徴を見せびらかすようにしつつ堂々としていれば、案外悪い人は突っかかって来なくなる、というのが彼女の経験則から来たやり方だった。
風紀委員という体裁上、下手な弱みを見せれば舐めてかかられるというのはよく理解している。
毅然と立ち振る舞い、背筋を伸ばし、顎を引いて悠々と通りを歩く。
近くでグラスがかち合う音が聞こえた、パチスロ店が人が出入りするたびに喧しい台の音が耳に突き刺さるように聞こえて来る。
――耳が痛い。物理的に痛い。

「……下品ですね」

吐き捨てた言葉はこの状況全部を俯瞰しての客観的なものだった。
今、どこからか舌打ちが聞こえた気がする。

不凋花 ひぐれ > 雌臭いフェロモンが撒き散らされるのが嫌いだ。雄臭いヘンな臭いがする諸々が嫌いだ。
不凋花ひぐれは視覚以外の五感、とりわけ音やニオイの機微に鋭く感知出来る極めて原始的な超人のタイプである。どこよりも遠くにいようと察知し、感知出来る。
生まれてから共にあるこの特異体質との付き合いはとうに慣れたが、鼻がひんまがりそうになるこの手のニオイだけは癇癪を起したくなってわめきそうになる程度には嫌いだった。
明日ちゃんと委員会に抗議を出さなければならない。そう思えたらがぜんやる気が出てきた。ハの字にした眉をより顰め、じろじろと周囲を見渡すように首を動かしながらパトロールを続ける。

不凋花 ひぐれ > 少し上体の動きが鈍くなってきた。無駄に片意地を張り過ぎているのかもしれない、と客観視して己を冷静にさせることが出来るようになったのは張り切り始めてから疲れる2分後のことだった。
瞬間的な集中力を発揮する様は修羅か鬼のような面相を幻惑させる勢いであったが、喉元過ぎれば熱さを忘れるというもの。
ンン、と軽く咳払い。歩く先が少し道を逸れていたのか電柱に白鞘をぶつけてしまった。響きはしないが、硬く鈍い打音がした。
――不凋花ひぐれは平静であれ。
一度足を止めて、肩を竦めて嘆息する。