2020/09/05 のログ
ご案内:「歓楽街」に伊伏さんが現れました。
伊伏 >  
歓楽街の夜と、裏路地に近い交差。
雑踏も客引きも店舗から漏れる音楽も含めた、不夜城の一画。
とっくに日は暮れ、良い子は眠る時間だが、周囲は昼のように明るい。
そういう場所だからだ。欲望が集い重なり合えば、歓楽街の明るさも強くなるのかもしれない。

そこに、売人は居た。
伊伏という一人の売人が身元を隠し、ぼんやりと人の流れを見ている。

普段はハシバミ色をした瞳の青年だが、その眼は明るい青に変わっている。
変装用のカラーコンタクトと言うには、あまりにも自然な色合いだった。

伊伏 >  
「今日は二人か。今頃は、夢の中だな」

そっと呟いた言葉も、周囲の音に消えていく。
白いシャツに引っ掛けたボストンサングラスをかけ、機嫌の良い小鳥みたいにチチチと舌を鳴らした。

伊伏の"今の火遊び"は、悪薬の売人という火遊びだ。
彼が"寂しい人"に配っている薬は、強烈な中毒症状を呼ばない内容である。
ただし使用されている成分の大よそは、許されるものでは無い。
黒か白かと言われたら、真っ黒だと言える精製方法だ。

ジョークドラッグとして堂々と売るにはアングラで、こそこそ売るにはいささか迫力に欠けた悪薬。
それをこっそりと…極々たまに、人を選んで流す。連日現れることはせず、顧客はつけない。
自由に薬を持ち歩き、気まぐれに売って歩く。

それが、この都市における伊伏の悪事であった。

伊伏 >  
近場の壁にもたれかかり、ぼんやりと頭の中をめぐる薬品の名前をカウントする。
薬局で購入できる普通の薬、野山で採取した個性的な雑草。
そういや噂に聞いたあの市販薬とカフェインの組み合わせは、どこまでが本当だろうか。

ここ数年ほど静かにやってきた"火遊び"に新しい薪が欲しいというのは、少し危ない傾向だなと自制に触れる。
今まで不自由なくやってこれたのは、部活に加えた"火遊び"が大人しいものだったからだ。
ああでも、芸術の秋が近いせいか。それとも新学期という日常の区切りか。

手元で管理する刺激を増やしたくなるのは、きっと人の性だ。


伊伏は、歩きたばこで通りすがった誰かの背を見て、「煙草が欲しいな」と、ふと思った。

これでも表向きは一般生徒で通らせている。
たまに吸ってる同年代もいるだけに、煙草くらいは手を出してみたい。
今度喫ってるやつを捕まえて、一本もらってみようか。

伊伏 >  
薬と煙草、どっちが身体に悪いんだろうか、という野暮な考えは置いておく。
悪いようにはしないよと甘言をかけるのは、薬も煙草も、どちらも同じだと考えている。
責任が取れないうちは、嗜好品なんて手を出さないのが当たり前なのだから。

とはいえ、こちらの出す薬――嗜好品は"ダメ、ゼッタイ"がうたい文句である。
得る快楽に大きな苦労が無いのだし、依存すればするほど他人への迷惑が生まれてしまう。
どうしても抗えなかった人々の苦しみは、映画でも漫画でも簡単に知識として手に入るくらいだ。
抑えられなかった好奇心も同じもので、一歩踏み外してからの転落は非常に速いのが悪薬。

その自制が利かなくなっていく様子が好きだから、伊伏は売人をしている。
ただ彼は臆病者であるがゆえに、中毒性の強いものは出していない。


あと一歩、踏み出していないだけなのだ。

伊伏 >  
伊伏は欠伸をひとつ落とし、緩く息を吸った。
携帯を取り出して画面を眺め、引き上げ時を知る。
ついでにゲームアプリを起動して、ちまちまとスタミナを消費しておく。
本日はレアドロップのお達しはナシだ。ああ、悲しいな。

何個か開いたゲームのうちのパズルゲームで、ついついと指先が踊る。
消すたびに増える別のパネル。制限時間内に沢山消してスコアを競うシンプルなもの。

それも丁寧に一日のプレイ回数上限を叩いたところで


「……あ、閃いた」


伊伏の頭の中で何かが繋がった。
サングラスを外し、それをゴミ箱に放る。

ご案内:「歓楽街」から伊伏さんが去りました。