2021/11/02 のログ
ご案内:「歓楽街」にノアさんが現れました。
■ノア > 未だ街の至るところに見えるハロウィーンの名残を踏み捨て、建物の隙間と隙間を駆ける。
駆ける姿は一匹と一人、まるまると太った三毛の猫とロングコートを纏う男だ。
「タヌキみてぇな見てくれのくせして一丁前に猫らしく逃げんなってんだよ!」
日銭ってのは大事だ。
室外機を蹴り跳ね、塀を飛び越え、猫に追いすがりながら切にそう思う。
ジャラリと伸びたシルバーのチェーンを躍らせながら、獣一匹に踊らされる。
ねこじゃらしから始まった攻防も餌という名のトラップに続き、いつのまにやら最終手段の実力行使。
猫も猫で必死なせいか、正午を境に始まった不毛な格闘は未だにビル街の隙間で続いていた。
(楽な仕事じゃねぇなぁ……)
払いが良ければ何でもやる。
探偵等と言いながら、その実は体のいい何でも屋のような物だ。
降ってくる報酬が同じなら、それこそ荷物持ちだろうと、密航情報の偽装だろうと何でもよかった。
些細な気まぐれで傷んだ懐を癒すために安請け合いしたコレも、払いは存外悪くない。
むしろ猫一匹引っ提げて出向くだけにしては破格の報酬額。
男に向いているか否かというのは別の話だが。
■ノア > 「っだぁぁぁ、下水に潜んじゃねぇ!」
黒よりのグレーがはびこり、非合法なシノギが昼間っから横行中。そんな街の妙齢のお嬢さんからの猫捜し。
資金の出所は落第街のクスリか、それともカジノか。
でっぷりと愛猫と、私腹を肥やす常世の経済循環ポンプ。
「ありがてぇこった……イヤ、まじで」
巡る金の端っこを汗水垂らしてありがたがって受け取る為に、呪詛のように漏らす。
数日前の雨の名残が未だ尾を引く下水道の蓋を順に引っぺがしながら追い込んでいく。
革靴がドブにでも突っ込んだように鼠色に染まるが、標的を追い込むための犠牲と割り切る。諦めとも言い換えても良い。
一枚、もう一枚とめくりあげて、行き止まり。
四足の足先で立ち上がり甲高い鳴き声を上げながら威嚇するタヌキ様の猫の首根っこをむんずと掴み上げる。
「やっと捕まえたぞ俺の20万……」
引っ掴んだ手の中でジタバタと暴れては牙を見せてくるが、手こずった割にはこうなってしまえば可愛いものだ。
良く暴れる子なのでと預けられた極めて頑丈な造りをしているらしい移動用のケージに放り込んで鍵を閉じる。
猫相手にダイアル錠か、とげんなりしながらも依頼主に捕獲完了の一報を入れる。
■ノア > 「怪我はさせてねぇ、運動不足の解消と爪とぎに付き合ってやったくらいだ。感謝してくれ。
……あいあい、分ぁってんよマダム、愛してる愛してる。
そんじゃあな、振り込み先は前と同じで」
通話終了。ガシャンガシャンと暴れるケージを尻目に報告用の携帯の赤いボタンに指を触れる。
途端入れ替わりに震える受電用のスマートフォン。表示されるのは覚えのない番号の羅列。
非通知設定外のコールだ。こちらに番号を表示させるリスクを省みないタイプの大物か、初めましてのおのぼりさんか。
それともまたぞろただの猫捜し程度のしょっぱい話だろうか。
「こちら個人探偵ノア……」
汚れた服と靴をゴミ箱に放り込み、全く同じ組み合わせの一式を引っ張り出しながら肩と耳で携帯を挟み応答する。
金さえ降ってくるなら、ゴミ掃除も猫捜しも、変わりない。
いつかこの指先がとある真実の喉笛に届くその日まで、ただただ繰り返す。
歓楽街のアパート裏の一角、ケージの中で観念したように丸くなった猫がなーおと、一声よく響く声で鳴いていた。
ご案内:「歓楽街」からノアさんが去りました。