2021/12/25 のログ
ノア >  
「言ってろ、未だに自分の事で手一杯なんだよ。
 自分の半分も生きてねぇ子供が立派に自治活動なんざやってんだ。
 この島ん中で若ぶるには10年手遅れって話だ」

パチンとロックを外して中身を見せる。
転がり出るのは透明な瓶に入った赤と金の交じり合う奇妙な液体。

「『フジシロマヤ』の所属組織は主に2つ。
 1つは祭祀局、そん中でも『禁室』っつーいわば汚れ役みてぇな所。
 もう1つが『知のゆびさき』って人体実験上等のサイコな製薬会社だ。
 あとは生活委員会にも所属があったが、こっちは特筆すること無くてね。
 
 "あんたの知ってる方"のフジシロマヤとはたぶん無関係。

 そんでこいつはゆびさきの方の産物、原材料はあんま飯食いながら言いたくねぇや」

指先で転がりでたアンプルの一つを突っ突き転がしながら。
猪口に移した熱燗をくいっと一息にあおり、
焼ける喉に通すように、寿司屋なだけあってかよく出汁の利いたうどんをすする。

紅龍 >  
「くく、まだまだガキだねえ。
 ま、こんな平均年齢がやたら低い島にいたんじゃ、老けたようにも感じるってもんか」

 出てきたアンプルを一つ手に取って、眺めてみる。
 何とも奇妙な液体だ。
 祭祀局も製薬会社とやらも胡散臭ぇが。

「――やっぱ解離性同一症か」

 此処が常世島である以上、それが真っ当な人格障害って事はねえだろうが。

「んで、この薬、か?
 なんだ、使えるもんなのか?」

 今のところ、その製薬会社とやらにちょっかいを掛ける予定はない。
 貰っておいてなんだが、利用価値があるかどうかが重要なところだ。

「え――っと、これと、これと――げ、今日はこれもか」

 テーブルの上に転がすと床にまで転がっていきそうなもんだから、小皿の上に並べていく。
 メモを見ながら取り出して――10は多くねえか?

「くそ、全っぜん減らねえ」

 ここ数年、飲み薬は減るどころか増える一方だ。
 

ノア >  
「ガキなもんでな。
 不条理に不合理。気に食わねぇもんばっかで噛み付くのに忙しいね。
 嫌な話だ、じきに俺もおっさんの仲間入りかと思うと頭がいてぇ。
 
 あぁ、いわゆる防御人格みてぇなモンかと思うんだが、
 表のマヤの邪魔したら殺すってさ。
 あとはおっさんにナンパされたーって騒いでたぞ。
 俺に言うだけあって年甲斐も無くプレイボーイか?」

藤白真夜を守る人格。
藤白真夜の罪を代理するように、あの子を生かすために。
バケモノを自称する姿は、表の少女の痛みの裏返しのようで。
知れた事は多い。それでも、分からない事も山積している。
塗りたくられた空白が、その先を知る事を阻んでいた。

「ようは飲むタイプのキズグスリって奴。
 切り傷だろうとなんだろうと、一瞬で縫合するレベルのクレイジーなシロモノだと。
 無傷のまま使ったら心臓破裂して死ぬんじゃねぇかな。
 使えるかと思って回収して来たんだけど、おっさんが使うと薬のせいで死にかねねぇや」

テーブルの上に広げられた薬の山を眼下に見据えながら。
おっさんの前では煙草は控えておくか。

紅龍 >  
「はは、優秀なわんちゃんじゃねえか。
 これで愛嬌がありゃあ、可愛がってもらえるぜ?」

 とりあえず口の中に薬を全部放り込んで、一緒に運ばれてきた水で流し込む。
 食前の薬だけでこれだ。
 食後の薬合わせたら今日幾つになるんだ――?

「表ね、まあオレと会うこたぁねえだろうな。
 しかしナンパって、あのガキまだ言ってんのかよ。
 オレぁ五年後に出直せって言っただけだっつーの。
 ま、五年経ってもオレが生きてりゃ、女としてみるかもしれねえけどな」

 しかしなるほど、その表の方が『マヤ』の主人格って事か。
 わざわざ裏が落第街まで来るってこたあ、表の方は随分ストレスが多い生活でもしてんのか?
 それとも、『マヤ』が受けて来ただろう扱いに関係してんのか――。

「無茶苦茶な薬だなおい?
 あー、だめだだめだ、んなもん使ったら死ぬ、ぜってーしぬ。
 今でさえよ、食事制限に栄養制限、運動制限もされてるし、魔術には死んでも触れるなって言われてんだぜ?」

 なにからなにまで、可愛い『主治医』に制限されてんだ。
 そんなオレの内臓じゃ、副作用できっちり自爆しちまうだろうよ。

「薬も飲み薬だけで、あ――うげ、今20種類以上飲んでんのオレ?
 なんなの、オレ死ぬの?
 ちょっと心細くなってきたんだけど」

 昔から体が弱いのもあるが、流石に改めて見るとこりゃひでえ。
 泣きたくなってきた。
 

ノア > 「鼻が効きすぎていらんもんに首突っ込んでるだけだっつの。
 愛嬌ね、おっさん相手に可愛く鳴いたってしょうがねぇから、
 見せねぇだけで存外上手く鳴くかもしれねぇぞ?」

今更可愛がられて喜ぶような気も無い。
手のひらいっぱいに乗っけた薬を飲み込む目の前の男を少し気遣うような目線を向けながら。

「人に言うだけあって女の扱いが上手なこって。
 見習いたいね――しかし五年後、ね。
 お互いくたばっててもおかしくねぇわな」

紅龍も自分も、少なからず危険と隣合わせに生きている。
語りあった隣人が次の日には骸になっていたとて、
飲み込んで生きるような生き方を選んだのは、身を置いているのは己。
だからこそ、だろうか。この暗がりに身をやつす少女が気がかりになるのは。
同族嫌悪というには少し異なる感情にやきもきする。

「あぁ、滅茶苦茶な薬。
 健康な奴が今際の際から帰ってくんのには使えるんだろうけど、
 ひ弱な俺たちが使って遊ぶもんじゃねぇ。
 
 そんなもんを『フジシロマヤ』の血から作り出してんのが『知のゆびさき』って奴らだ。
 傷は治るだろうさ、まヵ結果死ぬかも知れんってのが皮肉だわな。
 『猿の手』らしい皮肉な願いの叶え方もあったもんだな」

可愛い可愛いご家族に見守られてさぞや健康管理も行き届いているであろう紅龍を見やる。
フィジカル面ではかなり恵まれているが、色素の薄い肌や髪といい、恐らく先天性の物で内側はボロボロなのだろう。

「まぁ、死ぬなら死ぬで美味いもん食って死のうぜ。
 折角寿司屋来てんだ。
 あんたも寿司食えって」

随分と弱った顔をする男を尻目に端末を叩いて
『クリスマス仕立てのローストビーフ』と『具だくさん、地中海風エビチリ』を頼む。

紅龍 >  
「オレも雄犬鳴かせて楽しむ趣味はねえなぁ」

 けらけらと笑いながらやっと『飲むヨーグルト』に手が伸ばせる。
 これこれ、これが昔から好きなんだよ。

「だよな、五年も生きてられりゃあ、それだけで勲章もんだろ。
 ――ま、簡単に死ぬわけにも行かねえから困りもんなんだがよ」

 自分一人ならともかく、オレが死んだら■■はどうなる?
 そう思えばこそ、一日でも長く生き残らなくちゃいけねえって気にさせられる。

「『マヤ』の血ってのは、そんなすげえもんなのか。
 『サルノテ』っていやぁ、東方の呪いだったな。
 仕事で似たようなもんを回収したことがあるけどよ、最後はなんだ、悲惨なもんだったぜ」

 一息でヨーグルトを半分くらい飲み干しながら、当時を少し思い出した。
 歪んだ形で願いを叶える――そんな呪物はどこにでもある。

「ばっかやろう、飯食って死んでたら怒られるじゃすまねーの。
 つーかオレアレルギー多くてまともに食えるもんも少ねえんだよなあ」

 まあ、そのアレルギー反応を抑えるために薬も多くなるわけなんだが。
 ケーキを適当に切って一口大にして、放り込む。
 ――すげえいい苺使ってんな、くっそうめえ。

「妹が厳しくてよ、ちょーっとやんちゃすると怒られるんだよな。
 そのくせ、自分は甘いもんばっか食ってんだぜ、不公平だろ?
 オレが飯作ってやんねえと、甘い菓子ばっか食ってんだ」

 探偵から端末を借り――寿司食えって言ってるやつが寿司頼んでねえじゃねえか。
 とりあえず『飲むヨーグルト』をおかわりだ。

「――しかしよ、実際なんだ?
 『マヤ』はあの年にしちゃしっかりした娘だ。
 もうちょっと磨きゃ、美少女で通るだろ。
 五年もしたらいい女になる、そう思わねえか?
 オレは思うね。
 やっぱあと十年は生きねえとダメだな」

 せめてあの娘が、いっぱしの女になるまでは見届けて見てえもんだ。

 

ノア >  
笑いながらヨーグルトを飲み下す紅龍を白んだ目で見る。
安心しろって、俺もそのケは無ぇっての。

「今日明日生きてりゃめっけもん、五年も向こうの事なんざ背負ってらんねぇや。
 死ねない理由な……ついぞ最近無くしちまったんだけど、
 生きてやりてぇ事がまだある内はしぶとく生きてくもんさ」

自分を支える柱はとうに折れて。
殺意も怒りも燻り、人間臭い正義感に追い立てられて仕事をこなす日々。
泥臭くて丁度いいっちゃ、丁度いいとも言えるか。

「あぁ、祭祀局の連中は『マヤ』を色々と使ってるらしいが、
 それも大概がその血の特異性を利用したもんだろ。
 本人の異能も血液操作ってくらいだ。
 魔術の才は殆ど無し。まるで異能の方に全部持ってかれてるみてぇな感じ。

 いっぺん悲惨な目にあって散った連中を誰が集めたのかは知らねぇけど、
 風紀も公安もだんまりの至極クリーンな製薬会社ってワケ。
 そこが『フジシロマヤ』の身元保証までしてるってんだから、
 真っ黒以外の何でもねぇんだけどな」

願いを歪んだ形で叶える呪物、猿の手。
フジシロマヤも祭祀局の連中からすれば蒐集した一つの便利な呪物のような扱いだろうか。
……胸糞悪い話だ。

「アレルギーね……まぁ見えてる地雷踏んで死んだら怒られるで済むわけねぇわな」

小窓から運ばれてきたローストビーフにナイフを突き入れ口に運ぶ。
突き刺した刃の先から薄く肉汁とも血とも言えぬ滴りを見せるが、まるでくどくない。
――うめぇ、やっぱり寿司屋来たらローストビーフだな。

「妹なんざ多少わがままなくらいのが可愛いもんだろ。
 公平になんざなる訳ねぇ、お叱り受けられるのも幸せってもんだ」

今はもう、聞く事も無いお小言は既に懐かしく。
戻らない物を重ねてしまうからこそ、紅龍の妹の話にも頬が綻ぶ。
飲み物ばっか飲んでねぇで寿司頼めって。

「さぁ、今でも十分だと綺麗だとは思うがね?
 ちっと自分に自信持てねぇのが玉に傷の、
 どこにでもいるオンナノコだ。
 笑ってると、年相応に可愛らしいもんだぞ」

自分が犠牲になる事こそを良しとするあの少女にも、
人並に喜び、笑っていて欲しい。
殆ど願望の押し付けのような物、喪った面影を重ねて見てしまうのは
拭いきれない悪癖みたいなもんだ。

紅龍 >  
「なんだ、無くしちまったのか。
 そいつは、しんどかっただろうな」

 死ねない理由――失い続けて、残ったのは一つだけ。
 まだまだいくらでも『生き方』がある若者が、こんな島で裏稼業に甘んじてるのも理解できる。

「なに、『理由』なんざ、生きてりゃまた出来る。
 だからこそ、簡単に死んじまうわけにゃいかねえんだ」

 きっとこいつにも、そのうち新しい『理由』が出来るだろう。
 その時、ほんとに腐っちまってなければ、だが。

「へえ、そいつはちょっと興味が出るな。
 製薬会社ねえ。
 お前、もしつつくつもりがあるんなら、上手くやれよ。
 荒事になったらまあ、手を貸してやらんでもねえ」

 とはいえ、それで『マヤ』に殺されるのは御免だが。
 今んところは、このアンプルだけで十分だしな。

「なんだ、お前も妹が――あー、すまんな。
 少し無神経だったか」

 こいつの死ねない理由だったモノ。
 こんな奴が一人で裏稼業をしてるのを見れば、察しもつく。
 ばつの悪さを隠すのに、ケーキをもう一口呑み込んでから、チキンにかぶりついた。

「んぐ――なんだ、表の方はそんな感じなのか。
 裏の方ときたら、好奇心に目をきらっきらさせる猫みたいな娘だったぞ。
 撫で心地も悪くなかったな」

 ついでに、命に対して真剣だ。
 それだけで、随分と好感が持てる。
 わざわざ――保存方法を探して、あの血の花弁を持ち歩くくらいにはな。

 

ノア >  
「まぁ、復讐心なんかで生きてるなんて不健康が終わったと思えばせいせいしたってもんさ。
 
 生きてりゃ、ね。そりゃそうだ。死んじまったら何にもなりやしねぇ」

何かを為したいなんて大それた思いは無い。
胸糞悪い連中の鼻を明かすのを趣味に生きられる程エネルギッシュでもない。
脆く壊れかけた砂城のような理想論、自分の中に根底に流れる意思。
ただただ、許されるならこの思いだけは枯れる事のないよう――

「あぁ、製薬会社。アンタも他人事じゃないわな。
 蟠桃会、マッドサイエンティスト同士で仲良くやってんじゃねぇか?
 裏の方のマヤからも釘刺されてっから、あんまし派手にはやらねぇよ。
 荒事になるとしたらアンタの方だろうさ。
 
 そのアンプル、持ってりゃマヤがあんたの事見つけるだろうさ。
 目印みたいなもんだ、他の奴に追えるようなもんじゃねぇけど」

下手に突っ突けば二度目に見逃してくれるかは、分からない。
マヤの制止が無ければ死にはしなくとも切り刻まれるくらいはされてもおかしくは無かった。

「いや、良いんだよ、変に気ぃ使わなくても。
 こいつはたぶん俺がちゃんと飲み込めなきゃいけねぇもんだし。
 まぁ俺がアンタに協力すんのも、今となってはその辺の私情も込みってこった」

タバコに触れて知った■■の暖かい思い。
それを壊してしまうのはあまりにも忍びなくて、耐えがたく。
じきに紅龍を巻き込んで起こるであろう騒乱を予見しながら、ただ今は備えるばかり。
情報は、繋がりは力だ。

「あぁ、猫ね。どっちも見たけど分からんでも無い。
 裏の方はえらくアンタに懐いてたしな。
 撫で心地っておっさん、あんた……」

いや、俺も似たようなことしたか?
――したな。なんでもねぇや、責めらんねぇ。

紅龍 >  
「懐いてた――懐いてんのかあれ」

 むしろおじさんが遊ばれてるような気がすんだけどなあ。

「いやあよ、なんかこう、背丈とか年頃とかで、つい手が出ちまうっていうか。
 ――いやこの言い方はやべえな、手錠かかっちまう。
 なんつうかこう、庇護欲ってのか?
 構いたくなる、みてーなの――ほら、あんだろ?」

 改めて言うと随分と恥ずかしくねえかこれ。
 くそ、『ヨーグルト』が無くなっちまう。
 追加だ追加。

「そうか?
 まあ気を使わねえでいいなら、楽だからいいんだけどよ。
 しかし、それでオレの『犬』になってんじゃつまんねえぞ?
 どうせなら『猟犬』になれるくらいには、しっかり牙磨いとけよ」

 道理で随分とまあ、深く入り込んだと思ったが。
 依頼以上の事までした理由はそこんとこにあったわけか。
 こいつは、まあ、しっかり依頼料は払ってやらねえとか。

「――しっかし、マッド、ねえ」

 マッドサイエンティスト、と言われちまうと、なかなか困ったもんだ。

「たしかに蟠桃会の連中も大概だが、やつらは単に下衆ってだけなんだよな。
 いや、オレから見たらの話なんだけどよ。
 むしろ、今の蟠桃会で一番マッドなのは、あー、なんだ、うちの妹だと思うぞ、うん」

 なにせ、蟠桃会の連中が利用してるもんの基礎研究は、全部あいつが仕上げたもんだ。
 それが何に利用されるかも全部わかった上で、今も奴らの監視下でいろんな研究を『すすんで』やってる。

「あいつ、「人間が使う物なんだから、人間で実験しなくちゃ意味がない!」って言ってやってるしなあ。
 軍に囲われてた時からそうだったから、ありゃあ根っからなんだろうな。
 物心ついた時にゃあ、もうマッドの道まっしぐらだったよ」

 話しながら食ってたらケーキが無くなっちまった。
 なんだ、チキンも残ってねえじゃねえか。
 仕方ねえな、この『クリスマスパフェツリーDX』でも食べるか。

 

ノア >  
「おもちゃを見つけた猫みてぇなもんだし、じゃれてるんだろうさ。
 製薬会社の連中にはいねぇんだろうな、マヤ本人を個として構ってくれる奴

 庇護欲、か。俺よりよっぽど強いのは間違いねぇんだけど、
 まぁそう言われると分からんとは言えねぇよ」

あの背丈と年頃は、紅龍にとっても俺にとってもウィークポイントみたいなもんだ。
ご立派な個室拵えてなんで女の話しておっさんと照れ臭い流れになるんだよ。
……くそ、何か気まずいしデザートでも頼むか。
折角の寿司屋だ。『スペシャルクリスマスガトーショコラ』ひとつ。

「まぁ、お互い変に気負わねぇ方が動きやすいだろ?
 しがらみだらけの裏稼業ん中で情で動けんのは、きっと今の俺に必要な事だろうし。
 飼い殺しにされんのは趣味じゃねぇしな。
 最近噛み付きすぎて磨きすぎなくらいだっての」

『猟犬』か。
それこそ、飼い主のいない猟犬など狂犬以外の何物でも無い。
法の元なら正しく力を振るえる? それじゃあ救えない物が目の前にいるってのにか?
今はまだ、迷う心は宙ぶらりんのままで。

「……マジ?」

蟠桃会についての周辺との繋がりに探りこそ入れていたが、
深く、隔離された向こう側。
タバコを通して見た少女の姿がそれとうまく結びつかない。

「いや……うん、なるほどな?
 たぶんアンタの妹、俺と会わねぇ方が良いかも知んねぇや
 多分ウマが合わねぇ」

人の心は分からないというが、この男の妹は更に極まっていた。
穴から拾い上げてきた軍事機密の類に記載されていた名前を見ていた際は、
紅龍と妹、相互に人質にでもされているものと思っていたのだが。

藤白真夜にかまけて外郭を洗って以来そのままになっていた蟠桃会。
用心棒自ら明かされた事実でピースがハマり、不自然なくらいスムーズに進む研究に合点がいった。
――超協力的じゃん、妹さん。そりゃ進むだろうさ。

届いたガトーショコラにフォークを突き立てながら、話は進む。
藤白真夜についての報告は、おおよそ片が付いていた。
あとは野郎二人がただ、寿司屋で飯を食らうだけ。

紅龍 >  
「おもちゃ――おもちゃね、なんかしっくりきちまうのが情けねえなあ」

 頭をがりがりと掻いて、運ばれてきたほどほどにデカい(高さ80cm)のパフェを崩していく。
 あ、ウメエなこれ。
 恒常メニューにならねえかな――あ、だめか、流石に普段から食ったら殴られる。

「あー、いや、ちとまて、違う――いや、違わないんだがそうじゃねえ。
 あいつはまあ、変わっちゃいるが、他所の人間捕まえてきて実験するような性格じゃねえんだ。
 まあ人体実験は山ほどしてるけどよ、それも、最大限の安全性が確保できるまでは散々自分を実験台にしてな。
 あぶねえからやめろ、って昔は言ったもんだが今は言っても無駄って心底わかったからなあ」

 それで命を落としかけた事も指の数じゃ足りねえくらいだ。

「まあ、あいつにも研究者としての信条ってのがあるんだろうな。
 とはいえ、あいつにとっちゃオレが人質にされてるようなもんだからよ、信条に反する研究もさせられてたかもしれねえが。
 それで黙ってるほど大人しい娘でもねえからな、搾取された研究は、対になるもんを作り上げて黙らせちまう。
 今も奴らの研究に協力的なのだって、あいつには『その先』が見えてるからなんだろ。
 今の研究の果てに、なにが出来るのか――オレには見当もつかねえけどな」

 そこはきっと常人の頭じゃ考え付かなくて普通なんだろう。
 オレにはそんな頭が良い方じゃあねえ。
 経験則から物事を組み立てるのは出来るが、何もないところからビジョンを見出せるような想像力は持ってねえんだ。

「だからまあ、なんだ。
 マッドサイエンティストなのは間違いねえが、あいつはお前の嫌いな人種とは多分ちげえよ。
 大体、自分の身体が遺伝子配列レベルで滅茶苦茶になるほど研究に自分を捧げてるやつが、他人の身体を無下に扱うかよ。
 あの『実験体』を作ってんのは、あいつから研究成果を吸い上げたクソ野郎どもだ」

 だから、腹が立つ。
 気に入らねえ。
 あいつがどれだけの覚悟で、研究してる事か。
 それをただのデータとしか見ねえで、いい様に軍事利用、兵器利用とやりたい放題。
 軍も蟠桃会も、心底不愉快だ。

「――ああそうだ、近々、蟠桃会が新型の実験を始める。
 漏れないようにきっちり片付けるつもりではいるが。
 あんまり探り過ぎて、巻き込まれるんじゃねえぞ。
 お前を処分すんのは、少しは気分が悪い」

 

ノア >  
「おもちゃ程度に見て貰えてっから、俺も死なずに済んだわけで」

いや、あんた食事の制限がどうとか言ってなかったか?
かくいう手元のスペシャルなガトーショコラも食っても食っても減らないのだが。

「あぁ、なるほどな。
 アンタの事だから身内贔屓って事でもないだろうし、
 根っから研究バカなだけでクズじゃないってわけだ」

紅龍の手前、大っぴらに敵視するのは気が引けたが、
好き好んで無辜の人々を実験動物にするような人間なら、
ウマが合う、合わないの尺度で語る事すら難しかっただろう。

「だったら、その成果を使ってる連中がよっぽど腐りきってるってとこか。
 頭が良い連中の考える事は、俺には分かんねぇや。
 足と手動かすしか能が無いもんで」

仕事の最中に、資料として回収する事は多い。
しかし、実際に研究職の連中が何をしているか等、それを詳細に把握できるものでは無い。

「あぁ、そうか。
 そいつを聞いて安心した」

クソ野郎がどっからどこまでなのか、正しく知れるのは良い事だ。
気に食わねぇ。言外に、紅龍と意見が合致する事は言うまでも無かった。

実際の所、知のゆびさきにしたって高性能な薬を作ってるってのは事実。
それでも苛立ちを感じるのは、根幹にある『フジシロマヤ』を道具としてしか見ていない部分。
研究成果という一点だけを吸い上げられ、悪用される妹の処遇への憤慨もそれに類する物だろう。

「ご忠告どうも。
 まぁ、火遊び程度に調べるさ。
 うっかり火遊びが過ぎて燃やしちまうような事にならないようになりゃいいな。
 まぁ、アンタに殺されるってんならそん時ゃ俺が間違った時だろうさ」

そうして話している内に時間は過ぎていく。
無くなんねぇんじゃねぇかと思ったケーキもパフェも次第にその形を無くしていき、

「……ごっそーさん。
 支払いはアンタ持ちで良いんだっけ? 
 金には困ってねぇんだけど、ありがたく乗らせてもらうか」

いや、うめぇ寿司屋だった。
高級ってのも名ばかりで防音目的の料理は適当なもんばっかりの
イメージだったが、その考えは改めなければなるまい。
――寿司食ってねぇけど。

紅龍 >  
「そうそう、研究バカ――って誰が馬鹿だおい」

 困った事に否定できねえんだけど。
 くっそ、パフェウメエな。

「まあ殺した数で言えば、オレよりも遥かに多いんだろうけどな。
 そこの帳尻合わせも、オレの役目の内だ。
 つーかな、この薬も、タバコも全部あいつが創ったもんで、オレの健康管理も全部あいつに握られてんだぜ。
 あいつもいつか表に出られるようになりゃぁ、きっと世の中ってのに貢献できるんだろうな」

 そのために、『仕込み』はしてるが――さて、どうなる事か。

「火遊びにゃ、ちっとあぶねえかもな。
 まあ何かあった時には備えとけよ」

 この場にいない娘らを中心に盛り上がってんのもどうかと思うが。
 気づけば話し込んで、ほどほどに時間が過ぎている。

「おう、依頼料の上乗せ分って事でな。
 ついでに後で危険手当の分も追加してやるよ。
 どうせその金、口止めのもんかなんかだろ。
 下手に手を付けると、何かあっても黙ってるしかなくなるぜ」

 使わずにいりゃあ、言い訳のしようはあるってもんだ。

「それよりこのアンプルだが、一つは貰っても構わねえか?
 オレが使うのにもこのままじゃ使えねえが、妹に渡しゃ、使えるもんにしてくれるかもしれねえ。
 『マヤ』からの首輪って意味なら、もう一個は携帯しときてえところだけどよ」

 首輪をつけられるって事は、つけた相手に対しても拘束力が働くって事だ。
 オレが『マヤ』を協力者に仕立てたのと同じだ。
 持ってる限り、『マヤ』を使ってる連中はオレに手を出しては来ないだろう。
 

ノア > 「あんたは立派な妹バカだ。
 馬鹿ばっかりで、人生退屈しないでいいだろ?」

かくいう俺も余計なヤマに首突っ込んでんだから大概か?

「人体実験ってのはどっちにしたってどっかで避けらんねぇもんだってのは分かってるしな。
 臨床試験って言葉を使ってやりたくないのが、今の組織のやり方ってワケ。
 いつか、出られると良いな。妹さん」

こればかりは、嘘偽りの無い純粋な思いだ。
危なっかしい子とはいえ、ろくでもない奴らの下で
せまっ苦しい思いするばっかりが人生じゃねぇ。

「あぶねぇ橋渡るのなんざ、今更だろ。
 それを何とかするための用意はしておくさ。
 ――あんただって無策じゃねぇんだろうし。

 まぁいくら貰ったかなんて分かんねぇもんだし。
 適当にぼかせる程度に残しておくよ」

いや、まぁワケわかんねぇ金額のマフラー買っちまったから3割程度はすっ飛んでるしな。

「元よりアンタに渡すつもりで持ってきたもんだし。
 ケース丸ごと持って行ってくれて構わねぇよ」

アンプルは購入した分も含めると4本。
内一本はコートの中のハードケースに潜ませてある。
いざとなったら使う事になるかも知れないが、
そうならなくとも持っている事に意味がある。

「そんじゃ、あんま一緒に動いてるってのも具合が悪いし
 俺は一足先に退散すっかね。
 夜も冷えっから、体調なんざ崩すなよー」

ヒラヒラと手を振り、掘りごたつから立ち上がる。
身体に馴染んだ温もりが急速に失われていく。
冷え切る前にさっさとねぐらに帰るとしよう。

紅龍 >  
「くっそ、言い返せねえ」

 仕方ねえだろう、唯一の身内なんだからよ。

「おう、ありがとな。
 まあ出してやれるよう、手は尽くすさ」

 それこそ、お前に頼む事もあるかもしれねえしな。
 言うのは癪だが、わりと当てにしてんだぜ、わんちゃん。

「そうしとけ、オレはまあ、ある意味安全な立場だから気にすんな。
 面倒なのは『怪盗』くらいなもんだ」

 組織に属さない個人ってのが一番厄介だ。
 組織に属してりゃ、その関りでどうしても手を出せない相手ってのが存在するんだが。
 個人にはそれがねえ。
 だからこそ、あの『怪盗』にだけは常に万全で備えなくちゃならんのだよな。

「丸ごとって、三つもかよ――使い道がねえなぁ。
 まあいいや、預かっておくぜ。
 ――おう、まてや」

 出ていこうとするのを呼び止める。
 ここで逃げられたんじゃ困るんだ。

「お前どうせクリスマスなんか暇でしかねえんだろ。
 ちょっとプレゼント選び付き合え。
 いや、冗談抜きで手伝え――依頼料払うから」

 そう言いながら、オレも探偵の後を追って店を後にする。
 『タバコ』に火をつけりゃあ、痺れるような寒さも多少は紛れた。

 ――その後、逃げる探偵を無理やり付き合わせて、男二人は歓楽街。
 色気のないクリスマスは過ぎていくのだった。
 

ご案内:「歓楽街 高級寿司屋「寿司惨昧」」からノアさんが去りました。
ご案内:「歓楽街 高級寿司屋「寿司惨昧」」から紅龍さんが去りました。