2022/01/15 のログ
ご案内:「酒場「崑崙」」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
歓楽街のダイニングバー、隅っこのテーブル席。
備え付けの椅子ではなく車椅子に座る少女が1名。
傍らの椅子には女の子が1人で運ぶには重そうな
買い物袋が鎮座していた。

彼女──黛薫は異邦人街で買い物を済ませた帰り。

同居人の助言により行き詰まっていた研究に光明を
見出した彼女は、その日の晩に理論と計画の骨子を
組み立て、必要な触媒を入手するために今朝から
あちこち奔走していた。

良く言えば直向き、悪く言えば自分を顧みない
彼女の集中力は、目的の品を粗方揃えるまでは
保ってくれたが……買い物を終えて一息ついた
タイミングでぷっつりと切れてしまった。

要は逸る気持ちに任せて後先考えずに行動した結果、
身体が付いてこなくてへばってしまったというお話。

黛 薫 >  
歓楽街の中では比較的静かな穴場のバー。
注文したのはお一人様用のハニーチーズピザと
乳酸菌飲料ベースのノンアルコールカクテル。
昨晩から休みなく頭を酷使し続けていたので
甘い物が食べたかった。

(帰ったら、まず触媒の整理と分類に取り掛かって。
理論と照らし合わせての実証、効果と実現性の確認、
それが終わり次第改めて実現性を検討、実現出来る
見込みがあれば万全の環境を整えて本番……)

休憩のつもりでお店に入ったというのに頭の中は
休まずに働き続けている。無尽蔵の体力、気力が
あるならいざ知らず、寧ろ人より身体が弱いのに
休むべきときに休めないのは彼女の悪癖のひとつ。

運ばれてきたお皿を前に手を合わせ、備え付けの
ウェットタオルで手を拭く。丁寧な仕草とは裏腹に
手拭きの包み紙は随分不器用に破かれている。

黛 薫 >  
ノンアルコールカクテルを一口飲んで瞼を伏せる。
アルコールに寄せようとしているんだろうな、と
察せる風味が感じられた。

ソフトドリンクもメニューには載っていたのに
ノンアルコールカクテルを頼んでしまったのは
場の雰囲気に飲まれたからとしか言えない。

落第街では苦しい現実から逃げようとアルコールを
呷っていたが、ついぞ酒を好きにはなれなかった。
ノンアルコールカクテルよりソフトドリンクの方が
飲みやすくて良いと感じるくらい。

クリスピー生地のハニーチーズピザに手を伸ばし、
どうやって食べたものかしばし逡巡。とろとろに
焼き上がったチーズは見た目も香りも食欲を唆るが
手を汚さずに食べる方法が思いつかない。

最終的にカリカリに焼き上がった縁の部分を軽く
折り割って、二つ折りにして食べる形に落ち着いた。

黛 薫 >  
ノンアルコールのカクテルで酔えるはずは無いが、
気分がふわふわしてくる。疲労のお陰か、それとも
場酔いというやつだろうか。

やりたいこと、やるべきこと、やらなければ
ならないことが順々に頭の中に浮かんでは消える。

正直『研究が順調に進んでいる』という感覚が
得られるようになる日が来るとは思わなかった。

何方に進んでも光が見えず、劣等感と無力感、
諦観に苛まれながらも追い立てられるように
走り続けるしかなかった日々を思い出す。

それに比べれば、今はどれほど恵まれているか。

行く先々に壁が立ちはだかるのは変わらないが、
試行錯誤の為の道具はあるし、行き先すら不明な
暗闇の中にいる訳でもない。何より腰を下ろして
休んでも、焦がれるような渇望にせっつかれずに
済むのだから。

黛 薫 >  
ただ、まあ。敢えて難を挙げるとするなら。
今は『何もかも犠牲にして研究に没頭する』
とはいかなくなった。それもまた事実だ。

「すぱっと縁も切って憂なく、とはいかねーよなぁ」

スマートフォンに届いた着信をいくつか確認して
顔を顰める。落第街絡みの繋がりからの連絡……
もとい、脅迫である。

普通の学生になりたいです、と言えば委員会は
話を聞いてくれる。しかし落第街の違反部活動が
そうか頑張れよと見送ってくれるはずもなくて。

既に1度、拉致された上で『報復』を受けている
身としては良い気はしないし、不安にもなる。

しかし、自分に出来ることがあるわけでもなし、
『再発防止に努める』と言った風紀委員の言葉を
信じるしかない。

「……やーだなぁ……」

敢えて口に出したのは送られてきた脅迫の数々に
心のどこかで安堵している自分がいると気付いて
いたから。

幸せでいるのが怖いから、安心が欲しくて自分を
傷付ける。染み付いた習慣、自罰感情、自傷行為。
自覚があるからこそ、否定したかった。

黛 薫 >  
幸い、黛薫と繋がっていたのは中小規模、弱小の
違反組織が大半。報復された場合、キレた同居人が
報復返しに及んだら逆に相手の心配をしなければ
ならないかもしれない。

とはいえ『だから大丈夫』なんて楽観的な希望を
抱ける、無視できる案件ではないのも確かだ。

「……やーだな、こーゆーの」

住所を特定し、お前が弱っている今なら好きに
出来るという旨の脅迫メール。無視。現住所は
監視の風紀委員と同居人のお陰でむしろ安全だ。

今までの違反を風紀にリークする、復学希望を
台無しにしてやるという旨の脅迫メール。無視。
他所に迷惑がかからない範囲の違反は自主的に
吐いた。今更痛くも痒くもない。

同居人の写真付きで従わなければ懇意にしている
相手がどんな目に遭うか分からないぞという旨の
脅迫メール。無視……したいところだが、本当に
やる気だったら相手が心配なので警告だけ返信。

動画付きで、陵辱の画像と動画をばらまいてやる
という旨の脅迫メール。嫌な気持ちにはなったが
無視。どうせもう手遅れだし。少し詳しい人が
ネットを探せば非合意の行為を強いられる自分の
動画や画像は結構バラ撒かれている。

黛 薫 >  
実際、自分はまだ胸を張って『足を洗った』とは
言えない立場にあるのだろう、と思う。
此方からの連絡を絶っただけで、落第街のコネは
未だスマートフォンの中にそのまま残っているし、
脅迫以外にも雑談や仕事への復帰願いは来ている。

治療こそ受けているものの、薬物中毒だって度々
フラッシュバックする。暴れるだけの力が無くて
大事には至らずに済んでいるが、またいつ問題を
起こすか分かったものではない。

此度の戦火に際して受けた『依頼』もまだ未完遂。
依頼人──闇金の頭取の死亡報告が流れてこない
現状では口伝の必要も無かろうが、本人に確認を
取るまでは投げ出せない。

黛 薫 >  
落第街絡みの懸念は他にもある。

自分を『救う』ために同居人は同族を裏切った。
もし、その『怪異』の生き残りが上手く戦火を
逃れて生き延びていたとしたら?

『怪異』は裏切り者の同族を恨んでいるだろうか。
逃げ出した苗床を取り戻したがっているだろうか。

仮にそうだとしても、手を出すのは難しいはずだ。
同居人は謂わば上位個体だし、魔術の師が2度も
同じ相手に遅れを取るとは思えない。

だけど。

前者は恋をしている。後者は責任を感じている。
自分の存在はアキレス腱になるかもしれない。

「……やーだなぁ……」

ため息と共に吐き出した言葉。今度は本音。

自己嫌悪はとっくに染み付いて、自分がどんな目に
遭おうが、最終的には受け入れてしまえるだろう。
それが自分の『酷いところ』と言われてしまったが。

それでも『自分の所為で』誰かが割を食うのは
やっぱり嫌な気持ちになってしまう。

(考え過ぎで……済んで欲しぃよなぁ)

黛 薫 >  
落第街の案件からは外れるが、祭祀局絡みで受けた
術式の調査──魔力を命に変える冒涜的な術式の
調査も進捗は芳しくない。

一応、自分より遥かに魔術に秀でた知り合いに
時間があるときで良いから見て欲しいと頼んで
あるから、其方は進んでいるのかもしれないが。

(思ったほど順風満帆でもなぃ、か)

安堵半分、それに安堵を覚えてしまってはダメだと
気を引き締めるのがもう半分。落第街の濁った水で
育てられて捻くれた価値観はなかなか拭えない。

だけど、きっと変わっている。前には進んでいる。

「……よし、よし。ガンバレ、あーし」

小さく口に出して呟く。今は無謀な可能性にばかり
賭けなくても良いし、何かを得る為に自分の尊厳を
切り売りして、道具扱いされなくても良い。

今までに比べれば、選べる道は遥かに多い。

黛 薫 >  
ぼんやり考え事をしていたら、お皿の上に乗った
小さなピザは無くなっていた。最後の1ピースを
いつ食べたのか、いまいち思い出せない。

ノンアルコールカクテルはまだグラスの半分ほど
残っていた。ピザが無くなった今、時間をかけて
ゆっくり飲む利もないような気がして……一息に
飲み干して伝票を手に取った。

会計を済ませて黛薫はバーを後にする。

疲労自体は快いものではないけれど、
疲労を言い訳に得た束の間の休息は
そう悪いものでもなかったな、と。

未だぼんやりした思考の片隅で、
ふとそんなことを考えるのだった。

ご案内:「酒場「崑崙」」から黛 薫さんが去りました。