2022/10/07 のログ
ご案内:「酒場「崑崙」」にノアさんが現れました。
■ノア >
緩やかなテンポの洋楽が流れる落ち着いた雰囲気の店内。
ダイニングバー「崑崙」、そのカウンター席でスモークされた合鴨を突く男が一人。
慣れていないのか、落ち着きのない様子の学生の姿を横目で見やると小さく笑う。
酒の飲めない学生も足を運ぶ事のできる”表”のちょっと洒落た店。
教職員や研究職の人間が静かに酒と料理を楽しむ際の穴場ともされる場所でもあった。
ぼんやりとしていたせいもあってか、数度フォークから逃げ続けたプチトマトにとどめを刺して思考を纏める。
レモンドレッシングを纏ったそれは、噛み砕けば爽やかにウイスキーが灼いた喉を潤した。
静かに置いたシルバーを置き、暫し遅らせていた返信をようやっと打ち始める。
長い文を送るような相手でもない、仕事の話だ。
降ろした看板ではあるが、それをノックする者がいるならば応えよう。
『sending completed』
この島に来て以来の付き合いの旧型の赤い端末は、送信ボタンを押せば即座に0と1にバラし、
暗号化された後にそれを電子の海に送りだす。
短い返事は、数瞬の後には複合されて送信先へと届くだろう。
■ノア >
『まだそれ使ってるのか? 探偵』
バーカウンターから投げかけられた声に肩を竦めて端末を手の中で転がして遊ぶ。
バンパーカバーの付いたメタリックな赤。
他にも持ち歩いている端末はあるが、それらの二倍以上の重さはあるだろう。
クルクルと手の中で回していると絶対に落とすなよと冗談めかしたマジな指摘が飛んでくる。
「前にも言ったろ、結局コイツが一番頑丈なんだよ」
惜しむらくは開発元が企画で変身ベルトじみた充電器作るぐらいには見た目が特撮物のソレなのが玉に瑕か。
探偵はもう辞めた、などとわざわざ訂正する事も無い。
"探偵ノア"それは歓楽街、落第街で生きていく為に自分で売った名だ。
焼けたぞ、その一言と共にカタリと音を立てて眼前に差し出されたのはバケット。
添えられた小皿には揚げ焼きにしたガーリックが沈んだオリーブオイル。
触れれば指を焼く温度を携えて、それは店内の一角に柔らかな小麦の香りを広げていた。
■ノア >
静かな夜の時間は過ぎていく。
アルコールが与えた熱と高揚感が空腹が埋まるにつれて落ち着いていく。
冷静さが取り戻されると、ヤケ酒といっても差支えの無い飲み方をした事に頬が火照る。
(おっさんのオーダーではあるが、監視対象の歌姫への接触は流石に無理だったな)
ツテを使って調べなおした上で、改めて無理だと判断する。
甘く見積もっていたつもりは無いが、下手に接触すれば向こう側の研究機関の"餌"になるだけだ。
「さて……振り出しだな」
自嘲気味に笑ってバケットに手を伸ばす。
短い悲鳴と共に指を火傷した半端物の探偵の姿は、閉店時間近くまでそのカウンターにあったらしい。
ご案内:「酒場「崑崙」」からノアさんが去りました。