2022/10/29 のログ
ご案内:「歓楽街」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
 
 ――熱狂的な夜が明けて、街はまだ熱が残ったようにざわついていた。

「『ライオット』に『EssEnce』――挑戦を夜に吼えた熱狂の一夜。
 まったく、ネットの話題はどこもこればかりじゃねーですか」

 昼過ぎの秋空の下、椎苗は街に無造作に置かれた長椅子で、歓楽街の通りを眺めていた。
 耳掛け型の最新端末による網膜投影で、いくつものニュースサイトを開いてみるも。
 そのどれもが、昨夜の事を取り上げている。
 もちろん、ニュースの一つとして、その片隅に――だけれど。

「まったく監視対象が二人も違反を犯して、『信仰を識る者』が表舞台に顔を出す――」

 それはいかなる挑戦か。
 ヒーローは如何に生まれるや。
 椎苗の瞳は、もう未来を見通しはしないが。
 

神樹椎苗 >  
 ヒーローというものの定義に興味はない。
 椎苗にとってヒーローと言える人物がいたとしたら――あの日、あの鉄格子の中から赤ずきんを攫った、狼だけだろう。

「――十狼太、お前を葬る許可が、はやく出ればいいのですが」

 彼が死した今、名前を口にしない理由はない。
 どこか乾いたような気持があるが、それは彼を殺した『破壊者』への憎しみとなるわけでもなく。
 この街を賑わした昨夜の熱狂のような、熱いモノは、椎苗の心には終ぞ湧きあがらない。

「白と黒の秩序の犬は、貌の無い夜と姿を消し。
 錆びた鉄屑は己が正義に甘んじる。
 蒼く無垢な刃は、守るものを見出して――」

 呟く。
 その呟きを昨夜の事であると気づく通行人はどれだけいるか。

「――巫女はその手に邪典を。
 淵を覗けば、覗き返される者は――?」

 幾つもの思惑と、挑戦と、停滞と。
 信念と意地と矜持とが交わった夜。
 あの『窮極の挑戦者』は相も変わらず。

「まったく――どいつもこいつも、手がかかるバカばっかですね」

 その呟きに侮蔑はない。
 ただ、ほんの少しの羨望が混じる。
 

神樹椎苗 >  
 
「――ん、博物館への追加展示?
 はぁ。公安としても、手ごまは欲しい――ってとこですか。
 別に、使徒がしいの指示に従うわけじゃねえんですけどねえ」

 椎苗が信ずる神より取り上げられた、11個の祭器。
 それら、残った9個が展示される事になるらしい。

 神の祭器――神器とも呼ばれるそれらのうち、二つが担い手を見つけている。
 一つは、秩序の番人たる無垢なる蒼の手に。
 一つは、失した過去に彷徨う恐れ知らずに。

「さて――近いうちに二人には会わねーとですが。
 どっちから行きましょうか。
 どっちも、信仰心とは縁がなさそうなんですがねえ」

 神の教えを説く。
 椎苗の仕える『黒き神』の教えを理解し、受け入れてもらう。
 別に特別、信仰してもらう必要はないのだ。
 ただ、神器に選ばれた、選んだ以上、いずれは使徒としての役目を果たして貰う必要がある。

「まあ、どっちでもいいですか。
 適当に――会えそうな方から顔をだしていきましょう」

 現在、ただ一人の使徒であるけれど、焦る気持ちはない。
 そもそも、信仰を広めるつもりもないのだ。
 ただ――彼の神の教えが、誰かの安寧に繋がるのであれば、やぶさかでもないだけで。
 

神樹椎苗 >  
 そのまま、なにをするでもなく、暇を過ごす。
 椎苗の日々に、きまったスケジュールはほとんど存在しない。
 あるとすれば、『道具』として使われる時か、『使徒』として務めを果たす時くらいで。

「――ん」

 ぼんやりとヒトの通りを眺めていれば、足元から「まぁぉ」と甘えるように鳴く声。
 椎苗の足元に寄ってきた白い猫は、足音も立てずに椎苗の隣に立ち。
 椎苗の膝の上に乗ろうとして――街中を歩いて汚れた足先を、丁寧に舐めて綺麗にしてから、膝の上に足を載せた。

「まったく、どこに遊びに行ってたんですか?
 すっかり外ネコ気分になっちまいましたね」

 もう二年前。
 『マシュマロ』と名付けたその白猫は、すっかり大きくなっていた。
 ただ、体は大きくとも、甘ったれぷりが凄いのだが。

「ふらりと出てって、気が向いたときばかり寄ってきて。
 これだからネコって生き物は困るんです」

 くすくす、と笑いながら、白い毛に付いた汚れを取ってやる。
 すると、『マシュマロ』はごろごろと喉を鳴らしながら気分よさそうに膝の上で丸くなった。

 歓楽街の片隅に、白と白。
 その姿だけが浮き上がってしまいそうなくらい、椎苗の姿は目立っていた。
 

ご案内:「歓楽街」から神樹椎苗さんが去りました。